26.白い影
白い影を追って進んだ通路は、さっきまでよりずっと人工的だった。
床は平らに近い。
壁には細い青の線が走っていて、ところどころで小さく明るさが変わる。自然の洞くつみたいなゆがみは少ない。誰かが作った場所だとはっきりわかる。
その分、逆に気持ち悪い。
奈落の底にこんな物があること自体が、すでにおかしいからだ。
「……何なんだよ、ここ」
小さく言いながら、奏真は通路の先をにらむ。
白い影はもう見えない。
でも完全に気配が消えたわけでもなかった。いる。たぶん、この先に。
その時、急に頭の奥へ強い痛みが走った。
「っ……!」
思わず壁に手をつく。
またアリシスだ。
けれど今度は、いつもより情報が多い。壁、床、天井、線の流れ、何かを動かしている見えない“仕組み”みたいなものが、一気に頭へ流れこんでくる。
保全構造維持。
外部上書き痕、薄。
侵入者排除機構――停止中。
認証系統反応あり。
「……やめろ、急に……!」
頭が割れそうだ。
今までの“飲める水”とか“弱点部位”とかとはまるでちがう。情報そのものが重い。
数回、深く息をして何とか落ち着かせる。
痛みが引いたあと、奏真はようやく顔を上げた。
「……これも、見えるのかよ」
自分の声が少しかすれていた。
この眼は、生きるためだけじゃない。
もっと大きな何か――構造とか、意味とか、そういうものまで読み取ろうとしている。
怖い。
でも、その先にある何かを知りたい気持ちのほうが少しだけ勝っていた。
通路の終わりに、小さな部屋があった。
丸に近い形。
中央に台座。
その周りを青白い光が細く走っている。
奏真が入口で立ち止まった、その時。
『識別開始』
冷たい声が響いた。
びくっと肩が跳ねる。
声だ。
今のは間違いなく声だった。
『未登録個体確認。侵入判定。排除――』
そこで、胸の奥の《奪還の王》が強く脈打った。
部屋の光が一瞬だけ揺れる。
同時にアリシスが反応した。
管理補助個体。
敵性移行直前。
権能反応により認証競合発生。
「何だよ、それ……!」
部屋の奥の暗がりから、白いものがすっと前へ出る。
白銀の髪。
青白い目。
人形みたいにきれいな顔。
けれど、その目に人らしい熱はなかった。
『識別更新』
少女は奏真をじっと見たまま、ぴたりと止まる。
『権能反応、確認』
冷たい声が、ほんの少しだけ変わる。
『……本来の主、候補個体』
「は?」
意味がわからない。
だが、さっきまでの“排除”の空気が消えているのはわかった。
少女は一歩だけ近づき、機械みたいに正確な動きで口を開く。
『管理補助個体ノア。認証照合を継続します』
「管理、補助……?」
少女――ノアは、感情のない声で続ける。
『対象の権能反応は、本施設の上位認証系統と接続性があります』
「待て、わかるように言え」
『あなたは侵入者ではない可能性が高い、という意味です』
「……最初からそう言えよ」
反射的にそう返してから、奏真は少しだけ息を吐いた。
緊張はまだ解けない。
けれど少なくとも、今は敵じゃないらしい。
ノアは淡々と奏真を見ている。
『損傷率、高。応急保全部屋への移動を推しょうします』
「……何でそこまでわかる」
『視認と感知、双方で確認可能です』
そしてアリシスも同時に、ノアのことを示す。
高位管理補助個体。敵性解除。機能維持良好。
この存在は嘘をついている感じがしない。
というより、嘘をつく必要もなさそうだった。
奏真は即席武器を少し下げる。
「……お前が、さっきの白い影か」
『監視行動中でした』
「それ、気配消して見てたってことだろ」
『概ね同義です』
「認めるのかよ」
思わずそう返すと、ノアは少しだけ首をかしげた。
その仕草が妙に人間っぽくて、逆に変な感じがする。
奈落の底で、こんなふうに会話することになるなんて思ってもみなかった。
「ここは何だ」
『古代保全施設群の下層外縁部です』
「王国の遺跡じゃないんだな」
『現行王国術式との一致率は低いです』
やっぱりそうか、と奏真は心の中でつぶやく。
王国や教会の施設には、もっと重さがあった。押さえつけるような感じが。ここは違う。静かで、整っていて、何かを正しい形で保つための場所みたいに思える。
その違いが妙に心に残る。
「……案内、できるのか」
『可能です。ただし機能停止区画が多いため、全域案内は不可能です』
「十分だ」
奏真は短く答えた。
理由はまだわからない。
神崎がなぜ自分を落としたのかも、王国と教会が何を考えていたのかも、今はまだ見えない。
でも、少なくともここには“知らなかったもの”がある。
だったら進むしかない。
『こちらへ』
ノアがそう言って背を向ける。
足音がほとんどしない。
白い影みたいに滑らかに歩くその背中を見ながら、奏真は少しだけ肩の力を抜いた。
神崎に答えを聞くには、まだ遠い。
でもその前に、自分で知るべきことが山ほどある。
奈落の底で、ようやくその入口に立てた気がしていた。




