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信じていた仲間に処分された俺、禁忌スキル《奪還の王》で最強になる ~奪われた力も居場所も、今度は全部取り戻す~  作者: 夜天 颯
第1章 異世界召喚

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6. 勇者パーティは、俺がいないと回らない

王城の朝は早い。


 まだ空が白みきる前から、廊下の向こうで使用人たちの足音が動き始める。金属器が触れ合う小さな音、遠くで開く扉の軋み、低く交わされる連絡の声。静かではあるのに、止まってはいない。巨大な生き物みたいに、王城全体が朝に向けて少しずつ目を覚ましていく。


 九条奏真が部屋を出たのは、その気配が濃くなり始めた頃だった。


 昨夜は結局、あまりよく眠れなかった。


 霧島の言葉。

 芽衣の視線。

 そして訓練場の端で見た、神崎の一瞬だけ遅れた表情。


 どれも小さなことだ。

 決定的な何かじゃない。

 けれど小さい違和感ほど、妙に残る。


「……考えすぎか」


 独り言を落として歩く。


 廊下の窓から見える空は薄い青色で、東の端だけがかすかに橙を帯びていた。城下町もまだ半分眠っているような時間だというのに、訓練場方面へ向かう通路にはすでに騎士たちの姿がある。


 今日も訓練だ。

 そしてたぶん、それだけじゃ終わらない。


 食堂に着くと、神崎はもう席についていた。


「お、九条。今日は珍しく俺より遅い」


「珍しくってほどでもないだろ」


「いや、昨日はお前のほうが先だった」


 神崎はそう言って笑い、隣の席を手で示した。


 その笑顔は、少なくとも表面上は昨日までと変わらない。だから奏真も、あえていつも通りの距離で座った。


「寝れたか?」


 と聞かれて、少し迷ってから答える。


「半分くらい」


「それ寝れてないやつじゃん」


「神崎は?」


「俺? 案外ぐっすり」


「勇者メンタルだな」


「なんだよそれ」


 軽いやり取りに、少しだけ空気が和む。


 周りにはクラスメイトたちも集まり始めていたが、昨日よりも明らかに座り方が固まってきていた。神崎の近くには前衛適性の高い男子たち、レティシアや神聖系の女子たちは神官に近い側、そして奏真は神崎の近くにはいるものの、どこか一歩引いた位置。


 たった数日で、役割が空気ごと固定され始めている。


 それを最初に口にしたのは、桐生朱音だった。


「今日、遠征準備も入るらしいよ」


 トレイを持ったまま奏真たちの向かいに座り、彼女はあっさり言った。


「遠征?」


 神崎が聞き返す。


「うん。さっき廊下で騎士が話してた。訓練だけじゃなくて、簡易討伐と周辺調査もやるって」


「早いな……」


 神崎は少しだけ真顔になる。


 それはそうだろう。異世界に召喚されてまだ数日。剣を握るのも魔法を使うのも手探りなのに、もう外へ出すつもりらしい。


 霧島が遅れて食堂に入り、最後の一口を飲み込んでからこちらへ来た。


「正式な遠征じゃない。王都近郊の巡回と小規模な魔物処理、それから旧訓練遺構の下見だそうだ」


「なんでそんなの知ってるんだよ」


 神崎が呆れたように言うと、霧島は平然と答える。


「聞こえたから」


「便利だな、お前」


「耳がな」


 その会話の途中で、霧島が奏真の前に置かれた皿へ視線を落とした。


「今日はちゃんと食べてるな」


「朝から嫌味か?」


「確認だ。外に出るなら、昨日みたいに途中で顔色を悪くされると面倒だ」


「言い方」


 神崎が苦笑する。


 奏真も一瞬むっとしたが、次の瞬間には少しだけ笑ってしまった。霧島は本当に嫌味で言っているのか、単に事実だけ言っているのか、たまにわからない。


 食事を終えて訓練場へ向かうと、そこは昨日より慌ただしかった。


 武器棚の前には騎士が集まり、荷車が二台並び、木箱や水樽が次々と運び込まれている。地図を広げている者、縄や補給袋を数える者、馬具を確認する者。完全に“外へ出る準備”の空気だ。


 騎士団長が前へ出て短く告げた。


「本日は王都外縁の巡回訓練を行う。勇者戦闘団候補は第一班として行動。実戦に近い状況で、連携と適性を確認する」


 ざわめきが走る。

 不安と緊張と、少しの高揚。


 そして神官長が続けた。


「各員、役割を再確認せよ。神崎恒一殿を中心に、前衛、後衛、治癒、補助を明確に分ける。現地での混乱は死に直結する」


 その“中心”という言葉に、周囲の視線が自然と神崎へ集まる。


 神崎は少しだけ居心地悪そうにしながらも、前へ出た。


「……できる限りやります」


 騎士団長は満足げにうなずく。


「よろしい。では準備に入れ」


 その瞬間から、訓練場全体がばらばらに動き始めた。


 前衛組は武器の選定。

 神官組は治癒札と緊急薬の確認。

 霧島は地図と簡易測定器具の準備。

 そして奏真には、物資の積み込みが命じられた。


 正確には——物資全体の確認と、各班への振り分け。


「これ、誰が仕分けたんだ……」


 思わず声が漏れる。


 荷車の横に積まれた木箱の山は、昨日以上に混沌としていた。乾燥食と治癒薬が同じ箱に入り、結界杭と予備の縄が一緒くたにされ、消耗魔石と高価な補助魔石が雑に重なっている。


 外に出る準備とは思えない。

 いや、王国側としては“異界人の訓練用だからこれで十分”くらいの感覚なのかもしれないが、そんな雑さで事故を起こされたらたまらない。


「九条、それ全部お前担当だって」


 近くを通った騎士見習いが悪びれなく言う。


「担当っていうか、人数足りてないだろこれ」


「勇者殿たちは戦闘訓練優先だからな」


 その一言で全部説明がついた気がした。


 要するにこうだ。

 目立つやつは前。

 裏方はまとめて奏真。


 奏真は小さく息を吐き、袖をまくった。


「……やるしかないか」


 木箱を開ける。

 見れば、だいたいわかる。


 いや、“見れば”というより、“触れれば”に近い。

 札の紋様、薬瓶のわずかな魔力の残り香、魔石の内側の流れ。どれも、正しい位置に置かれていないと気持ち悪いくらいに違和感として伝わってくる。


「乾燥食はこっち、治癒薬は日中用と緊急用で分けて……縄は二束、結界杭は四本ずつ固定か」


 独り言を漏らしながら、手を動かす。


 次々と分けられていく物資を見て、近くの若い騎士がぎょっとした顔をした。


「君、それ説明受けたのか?」


「ほとんど受けてない」


「じゃあなぜそこまでわかる」


「なんとなく必要数が見える」


「なんとなく、で済ませる話か?」


 済ませたくないのはこっちだ。

 でも、いちいち説明しても信じてもらえないだろう。


 そこへ霧島がやってきた。


「進んでるな」


「進ませてるんだよ」


「結界杭の本数、各班四本で足りるか?」


「常設じゃなくて簡易展開だろ。なら四本でいい。ただ、補助魔石は黄色じゃなくて青寄りを多めにしたほうがいい」


「理由は?」


「王都外縁の地脈、少し乱れてる。循環補助より安定化優先」


 言ってから、自分で少し止まった。


 いま、何を根拠にそんなことを言った?

 地脈なんて知らない。だが、地図に触れた時にざらついたような違和感があったのは事実だ。


 霧島は少しの間奏真を見て、それから頷いた。


「わかった。そうする」


 疑うより先に採用したことに、奏真は逆に驚く。


「信じるのか」


「お前のそういう勘は、今のところ外れていない」


「外れたら?」


「その時考える」


 冷静な顔で言われると妙な説得力があった。


 荷車の準備は予想以上に大仕事だった。


 水樽の固定位置。

 揺れで割れないようにする薬瓶の包み方。

 前衛がすぐ使う武器と、緊急時だけ使う予備装備の置き方。

 さらに、誰も気づいていなかったのか、荷車の片方は車輪の留め金が少し緩んでいた。


「これ、このまま出したら途中で外れる」


 奏真が指摘すると、騎士が慌てて膝をつく。


「なっ……本当だ。なんでわかった?」


「見ればわかるだろ」


「普通は見ない」


 そう言われて、少しだけ黙る。


 普通は見ない。

 それはたぶん、その通りなのだろう。


 神崎が木剣を下げたまま近づいてきたのは、その時だった。


「九条、めちゃくちゃ働いてないか?」


「働かされてる」


「否定はしないんだな……」


 神崎は苦笑し、荷車の上を見渡した。


「え、これ全部お前が?」


「半分くらいは」


「いや、半分でもすごいだろ」


 その声に、近くにいた騎士が頷いた。


「勇者殿、この補助要員はかなり有能ですな」


 なぜか神崎に向けて言う。


 奏真は思わず目を細めた。


 またそれか、と思ったのだ。


 有能なのは“勇者殿の補助要員”。

 結局、功績の枠組み自体が神崎側に属している。


 神崎もそれに気づいたのか、一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「……九条がやってくれたんです」


 小さくはあるが、今度はちゃんと言った。


 騎士は「ああ、なるほど」と奏真を見たが、その反応はほんの一瞬で、すぐまた神崎に向き直る。


「それもまた、周囲を適切に使える証です」


 神崎の顔がわずかに引きつった。


 奏真はもう何も言わなかった。

 言ったところで、この国の見方自体がそうなのだ。


 神崎は気まずそうに頭をかいた。


「……なんかごめん」


「お前が謝ることでもない」


「でも嫌だろ」


「嫌だけど」


 はっきり答えると、神崎は苦い顔をした。


「俺、ほんとにそういうの嫌なんだけどな」


「だったら慣れないほうがいい」


 奏真がそう言うと、神崎は小さく「うん」とだけ返した。


 その時の顔は、本当にそう思っているようにも見えた。


 だから余計に、少し先の未来が残酷になる。


 午前の後半には、荷車の準備だけでなく各班ごとの携行品確認まで奏真が見ることになった。


 前衛は軽装寄りにまとめ、神官組は治癒札を多め、霧島には測定器具と記録板を追加。神崎の班には予備の補助魔石も忍ばせておく。


 そうしているうちに、奏真はだんだん気づいてしまう。


 この勇者戦闘団候補は、表に立つ人間は整っている。

 だが裏方の想定が甘すぎる。


 誰が何を持つか。

 何が足りなくなるか。

 何を優先して補充すべきか。


 そういう細部を、いまのところ本気で考えているのが自分しかいない。


「……脆いな」


 思わず漏らした声に、後ろから霧島が反応した。


「何がだ」


「この編成」


 奏真は荷車の横板を叩く。


「見た目は派手だけど、中身がガタガタだ。神崎が前で戦って、朱音が殴って、レティシアが治して、お前が後ろで考える。それはいい。でも、その間の繋ぎが薄い」


 霧島は少しだけ興味深そうな顔をした。


「続けろ」


「物資管理が雑。補助札の使いどころが全員曖昧。緊急時の優先順位も共有されてない。神崎が止まったら前が止まるし、レティシアが狙われたら後ろも崩れる」


「……」


「たぶん、見た目よりずっと脆い」


 言い終えてから、少しだけ言いすぎたかと思った。

 だが霧島は怒るでもなく、ただ静かに頷く。


「同意見だ」


「え」


「だからお前が必要なんだろう」


 その返しに、奏真は言葉を失った。


 必要。

 その言葉は嬉しいはずなのに、妙な苦さがある。


 必要ではある。

 でも、表には出さない。

 そこが引っかかる。


「お前、昨日も似たこと言ってたな」


「同じ事実だからな」


 霧島は視線を荷車から神崎のほうへ移した。


「神崎は象徴として強い。前に立つ資質もある。だが、勝手に流れを作るタイプじゃない。空気を読んで整えることはできても、裏側の構造まで全部見る人間じゃない」


「ずいぶん辛口だな」


「分析だ」


 さらりと言われた。


「そして、お前は逆だ。前に立つタイプではないが、流れの綻びを拾うのが異常にうまい」


 異常に、というところが余計だ。


 だが、否定もしにくかった。


 遠征前の最終確認として、各班は荷車の周りに集められた。騎士団長が短く説明する。


「本日は実地訓練を兼ねる。現地では勇者戦闘団候補が主体となって動き、我々はあくまで補佐に回る」


 ざわ、と空気が揺れる。


 つまり、失敗も含めて見られるということだ。


 奏真は荷車の横に立ちながら、最後に縄の固定を見直した。

 その時、ふと視線を感じて顔を上げる。


 少し離れた位置に、芽衣がいた。


 自分の班の準備を終えたのか、こちらを静かに見ている。

 目が合うと、彼女は小さく手を振った。


 奏真も軽く返す。


 たったそれだけのやり取りなのに、なぜか神崎の視線が一瞬だけそちらへ向いたのが見えた。


 ほんの一瞬。

 でも、見逃せないほどの鋭さがあった。


 ——気のせいだろうか。


 そう思った直後には、神崎はもういつもの顔に戻っていた。


「よし、行くぞ!」


 騎士の号令が飛ぶ。


 荷車が動き、王城の門が開かれる。

 異世界に来て初めての、城の外。


 奏真はその一歩の手前で、もう一度だけ荷車の中身を確認した。


 水。食料。結界札。治癒薬。補助魔石。予備の縄。

 足りないものはない。少なくとも、いま見える範囲では。


「九条、置いてくぞ」


 神崎に呼ばれ、奏真は頷いた。


「ああ」


 勇者が前に立つ。

 俺は、その後ろで全部が崩れないように支える。


 それが今日の役割だ。


 でも、たぶん全員まだわかっていない。


 この勇者パーティは、神崎が強いから回るんじゃない。

 誰かが裏で、足りないものを埋め続けているから回っている。


 そして今のところ、その“誰か”はほとんど俺しかいない。


 王城の門をくぐると、朝の冷たい風が頬に当たった。


 高い石壁の外には、王都の街並みと、その先に広がる灰緑色の平原。遠くには森の影も見える。元の世界にはない広さだった。


 その景色を見ながら、奏真は胸の奥に小さな嫌な予感を抱いていた。


 今日、何かが起きる。


 大きな破綻ではないかもしれない。

 けれど、この“脆さ”がただの違和感で終わるとは思えなかった。


 そしてその予感は、たぶん外れない。


 なぜならこの時点で、勇者戦闘団はもうすでに、見えないところで一度崩れかけていたからだ。


 その崩れを、誰も知らないふりをしたまま。


 荷車の軋む音に紛れて、奏真は小さく息を吐く。


「……ほんと、俺がいないと回らないじゃん」


 誰にも聞こえない独り言だった。

 けれど、その言葉だけは、妙に事実に近かった。

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