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信じていた仲間に処分された俺、禁忌スキル《奪還の王》で最強になる ~奪われた力も居場所も、今度は全部取り戻す~  作者: 夜天 颯
第1章 異世界召喚

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8.勇者が称賛されるたび、俺の何かが奪われていく

王城へ戻った頃には、空はもう群青に沈みかけていた。


 高い城壁の上に灯った明かりがひとつ、またひとつと増えていき、門をくぐる兵士たちの鎧が橙色に揺れる。外から帰ってきた者を迎える城の空気は、朝とは少し違っていた。張りつめた緊張のあとにある、緩みきらない安堵。訓練とはいえ城外へ出た以上、全員が少なからず疲れているのだろう。


 奏真も例外じゃなかった。


 荷車の横に張りついていたせいで脚は重いし、肩もじわじわ痛む。レティシアに腕の傷は治してもらったが、疲労そのものまでは消えない。なのに周囲の空気は、自分の疲れを気にしてくれる方向には動いていなかった。


「勇者殿、お見事でした」

「初の実地であれほど落ち着いておられるとは」

「さすが神託の勇者……!」


 門をくぐった瞬間から、そんな声が神崎のほうへ飛んでいた。


 神崎は困ったように笑いながらも、一つ一つに頭を下げている。まったく嫌な顔はしていない。いや、できないのかもしれない。期待される勇者として、そう振る舞うことがもう求められている。


 奏真は荷車から最後の木箱を降ろしながら、その光景を横目で見ていた。


 別に、神崎が悪いわけじゃない。

 実際、前に立っていたのは神崎だ。牙獣を受け止め、隊列の中心にいたのも神崎だ。


 ただ——それだけじゃなかったのに、と思う。


 旧罠を止めたこと。

 残りかけていた結界を戻したこと。

 荷車の転倒を防いだこと。

 補給の順番を調整して、隊列の崩れを抑えていたこと。


 そういうものは全部、報告の中で“勇者戦闘団の連携”とか“勇者殿の統率”みたいな大きな枠に飲み込まれていく。


 飲み込まれたあとには、もう誰が何をしたのかなんて残らない。


「九条、そっち終わるか?」


 神崎の声で我に返る。


「もう少し」


「じゃああとで食堂来いよ。騎士たちが初遠征の労いだとかで、少し豪華にするらしい」


「それって訓練でも豪華にしてくれるのか」


「勇者候補への顔つなぎも兼ねてるんじゃないか」


 神崎はそう言って苦笑した。

 その笑い方に嫌味はない。ただ、どこか疲れてもいた。


「お前も来いよ」


「俺、ほぼ裏方だったのに?」


「だから来いって。つーか今日一番働いてたの、お前だろ」


 その言葉はありがたかった。

 でも、そのありがたさが余計に胸に刺さる。


 神崎はわかっている。少なくとも、少しは。

 それなのに空気は変わらない。


「……あとで行く」


「待ってる」


 神崎が去ったあと、奏真は木箱の留め金を閉めた。


 遠くで聞こえる歓声。

 訓練場の片づけを終えた騎士たちの笑い声。

 それら全部が、自分のいる場所と少しだけずれている気がした。


 片づけを終え、ようやく食堂へ向かう頃には、すでに大半の席が埋まっていた。


 長い食卓には、普段より明らかに品数が多い。焼いた肉、香草の入ったスープ、豆の煮込み、甘い果実酒らしきものまで並んでいる。実際には訓練の一日でしかないのに、この国は“勇者の初出陣”として扱いたいのだろう。


 席の中心には、やはり神崎がいた。


 朱音、霧島、レティシア。

 そして神崎の近くには、紘川芽衣の姿もある。


 芽衣はいつものように大きな声を出すタイプではないが、神崎の周りにいると自然と輪の中へ引き寄せられて見える。幼馴染だから、というだけではない。元のクラスでもそうだった。中心にいる誰かの隣に、違和感なく立てるやつだった。


 奏真が少し遅れて席に着くと、芽衣が最初に気づいた。


「奏真くん、こっち空いてるよ」


 示されたのは、神崎の斜め向かいの席だった。

 完全な中心ではないが、遠すぎもしない位置。


「ありがと」


 腰を下ろすと、すぐに神崎が肉皿をこちらへ寄せた。


「遅い。絶対そのまま部屋戻るかと思った」


「一瞬考えた」


「だと思った」


 神崎が笑う。

 その横で朱音がスープをかき混ぜながら言った。


「でも今日の九条、確かに役立ってたよね」


 意外な一言に、奏真は一瞬だけ目を上げた。


 朱音はいつも通りの不機嫌そうな顔のまま続ける。


「罠も結界も、あんたが気づかなかったら普通に面倒だったし」


「褒めてる?」


「事実言ってるだけ」


「それ、褒めてる時のやつじゃん」


「違う」


 きっぱり言われたが、どこかいつもより棘が弱い。


 霧島がそれに続く。


「功績として正しく記録されるかは別だがな」


 食卓の空気が少しだけ止まった。


 神崎が困ったように眉を寄せる。


「霧島、飯の時までそういうこと言うなよ」


「事実だろう」


「それは……そうかもしれないけど」


 神崎の視線が少しだけ揺れる。

 その反応に、奏真は逆に何も言えなくなった。


 そこで芽衣が、空気を変えるように小さく笑った。


「でも、見てた人はちゃんといるよ」


 その一言が、食卓のざらつきを少しだけ和らげた。


 芽衣はスプーンを置き、言葉を選びながら続ける。


「私、前の方で戦ってたわけじゃないけど、それでもわかったよ。止まりそうな時に動いてたの、奏真くんだったし」


 真正面からそう言われると、妙に落ち着かない。


「見すぎだろ」


「見てたもん」


 芽衣はあっさり返した。


 その自然さに、少しだけ救われる。

 けれど同時に、なぜか神崎の手元が一瞬止まったのも見えた。


 ほんのわずか。

 誰も気づかないくらいの間。


 でも、止まった。


 次の瞬間には神崎はいつもの顔へ戻っていた。


「まあ、九条のそういうとこは前からだよな」


「そういうとこ?」


 芽衣が聞き返すと、神崎は苦笑した。


「目立たないとこで細かいこと全部拾うやつ。文化祭の時もそうだったろ。みんなが表の準備してる間に、裏の足りないもの埋めてたし」


「ああ……たしかに」


 芽衣が納得したように頷く。


 その会話を聞きながら、奏真は少しだけ複雑な気分になった。


 神崎は、自分のことをちゃんと見ている。

 昔からそうだった。


 だからこそ今のこの状況——“見えているのに、勇者という大きな流れの中に飲み込まれていく状況”が、余計にややこしい。


「でも、それってさ」


 芽衣が小さく首を傾げた。


「ずっとそうだったなら、もっと前からちゃんと評価されてもよかったんじゃない?」


 食卓に、微妙な沈黙が落ちた。


 誰も悪気のあることは言っていない。

 でも、その問いは案外核心に近かった。


 神崎が先に口を開く。


「……クラスだと、そういうのって気づかれにくいからな」


「気づいてる人はいるけどね」


 芽衣が言う。


 それはたぶん、神崎に向けた反論ではない。

 けれど神崎は、一瞬だけ笑みを薄くした。


「そっか」


 短い返事だった。


 そのあとしばらくは、無難な会話が続いた。

 王都の外の景色がどうだったとか、魔物が思ったより生々しかったとか、騎士の訓練が厳しすぎるとか。


 でも奏真は、神崎の横顔を何度か盗み見てしまった。


 笑っている。

 ちゃんと笑っている。

 けれど芽衣が自分のことを話題にするときだけ、ほんの少し硬さが出る。


 ——気のせいか。


 またそう思おうとした時、神官見習いが食堂に入ってきた。

 そして真っ先に神崎のもとへ近づく。


「神崎恒一様、神官長がお呼びです」


 様。

 その呼び方に、食卓の何人かが改めて現実を思い出したような顔になる。


 神崎は少しだけ驚いたあと、すぐに立ち上がった。


「今ですか?」


「はい。今夜の報告と、今後の訓練方針について」


「……わかりました」


 神崎は一瞬だけこちらを見た。


「悪い、先に抜ける」


「おう、行ってこい」


 朱音が軽く手を上げる。

 神崎はそれに頷き、食堂を出ていった。


 扉が閉まると、途端に中心を失った輪みたいに食卓の空気が少し崩れる。


 芽衣はその扉のほうを少しだけ見ていたが、やがて奏真へ視線を戻した。


「……今日、ほんとに大丈夫?」


「なんでまた」


「疲れてる顔してる」


「顔に出てる?」


「けっこう」


 芽衣は迷いなく言う。

 その率直さが、妙にありがたい。


「荷車が倒れかけた時も、結界の時も、自分から突っ込んでたし」


「見てたのかよ」


「見てたよ」


「……そうか」


 そこでレティシアが静かに口を挟む。


「私も言ったの。もっと自分のことを大事にしたほうがいいって」


「レティシアにも言われた」


「なら本当にそうなのよ」


 妙に連携が取れていて、奏真は少しだけ笑ってしまう。


 霧島はそんなやり取りを横目で見ながら、淡々とパンをちぎっていた。


「九条は自分を消耗品みたいに扱うからな」


「お前まで乗るのかよ」


「事実だ」


「今日それ何回目だよ」


「正しいことは何度でも言う」


 この会話だけ切り取れば、少し賑やかなだけの食卓だった。

 だが、その裏でじわじわと何かがずれていく感覚も、奏真は消せなかった。


 勇者として呼ばれる神崎。

 その陰で補助として便利に使われる自分。

 そして、その差を見ている芽衣とレティシア。


 この配置は、たぶん誰かにとって都合がいい。


 食事を終えて部屋へ戻る途中、奏真は回廊の窓際で少しだけ立ち止まった。


 夜の王都は綺麗だった。

 灯りが石畳に映り、城壁の外まで光が流れている。元の世界の街とも違うし、夢の中の風景みたいでもある。


 なのに、胸の中は少しも綺麗じゃなかった。


「勇者が称賛されるたび、俺の何かが削れていく感じがするな」


 ぽつりと漏れた独り言は、夜の回廊に吸い込まれた。


 神崎が賞賛されること自体に嫉妬しているわけじゃない。

 たぶん、そこじゃない。


 問題なのは、自分がやったことまで“勇者の成果”という大きな言葉に飲まれていくことだ。


 気づいていないならまだいい。

 でも神崎は気づいている。芽衣も気づいている。霧島も、レティシアも。


 気づいている人間がいて、それでも流れが変わらない。

 それがいちばん気持ち悪かった。


 部屋へ戻る前、ふと足音が聞こえた。


 振り向くと、廊下の向こうからレティシアが歩いてくる。法衣の裾を揺らしながら、少しだけ急いでいるようだった。


「九条」


「どうした?」


「神官長の部屋の前を通ったのだけど」


 そこで彼女はほんの少しだけ声を落とした。


「あなたの名前が聞こえた」


 奏真の肩が、無意識に強張る。


「……どんな」


「全部は聞き取れなかった。でも、“発現が早い”とか、“勇者の近くに置け”とか……そういう言葉が」


 やはり、と思う。


 今日の結界の一件で、王国側の警戒は強まったのだろう。


「それで、神崎も呼ばれたのか」


「おそらく」


 レティシアは少しだけ迷うように視線を揺らした。


「ごめんなさい。ちゃんと聞こうとしたわけじゃないの。でも、あなたのことだったから」


「いや、教えてくれて助かった」


「……あなた、本当に驚かないのね」


「薄々そうだろうなと思ってたから」


 レティシアは苦しそうに眉を寄せた。


「そうやって、何でも先に飲み込もうとするの、よくないと思う」


「飲み込まないと面倒だろ」


「面倒でも」


 言いかけて、彼女は口をつぐんだ。

 そして代わりに、静かにこう言った。


「気をつけて。神官長は、あなたを“人”として見ていない気がする」


 その言葉は、妙に冷たく胸に落ちた。


 物じゃなく。

 仲間でもなく。

 ただの便利な何かとして。


「……ありがと」


 奏真が言うと、レティシアは小さく頷いた。


「また何かあったら言うわ」


 そう言って去っていく背中を見送りながら、奏真はしばらくその場を動けなかった。


 その頃、王城の奥にある神官長の部屋では。


「本日の件で明らかになったな」


 老いた声が低く響く。


 神官長の前には、神崎恒一が立っていた。

 勇者として呼ばれたはずなのに、その顔には安堵よりも戸惑いが強い。


「九条奏真の《奪還の王》は、やはり危険だ」


 神崎はわずかに眉をひそめる。


「……危険、というのは」


「残留結界の再起動。術式看破。物資と加護の流れへの異常な把握。あれは単なる補助ではない。放置すれば、勇者すら脅かしかねん」


 神崎の喉がかすかに動く。


 勇者すら脅かす。

 その言葉は、神崎にとって思っていた以上に深く刺さった。


 神官長はさらに続ける。


「君は勇者だ。王国の希望であり、人心の柱となる存在。その隣に、得体の知れぬ異物を置くことは本来なら避けたい」


「……なら、なぜ近くに」


「制御しやすいからだ」


 神官長の答えはあまりにも冷静だった。


「近くに置き、使えるうちは使う。不要になれば処理する。それが最も合理的だ」


 神崎の指先が、ほんのわずかに動く。


 不要になれば処理する。


 その言葉にショックを受けたのか。

 それとも、どこかで納得してしまったのか。

 神崎自身にもまだわからなかった。


 ただ、神官長の次の一言だけは、妙にはっきり胸に残った。


「勇者たる君が、余計な情で判断を鈍らせぬことを望む」


 神崎は答えない。


 答えられなかった。


 その頃、回廊の窓際で立ち尽くしていた奏真もまた、ぼんやりと思っていた。


 勇者が称賛されるたびに、

 俺のやったことだけじゃなく、

 居場所みたいなものまで少しずつ奪われていく気がする、と。


 まだ確かな形にはなっていない。

 でも、この違和感はきっと、もうしばらくでは終わらない。

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