39.鎖の中で
白い膜の向こうにいたのは、やっぱり人だった。
長い髪。
細い肩。
うつむいたまま、宙に浮くみたいに固定された体。
少女だった。
眠っているようにも見える。
けれど近づくほど、それがただ眠っているだけじゃないことがわかった。
細い光の輪が、何重にも少女の体を囲んでいる。
手首。
足首。
首。
胸元。
腰。
やわらかく光っているのに、その全部が“やさしいもの”には見えなかった。
「……これ、封印っていうか」
奏真は眉をひそめる。
「ほとんど拘束じゃないか」
ノアが横で静かにうなずいた。
『多重封圧と拘束固定が重なっています』
「そこまでする必要がある相手に見えないけどな」
『現時点では、私も同意見です』
奏真は膜の近くまで歩み寄った。
近づくと、少女の顔がよく見える。
年は自分と同じくらいか、少し下か。
白い。いや、血の気が薄い。長く光の届かない場所にいたみたいな顔色だった。まつ毛は長いのに、目は閉じたまま動かない。
そしてその胸のあたりに、細い線が何本も刺さるようにつながっていた。
それを見た瞬間、胸の奥に嫌なものが走る。
「……使ってたのか」
言葉が低くなる。
『可能性は高いです』
アリシスが反応する。
対象:生体。
生命活動:極低。
外層:隔離。
中層:拘束。
内層:接続固定。
長期維持痕あり。
「長期って、どれくらいだ」
『正確な時間は不明です』
ノアの返答は短い。
でも、その短さが逆に重かった。
長い時間、この少女はここにいた。
目を覚ますことも、動くこともできないまま、何かにつながれ続けて。
奏真は膜の向こうを見つめたまま、動けなかった。
自分も落とされた。
捨てられた。
危険なものみたいに扱われた。
でも、これはもっとひどい。
奈落の底に置き去りにされるんじゃない。
閉じ込めたまま、使える形に固定されている。
「……ふざけんな」
ぽつりとこぼれた言葉は、思っていたより冷たかった。
怒鳴るほど熱くはない。
でも、静かに腹が立つ。
こういうのが一番嫌いだ、と奏真は思った。
人を人として見ないやり方。
都合のいい“機能”にしてしまうやり方。
王国も教会も、ずっとそうだった。
奏真に対しても。
だから余計に、この光景が胸に刺さる。
「ノア。これ、開けられるんだよな」
『可能です。ただし順序を誤れば対象の損傷確率が上昇します』
「だろうな」
奏真は深く息を吸う。
焦るな。
見ろ。
ただ壊すんじゃない。返すんだ。
そう意識した瞬間、アリシスがまた細かく流れ始めた。
膜の外周。
その内側の輪。
さらに奥の固定線。
何がどこにあるのかはわかる。
でもまだ全部を一度に理解できるほどじゃない。
「……一気には無理か」
『推しょうしません』
ノアの声は落ち着いていた。
『外から順に確認してください』
「わかってる」
奏真は膜にそっと手を近づける。
触れる直前、ぴりっと小さな痛みが走った。
弾かれはしない。けれど、簡単に入れていいものでもない。
アリシスが答える。
外層:侵入拒否ではなく、維持隔離。
破壊ではなく解除推しょう。
奏真はゆっくり息を吐いた。
壊すんじゃない。
ほどく。
そのほうが、自分の力らしい。
膜の向こうの少女を見ながら、奏真は小さくつぶやく。
「……待ってろ」
相手は眠っていて、聞こえるはずもない。
それでも、言わずにいられなかった。
奈落の底で、長く鎖の中にいた誰か。
その姿は、今の奏真には見過ごせなかった。




