55.足りないもの
深部制御核を起動させたあと、三人は一度その場で状況を整理することになった。
完全起動には足りないものがある。
その候補を探すためだ。
ノアが閲覧盤代わりの補助板を立ち上げ、制御核と接続する。
青い線が床に広がり、簡易的な周辺図が浮かび上がった。
『不足しているのは補助伝達部品、または起動補助鍵の可能性が高いです』
「ざっくり言うと?」
『核の力を上へちゃんと流すための部品です』
「最初からそう言え」
『改善努力中です』
「お前、ほんとそれ好きだな」
セレスが補助板をのぞきこんだ。
「この辺り」
「ん?」
「少し、明かりが薄い」
「薄いって」
「死んでるんじゃなくて、足りてない感じ」
奏真はその言葉に目を細める。
図の一角、制御核のすぐ外側にある小区画。
たしかにそこだけ青い線が弱い。
アリシスが反応する。
補助保管区画の可能性。
伝達部品残存率:中。
小規模防衛反応あり。
「防衛反応あるのか」
『はい。ただし深部守護体よりは下位の可能性が高いです』
「今の“下位”あんまり安心感ないな」
『奈落基準では軽度です』
「だからその基準が怖いんだって」
奏真は図を見つめたまま考える。
ここまで来て引き返す理由はない。
補助部品があるなら取りに行くしかない。
「行くぞ」
『了解しました』
「うん」
小区画までは近かった。
通路を一つ抜けて、崩れた扉を越えるだけ。
ただ、その扉の前でまたアリシスが反応した。
小型防衛機構。二体。
危険度:低〜中。
核反応弱。
「二体か」
『私とセレスで片方ずつ牽制可能です』
「助かる」
奏真は武器を構える。
扉を押し開けた瞬間、壁際に埋めこまれていた白い球体が二つ、同時に浮き上がった。丸い本体から細い脚が伸び、下に青い光がともる。小型の浮遊監視機みたいな形だ。
「うわ、今度はそう来るのか」
球体の一つが青い光弾を撃ち出す。
奏真は身をひねって避ける。威力はそこまでじゃない。だが、まともに当たり続けたら嫌なタイプだ。
『左を取ります』
ノアの光弾が一体を引きつける。
「右はわたし」
セレスの淡い光がもう一体の軌道を乱す。
「よし!」
奏真は右側の球体へ踏み込んだ。
アリシスが示す。
下部脚部接続点、脆弱。
「そこだな!」
武器を振り上げ、球体の下に伸びる脚部の付け根へ叩きこむ。
白い殻が砕け、球体がぐらりと傾く。
続けて、上から振り下ろす。
今度は中央へ。
青い光がはじけ、球体は床へ落ちた。
「一体!」
左側ではノアが相手を引きつけ続けている。
セレスの援護で動きがずれていた。
奏真はすぐに回り込み、二体目の後方へ。
「終わり!」
脚部接続点を叩き、続けて本体へ。
今度は一撃で沈黙した。
『戦闘終了』
ノアが言う。
「これくらいなら、だいぶ楽になったな」
『成長傾向です』
「ほんと最近それ好きだな」
『高頻度で適切なためです』
「もういいって」
小区画の中には、棚がいくつか並んでいた。
その多くは空か壊れている。けれど、一番奥の台座には、まだ青い光を宿した小さな部品が残っていた。
指先ほどの細長い結晶が三本。
それをつなぐ白い枠。
アリシスが答える。
補助伝達部品。
状態:使用可能。
深部制御核との接続適合、高。
「当たりか」
『はい』
ノアが短くうなずく。
セレスが部品を見て、少しだけほっとしたように息をつく。
「これで、上へ行ける?」
「たぶんな」
『完全起動の可能性が上昇しました』
「最近ちょっと言い方が丸くなったな」
『改善努力中です』
「それも聞き飽きたな」
奏真は部品を手に取り、光にかざす。
小さい。
けれど、ここまで来るのに必要な最後のひとかけらみたいに見えた。
奈落を出る道。
地上へ戻る手段。
そこへ手が届く実感が、ようやく本物になり始めている。
「……戻るんじゃない」
無意識に、そんな言葉が口をついた。
セレスが顔を上げる。
ノアもこちらを見る。
奏真は小さく部品を握りしめた。
「取り返しに行く。そのための道だ」
短い言葉だった。
でも、それで十分だった。
ノアが静かにうなずく。
『妥当です』
「そこはちょっと違う返しがほしかったな」
『改善努力中です』
「やっぱりそれか」
セレスが小さく笑う。
その笑いの中で、奏真はもう一度補助伝達部品を見た。
足りなかったもの。
欠けていた最後の一つ。
それを手に入れた今、奈落を出る道は、ようやく現実になろうとしていた。




