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信じていた仲間に処分された俺、禁忌スキル《奪還の王》で最強になる ~奪われた力も居場所も、今度は全部取り戻す~  作者: 夜天 颯
第1章 異世界召喚

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5. 冷たい視線の理由

訓練場の夕方は、昼間とはまるで違う顔をしていた。


 あれほど騒がしかった掛け声も、木剣がぶつかる乾いた音も、今はもう遠くのほうにかすかに残るだけだ。高い石壁の向こうでは空が赤く染まり、王城の塔の影がゆっくりと長く伸びている。


 九条奏真は、訓練場の端に積まれた木箱の前でしゃがみ込んでいた。


 結界札の束、消耗した魔石、予備の治癒薬、訓練用の木剣。使われた物資をひとつずつ確認し、仕分けて、数を書き留める。今日だけで三度も結界の不具合を見つけたせいか、いつの間にか“物資と補助周りは九条に任せておけ”みたいな空気が出来上がっていた。


 ありがたいわけではない。

 でも、放っておくとたぶんもっと面倒なことになる。


「……こっちが先だな」


 青みの薄い魔石を左へ、深い青を右へ分ける。見た目の差はほとんどないのに、触れた瞬間にわかる。魔力の流れ方が違う。片方は出力補助寄り、片方は循環安定寄りだ。


 自分の指先が、知らないはずのことを知っている。


 昨日まではなかった感覚だ。

 《奪還の王》が影響しているのかもしれないし、ただ異世界に適応した結果なのかもしれない。まだ何もはっきりしない。


「九条」


 背後からかかった声に、奏真は振り返った。


 霧島悠人が立っていた。


 薄い光を反射する眼鏡。感情をあまり表に出さない顔。クラスでも元々理屈屋で、教師の説明の粗を平然と指摘するようなやつだった。異世界に来てからもその性質はまるで変わらない。むしろ、こっちの環境のほうが彼には馴染んでいる気すらする。


「何」


「少し聞きたいことがある」


「今じゃないとだめか?」


「むしろ今がいい。人が少ない」


 そう言って霧島は木箱のほうへ視線を落とした。


「整理、終わってるんだな」


「終わらせてる最中」


「充分早い」


 褒めているようには聞こえなかった。

 事実の確認。ただそれだけ。


 奏真は小さく息をつき、木箱の蓋を閉めた。


「聞きたいことって?」


 霧島は少しの間、訓練場の中央を見ていた。まだ数人の騎士が後片付けをしているが、こちらまでは聞こえない距離だ。


「今日の模擬探索」


「……うん」


「左通路の幻惑術式、封印扉の順序、中央床の返流亀裂。全部、事前に見抜いていたな」


「見抜いたっていうか、違和感があっただけ」


「違和感、で済ませるには精度が高すぎる」


 霧島の言い方は淡々としていたが、その目だけが冷たかった。


 その目を見て、奏真はようやく気づく。

 ああ、こいつは朝からずっとこの顔をしていたのか、と。


 冷たい視線の理由。

 それはたぶん、嫌悪ではない。もっと面倒なものだ。


「で?」


 奏真はあえて軽く返した。


「俺に何を言わせたい?」


「お前のスキルが、どこまで把握に関与しているのか知りたい」


 ど真ん中だった。


 遠回しに探るつもりもないらしい。

 霧島らしいといえば、らしい。


「知らないよ」


「知らない、では困る」


「困るのはこっちだよ。俺だって自分のスキルについてまともな説明されてない」


「それは知っている」


「知ってるのかよ」


「昨日の呼び出しを見ていればわかる」


 霧島は少し近づいてきた。


「教会も王国も、お前の《奪還の王》を隠したがっている。そこまでは確実だ。問題は、それが“危険だから”なのか、“都合が悪いから”なのか、その両方なのかだ」


 奏真は一瞬、返す言葉を失った。


 自分の中でもうっすら考えていたことを、霧島は躊躇なく言葉にする。


「お前、何か知ってるのか」


「断片的に推測しているだけだ」


「推測でそこまで言うのか」


「今日のお前の動きを見れば十分だ」


 霧島はしゃがみ込み、仕分け済みの魔石をひとつ手に取った。


「これは循環安定用だな」


「そうだけど」


「さっきの結界立て直しで、お前は一瞬見ただけでそれを選んだ。しかも理由も合っていた。お前はたぶん“今どうすれば元の状態に戻るか”を感覚的に把握している」


「……」


「壊れたものを直す、乱れたものを戻す、奪われたものを返す。そういう方向の力だと仮定すれば、今日の行動は全部説明がつく」


 そこまで言われてしまうと、もう「なんとなく」で逃げるのも難しい。


 奏真は壁に背を預けた。


「たぶん、そうなんだと思う」


「たぶん?」


「本当にまだよくわかってない。見えるっていうか、感じるっていうか……本来こうあるべき、みたいなのが先にくる」


「本来、ね」


 霧島の声がわずかに低くなる。


「それは厄介だな」


「なんでそうなる」


「その“本来”を決める基準が、お前のスキルにあるからだ」


 霧島は魔石を元の位置へ戻した。


「仮に、お前が誰かの加護や契約や権利の歪みまで見抜けるとする。しかも、それを正す方向へ干渉できるとしたら——それは単なる補助じゃない。秩序の上書きに近い」


 秩序の上書き。


 その言葉が妙に引っかかった。


 大げさに聞こえる。

 でも、霧島の顔は冗談を言う時のものではない。


「お前、俺を危険視してる?」


 聞いてみると、霧島は少しだけ間を置いた。


「している」


 あまりにも即答だった。


 奏真は思わず乾いた笑いを漏らす。


「正直すぎない?」


「曖昧にしても意味がないからな」


「へえ。じゃあ聞くけど、俺が何かした?」


「まだしていない」


「だったら——」


「してからでは遅い場合がある」


 その言い方に、奏真は少しだけ腹が立った。


「それ、最初から“危ないやつだから見張っておけ”って決めてるのと同じだろ」


「決めているのは俺じゃない。王国と教会だ」


「でもお前もそう思ってる」


「思っている」


 また即答だった。


 霧島は冷たい。

 けれど嘘はつかない。


 それが余計に厄介だ。


「俺はな」


 霧島は壁際に並ぶ結界杭へ視線を向けたまま言った。


「得体の知れない力を楽観視するほど善良じゃない。勇者だろうと聖女だろうと、危険なものは危険だ」


「勇者も危険視してるのか」


「性質が違う。神崎の《勇者》は、この国が歓迎する種類の力だ。強く、わかりやすく、前に立たせやすい」


 そこで霧島は、ようやく奏真のほうを見た。


「お前の力は違う。何を正しいと見なすかで、いくらでも敵にも味方にもなる」


 たしかに、と思ってしまった自分が少し嫌だった。


 言われてみれば、《奪還の王》という名前からして、妙に権限めいている。

 奪い返す。取り戻す。本来の場所へ戻す。


 もしそれが人の持つ加護や、国家の持つ権威にまで及ぶなら。


 王国や教会が嫌がる理由は、たぶんわかる。


「……それでも、最初から雑用係扱いはどうなんだよ」


 苛立ちの混じった言葉に、霧島は肩をすくめた。


「前に出せば、お前の異常さがもっと目立つ」


「異常って言うな」


「事実だろ」


「そんなあっさり言われると傷つくんだけど」


「なら訂正する。特異だ」


「そういう問題じゃない」


 少しだけ、空気がゆるむ。


 霧島は冗談のつもりではなかっただろうが、それでも先ほどまでの張りつめたやり取りよりはましだった。


 だが、その直後に彼はまた真顔へ戻る。


「ひとつ確認したい」


「何」


「神崎のことを、まだ信じているのか」


 その問いは、予想外に刺さった。


 奏真はすぐには答えられなかった。


 信じている。

 たぶん、今はまだ。


 でも、昨日から続く違和感もある。

 神崎自身というより、神崎を中心にできあがっていく空気が、妙に嫌だった。


「……友達だから」


 答えになっていない答えを返す。


 霧島は小さく息をついた。


「それは理由にならない」


「お前にはならないだろうな」


「そうだな」


 霧島は否定しなかった。


「俺は昔から、友達だからという理由で判断を鈍らせるのが嫌いだ。神崎も、桐生も、レティシアも、お前も、それぞれ役割と能力で見る」


「それ、寂しいやつだな」


「よく言われる」


 さらりと返された。


 奏真は少しだけ苦笑し、視線を訓練場中央へ向けた。


 神崎がまだ騎士と話している。木剣を肩に担いで、なにか質問に答えながら笑っていた。遠くから見ても、中心にいるのが自然な姿だ。


「神崎はさ」


「何だ」


「いいやつだよ」


 霧島は無言だった。


「昔からそうだった。クラスの空気が悪くなりそうな時、あいつが軽くまとめてくれることが多かったし、俺にも普通に接してくれた。誰にでも気さくで、たぶん本当に悪気とかないんだと思う」


「そうかもな」


「だから……今できてるこの変な流れも、神崎が作ったっていうより、周りが勝手に勇者扱いしてるだけだと思いたい」


 口にしながら、自分が“思いたい”と言ったことに気づく。


 断言じゃない。

 願望だ。


 霧島もそれに気づいたのか、ほんの少しだけ目を細めた。


「願望と事実は違う」


「わかってる」


「なら、見誤るな」


 その言葉を最後に、霧島は立ち上がった。


「今日のところは以上だ」


「……尋問みたいだったな」


「有意義だったろ」


「最悪だった」


「それでも話したのはお前だ」


 そう言って霧島は背を向けたが、二歩ほど進んだところで足を止めた。


「九条」


「ん?」


「俺はお前を危険視している。だが、それと同時に——」


 そこで珍しく、霧島が少しだけ言い淀む。


「同時に?」


「お前がいないと、この勇者戦闘団はたぶん思っている以上にもろい」


 それだけ言って、今度こそ去っていった。


 ひとり残された奏真は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 危険視。

 特異。

 秩序の上書き。

 勇者戦闘団のもろさ。


 言われたことの一つ一つが、胸の中で嫌な形に沈んでいく。


 ただ、その中でも一番残ったのは最後の言葉だった。


 ——お前がいないと、この勇者戦闘団は思っている以上にもろい。


 それはたぶん事実だ。


 今日一日だけでもそうだった。結界の揺れも、物資管理も、模擬探索も、裏側を回していたのはほとんど自分だ。


 けれどそれは、表に出る評価にはならない。


 必要ではある。

 でも称賛はされない。

 便利だが、代わりはいそうに見える。


 そういう位置。


「……最悪だな、本当に」


 誰もいない訓練場の端で、奏真は小さく呟いた。


 その時だった。


「奏真くん?」


 聞き覚えのある女の子の声がした。


 振り向くと、少し離れた柱の影に紘川芽衣が立っていた。


 黒髪を肩のあたりで揺らしながら、少し戸惑った顔でこちらを見ている。現実世界の教室で見慣れていた制服姿ではなく、王宮で支給された白い服に変わっていても、芽衣だとすぐにわかった。


「あ……紘川」


「ごめん、話してる途中だった?」


「いや、もう終わった」


 芽衣はほっとしたように近づいてくる。

 そして仕分け途中の箱や、積み上げられた結界札を見て目を丸くした。


「これ、奏真くんがやってたの?」


「まあ、一応」


「やっぱり」


「やっぱり?」


「朝からずっと見てたの。訓練場、いろいろ止まりそうになるたびに、奏真くんが動いてたから」


 その言葉に、妙な気恥ずかしさがあった。


 見ていたやつはいたんだな、と思う。

 少なくともひとりは。


「神崎くん、すごく目立ってるけど」


 芽衣は少し言葉を選うように間を置いた。


「……ちゃんと見てたら、奏真くんがいないと回ってないの、わかるよ」


 その一言は、思ったよりずっと胸にきた。


 誰かに評価されたかったわけじゃない。

 でも、見えていないことにされるのはやっぱり嫌だったらしい。


「そう言ってくれるやつがいて助かる」


 奏真が苦笑すると、芽衣も少しだけ笑った。

 けれどそのあと、表情はすぐ真剣になる。


「でも、気をつけて」


「え?」


「今日、神官の人たち……奏真くんを見る目、ちょっと変だった」


 その言い方が、ついさっきの霧島と少し似ていて、奏真は思わず肩をすくめた。


「それ、今日だけで三人くらいに言われた」


「三人も?」


「霧島と、レティシアと、今ので紘川」


 芽衣は目を瞬かせてから、少しだけ困ったように笑う。


「それは……たぶん、本当に気をつけたほうがいいやつだね」


「だろうな」


 夕焼けの赤が、柱の影を少しずつ伸ばしていく。


 芽衣は少し迷ってから、静かに言った。


「神崎くんも、昨日からちょっと変」


 奏真はその言葉に反応しかけて、でも何も返せなかった。


 芽衣は神崎の幼馴染だ。

 その芽衣が“変”と言うなら、何かあるのかもしれない。


「……どう変なんだ?」


「うまく言えないけど、余裕がない感じ。勇者って言われてから、みんなの前ではいつも通りに見えるのに、ふとした時だけ怖い顔する」


 その言葉を聞いて、霧島の問いが蘇る。


 ——神崎のことを、まだ信じているのか。


 信じたい。

 でも、違和感は確かにある。


 芽衣はそれ以上は言わず、代わりに木箱のほうを見た。


「手伝うよ」


「いや、もうだいたい終わってる」


「でもひとりでやるより早いでしょ」


 そう言って芽衣は、結界札の束をそっと手に取った。


 奏真は少し迷ってから、頷く。


「じゃあ、それは短時間用と常時補助用で分けてくれる?」


「……違い、見てわかる?」


「紋様の外枠がちょっと違う。ほら、こっちが二重線で、こっちは端が欠けてる」


「本当だ。よく見てるね」


「見えてしまう、が近い」


「それ、やっぱりスキルの影響?」


「たぶん」


 たぶん、ばっかりだね、と芽衣が小さく笑った。


 その笑い方が、少しだけ昔の教室を思い出させる。

 異世界に来てからずっと張っていた気が、ほんの少しだけ緩んだ。


 ふたりで物資を片付ける時間は、思ったより静かで楽だった。


 芽衣は手際がいいわけではないけれど、雑には扱わない。

 奏真が説明すると、ちゃんと見て、ちゃんと覚えようとする。


 こういうところ、前から変わらないなと思った。


「ねえ、奏真くん」


「ん?」


「その……無理しすぎないでね」


 芽衣は札を並べる手を止めたまま言った。


「たぶん、今いちばん頑張ってるの奏真くんだと思う。でも、頑張ってる人ほど、後回しにされることあるから」


 その言葉は、まっすぐ胸に入ってきた。


 教室でもそうだった。

 文化祭でも、体育祭でも、目立たない裏方は後回しにされやすい。芽衣は、そういうのを見ているやつだった。


「……ありがとう」


 奏真が言うと、芽衣は少し照れたように目を逸らした。


「別に。ただ、見てる人は見てるよって言いたかっただけ」


 その一言だけで、今日一日分のもやもやが少しだけ軽くなった。


 だが、訓練場を出る直前。

 ふと、入口のほうを見ると、そこに神崎が立っていた。


 いつからいたのかわからない。


 夕暮れの逆光で表情はよく見えない。

 でも、こちらを見ていたのは間違いなかった。


「恒一?」


 芽衣が先に気づいて声をかける。


 神崎は一拍遅れて、いつもの笑顔を作った。


「いや、探してた。もう戻るかと思って」


「うん、今終わるところ」


「そっか」


 それだけの会話だった。

 なのに、なぜか妙に胸がざわつく。


 神崎は奏真のほうを見て、いつも通りの軽い調子で言った。


「九条、今日ありがとな。結構助かった」


「……別に」


「また明日も頼りにしてる」


 その言い方は自然だった。

 自然すぎて、逆に何も読めない。


 けれど芽衣と並んでいる自分たちを見た瞬間の、あの一瞬だけ遅れた反応だけが、頭に残った。


 笑顔になる前の、ほんのわずかな空白。


 あれが何だったのか、奏真にはまだわからない。


 でもその夜、奏真が部屋へ戻ってからも、訓練場の端で交わした霧島の言葉と、芽衣の言葉と、神崎の一瞬の沈黙が、ずっと頭の中に残り続けていた。


 冷たい視線の理由は、ひとつじゃないのかもしれない。


 王国も教会も、自分を警戒している。

 霧島はそれを理屈で見ている。

 レティシアや芽衣は、そこに不安を感じている。


 そして神崎は——。


 そこまで考えかけて、奏真は思考を止めた。


 まだ決めつけるには早い。

 そう思いたかった。


 ただ、今日の訓練でひとつだけはっきりしたことがある。


 自分のスキルは、王国が言うような“扱いの難しい補助”なんかではたぶんない。

 もっと深く、もっと厄介で、もっと都合が悪い何かだ。


 そして、それに最初に気づいたのは——たぶん、霧島悠人だった。


 その夜、王城の一室で。


「九条奏真の本日の行動記録です」


 差し出された報告書に、神官長は目を通した。


 結界異常の指摘。

 魔石の適切な選別。

 模擬探索における罠と封印順序の看破。


 読み進めるうちに、その老いた目がゆっくり細くなる。


「……想定より早いな」


 隣にいた神官が低く尋ねた。


「発現ですか」


「兆候、だ。だが十分に早い」


「勇者戦闘団から外しますか?」


 神官長は短く首を振った。


「いや。近くに置け」


「しかし、勇者と接触を深めるのは危険では」


「だからこそだ」


 神官長は報告書を閉じた。


「勇者の隣に置いておけば、使えるうちは使える。監視もしやすい。必要なら——切り離すのも簡単だ」


 燭台の火が揺れる。


 その結論が、誰かひとりの運命を決めるには、あまりにも冷たかった。


 俺に向けられていた冷たい視線の理由を、

 この時の俺はまだ、半分も知らなかった。

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