第七章 相沢家の罪
雨は夜明けまで降り続いた。
村は静まり返っていた。
いや、“静かすぎた”。
犬も鳴かない。
鳥も飛ばない。
まるで村全体が、息を潜めている。
相沢蓮たちは、村外れの古い猟師小屋へ避難していた。
板壁は腐り、隙間風が吹き込む。
だが集会所よりはマシだった。
あそこにはまだ、喰い残しがある。
蓮は毛布を握りしめながら、震える西野真由を見た。
真由はずっと黙ったままだ。
目の焦点が合っていない。
黒木が囲炉裏へ薪を放り込む。
火が爆ぜた。
「……生き残りは少ねえな」
その声は、疲れ切っていた。
蓮は拳を握る。
「警察は?」
「来ねえ」
「なんでだよ」
黒木は煙草へ火をつけた。
「この村、昔から色々隠してる」
「は?」
「失踪も事故で処理される。山で消えた人間なんざ、探されもしねえ」
火の赤が黒木の顔を照らす。
「誰も近づきたがらねえんだよ。この山には」
沈黙。
雨音だけが響く。
やがて蓮は低く訊いた。
「……俺の祖父、何を知ってたんだ」
黒木は少し迷った。
だが、やがて口を開く。
「源蔵さんは止めようとしてた」
「何を」
「熊送りを」
囲炉裏がパチ、と鳴る。
「五十年前、一度だけ儀式を復活させようって話になった」
蓮は眉をひそめる。
「復活?」
「村人が次々消えた年だ」
黒木の目が暗くなる。
「あの頃から、あいつは人を真似し始めた」
「……」
「母親の声で子供を呼んだ。死んだ亭主の声で戸を開けさせた」
真由が小さく震える。
黒木は続けた。
「村は恐怖で狂った。だからまた“捧げよう”って話になった」
蓮は嫌な予感を覚えた。
「まさか……」
「選ばれたのが、源蔵さんの妹だった」
蓮の呼吸が止まる。
「……妹?」
「お前の大叔母だ」
外で風が唸る。
黒木は煙を吐いた。
「だが源蔵さんは反対した。妹を連れて逃げようとした」
「……」
「その夜、山で二人とも消えた」
蓮は呆然とした。
祖父はそんな過去を、一度も話さなかった。
「でも祖父は戻ってきた」
「ああ」
黒木の目が細くなる。
「一人だけでな」
蓮の背筋に寒気が走る。
「……じゃあ、大叔母は」
黒木は答えなかった。
その沈黙だけで十分だった。
すると。
真由が突然呟いた。
「……見たの」
二人が振り向く。
真由は青白い顔で火を見つめていた。
「山で……見たの……」
「何を?」
「女の人」
蓮は息を呑む。
真由の声は震えていた。
「裸足で歩いてた……雪の中……」
「誰だ」
「知らない……でも……」
真由の瞳に涙が浮かぶ。
「あの熊、後ろからついて歩いてた」
小屋の空気が凍る。
黒木が険しい顔になる。
「どこで見た」
「祠の奥……」
その瞬間。
小屋の外で。
ギシ……。
何かが床を踏む音がした。
全員が硬直する。
静寂。
雨音。
そして。
ギシ……。
また。
小屋の周囲を、“何か”が歩いている。
黒木が静かに銃を取る。
蓮も息を止めた。
外の足音は重い。
人間じゃない。
だが四足でもない。
二本足。
ゆっくり小屋の周りを回っている。
ギシ……。
ギシ……。
そして。
ピタリと止まった。
入口の前だった。
誰も動けない。
すると。
外から声がした。
女の声。
若い。
優しい声。
「……お兄ちゃん」
蓮の血が凍る。
知らないはずなのに分かった。
その声は。
祖父の妹――つまり、会ったこともない“大叔母”の声だった。
「……寒いよぉ……」
蓮は呼吸を忘れる。
外の声が続く。
「どうして置いてったの……?」
その瞬間。
黒木が小さく呟いた。
「……最悪だ」
「え?」
黒木の顔から血の気が消えていた。
「あいつ、“全部覚えてやがる”」




