54. 核へ届く手
深部守護体が崩れ落ちた先には、ひときわ大きな部屋があった。
円形に近い。
天井は高く、中央には巨大な柱のようなものが立っている。白い石と青い光でできたその柱は、今まで見てきたどの装置よりも強い存在感を放っていた。
「……これが」
奏真はゆっくり息をのむ。
『深部制御核です』
ノアの声も、いつもより少しだけ静かだった。
制御核。
奈落の上層移動路を起こすために必要な心臓部。
近づくほど、胸の奥の《奪還の王》が反応する。
熱い。
けれど嫌な熱じゃない。むしろ、ようやく正しい場所にたどり着いたみたいな感覚があった。
アリシスが静かに走る。
深部制御核。
主系統低稼働。
外部上書き痕、中。
接続可能。
「……上書きされてるか」
『はい。完全停止ではなく、不自然な形で制限されています』
奏真は核の前まで歩く。
白い石の表面には、青い線が何重にも走っていた。きれいだ。けれど、ところどころに黒ずんだ線が混じっている。それがたぶん、王国か教会か、誰かがあとから足したものなんだろう。
「ほんと、どこでもこれだな」
元の形をねじ曲げて、自分たちに都合のいいようにする。
見れば見るほど、王国と教会のやり方はそういうものだった。
セレスが少し後ろで立ち止まる。
「触れるの?」
「たぶんな」
「危なくない?」
「危なくないとは言わない」
『危険はあります』
「お前はほんと正直だな」
『事実です』
「知ってる」
奏真は核へ手を伸ばした。
触れた瞬間、部屋全体の光がわずかに強くなる。
胸の奥の熱が、核の中の流れとつながった。
白い線。
青い循環。
そしてそこへ無理やり差しこまれた黒い線。
見える。
「……なるほどな」
ただ動いていないんじゃない。
“正しく動かないように”押さえこまれている。
アリシスが示す。
主系統は生存。
上層移動路接続可能。
ただし制限制御が挿入済み。
奪還干渉推しょう。
「返せばいい、か」
奏真は目を閉じる。
壊すんじゃない。
戻す。
本来の流れへ返す。
《奪還の王》が強く脈打つ。
それに合わせて、奏真は指先から熱を流した。
黒い線が震える。
最初は抵抗するみたいに重かった。けれど、押し返すんじゃない。ずれているものを、あるべき位置から外す。
ぱき、と小さな音。
黒い線の一本が消えた。
同時に、部屋の天井近くを青い光が走った。
長く眠っていた呼吸が、少しだけ戻るみたいな感覚。
『主系統回復、第一段階確認』
ノアの声に、奏真はゆっくり息を吐く。
「いける」
もう一度。
次は少し深いところ。
黒い制限線を、一本ずつ。
部屋の光が強くなっていく。
青い線が、まるで血流みたいに広がっていく。
セレスが一歩近づいた。
「……きれい」
「うん」
奏真も素直にそう思った。
「たぶん、こっちが本来の形なんだろうな」
最後の一本がほどけた瞬間、深部制御核が大きく脈打った。
部屋全体に青い光が広がる。
そして壁面のどこか遠くで、重い何かが動き出す音がした。
ごう、と空気が流れる。
アリシスが即座に返す。
上層移動路、部分起動。
主接続成功。
ただし完全起動未達。
「……未達?」
奏真が眉をひそめると、ノアが前へ出た。
『起動自体は成功しました。しかし上層移動路を最後まで維持するための補助部品が不足しています』
「そう簡単にはいかないってことか」
『はい』
奏真は思わずため息をついた。
「ここまで来てそれかよ」
『ですが前進です』
「お前が言うと慰めに聞こえないのに、今回はちょっとだけそう聞こえるな」
『改善努力中です』
「それ便利すぎるだろ」
セレスが核のそばの壁を見る。
「補助部品、近くにあるかもしれない」
「わかるのか?」
「完全じゃないけど……この辺り、まだ眠ってる区画がある」
ノアもすぐにうなずいた。
『閲覧盤と現在位置情報を照合すれば、候補を絞れます』
奏真はもう一度、青く脈打つ深部制御核を見た。
完全じゃない。
でも、ちゃんと届いた。
奈落の上層へ向かう道は、今確かに起き始めている。
ここまで来たなら、あとは最後の一押しだ。
「……よし。起きるなら最後まで起こす」
青い光がその言葉に応えるみたいに、静かに揺れた。




