第十三章 血を継ぐ者
地下通路を、相沢蓮たちは狂ったように走っていた。
背後から響く。
ズル……ズル……。
肉が這う音。
骨が擦れる音。
そして。
無数の声。
「カエセ」
「カエセ」
「レンクン」
「寒いよぉ」
全部が重なり合い、洞窟の中で反響している。
真由が泣きながら叫ぶ。
「もう嫌ぁ!!」
黒木が怒鳴る。
「止まるな!!」
懐中電灯の光が激しく揺れる。
通路はどんどん狭くなっていく。
湿った岩壁には、無数の引っ掻き傷が刻まれていた。
爪痕。
人間の。
蓮は走りながら気づく。
壁の至る所に、血文字が書かれていた。
⸻
タスケテ
カエリタイ
ヤマガクル
⸻
文字は途中で途切れ、長い爪痕へ変わっている。
その時。
後方で轟音が響いた。
――ズガァァン!!
振り返る。
肉塊が通路を破壊しながら迫ってきていた。
巨大な熊の顔。
そこへ無数の人間が埋まっている。
目玉がギョロギョロ動く。
口が笑う。
そして。
祖父の顔が叫んだ。
「蓮!!」
蓮の足が止まりそうになる。
だが。
祖父の顔は泣いていた。
「来るな!!」
直後。
祖父の顔が肉へ沈む。
代わりに、別の顔が浮かび上がった。
女だった。
若い。
目のない顔。
相沢志乃と同じ顔。
女は笑っていた。
「お兄ちゃん」
その瞬間。
通路の奥から風が吹いた。
出口だ。
黒木が叫ぶ。
「飛べ!!」
三人は外へ飛び出した。
同時に。
背後で大崩落が起きる。
――ドゴォォォン!!
岩が落ち、地下通路が埋まった。
土煙。
揺れ。
そして静寂。
蓮たちは地面へ倒れ込む。
息ができない。
冷たい夜風が肺へ刺さる。
外だった。
山神社の裏山。
霧が濃い。
空はまだ暗い。
だが。
山全体が微かに脈打っていた。
ドクン。
ドクン。
まるで巨大な心臓みたいに。
真由が震える声を漏らす。
「山……生きてる……」
源兵衛が地面へ崩れ落ちた。
一気に老け込んだみたいだった。
「もう……止められん……」
黒木が睨む。
「何を知ってる」
老人はしばらく黙っていた。
やがて。
震える指で蓮を指差す。
「相沢の血が、鍵なんだ」
蓮の顔が強張る。
「……何の」
「山を閉じる鍵だ」
風が吹く。
杉林がざわめく。
源兵衛は続けた。
「昔、この山には“穴”があった」
「穴?」
「人を喰う穴だ」
真由が顔をしかめる。
だが老人は真剣だった。
「最初に喰われた熊が、その穴へ落ちた」
蓮の背筋が冷える。
「そこから、始まった」
「……」
「熊は山と一つになった」
遠くで、獣の咆哮が響いた。
低い。
腹に響く声。
源兵衛の目が震える。
「相沢家は代々、その穴を封じる役目だった」
「じゃあ祖父は……」
「逃げた」
老人は苦しそうに吐き出す。
「妹を守ろうとして、儀式を壊した」
蓮の胸が締めつけられる。
「だが結果的に、山を飢えさせた」
その瞬間。
霧の奥で何かが動いた。
巨大な影。
木々より高い。
全員が凍りつく。
ゆっくり。
ゆっくり。
それが霧の中から姿を現す。
熊だった。
だが、もう“熊”じゃない。
身体の半分が人間でできていた。
腕。
顔。
肋骨。
大量の人間が融合している。
その胸の中央。
肉の中から、祖父の顔が浮かび上がった。
そして。
泣きながら叫ぶ。
「逃げろォォォ!!」
直後。
怪物が咆哮した。
――グォォォォォオオオオオ!!!!
山全体が震えた。




