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人喰い熊  作者: 斑鳩あおい


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第四章 山の神

――ドォン!!


地面が揺れた。


落下した瞬間、土と枯葉が爆発する。


相沢蓮は思わず尻餅をついた。


目の前。


わずか数メートル先。


“それ”は立っていた。


巨大。


あまりにも巨大。


二本足で立つ姿は、まるで黒い岩だった。


濡れた毛皮から湯気が立っている。


腐った肉の臭い。


血の臭い。


片目のない顔。


そして、裂けた口。


ニタァ……。


熊は笑っていた。


その牙の間に、人間の指が挟まっている。


「下がれ!!」


黒木静が怒鳴った。


同時に発砲。


――パン!!


弾丸が熊の胸へ当たる。


だが熊は怯まない。


ゆっくり黒木を見る。


まるで、


“覚えている”


みたいに。


黒木の顔が歪む。


「……クソが」


次の瞬間。


熊が突進した。


速い。


巨体とは思えない速度だった。


ドガァッ!!


黒木が横へ飛ぶ。


直後、背後の杉がへし折れた。


木片が吹き飛ぶ。


熊は咆哮した。


――グォォォオオオ!!


耳を裂くような声。


腹の底が震える。


蓮は動けなかった。


恐怖で足が凍っている。


すると熊が、ゆっくり蓮へ顔を向けた。


片方だけの目。


黒く濁った瞳。


だがそこには、獣とは違う知性があった。


熊は首を傾ける。


そして。


「……レン」


喋った。


蓮の全身が総毛立つ。


その声は母ではない。


今度は祖父の声だった。


「逃ゲロ……」


蓮の呼吸が止まる。


祖父の声。


完全に同じだった。


熊の口から、死んだ祖父の声が出ている。


「……じい、ちゃん……?」


瞬間。


黒木が蓮を突き飛ばした。


「騙されるな!!」


直後。


熊の腕が空を裂く。


ブンッ!!


風圧だけで頬が切れる。


もし直撃していたら、身体ごと吹き飛んでいた。


熊は低く唸る。


黒木が再び撃つ。


――パン!!


今度は顔面。


片目の周囲が弾け、血が飛び散る。


だが熊は笑っていた。


ニタァ……。


「なんで……死なないんだよ……!」


蓮の声は震えていた。


黒木は歯を食いしばる。


「普通の熊じゃねえんだよ!!」


熊が再び動く。


その時だった。


祠の奥から、突然鈴の音が響いた。


――チリン。


熊の動きが止まる。


全員が振り向く。


霧の奥。


崩れた祠の前に、白装束の老人が立っていた。


村長――御堂源兵衛だった。


右手には古びた神楽鈴。


左手には包丁のような短刀。


老人は静かに呟く。


「山の神よ」


チリン。


鈴が鳴る。


すると熊が、一歩後退した。


初めて見せる警戒。


源兵衛は熊を睨みつける。


「まだ足りぬか」


熊が低く唸る。


空気が変わった。


森そのものが息を潜めている。


源兵衛は蓮へ視線を向けた。


「相沢の血か」


「え……?」


「やはり戻ってきたな」


蓮は混乱した。


何を言っているのか分からない。


だが次の瞬間。


熊が咆哮した。


地面が震える。


源兵衛が叫ぶ。


「走れ!! 今はまだ喰わせるな!!」


その言葉と同時に。


熊が祠へ突進した。


――ドゴォォン!!


鳥居が吹き飛ぶ。


石が砕ける。


黒木が蓮の腕を掴んだ。


「逃げるぞ!!」


二人は森を駆けた。


背後では轟音が続いている。


木が折れ、獣の咆哮が響く。


蓮は息を切らしながら叫んだ。


「今の何なんだよ!? 山の神って!?」


黒木は走りながら答える。


「この村じゃ、昔からあいつをそう呼ぶ」


「熊だろ!?」


「違う!!」


黒木の目には、明らかな恐怖があった。


「あれは熊になった何かだ」


風が吹く。


その奥から。


また声が聞こえた。


「……レンクン……」


近い。


森のすぐ後ろから。


蓮は振り返りそうになる。


だが黒木が怒鳴った。


「絶対見るな!!」


その瞬間。


すぐ背後で、巨大な足音が響いた。

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