24.捨てられた場所
短く目を閉じてから、奏真はまた歩き出した。
休んだと言っても、ほんの少しだ。
傷が治ったわけじゃない。右腕はじんじん痛むし、脇腹は息をするたびにきしむ。背中も重い。足だってふらつく。
それでも、止まっていたら死ぬ。
奈落はそういう場所だと、もうわかっていた。
「……ほんと、最悪だな」
ぼそっとこぼしながら、奏真はせまい通路を進む。
青白い石がぼんやり光っているおかげで、真っ暗ではない。けど明るいわけでもない。足元はぬれていて、黒っぽいこけみたいなものが広がっている。ちょっとでも気を抜けば転びそうだった。
何歩か進んだ時、また頭の中にあの感覚が流れこんできた。
微毒。接触のみなら問題小。
左側通路、足場不安定。
前方小空間あり。
「またかよ……」
思わず顔をしかめる。
気味は悪い。
でも、助かっているのも事実だった。
この変な“眼”がなければ、さっきから何回か足をすべらせていたと思う。毒のあるこけに手をついていたかもしれない。今の奏真にそんな失敗はかなりきつい。
ため息をつきながら、示された通り右側へ体を寄せて進む。
通路の先には、小さく開けた場所があった。
「……何だ、ここ」
そこにあったのは、ただの岩じゃなかった。
壊れた木箱。
折れた金具。
欠けた杖みたいな棒。
ひびの入った札。
何かを閉じこめるために使っていたような、黒い杭。
まるでゴミ捨て場だ。
しかもただのゴミじゃない。見た感じからして、ふつうの人間が使う道具じゃないものが多い。何かの術に使うもの、魔物をしばる物、下手に表へ出したらまずそうな物ばかりだ。
その瞬間、またアリシスが反応する。
保存箱。食料残りなし。
封じ杭。破損。
拘束具。外部改変あり。
短刃。使用非推しょう。
奏真はしゃがみこみ、近くに落ちていた金具を手に取った。
刃物と呼ぶには心もとない。けど、いざという時に何もないよりはずっといい。
それから、黒い杭にも目を向ける。
「……外部改変って何だよ」
口に出してみるが、答える相手はいない。
けれど感覚としてわかる。
これはただ壊れただけじゃない。もともと別の使い方をする物だったのに、あとから無理やり別の意味を足されたみたいな、そんな嫌な感じがした。
王国や教会の札や結界を見た時の、あの重たい感覚に少し似ている。
「……そういうことか」
ぽつりと出た声は、自分でも思ったより低かった。
ここは、落ちてきた物がたまる場所じゃない。
わざと捨ててる。
王国か。
教会か。
あるいは、その両方か。
見せたくない物。知られたくない物。表に置いておきたくない物。
そういう物を、奈落の下へ沈めてきた。
だったら、自分も同じだ。
使えるうちは使う。
でも危ないと思ったら捨てる。
都合が悪くなったら、見えない場所へ落とす。
「……最初から、そういうつもりだったのかよ」
誰に向けた言葉でもない。
でも、頭に浮かんだのは神崎の顔だった。
神崎に押された。
それはもうはっきりしてる。
でも、やっぱりまだわからない。
王国や教会が自分を危ないと思っていた。
それは今なら理解できる。
《奪還の王》なんて、支配したい側から見れば最悪の力だろう。
けど、だからって神崎が自分を落とすところまでは、まだうまくつながらなかった。
利用されたのか。
自分から選んだのか。
その両方なのか。
そこだけが、どうしてもぼやけたままだ。
「……ちっ」
いらつきをごまかすように舌打ちして、奏真は木箱の中を探った。
空っぽ。
次。
こっちも空。
だが三つ目の箱の下に、乾いた布の切れはしがあった。
止血補助に使用可。
「よし」
短くつぶやいて、それを拾う。
傷口に巻き直しながら、奏真は小さく息を吐いた。
怒るのはあとだ。
考えるのもあとでいい。
今はまだ、生き残ることのほうが先だ。
そう思った時、通路の奥から水の音が聞こえた。
ぴちゃん、と小さな音。
奏真は顔を上げる。
喉がからからだった。
水があるなら助かる。
けど、さっきも同じことを思って危ないところだった。
慎重に近づく。
そこには岩のくぼみにたまった透明な水があった。
見た目はきれいだ。
でも次の瞬間、アリシスがすぐに答えを出す。
飲用不可。魔力汚れ高。
「だよな」
半分ため息、半分納得だった。
こういう時、見た目で判断しなくて済むのは本当に大きい。
そのまま周囲を見ると、少し上の岩の割れ目から別の雫が落ちていた。量は少ない。でもそっちに意識を向けると、また頭に感覚が走る。
飲用可。量少。回収推しょう。
「……助かる」
今度こそ心からそう思った。
奏真は手のひらで雫を受ける。
少しずつしかたまらない。けれど、ないよりずっといい。何度か受けて飲みこむと、ひりついていた喉が少しだけ楽になった。
「生きろって言ってんのか、お前」
誰にともなくつぶやく。
この眼が何なのかはわからない。
でも少なくとも今のところ、自分を殺すための力じゃない。
むしろ逆だ。
生き延びるために必要なことを、無理やり頭へ流しこんでくる。
ありがたい。
でもやっぱり少し怖い。
そのまま水を集めていると、通路の奥の暗がりで、かすかに何かが光った。
青白い線。
一瞬だけ、壁の向こうを走るような光。
自然の光じゃない。
奏真は息を止めた。
「……今の、何だ」
また光る。
今度は少し長く。
通路の先、さらに奥。
何かの線が生きてるみたいに、細く明滅している。
そしてアリシスが反応した。
人工構造継続。
制御反応あり。
進行価値:高。
奏真はゆっくり立ち上がった。
奈落の底に、まだ動いているものがある。
ただの捨て場じゃない。
この先に何かある。
神崎の理由はまだわからない。
王国や教会が何を隠しているのかも、全部は見えない。
でも、答えに近いものがあるとしたら、進むしかない。
「……行くか」
金具を握り直し、奏真は青白い光のほうへ足を向けた。




