3.勇者パーティで俺だけ雑用係にされたけど、たぶん全員気づいていない
翌朝、目が覚めた瞬間、ここが自分の部屋じゃないことを思い出した。
白い天井。やたらと大きいベッド。重たそうな青いカーテン。
夢ならよかったのに、と思いながら身を起こす。
けれど窓の外に広がる石造りの街並みと、見慣れない双月を見た時点で、もう諦めるしかなかった。
異世界。
召喚。
勇者。
そして、自分だけ隠されたスキル。
「最悪の朝だな……」
ひとりごちて顔を洗う。部屋に備え付けられていた水差しの水は冷たく、妙に目が冴えた。
着替えまで用意されていたのには少し引いた。白を基調にした簡素な服で、いかにも“異世界の客人用”という感じのデザインだ。着心地は悪くないが、だからこそ余計に落ち着かない。
身支度を整えて部屋を出ると、廊下にはすでに何人かのクラスメイトがいた。
「あ、九条」
「おはよ……って言っていいのかわかんないけど」
「それな」
眠そうな顔、緊張した顔、不機嫌そうな顔。みんな感情の出方は違うが、共通しているのは“現実をまだ飲み込みきれていない”ことだった。
食堂へ向かう途中で神崎とも合流した。
「九条、おはよう」
「おはよう」
「昨日、ちゃんと寝れたか?」
「寝たような寝てないような」
「同じだわ」
神崎は苦笑した。
相変わらず自然な笑顔だ。昨日の夜も思ったけれど、こうして声をかけてくれるだけで少し気が楽になる。
だからこそ、そのあとに続く展開がなおさら嫌な形で残ることになる。
朝食のあと、クラス全員が大広間とは別の、円形の訓練場のような場所へ集められた。
高い天井。石造りの壁。床には細かな魔法陣と区画線が刻まれている。周囲には騎士や神官、書記官らしき者たちが並び、昨日よりもずっと“査定”の空気が強かった。
まるで商品チェックだな、と思った。
正面には王ではなく、鎧を着た壮年の男と、神官長らしき白衣の老人が立っている。鎧の男は無駄のない目つきでクラス全体を見渡し、低く通る声で言った。
「諸君らには本日より、順次この世界での適応訓練を受けてもらう。自衛能力の把握、スキルの確認、今後の役割分担——すべては王国と諸君ら自身のためだ」
言い方は丁寧だが、要するに“使える人材を見極めます”ということだろう。
神官長が前へ出る。
「まずは昨日の儀で判明した適性に基づき、初期編成を行います」
ざわめきが広がる。
やっぱり来たか、と思った。
勇者がいる以上、そうなるとは思っていた。
「高位戦闘適性者、前へ」
最初に名前を呼ばれたのは神崎だった。
当然のように一番前へ出る。その後ろに、桐生朱音、霧島悠人、それから剣技や魔法の適性が高かった数人が続いた。
神官長が一人ひとりの能力を読み上げながら、何かを記録していく。
騎士たちの視線は露骨だった。期待、評価、品定め。
「《勇者》——神崎恒一殿は、王国直属の勇者戦闘団へ」
「《高位剣技》——桐生朱音殿は前衛候補」
「《魔導演算》——霧島悠人殿は後衛指揮および解析補助」
名前が呼ばれるたび、周囲の空気がわずかに動く。
やはり神崎の扱いだけが別格だった。
そして途中、神官長が言った。
「《神聖治癒》——白雪レティシア殿」
白い髪の少女——昨日、遠目に見かけた聖属性持ちのクラスメイトが前に出る。
名前を知ったのは初めてだった。白雪レティシア。たしかに妙にしっくりくる名前だ。
神官長は満足そうにうなずく。
「希少な神聖系統。勇者戦闘団に随伴する治癒役として最優先に編成する」
つまり神崎と同じ組、ということだ。
そのまま編成は進み、大まかな役割が分けられていく。
前衛。後衛。治癒。探索。支援。生産。
そして、だいたい流れが見えた頃になって、ようやく神官長がこちらを見た。
「九条奏真殿」
前に出る。
その瞬間、昨日と同じ妙な静けさが一瞬だけ落ちた。
すぐに消えたが、それでもわかった。やはり自分の扱いだけが違う。
神官長は手元の羊皮紙を見てから、感情を消した声で告げた。
「《奪還者》——詳細適性未確定。よって当面は、勇者戦闘団補助要員として暫定編成する」
補助要員。
昨日の“補助系”に続いて、また曖昧な言葉だった。
だが、本当に問題なのはそのあとだった。
「具体的な役割は、術式確認、結界補助、物資管理、装備運搬、記録補佐、その他雑務とする」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
周囲のクラスメイトたちも同じだったらしい。
ざわ、と小さなざわめきが起きる。
「え、雑務?」
「運搬って……」
「九条だけ?」
神官長は構わず続けた。
「戦闘適性が確認できるまでは、前線参加は制限する。これは安全のためでもある」
安全。
都合のいい言葉だ。
つまり、戦えそうな連中は前へ。
危険かもしれない自分は、近くに置いて管理しながら使える範囲だけ使う。そういうことだろう。
前へ戻ろうとしたところで、騎士団長らしき男が淡々と言った。
「勇者戦闘団は今後、最優先戦力として育成される。役に立つ者には相応の待遇が与えられる。各自、そのつもりで励め」
役に立つ者には。
つまり今の時点で、自分は“戦力”ではなく“付属品”扱いらしい。
列へ戻ると、隣の男子が気まずそうに小声で言った。
「……ドンマイ?」
「慰め方が雑すぎる」
「ごめん」
思わず少し笑った。
その程度には、まだ余裕がある。
けれど胸の奥には、じわじわと嫌なものが広がっていた。
別に前衛をやりたいわけじゃない。
剣を振り回したいわけでもない。
でも、自分のスキルの詳細すら明かさないまま“雑務担当”に押し込まれるのは、さすがに気分がよくなかった。
「ま、九条なら器用そうだしな」
「荷物係ってこと?」
「雑用って一番大変じゃね」
クラスメイトたちの反応も様々だった。
あからさまに見下すほどではない。けれど、“戦えないやつの役回り”として納得している空気がある。
その時点で、王国側の誘導は半分成功していた。
神崎がこちらを振り返った。
「九条、あとで詳しく聞こう。たぶんまだ仮だろ」
「……そうだといいけど」
神崎は眉をひそめたが、今はそれ以上言わなかった。
編成発表のあと、さっそく簡易訓練が始まった。
戦闘適性の高い者たちは木剣や模擬魔法具を使った実技へ。
支援系は神官による魔力の流し方の基礎講座へ。
生産系は別室で適性測定へ。
そして奏真は、勇者戦闘団の補助要員として騎士のひとりに連れられ、訓練場の端にある資材庫へ案内された。
「本日からしばらく、君にはこちらの管理補助を任せる」
案内役の騎士は無表情だった。敵意はない。ただ、関心もない。
倉庫の中には木箱や武具、訓練用の結界札、魔石、応急処置用の薬品などが雑然と積まれていた。量だけはやたらとある。
「結界札は種類ごとに分ける。消耗魔石は残量別。治癒薬は神官用と一般用で棚が違う。運搬用リストはこちらだ」
説明が容赦なく早い。
「……いや、ちょっと待ってください。俺ひとりで?」
「現時点ではそうなる」
「勇者戦闘団の補助って、これ全部ですか」
「全部ではない。記録補佐、物資の搬送、術式確認の立ち会いもある」
全部だな、と思った。
騎士はそこで少しだけ声を落とした。
「君のスキルはまだ扱いが定まっていない。余計な行動を取らず、指示に従うことだ」
余計な行動。
つまり勝手に何かするな、監視下にいろ、という意味だろう。
「……わかりました」
そう答えるしかなかった。
騎士が去ったあと、奏真はしばらく倉庫の中央で立ち尽くしていた。
「いや、雑すぎるだろ……」
思わず声が出る。
異世界に召喚されて二日目。
勇者の親友ポジションだったはずの自分は、気づけば資材庫で結界札の仕分けをしていた。
なんだこの落差。
だが、文句を言っても何も始まらない。
奏真はため息をつきながら、近くの木箱を開けた。
中には複数の札が入っていた。見た目はよく似ているが、表面の紋様が微妙に違う。防壁型、遮音型、感知型……たぶんそういう区分なのだろうが、説明書きはほとんどない。
「不親切すぎないか」
手に取って眺める。
すると、不思議なことに紋様の流れがなんとなく見えた。
昨日、召喚陣を見たときと同じ感覚だ。
線のつながり。
魔力の向き。
使われる順番。
頭で考えるより先に、指先が勝手に区分を始めていた。
「これは防壁。こっちは索敵……いや、感知範囲が狭いから警戒用か」
似た札を並べ替える。
魔石も触れた瞬間になんとなく残量がわかる。応急薬の薬瓶も、わずかな香りの差で治癒用と解毒用の区別がついた。
「……なんだこれ」
自分でも少し気味が悪いくらい、手が止まらない。
気づけば、倉庫の半分近くが短時間で整理されていた。
その時、入口のほうから声がした。
「へえ」
振り向くと、霧島が立っていた。
「お前、そういうの得意なんだな」
「得意っていうか……なんか見ればわかる」
「なんか、で済ませるの雑だな」
霧島は積み直された箱と、区分された札の山を見回した。
感心しているようにも見えるし、警戒しているようにも見える。
「これ、説明受けたのか?」
「ほとんど受けてない」
「なのに分類できた?」
「たぶん」
「たぶん、ね」
霧島は近くにあった感知札を一枚取り、裏表を見てから元の場所へ戻した。
「正解だ。こっちは警戒用。こっちは短時間の遮音。配置も合ってる」
「……そうなんだ」
「自覚薄いな」
霧島はそこで少し黙り込み、それから淡々と言った。
「やっぱり、お前のスキルはただの補助じゃないかもな」
「そう思うなら、ちゃんと説明してくれたらいいのに」
「俺が説明できるならしてる」
その返しに、奏真は軽く眉を上げた。
「知らないのか?」
「推測はできる。でも確証はない」
霧島は視線を外し、低い声で続けた。
「ただ、王国も教会も、お前の扱いを決めかねてるのは確かだ。だから近くに置いて、使えるだけ使うつもりなんだろ」
「……ひどい言い方だな」
「でも、たぶん当たってる」
それは否定できなかった。
霧島が倉庫を出ていこうとして、ふと足を止める。
「神崎たちは演習場だ。物資搬送、十五分後に呼ばれるぞ」
「了解」
「あと」
「ん?」
「その札、順番逆に積むと暴発しやすい。今の並べ方のままでいい」
それだけ言って霧島は去った。
冷たいが、必要なことは言う。
嫌なやつなのか、合理的なだけなのか、まだよくわからない。
十五分後、本当に呼び出しがかかった。
訓練場へ向かうと、そこでは神崎たちが模擬戦闘をしていた。木剣を手にした神崎が騎士相手に打ち合い、桐生が別の騎士と剣筋を競っている。レティシアは神官に囲まれて治癒術の練習中、霧島は魔力測定装置の前で何かを計算していた。
みんな、もう“それっぽい場所”にいる。
そこへ自分は木箱を運んで入っていく。
なんだかな、と思う。
「九条!」
神崎がこちらに気づき、軽く手を上げた。模擬戦の合間らしく、額に汗を浮かべている。
「悪い、その箱こっちに頼む!」
「ああ」
木箱を運ぶ。中身は結界杭と補助魔石だ。思ったより重い。
配置場所へ持っていくと、騎士が短く指示を出した。
「そちらへ四本。魔石は神官へ。次は訓練用水を二樽」
完全に雑用係だった。
奏真は何も言わず、指示通りに動いた。
重い荷を運び、必要な物を渡し、記録板に使用数を書き込む。
その間も神崎は木剣を振るい、騎士たちから「さすが勇者殿」と声をかけられていた。
クラスメイトたちもそれぞれの持ち場で評価を受けている。
たぶん誰も気づいていない。
この演習場が滞りなく回っているのは、裏で物と情報を運んでいる人間がいるからだということに。
いや、気づいていても、気にしていないのかもしれない。
「九条、水もう一本」
「わかった」
神崎に呼ばれ、木製の水筒を渡す。
神崎は一口飲んで、申し訳なさそうに笑った。
「なんか、完全に手伝わせてるな。悪い」
「別に。今の俺の役割らしいし」
「“らしい”って顔してないだろ」
するどいな、と思った。
「……雑用係って、もう少しオブラートに包んでくれてもよくない?」
「それはそう」
神崎は苦笑したあと、真面目な顔で言った。
「でも、お前がただの雑用で終わるとは思えない。昨日の反応もそうだったし」
「その“反応”のせいで雑用なんじゃないの」
「それは……」
神崎が言い淀む。
そこへ騎士の声が飛んできた。
「神崎殿、続けます!」
「っと、悪い。またあとで」
神崎はすぐに前へ戻っていった。
その背中を見送りながら、奏真は木箱を持ち直す。
前に立つのが神崎。
裏で回すのが自分。
それ自体は昔から変わらない。
文化祭でも、体育祭でも、神崎が目立つ場所にいて、自分はどちらかといえば裏方だった。
けれど今は少し違う。
ここでは、その役割が“才能”として固定されようとしている。
しかも、自分の意志とは関係なく。
昼過ぎには、訓練場のあちこちで小さなトラブルが起き始めていた。
補助魔石の残量不足。
結界杭の配置ミス。
神官用薬瓶の取り違え。
いちいち呼ばれて対処するのは面倒だったが、逆に言えばそれだけ現場が雑なのだ。
「これ、順番違います」
「何?」
「その杭、逆向きです。結界の流れがねじれます」
思わず口を出すと、設置していた若い騎士が怪訝な顔をした。
「君にわかるのか?」
「……たぶん。こっち向きじゃないと、起点が噛み合わないです」
半信半疑で騎士が向きを直す。
すると、直後に神官が「あっ、安定した」と声を上げた。
「本当だ……」
騎士が驚いたように杭と奏真を見比べる。
別に褒められたいわけじゃない。
でも、わかるものはわかるのだから仕方ない。
同じようなことが何度か続いた。
魔石残量の見誤りを止め、薬瓶の取り違えを指摘し、結界札の配置順を修正する。
そのたびに周囲が少しだけざわつく。
目立ちたいわけではないのに、結果的に目立ってしまう。
それが少し嫌だった。
そしてたぶん、もっと嫌だったのは——
「神崎殿、素晴らしい判断です! 補給の流れまで把握しておられるとは!」
騎士がそう言った時だった。
たまたま神崎が近くに立っていただけだ。
実際に補給の順番を整理したのは奏真だったし、残量不足に気づいたのも奏真だ。
神崎は「あ、いや」と言いかけて、少しだけこちらを見た。
その一瞬で、何を言うか迷ったのがわかった。
「……みんなが動きやすいようにしたかっただけです」
結局、神崎はそう答えた。
騎士は感心したようにうなずく。
「さすが勇者殿」
それで終わりだった。
奏真は何も言わなかった。
神崎も、それ以上は言わなかった。
別に神崎が手柄を横取りしたわけじゃない。
ただ、流れのままにそうなっただけ。
でも、そういう“流れ”が積み重なるのだろうな、となんとなく思った。
夕方、ようやく最初の訓練が終わった。
くたくたになって倉庫へ戻り、使われた物資の残数を数えていると、背後から静かな声がした。
「あなた、見た目より大変な役を押しつけられているのね」
振り向くと、白雪レティシアが立っていた。
近くで見ると、本当に白い。髪も肌も、法衣も、全部が淡い光をまとっているみたいだった。
その分、青い瞳だけが妙にはっきり見える。
「まあ、雑用係らしいから」
「雑用、では済まない量だったと思うけれど」
そう言って、彼女は倉庫の中を見回した。整理された物資、分類された札、残数まで揃えられた棚。
「これ、全部あなたが?」
「一応」
「神官見習いでも、ここまで綺麗にはできないわ」
さらっと言われて、少しだけ困る。
「褒められてるのか、それ」
「もちろん」
レティシアは真顔で言った。冗談ではないらしい。
それから彼女はほんの少しだけ声を落とす。
「……でも、気をつけて」
「え?」
「目立たないように扱われているのに、目立つことをすると、余計に見られるから」
その言い方に、奏真は手を止めた。
「それ、どういう意味だ」
レティシアはすぐには答えなかった。
青い瞳が、少しだけ揺れる。
「まだ、私にも全部はわからないの。でも……昨日のあなたへの反応、普通じゃなかった」
「わかってる」
「なら、なおさら」
彼女はそこで言葉を切った。
続きがあるのに、言わない。言えない。
その曖昧さが、昨日の神官たちと少し似ていて、奏真はわずかに苛立った。
「みんな、知ってることを中途半端に隠すな」
思ったより強い口調になった。
レティシアは小さく息を呑んだが、怒り返したりはしなかった。
「……ごめんなさい」
その素直な謝罪に、逆に毒気を抜かれる。
「いや、こっちも悪い」
「でも本当に、あなたは少し気をつけたほうがいいと思う。王国も教会も、勇者にはわかりやすく期待している。でもあなたには……」
「期待じゃなく、保留と監視って感じだ」
「……そうね」
レティシアは否定しなかった。
その時点で、ほとんど答え合わせみたいなものだった。
彼女は倉庫の入口のほうを気にしてから、小さく言った。
「神崎くんは、あなたを気にかけてる」
「だろうな」
「でも、周りの空気は、たぶんもう少し早く変わる」
「空気、ね」
「ええ」
それだけ言って、レティシアは身を引いた。
「また明日」
「……ああ」
彼女が去ったあと、奏真はしばらく動けなかった。
周りの空気は、もう少し早く変わる。
その言葉が妙に残る。
たしかに、今日だけでもう片鱗はあった。
勇者として前に立つ神崎。
戦力として見られるクラスメイト。
そして“詳細不明の補助要員”として扱われる自分。
まだ誰も露骨に見下したりはしていない。
でも、役割はもう作られ始めている。
戻る途中、廊下の窓に映った自分を見た。
白い服を着た、地味な男。
勇者の隣で、一番後ろに立つのが似合いそうなやつ。
「……いや、さすがにそれで終わるのは嫌だな」
自分でも驚くくらい、はっきりした本音だった。
別に主役になりたいわけじゃない。
目立ちたいわけでもない。
でも、自分のことを何ひとつ説明しないまま“雑用係”で固定されるのは、たぶん我慢できない。
その夜、神崎は食堂で明るく笑い、騎士たちは勇者の未来を語り、王国は着々と神崎中心の編成を整えていた。
その一方で、奏真は物資置き場の片隅で、誰にも気づかれないまま結界札の癖を見抜き、魔石の減りを感じ取り、訓練場の流れを整えていた。
たぶん、まだ誰も気づいていない。
勇者パーティで、いちばん地味に扱われている人間が、
実は一番“見えてはいけないもの”を見ているかもしれないということに。
そしてその夜の終わり、訓練場の地下では、神官長が今日の報告書に目を通していた。
「九条奏真——倉庫整理、結界補助、魔石判別、薬品識別、記録補佐……」
老いた指が紙を叩く。
「戦闘には出さずとも、やはり異常に有用か」
隣の神官が低く尋ねた。
「勇者団から外しますか?」
「いや」
神官長は静かに首を振った。
「むしろ近くに置け。監視もしやすい」
その言葉とともに、報告書の端に追記がなされる。
——当面、勇者戦闘団補助要員として継続使用。
勇者は前に立つ。
俺は裏を回される。
その構図は、まだ始まったばかりだった。




