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信じていた仲間に処分された俺、禁忌スキル《奪還の王》で最強になる ~奪われた力も居場所も、今度は全部取り戻す~  作者: 夜天 颯
第1章 異世界召喚

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3.勇者パーティで俺だけ雑用係にされたけど、たぶん全員気づいていない

翌朝、目が覚めた瞬間、ここが自分の部屋じゃないことを思い出した。


 白い天井。やたらと大きいベッド。重たそうな青いカーテン。

 夢ならよかったのに、と思いながら身を起こす。


 けれど窓の外に広がる石造りの街並みと、見慣れない双月を見た時点で、もう諦めるしかなかった。


 異世界。

 召喚。

 勇者。

 そして、自分だけ隠されたスキル。


「最悪の朝だな……」


 ひとりごちて顔を洗う。部屋に備え付けられていた水差しの水は冷たく、妙に目が冴えた。


 着替えまで用意されていたのには少し引いた。白を基調にした簡素な服で、いかにも“異世界の客人用”という感じのデザインだ。着心地は悪くないが、だからこそ余計に落ち着かない。


 身支度を整えて部屋を出ると、廊下にはすでに何人かのクラスメイトがいた。


「あ、九条」

「おはよ……って言っていいのかわかんないけど」

「それな」


 眠そうな顔、緊張した顔、不機嫌そうな顔。みんな感情の出方は違うが、共通しているのは“現実をまだ飲み込みきれていない”ことだった。


 食堂へ向かう途中で神崎とも合流した。


「九条、おはよう」


「おはよう」


「昨日、ちゃんと寝れたか?」


「寝たような寝てないような」


「同じだわ」


 神崎は苦笑した。

 相変わらず自然な笑顔だ。昨日の夜も思ったけれど、こうして声をかけてくれるだけで少し気が楽になる。


 だからこそ、そのあとに続く展開がなおさら嫌な形で残ることになる。


 朝食のあと、クラス全員が大広間とは別の、円形の訓練場のような場所へ集められた。


 高い天井。石造りの壁。床には細かな魔法陣と区画線が刻まれている。周囲には騎士や神官、書記官らしき者たちが並び、昨日よりもずっと“査定”の空気が強かった。


 まるで商品チェックだな、と思った。


 正面には王ではなく、鎧を着た壮年の男と、神官長らしき白衣の老人が立っている。鎧の男は無駄のない目つきでクラス全体を見渡し、低く通る声で言った。


「諸君らには本日より、順次この世界での適応訓練を受けてもらう。自衛能力の把握、スキルの確認、今後の役割分担——すべては王国と諸君ら自身のためだ」


 言い方は丁寧だが、要するに“使える人材を見極めます”ということだろう。


 神官長が前へ出る。


「まずは昨日の儀で判明した適性に基づき、初期編成を行います」


 ざわめきが広がる。


 やっぱり来たか、と思った。

 勇者がいる以上、そうなるとは思っていた。


「高位戦闘適性者、前へ」


 最初に名前を呼ばれたのは神崎だった。

 当然のように一番前へ出る。その後ろに、桐生朱音、霧島悠人、それから剣技や魔法の適性が高かった数人が続いた。


 神官長が一人ひとりの能力を読み上げながら、何かを記録していく。

 騎士たちの視線は露骨だった。期待、評価、品定め。


「《勇者》——神崎恒一殿は、王国直属の勇者戦闘団へ」

「《高位剣技》——桐生朱音殿は前衛候補」

「《魔導演算》——霧島悠人殿は後衛指揮および解析補助」


 名前が呼ばれるたび、周囲の空気がわずかに動く。

 やはり神崎の扱いだけが別格だった。


 そして途中、神官長が言った。


「《神聖治癒》——白雪レティシア殿」


 白い髪の少女——昨日、遠目に見かけた聖属性持ちのクラスメイトが前に出る。

 名前を知ったのは初めてだった。白雪レティシア。たしかに妙にしっくりくる名前だ。


 神官長は満足そうにうなずく。


「希少な神聖系統。勇者戦闘団に随伴する治癒役として最優先に編成する」


 つまり神崎と同じ組、ということだ。


 そのまま編成は進み、大まかな役割が分けられていく。

 前衛。後衛。治癒。探索。支援。生産。


 そして、だいたい流れが見えた頃になって、ようやく神官長がこちらを見た。


「九条奏真殿」


 前に出る。


 その瞬間、昨日と同じ妙な静けさが一瞬だけ落ちた。

 すぐに消えたが、それでもわかった。やはり自分の扱いだけが違う。


 神官長は手元の羊皮紙を見てから、感情を消した声で告げた。


「《奪還者》——詳細適性未確定。よって当面は、勇者戦闘団補助要員として暫定編成する」


 補助要員。

 昨日の“補助系”に続いて、また曖昧な言葉だった。


 だが、本当に問題なのはそのあとだった。


「具体的な役割は、術式確認、結界補助、物資管理、装備運搬、記録補佐、その他雑務とする」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 周囲のクラスメイトたちも同じだったらしい。

 ざわ、と小さなざわめきが起きる。


「え、雑務?」

「運搬って……」

「九条だけ?」


 神官長は構わず続けた。


「戦闘適性が確認できるまでは、前線参加は制限する。これは安全のためでもある」


 安全。

 都合のいい言葉だ。


 つまり、戦えそうな連中は前へ。

 危険かもしれない自分は、近くに置いて管理しながら使える範囲だけ使う。そういうことだろう。


 前へ戻ろうとしたところで、騎士団長らしき男が淡々と言った。


「勇者戦闘団は今後、最優先戦力として育成される。役に立つ者には相応の待遇が与えられる。各自、そのつもりで励め」


 役に立つ者には。

 つまり今の時点で、自分は“戦力”ではなく“付属品”扱いらしい。


 列へ戻ると、隣の男子が気まずそうに小声で言った。


「……ドンマイ?」


「慰め方が雑すぎる」


「ごめん」


 思わず少し笑った。

 その程度には、まだ余裕がある。


 けれど胸の奥には、じわじわと嫌なものが広がっていた。


 別に前衛をやりたいわけじゃない。

 剣を振り回したいわけでもない。

 でも、自分のスキルの詳細すら明かさないまま“雑務担当”に押し込まれるのは、さすがに気分がよくなかった。


「ま、九条なら器用そうだしな」

「荷物係ってこと?」

「雑用って一番大変じゃね」


 クラスメイトたちの反応も様々だった。

 あからさまに見下すほどではない。けれど、“戦えないやつの役回り”として納得している空気がある。


 その時点で、王国側の誘導は半分成功していた。


 神崎がこちらを振り返った。


「九条、あとで詳しく聞こう。たぶんまだ仮だろ」


「……そうだといいけど」


 神崎は眉をひそめたが、今はそれ以上言わなかった。


 編成発表のあと、さっそく簡易訓練が始まった。


 戦闘適性の高い者たちは木剣や模擬魔法具を使った実技へ。

 支援系は神官による魔力の流し方の基礎講座へ。

 生産系は別室で適性測定へ。


 そして奏真は、勇者戦闘団の補助要員として騎士のひとりに連れられ、訓練場の端にある資材庫へ案内された。


「本日からしばらく、君にはこちらの管理補助を任せる」


 案内役の騎士は無表情だった。敵意はない。ただ、関心もない。


 倉庫の中には木箱や武具、訓練用の結界札、魔石、応急処置用の薬品などが雑然と積まれていた。量だけはやたらとある。


「結界札は種類ごとに分ける。消耗魔石は残量別。治癒薬は神官用と一般用で棚が違う。運搬用リストはこちらだ」


 説明が容赦なく早い。


「……いや、ちょっと待ってください。俺ひとりで?」


「現時点ではそうなる」


「勇者戦闘団の補助って、これ全部ですか」


「全部ではない。記録補佐、物資の搬送、術式確認の立ち会いもある」


 全部だな、と思った。


 騎士はそこで少しだけ声を落とした。


「君のスキルはまだ扱いが定まっていない。余計な行動を取らず、指示に従うことだ」


 余計な行動。

 つまり勝手に何かするな、監視下にいろ、という意味だろう。


「……わかりました」


 そう答えるしかなかった。


 騎士が去ったあと、奏真はしばらく倉庫の中央で立ち尽くしていた。


「いや、雑すぎるだろ……」


 思わず声が出る。


 異世界に召喚されて二日目。

 勇者の親友ポジションだったはずの自分は、気づけば資材庫で結界札の仕分けをしていた。


 なんだこの落差。


 だが、文句を言っても何も始まらない。

 奏真はため息をつきながら、近くの木箱を開けた。


 中には複数の札が入っていた。見た目はよく似ているが、表面の紋様が微妙に違う。防壁型、遮音型、感知型……たぶんそういう区分なのだろうが、説明書きはほとんどない。


「不親切すぎないか」


 手に取って眺める。


 すると、不思議なことに紋様の流れがなんとなく見えた。

 昨日、召喚陣を見たときと同じ感覚だ。


 線のつながり。

 魔力の向き。

 使われる順番。


 頭で考えるより先に、指先が勝手に区分を始めていた。


「これは防壁。こっちは索敵……いや、感知範囲が狭いから警戒用か」


 似た札を並べ替える。

 魔石も触れた瞬間になんとなく残量がわかる。応急薬の薬瓶も、わずかな香りの差で治癒用と解毒用の区別がついた。


「……なんだこれ」


 自分でも少し気味が悪いくらい、手が止まらない。


 気づけば、倉庫の半分近くが短時間で整理されていた。


 その時、入口のほうから声がした。


「へえ」


 振り向くと、霧島が立っていた。


「お前、そういうの得意なんだな」


「得意っていうか……なんか見ればわかる」


「なんか、で済ませるの雑だな」


 霧島は積み直された箱と、区分された札の山を見回した。

 感心しているようにも見えるし、警戒しているようにも見える。


「これ、説明受けたのか?」


「ほとんど受けてない」


「なのに分類できた?」


「たぶん」


「たぶん、ね」


 霧島は近くにあった感知札を一枚取り、裏表を見てから元の場所へ戻した。


「正解だ。こっちは警戒用。こっちは短時間の遮音。配置も合ってる」


「……そうなんだ」


「自覚薄いな」


 霧島はそこで少し黙り込み、それから淡々と言った。


「やっぱり、お前のスキルはただの補助じゃないかもな」


「そう思うなら、ちゃんと説明してくれたらいいのに」


「俺が説明できるならしてる」


 その返しに、奏真は軽く眉を上げた。


「知らないのか?」


「推測はできる。でも確証はない」


 霧島は視線を外し、低い声で続けた。


「ただ、王国も教会も、お前の扱いを決めかねてるのは確かだ。だから近くに置いて、使えるだけ使うつもりなんだろ」


「……ひどい言い方だな」


「でも、たぶん当たってる」


 それは否定できなかった。


 霧島が倉庫を出ていこうとして、ふと足を止める。


「神崎たちは演習場だ。物資搬送、十五分後に呼ばれるぞ」


「了解」


「あと」


「ん?」


「その札、順番逆に積むと暴発しやすい。今の並べ方のままでいい」


 それだけ言って霧島は去った。


 冷たいが、必要なことは言う。

 嫌なやつなのか、合理的なだけなのか、まだよくわからない。


 十五分後、本当に呼び出しがかかった。


 訓練場へ向かうと、そこでは神崎たちが模擬戦闘をしていた。木剣を手にした神崎が騎士相手に打ち合い、桐生が別の騎士と剣筋を競っている。レティシアは神官に囲まれて治癒術の練習中、霧島は魔力測定装置の前で何かを計算していた。


 みんな、もう“それっぽい場所”にいる。


 そこへ自分は木箱を運んで入っていく。


 なんだかな、と思う。


「九条!」


 神崎がこちらに気づき、軽く手を上げた。模擬戦の合間らしく、額に汗を浮かべている。


「悪い、その箱こっちに頼む!」


「ああ」


 木箱を運ぶ。中身は結界杭と補助魔石だ。思ったより重い。


 配置場所へ持っていくと、騎士が短く指示を出した。


「そちらへ四本。魔石は神官へ。次は訓練用水を二樽」


 完全に雑用係だった。


 奏真は何も言わず、指示通りに動いた。

 重い荷を運び、必要な物を渡し、記録板に使用数を書き込む。


 その間も神崎は木剣を振るい、騎士たちから「さすが勇者殿」と声をかけられていた。

 クラスメイトたちもそれぞれの持ち場で評価を受けている。


 たぶん誰も気づいていない。


 この演習場が滞りなく回っているのは、裏で物と情報を運んでいる人間がいるからだということに。

 いや、気づいていても、気にしていないのかもしれない。


「九条、水もう一本」

「わかった」


 神崎に呼ばれ、木製の水筒を渡す。

 神崎は一口飲んで、申し訳なさそうに笑った。


「なんか、完全に手伝わせてるな。悪い」


「別に。今の俺の役割らしいし」


「“らしい”って顔してないだろ」


 するどいな、と思った。


「……雑用係って、もう少しオブラートに包んでくれてもよくない?」


「それはそう」


 神崎は苦笑したあと、真面目な顔で言った。


「でも、お前がただの雑用で終わるとは思えない。昨日の反応もそうだったし」


「その“反応”のせいで雑用なんじゃないの」


「それは……」


 神崎が言い淀む。


 そこへ騎士の声が飛んできた。


「神崎殿、続けます!」


「っと、悪い。またあとで」


 神崎はすぐに前へ戻っていった。


 その背中を見送りながら、奏真は木箱を持ち直す。


 前に立つのが神崎。

 裏で回すのが自分。


 それ自体は昔から変わらない。

 文化祭でも、体育祭でも、神崎が目立つ場所にいて、自分はどちらかといえば裏方だった。


 けれど今は少し違う。


 ここでは、その役割が“才能”として固定されようとしている。

 しかも、自分の意志とは関係なく。


 昼過ぎには、訓練場のあちこちで小さなトラブルが起き始めていた。


 補助魔石の残量不足。

 結界杭の配置ミス。

 神官用薬瓶の取り違え。


 いちいち呼ばれて対処するのは面倒だったが、逆に言えばそれだけ現場が雑なのだ。


「これ、順番違います」

「何?」

「その杭、逆向きです。結界の流れがねじれます」


 思わず口を出すと、設置していた若い騎士が怪訝な顔をした。


「君にわかるのか?」


「……たぶん。こっち向きじゃないと、起点が噛み合わないです」


 半信半疑で騎士が向きを直す。

 すると、直後に神官が「あっ、安定した」と声を上げた。


「本当だ……」


 騎士が驚いたように杭と奏真を見比べる。


 別に褒められたいわけじゃない。

 でも、わかるものはわかるのだから仕方ない。


 同じようなことが何度か続いた。

 魔石残量の見誤りを止め、薬瓶の取り違えを指摘し、結界札の配置順を修正する。


 そのたびに周囲が少しだけざわつく。


 目立ちたいわけではないのに、結果的に目立ってしまう。

 それが少し嫌だった。


 そしてたぶん、もっと嫌だったのは——


「神崎殿、素晴らしい判断です! 補給の流れまで把握しておられるとは!」


 騎士がそう言った時だった。


 たまたま神崎が近くに立っていただけだ。

 実際に補給の順番を整理したのは奏真だったし、残量不足に気づいたのも奏真だ。


 神崎は「あ、いや」と言いかけて、少しだけこちらを見た。


 その一瞬で、何を言うか迷ったのがわかった。


「……みんなが動きやすいようにしたかっただけです」


 結局、神崎はそう答えた。


 騎士は感心したようにうなずく。


「さすが勇者殿」


 それで終わりだった。


 奏真は何も言わなかった。

 神崎も、それ以上は言わなかった。


 別に神崎が手柄を横取りしたわけじゃない。

 ただ、流れのままにそうなっただけ。


 でも、そういう“流れ”が積み重なるのだろうな、となんとなく思った。


 夕方、ようやく最初の訓練が終わった。


 くたくたになって倉庫へ戻り、使われた物資の残数を数えていると、背後から静かな声がした。


「あなた、見た目より大変な役を押しつけられているのね」


 振り向くと、白雪レティシアが立っていた。


 近くで見ると、本当に白い。髪も肌も、法衣も、全部が淡い光をまとっているみたいだった。

 その分、青い瞳だけが妙にはっきり見える。


「まあ、雑用係らしいから」


「雑用、では済まない量だったと思うけれど」


 そう言って、彼女は倉庫の中を見回した。整理された物資、分類された札、残数まで揃えられた棚。


「これ、全部あなたが?」


「一応」


「神官見習いでも、ここまで綺麗にはできないわ」


 さらっと言われて、少しだけ困る。


「褒められてるのか、それ」


「もちろん」


 レティシアは真顔で言った。冗談ではないらしい。


 それから彼女はほんの少しだけ声を落とす。


「……でも、気をつけて」


「え?」


「目立たないように扱われているのに、目立つことをすると、余計に見られるから」


 その言い方に、奏真は手を止めた。


「それ、どういう意味だ」


 レティシアはすぐには答えなかった。

 青い瞳が、少しだけ揺れる。


「まだ、私にも全部はわからないの。でも……昨日のあなたへの反応、普通じゃなかった」


「わかってる」


「なら、なおさら」


 彼女はそこで言葉を切った。

 続きがあるのに、言わない。言えない。


 その曖昧さが、昨日の神官たちと少し似ていて、奏真はわずかに苛立った。


「みんな、知ってることを中途半端に隠すな」


 思ったより強い口調になった。


 レティシアは小さく息を呑んだが、怒り返したりはしなかった。


「……ごめんなさい」


 その素直な謝罪に、逆に毒気を抜かれる。


「いや、こっちも悪い」


「でも本当に、あなたは少し気をつけたほうがいいと思う。王国も教会も、勇者にはわかりやすく期待している。でもあなたには……」


「期待じゃなく、保留と監視って感じだ」


「……そうね」


 レティシアは否定しなかった。


 その時点で、ほとんど答え合わせみたいなものだった。


 彼女は倉庫の入口のほうを気にしてから、小さく言った。


「神崎くんは、あなたを気にかけてる」


「だろうな」


「でも、周りの空気は、たぶんもう少し早く変わる」


「空気、ね」


「ええ」


 それだけ言って、レティシアは身を引いた。


「また明日」


「……ああ」


 彼女が去ったあと、奏真はしばらく動けなかった。


 周りの空気は、もう少し早く変わる。


 その言葉が妙に残る。


 たしかに、今日だけでもう片鱗はあった。

 勇者として前に立つ神崎。

 戦力として見られるクラスメイト。

 そして“詳細不明の補助要員”として扱われる自分。


 まだ誰も露骨に見下したりはしていない。

 でも、役割はもう作られ始めている。


 戻る途中、廊下の窓に映った自分を見た。


 白い服を着た、地味な男。

 勇者の隣で、一番後ろに立つのが似合いそうなやつ。


「……いや、さすがにそれで終わるのは嫌だな」


 自分でも驚くくらい、はっきりした本音だった。


 別に主役になりたいわけじゃない。

 目立ちたいわけでもない。

 でも、自分のことを何ひとつ説明しないまま“雑用係”で固定されるのは、たぶん我慢できない。


 その夜、神崎は食堂で明るく笑い、騎士たちは勇者の未来を語り、王国は着々と神崎中心の編成を整えていた。


 その一方で、奏真は物資置き場の片隅で、誰にも気づかれないまま結界札の癖を見抜き、魔石の減りを感じ取り、訓練場の流れを整えていた。


 たぶん、まだ誰も気づいていない。


 勇者パーティで、いちばん地味に扱われている人間が、

 実は一番“見えてはいけないもの”を見ているかもしれないということに。


 そしてその夜の終わり、訓練場の地下では、神官長が今日の報告書に目を通していた。


「九条奏真——倉庫整理、結界補助、魔石判別、薬品識別、記録補佐……」


 老いた指が紙を叩く。


「戦闘には出さずとも、やはり異常に有用か」


 隣の神官が低く尋ねた。


「勇者団から外しますか?」


「いや」


 神官長は静かに首を振った。


「むしろ近くに置け。監視もしやすい」


 その言葉とともに、報告書の端に追記がなされる。


 ——当面、勇者戦闘団補助要員として継続使用。


 勇者は前に立つ。

 俺は裏を回される。


 その構図は、まだ始まったばかりだった。

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