表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信じていた仲間に処分された俺、禁忌スキル《奪還の王》で最強になる ~奪われた力も居場所も、今度は全部取り戻す~  作者: 夜天 颯
第1章 異世界召喚

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/24

7. 聖女だけは、俺の傷に気づいていた

王都の外へ出るのは、思っていたよりずっと妙な感覚だった。


 高い城壁の向こうに広がる景色は、教室の窓から見ていた街とはまるで違う。石畳の整った城下を抜けると、すぐに土の匂いが濃くなる。街道の両脇には低い草原が広がり、ところどころに小さな林が見えた。空は高く、風は冷たく、見上げれば太陽のそばに薄い白月が浮かんでいる。


 異世界だ、と改めて実感する。


 荷車は二台。

 先頭に騎士二人、左右に補助の兵が付き、中央に勇者戦闘団候補。その後ろを、物資を積んだ荷車と神官組が続く。奏真は前衛ではなく、当然のように荷車の横だ。


 神崎はその少し前を歩きながら、ときどき後ろを振り返ってくる。


「九条、大丈夫か?」


「今のところは」


「ほんとかよ。さっきからずっと荷車ばっか見てるぞ」


「見てないと崩れるかもしれないし」


「それ笑えないやつだな」


 神崎が苦笑する。


 笑い話じゃない。

 実際、縄の締め方が甘い場所が二か所、車輪の留め木がやや不安定な場所がひとつあった。王国の騎士が雑というより、“この程度で十分だろう”という意識なのだろう。それを訓練名目の異界人に使わせるなら、さらに雑になる。


 奏真が荷台の端を押して確認していると、すぐ横を歩いていたレティシア・アルノアが静かに声をかけてきた。


「……あなた、本当にずっと見ているのね」


 白い法衣の裾が、草をかすかに揺らす。

 近くで見るレティシアは、やはり不思議なくらい澄んだ雰囲気をしていた。陽の光の下だと銀に近く見える髪も、伏せ気味の青い瞳も、どこか現実離れしている。


「見てないと不安だから」


「物資が?」


「物資も。隊列も。人も」


 そう返すと、レティシアは少しだけ目を丸くした。


「そこまで見ているの」


「見えるっていうか、気になるっていうか」


「不思議な言い方ね」


「自分でもそう思う」


 レティシアは小さく笑った。

 神官や騎士に向ける丁寧な微笑みじゃなくて、もう少し柔らかい、年相応の笑い方だった。


 そのとき、前方から少し強い声が飛ぶ。


「索敵範囲、広げるぞ!」


 騎士の号令で、隊列がやや広がった。

 霧島は測定器具を確認しながら歩き、桐生朱音は木剣の柄に手をかけたまま周囲を見ている。神崎は前の騎士に進行方向を確認しつつ、全体の様子も気にしているようだった。


 たしかに見た目は“勇者パーティ”っぽい。

 でも中身は、やっぱりまだ脆い。


 奏真は街道脇の地面に目を落とした。


 浅いわだち。昨日までの荷車の跡。乾いた土。

 その中に、ほんの少しだけ不自然な削れ方をした線がある。


「止まって」


 思わず声が出た。


 前を歩いていた神崎が足を止め、全員の視線がこちらへ向く。


「どうした、九条?」


 騎士の問いに、奏真は道の右端を指さした。


「そこ、踏まないほうがいいです」


「何?」


「地面の下に、薄い術式があります。たぶん警報系か、拘束の起点」


 騎士は眉をひそめた。

 だが霧島はすぐにしゃがみ込み、測定板を地面にかざす。


 数秒後、彼は顔を上げた。


「ある。微弱だが反応あり」


「本当かよ……」


 朱音が嫌そうな顔をする。


 騎士のひとりが慎重に土を払うと、うっすらと刻まれた細い紋様が現れた。人の足で踏めば起動する簡易術式らしい。


「旧訓練遺構の外縁罠だな」


 騎士が舌打ち混じりに言う。


「消えていると思っていたが……」


 神崎が奏真を見る。


「また気づいたのか」


「見えた」


「便利すぎるだろ、それ」


「俺もそう思う」


 隊列はそこで少しだけ組み直された。

 奏真の指摘を受け、街道の進行は中央寄りに変更。霧島は警戒範囲を広げ、騎士たちも少しだけ緊張感を強める。


 ただ、その変化が起きたあとでも、周囲の視線の質は二つに割れていた。


 助かった、と見る者。

 やはり危険だ、と見る者。


 その両方が自分に向いているのが、奏真にはわかった。


 しばらく進むと、小さな林の手前で最初の訓練戦が始まった。

 下級の牙獣が二体。王都近郊では珍しくない魔物らしい。騎士たちがわざと前へ出すのを抑え、勇者戦闘団候補に対応させる。


「神崎、前!」


「レティシア、後ろ下がって!」


 騎士の声が飛ぶ。


 神崎が木剣で正面の牙獣を受け止め、朱音が横から斬り込む。霧島は簡易魔術で足元を滑らせ、レティシアは回復の待機。形としては悪くない。


 だが、二体目が林の影へ逃げ込んだ時、少しだけ隊列が乱れた。


「右!」


 奏真が反射的に声を上げる。


 神崎がそちらを向いた直後、横から牙獣が飛び出した。木剣で受けきれずバランスが崩れかけたところを、朱音がぎりぎりで叩き落とす。


「っぶな……!」


 神崎が息を吐く。


 騎士たちはそれを見て「よし」「そのまま押せ」と声を飛ばしたが、奏真は別のことが気になっていた。


 林の縁。

 枝の揺れ。

 牙獣が走った跡だけじゃない。もうひとつ、小さい気配がある。


「もう一体いる!」


 今度は騎士のほうが反応した。

 茂みの奥から、少し小型の牙獣が飛び出す。まっすぐ狙われたのは、神崎ではなくレティシアだった。


「きゃっ——」


 白い法衣が揺れる。

 神崎は間に合わない。朱音も位置が悪い。


 考えるより先に、奏真の体が動いていた。


 荷車の横に積んであった短杖代わりの結界杭を掴み、地面へ叩き込む。

 その瞬間、薄い膜みたいな違和感が走った。


 ——そこだ。


 牙獣とレティシアの間に、半端に起動していた簡易防壁の残滓が見えた。たぶん昔の訓練用術式の名残。ほぼ消えかけているが、完全には死んでいない。


「戻れ!」


 自分でも何に向かって叫んだのかわからない。

 けれど《奪還の王》が反応したのだと、次の瞬間に理解した。


 薄く消えかけていた結界線が、一瞬だけ強く戻る。


 バチッという音。

 牙獣が見えない壁に弾かれ、動きが止まる。


 その隙に朱音が斬り込み、騎士が槍で仕留めた。


 静かになった林の手前で、全員が数秒固まる。


 最初に口を開いたのは、レティシアだった。


「……今の、あなたが?」


「わからない。たぶん、残ってた結界を戻した」


「戻した?」


 霧島が小さく復唱する。


 騎士たちも微妙な顔をしていた。

 防壁が偶然残っていた可能性もある。だが、起動のタイミングがあまりにも良すぎた。


 神崎が一歩近づいてくる。


「九条、お前……」


「俺にもよくわからない」


 それは本音だった。


 見えた。

 消えかけていた結界の“本来の形”みたいなものが。

 そして、それを一瞬だけ戻せる感覚があった。


 《奪還の王》。

 名前の意味が、ほんの少しだけ輪郭を持ち始める。


 だが神官見習いたちの顔色は明らかに良くなかった。

 助かったはずなのに、安堵より戸惑いが勝っている。


 騎士団長代理らしき男が短く命じる。


「訓練続行。だが九条奏真の行動は記録しておけ」


 その一言で、空気がまた少し冷えた。


 助けたのに。

 そう思ったが、口には出さない。


 その後の巡回は慎重になった。

 奏真の指摘で避けた旧罠が二つ。

 荷車の車輪が外れかける前に止めたのが一度。

 補給の順番を変えて崩れかけた隊列を整えたのが二度。


 気づけば、戦闘より前にやることのほうが多い。


「ほんとにお前、何でも見つけるな」


 休憩中、神崎が水袋を渡しながら言った。


「見つけたくて見つけてるわけじゃない」


「でも助かってる」


「ならいいけど」


「よくない顔してるぞ」


 神崎は少しだけ声を落とした。


「さっきの結界のとき、神官たち、お前見てたよな」


「見てたな」


「……悪い方向に」


 そこまで気づいているのか、と奏真は思う。


 でも神崎はそれ以上何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。勇者として期待される立場にいる神崎にとって、王国や教会への疑念を簡単に口にするのは難しいのだろう。


 代わりに、少し離れた場所でレティシアがこちらを見ていた。


 休憩が終わったあと、彼女はさりげなく奏真の近くへ来た。


「少しいい?」


「……うん」


 隊列の最後尾寄り、荷車の陰に近い位置。

 歩きながら話せる程度の距離で、レティシアは小さな声で言った。


「右手、見せて」


「右手?」


「さっき結界を戻した時、強く握り込んでたでしょう」


 言われて、自分の右手を見る。

 結界杭を無理に掴んだせいか、掌に細く赤い線が走っていた。大した怪我じゃない。気づいていなかったくらいだ。


「これくらい平気だよ」


「平気かどうかは、私が決める」


 レティシアは真顔だった。


 言い返す暇もなく、彼女の指先が奏真の手に触れる。

 ひやりとするかと思ったら、逆だった。春の日差しみたいな、柔らかい温度がじんわり広がる。


 細い赤線が、すっと消えていった。


「……すご」


「治癒術としては基礎の基礎よ」


「でも、ありがたい」


「ならよかった」


 それだけの短いやり取りなのに、妙に気まずい静けさが落ちる。


 レティシアは奏真の手を離したあとも、すぐには前へ戻らなかった。


「あなた、自分のことになると雑ね」


「そうか?」


「そうよ。荷物も結界も人の位置も全部見てるのに、自分の傷だけは放っておく」


「小さいから」


「小さくても傷は傷でしょう」


 少し怒ったみたいな言い方だった。


 奏真は思わず苦笑する。


「神崎にも似たようなこと言われた」


「神崎くんはたぶん、誰にでも言うわ」


「それはそう」


「でも私は、あなたに言ってるの」


 まっすぐ言われて、少し言葉に詰まる。


 レティシアは視線を前へ向けたまま、静かに続けた。


「……今日、ずっと見ていたの。あなたが止まるたびに、隊列が助かっていたから」


「芽衣にも同じこと言われた」


「紘川さんにも?」


「うん。昨日」


「そう」


 レティシアは少しだけ表情をやわらげた。


「見ている人は、ちゃんといるみたいね」


 その言い方が、慰めのようにも聞こえる。

 奏真は少しだけ肩の力を抜いた。


「でも王国や教会は、違う顔してる」


「……ええ」


「やっぱり、わかるんだ」


「わかるわ」


 レティシアは迷わなかった。


「あなたが助けた時の目じゃなかった」


 風が吹き、彼女の銀髪が揺れる。


「たぶん、怖がってるのよ。あなたが“戻せる”ことを」


 その言葉に、さっきの感覚が蘇る。

 消えかけた結界を、元に戻した瞬間の感覚。


 《奪還の王》。

 もしかしたら、本当にそういう力なのかもしれない。


「……レティシア」


「なに?」


「もし俺の力が、王国とか教会にとって都合が悪いものだったら、どうする?」


 聞いてから、自分でも変な質問だと思った。

 答えられるわけがない。


 けれどレティシアはすぐには否定しなかった。


「私は、まだ全部は知らない」


「うん」


「でも、あなたがさっき私を助けてくれたことは知ってる」


 その返しは、少しだけ予想外だった。


「助けたからって、それで全部は——」


「全部じゃないわ」


 レティシアは静かに言う。


「でも、人を見る時に、それは大事だと思う」


 その言葉はまっすぐだった。


 優しいだけじゃない。

 少なくとも、彼女は自分の中でちゃんと秤にかけようとしている。


 奏真は少しだけ息をついた。


「……ありがと」


「お礼を言われるほどじゃないわ」


「いや、だいぶ」


 レティシアは少しだけ視線を逸らした。


「それに、あなたはもう少し自分のことを大事にしたほうがいい」


「またそれ?」


「また言うわ。何度でも」


 そこだけ妙に強かった。

 奏真は思わず笑ってしまう。


「聖女って怖いな」


「怖くて結構」


 そのやり取りの直後だった。


 前方で小さな悲鳴が上がる。


 隊列が止まり、騎士が怒鳴った。


「左後方、伏せろ!」


 街道脇の浅い斜面から、小石混じりの土が崩れ落ちてきた。大きな崩落ではないが、その中に混じっていた細い杭のようなものが、荷車の側面へ突き刺さる。


「っ、罠か!?」


 騎士が叫ぶ。


 奏真は反射的に荷車を見る。

 側面。固定縄。刺さった杭。そこから伸びる細い魔力線。


「まずい、引くな!」


 叫んだ瞬間にはもう遅かった。騎士のひとりが杭を抜きかけ、荷車全体の固定が崩れる。


 荷台が傾く。

 水樽と魔石箱が一斉に滑り始める。


「下がって!」


 奏真が飛び込んだ。

 今度は《奪還の王》ではない。単純に体で支えるしかない。


 だが重い。

 ひとりでは無理だ。


 次の瞬間、反対側から神崎が荷台を押さえ、さらに朱音が舌打ちしながら横へ入った。


「何やってんのよ、これ!」


「文句はあと!」


 奏真が叫ぶ。


 霧島がすぐに固定縄を切り替え、騎士が荷車の車輪を止める。

 ギリギリで転倒は防げた。


 全員が息を吐く中、騎士団長代理が険しい顔で杭を調べる。


「旧訓練罠の残骸だ……術式杭を残したまま埋まっていたらしい」


「荷車狙いか」


「偶発だろうが、結果的にはそうだ」


 神崎が荷台から手を離しながら、奏真を見る。


「九条、怪我は?」


「ない。そっちは」


「平気」


 だが奏真の腕は、さっきより明らかに痛かった。荷台の角を無理に受けたせいで、肘から前がじんと痺れている。


 それに気づいたのは、やっぱりレティシアだった。


「見せて」


「いや、今は——」


「今すぐ」


 有無を言わせない声だった。


 周囲がまだ罠の確認で慌ただしくしている隙に、レティシアは奏真の腕にそっと触れる。法衣の袖口からのぞく指先が、また温かい光を帯びる。


 痛みがゆっくり引いていく。


「……本当に毎回見つけるな」


 奏真が苦笑すると、レティシアは少しだけ眉を寄せた。


「見つけてるのはあなたでしょう」


「俺は自分のことは後回しだから」


「だから私が見るの」


 その言い方が、妙に強く残る。


 助けられたのは向こうのはずなのに、なぜか自分のほうが救われている気がした。


 その日の巡回訓練は、最終的には成功扱いで終わった。

 小規模な魔物討伐。旧罠の発見。荷車トラブルへの対応。実地訓練としては十分だと騎士たちは言う。


 だが王城へ戻る荷車の横で、奏真は考えていた。


 今日だけで二度、隊列は大きく崩れかけた。

 最初はレティシアが狙われた時。

 二度目は荷車が倒れかけた時。


 どちらも、ほんの少し何かが遅れていれば危なかった。


 勇者パーティは、やっぱり脆い。

 そしてその脆さを埋める役目を、いつの間にか自分が背負わされている。


 夕暮れの王都が見えてくる。

 高い城壁、整った街路、王城の白い塔。


 その景色を見ながら、奏真は自分の右手を軽く握った。


 もう傷はない。

 レティシアが治したから。


「……聖女だけは、ちゃんと見てるんだな」


 誰にも聞こえない声で呟く。


 神崎は助かったと知っている。

 芽衣も見ている。

 でもレティシアだけは、その上でなお、“お前自身は大丈夫か”を見てくる。


 それが少しだけ、不思議で、ありがたくて、怖かった。


 王城の門をくぐる頃には、夕陽はほとんど沈みかけていた。


 その夜、記録室では。


「九条奏真、行軍中に旧警報術式を看破。模擬戦にて残留防壁を一時再起動。荷車転倒時には即応して被害を防止」


 書記官が読み上げる報告に、神官長は静かに目を伏せた。


「防壁の再起動、確実か」


「目撃は複数。偶発の可能性もありますが……」


「偶発で済ませるな」


 老いた指が机を叩く。


「《奪還の王》は想定以上に早く働いている。しかも対象は物資や結界だけではないかもしれん」


「勇者団から切り離しますか?」


「いや」


 神官長は短く首を振った。


「まだ使える。近くに置いておけ」


「ですが、レティシア・アルノアが九条に接触を増やしています」


 その報告に、神官長の目が細くなる。


「聖女候補には余計な情を持たせるな」


「……承知しました」


 燭台の火が揺れる。


 助けたはずなのに、警戒は強まる。

 役に立つほど、監視は濃くなる。


 この国にとって俺は、まだ“仲間”ではなく、“扱いに困る有用物”のままなのだと。


 その現実が、少しずつ形を持ち始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ