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信じていた仲間に処分された俺、禁忌スキル《奪還の王》で最強になる ~奪われた力も居場所も、今度は全部取り戻す~  作者: 夜天 颯
第二章 奈落の王

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43.三人目の足音

保全区画へ戻るまでの道は、行きよりずっと長く感じた。


 セレスは軽かった。

 軽すぎた。


 腕の中にある体温はかすかで、ちゃんと生きているのに、どこか現実感が薄い。長い時間、あの封圧区画で眠るみたいに固定されていたのだろう。今こうして支えていても、少し力を抜けば、そのまま消えてしまいそうな危うさがあった。


「大丈夫か」


 歩きながら小さく聞くと、セレスは奏真の肩に額を預けたまま、ほんの少しだけうなずいた。


「……へいき、じゃないけど」

「だろうな」


 そう返しながら、奏真は足元を見る。


 通路の段差。

 右側のひび。

 奥のぬめり。

 アリシスが次々に情報を返してくる。


 左側通行推しょう。

 足場安定。

 周辺危険度:低。


 今までなら、自分のために使っていた眼だ。

 けれど今は違う。腕の中の少女を落とさないため、無理に揺らさないため、少しでも安全な道を選ぶために自然と使っている。


 その感覚が妙にしっくりきた。


『前方、段差』


 ノアが短く言う。


「見えてる」


 そう返してから、奏真は少しだけ笑った。


「……いや、ありがとな」


『補助行動です』


「それでも」


 ノアは何も言わなかった。

 けれど、いつもより一瞬だけ歩く速度がゆるんだ気がした。


 ようやく保全区画へ戻ると、奏真はゆっくりセレスを台の上へ横たえた。

 青白い光柱の明かりが、彼女の白い顔を静かに照らす。


 近くで見ると、やっぱり細い。

 手首なんて驚くほど華奢だ。あんな拘束を長く受けていれば、こうもなるのかと胸が重くなる。


「……ノア、この光、少しは役に立つんだよな」


『保全補助としては有効です。即時回復は不可能ですが、環境安定と最低限の循環補助が可能です』


「最低限でもいい。今はそれで十分だ」


 奏真は台の脇へ腰を下ろした。


 セレスはまだ目を閉じている。けれど眠っているというより、意識と体がまだつながりきっていない感じだった。たまにまつ毛がかすかに揺れて、そのたびに今ここにいるとわかる。


 しばらく静かな時間が流れた。


 奈落の底だというのに、この部屋だけは少しだけ落ち着いている。

 魔物の気配も今は遠い。青い光のゆるい音だけが、部屋の中を満たしていた。


「……変な感じだな」


 奏真がぼそっと言うと、ノアがこちらを見る。


『何がですか』


「ついさっきまで、俺とお前の二人だっただろ」

『はい』

「それが、今は三人になってる」


 自分で口にしてみて、妙に実感がわいた。


 三人。


 奈落に落ちた直後は、本当に一人だった。

 何もない。誰もいない。理由もわからないまま落とされて、死にかけて、気味の悪い眼だけが目覚めた。


 そこへノアが現れた。

 そして今、セレスがいる。


 それはたぶん、思っている以上に大きい変化だった。


『人数の増加は事実です』


「言い方」


 思わず笑ってしまう。


 ノアはやっぱりノアだ。

 でも、その変わらなさも今は悪くない。


 その時、台の上でセレスが小さく身じろぎした。


 奏真はすぐ顔を向ける。


「セレス?」


 ゆっくりと、セレスの目が開く。


 淡い蒼。

 薄い光を閉じこめたみたいな、静かな色だった。


 焦点が合うまで少し時間がかかった。

 けれど、視線はまっすぐ奏真を探し、見つけた瞬間に少しだけやわらいだ。


「……いた」

「いるよ。勝手に消えたりしない」


 そう返すと、セレスはごく小さく息を吐いた。


 安心したみたいな顔だった。


 奏真はちょっと困る。

 そんなふうにまっすぐ安心されると、どうしていいかわからない。


「気分は」

「まだ……ふわふわする」

「だろうな」

「でも……さっきより、ちゃんとここにいる感じがする」


 その言葉に、奏真は少しだけ肩の力を抜いた。


「ならよかった」


 セレスは少しだけ首を動かし、部屋の中を見た。

 青い光。

 白い壁。

 ノア。

 それからまた奏真へ戻る。


「……ここ、どこ」

「奈落の保全区画らしい」

「らしい?」

「俺もまだ全部知ってるわけじゃないからな」


 その返しに、セレスはほんの少しだけ目を丸くした。

 それから、かすかに笑った。


「変なの」

「よく言われる」

『私は言っていません』


「お前は黙ってろ」


 間髪入れず返すと、セレスの肩が小さく揺れた。

 たぶん笑ったのだ。


 その反応を見て、奏真は少しだけほっとした。


 大丈夫そうだ。

 もちろん、まだ立てるような状態じゃない。でも、ちゃんと会話できている。心まで壊されきっていたわけじゃない。


 それが何より大きかった。


「セレス」

「……ん」

「今すぐ無理に思い出さなくていい。けど、聞けそうなら聞きたいことがある」

「あると思った」


 少しだけいたずらっぽい言い方だった。

 けれど声はまだ弱い。


「お前、どれくらいあそこにいた」


 その問いに、セレスは少しだけ黙った。


 目を伏せる。

 呼吸が浅くなる。


 奏真はすぐに手を上げた。


「無理ならいい」

「……時間は、わからない」

「そっか」

「長かった、とは思う」


 その一言で十分だった。


 長かった。

 それだけで、どれだけのものを奪われてきたのか想像できる。


「ここが何の場所かは」

「……ぜんぶは、わからない」

「でも何かに使われてた?」

「うん」


 セレスは自分の胸元に手をやろうとして、まだうまく動かせず少しだけ顔をしかめた。


「わたし、つながれてたの。流されるために」

「流される?」

「たぶん……何かを動かすため。わたしの力を、別の場所へ」


 奏真の顔が少し険しくなる。


 予想はしていた。

 でも、実際に口にされると腹の立ち方が違う。


「やっぱり使ってたのか」

「うん。でも……細かいことは、まだうまく思い出せない」


 セレスはそう言って目を閉じた。


 当然だろう。長く固定されて、意識まで沈められていたのだ。目が覚めたばかりで全部きれいに話せるほうがおかしい。


「いい。今はそれで十分だ」


 奏真はそう言ってから、少しだけ迷った。


 どう声をかければいいのかわからない。

 慰めるのも違う。軽く流すのも違う。


 だから、いちばん思ったことをそのまま言うことにした。


「お前をああしたやつは、たぶん俺も嫌いなやり方してる」


 セレスがゆっくり目を開く。


「嫌いな、やり方」

「人を人として見ないやり方だよ。使える形にして、都合よく固定して、勝手に正しそうな顔するやつ」


 自分でも、驚くくらい素直に言葉が出た。


 王国。

 教会。

 神崎。

 全部が一つに重なるわけじゃない。


 でも、“都合よく扱う”ってところだけは同じ匂いがする。


 セレスはしばらく奏真を見つめて、それから小さくうなずいた。


「……じゃあ、たぶん」

「ん?」

「あなたは、きらいじゃない」


 あまりにもまっすぐ言われて、奏真は言葉に詰まった。


 ノアが横で静かに口を開く。


『依存傾向増加の可能性』

「だから今それ言うなって!」


 思わず即座に返してしまう。


 セレスがまた少し笑った。

 今度はさっきより、はっきりと。


 その笑いを見て、奏真は少しだけ肩の力を抜く。


 よかった。

 ちゃんと、笑えるなら。


「……とりあえず、今日は休め」

「うん」

「動けないうちは無理するな」

「うん」

「あと、急にどっか行くなよ」

「行けないと思う」


 それもそうだ、と奏真は苦笑する。


 奈落の底。

 保全区画。

 古代施設。

 謎の相棒と、封印から解かれたばかりの少女。


 状況はめちゃくちゃだ。

 でもそのめちゃくちゃさが、今は少しだけ心地よかった。


 完全な一人じゃなくなったからだ。


 奏真は立ち上がり、部屋の入口へ視線を向ける。


「ノア」

『はい』

「この辺の安全確認、もう一回できるか」

『可能です』

「頼む。俺はここで見てる」


 ノアはうなずき、音もなく部屋を出ていく。


 その背中を見送ってから、奏真はセレスのほうを見た。


「……三人、か」


 小さくこぼす。


 セレスが目を細める。


「三人」

「ああ。俺とノアと、お前」

「へんな組み合わせ」

「ほんとにな」


 でも悪くない、と奏真は思った。


 奈落の底で出会った三人。

 理由も立場もバラバラで、まともじゃない組み合わせだ。


 けれど、不思議ともう“ただの偶然”じゃない気がしていた。

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