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信じていた仲間に処分された俺、禁忌スキル《奪還の王》で最強になる ~奪われた力も居場所も、今度は全部取り戻す~  作者: 夜天 颯
第二章 奈落の王

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23. まだ痛い

目が覚めてから、どれくらい経ったのかはわからない。


 奈落の底には朝も昼もない。

 上を見上げても、遥か頭上に細い裂け目みたいな光があるだけで、それがどれほど遠いのかすら実感できなかった。


 ただ、寒い。

 痛い。

 喉が渇いている。


 それが一番最初に感じたことだった。


 九条奏真は、湿った岩壁に背中を預けたまま、浅く息を吸った。


「……っ」


 呼吸のたび、脇腹が痛む。

 右腕の噛み傷もずきずき熱を持っていて、背中や肩には落下の時に打ちつけた鈍い痛みがずっと残っていた。まだ立てるだけましだ。そう思おうとしても、身体が重くて気持ちはまるで前を向かなかった。


 脳裏に、あの時の光景が焼きついている。

 

黒い石台。

 背中に触れた手。

 耳のすぐ近くで聞こえた、神崎の声。


 ――お前さえいなければ。


「……なんでだよ」


 声に出したつもりだったが、ほとんど息だった。


 神崎に押された。

 それはもう疑いようがない。


 だが、どうしてそこまでされたのかがわからなかった。


 最近、神崎の様子がおかしかったのは知っている。

 視線の重さも、妙に近い距離も、気を遣っているようでどこか固い言葉も、全部どこか噛み合っていなかった。


 

 近くにいた紘川さんやレティシアも思い返してたら様子がおかしかった。

王国や教会の連中が、自分に向ける目に好意がないことくらいは、

さすがに自分でもわかっていた。


 でも。


 だからといって、神崎が自分を奈落に落とすところまでは結びつかなかった。


 あれが王国や教会の思惑なら、まだわかる。

 けれど、神崎だった。


 そこが一番、わからない。


「……くそ」


 考えるたびに頭の奥が鈍く痛む。

 今はそんなことを整理している場合じゃない、というのはわかっている。けれど考えるのを止めると、逆に神崎の顔が浮かんでくる。


 驚いていたのは自分のほうだ。

 神崎の目は、落とす前から決まっていた。迷っているようで、もう迷っていなかった。


 あの時の自分は、それを最後まで理解できなかった。


 だから遅れた。


「……まだ考えるな」


 誰に言うでもなく呟いて、奏真はゆっくり顔を上げた。


 目の前には、青白く光る鉱石が点々と埋まった岩の裂け目が伸びている。第21話で踏み込んだ細い通路だ。人ひとりがどうにか歩ける幅しかないが、風が流れている。どこかへ繋がっているのは間違いない。


 ここで動かなければ死ぬ。


 その現実だけは、考えなくてもわかった。


 奏真は右手で岩壁を掴み、慎重に立ち上がる。

 膝が震えた。脚に力が入らず、一歩目でよろめく。喉の奥に悪態を押し込みながら、もう一度壁に体重を預けた。


 大丈夫じゃない。

 でも、動けないほどでもない。


 そう判断した瞬間だった。


 視界の端に、妙な感覚が走る。


 岩の隙間。

 その奥に溜まっている水。

 青黒い苔。

 通路の先に転がる、骨のような白い欠片。


 ぱち、ぱち、と頭の中に意味が差し込んでくる。


 飲用不可。

 微毒。摂取非推奨。

 骨片。利用価値低。

 右手側窪地、一時休息可能。


「……は?」


 思わず足を止めた。


 誰かに言われたわけじゃない。

 文字が見えたわけでもない。

 なのに、わかる。


 この水は飲めない。

 この苔は口に入れるべきじゃない。

 右側の窪みは、少なくとも今すぐ何かに襲われる場所ではない。


 そんな“情報”が、考えるより先に頭の中へ流れ込んでくる。


「なんだ、これ……」


 《奪還の王》の能力とは少し違う。


 あれはもっと、胸の奥で脈打つ感じだ。

 奪われたものを引き戻す熱。壊れかけたものを無理やり繋ぎ止める感覚に近かった。


 でも今のは違う。

 目の前のものが、勝手に意味を持って見えている。


 奏真は恐る恐る、左の岩壁から滴る雫へ顔を寄せた。


 さっき“飲用不可”と感じた場所だ。よく見れば、水は透明じゃない。ほんのわずかに虹色の膜が浮いている。地上にいた頃なら、暗さのせいだと思っていたかもしれない。だが今は、見る前にわかっていた。


「……飲んだら、まずいやつか」


 喉は渇いている。

 けれど、ここで焦って死にたくはない。


 奏真は右手の窪地へ視線を向けた。そこは裂けた岩が少し重なっていて、上から見えにくい角度になっている。狭いが、身を寄せるくらいならできそうだ。


 少しだけ考えたあと、奏真はそちらへ足を向けた。


 一歩。

 二歩。


 途中で右脚の痛みに顔をしかめる。

 身体の中で何かがきしむみたいだったが、今は止まれない。


 窪地までたどり着き、座り込むように身を滑り込ませた瞬間、ようやく息を吐く。


「……助かった、のか」


 答える声はない。


 だが少なくとも、通路の真ん中で立ち尽くしているよりはましだ。

 そのことだけで、少しだけ気持ちが落ち着いた。


 目を閉じると、また神崎の顔が浮かびそうになる。

 だから奏真は、わざと周囲を見ることにした。


 狭い窪みの中には、乾いた繊維の塊みたいなものが落ちていた。草を束ねたようにも見えるし、何かの巣材の残りにも見える。


 そしてまた、頭の中に感覚が流れ込む。


 乾燥植物繊維。食用不可。発火補助に適性。


「……食えないのかよ」


 苦笑にもならない声が漏れる。


 でも、食えるか食えないかがわかるだけでも大きい。

 この奈落で一番怖いのは、何もわからないことだ。見たことのない苔、見たことのない虫、見たことのない水。地上の常識が通じる保証なんてどこにもない。


 だから“わかる”こと自体はありがたい。


 ありがたいのに、どうしてこんなに気味が悪いのか。


「……急に出てくるなよ」


 誰に文句を言っているのかわからないまま、奏真は乾いた口の端を拭う。


 この力が何なのかはまだわからない。

 でも《奪還の王》と同じく、自分の中から出てきているのは確かだ。


 新しいスキルなのか。

 奈落の影響なのか。

 それとも《奪還の王》が別の形で目覚め始めているのか。


 どれでもよかった。

 今は理由より使えるかどうかだ。


 ふと、視界の隅で何かが動いた。


 通路の奥。

 青白い光が届きにくい場所で、細長い影がぬるりと横切る。


 反射的に息を止めた。


 気配。

 さっきの六脚とは違う。もっと細い。数も一体じゃない。


 その瞬間、また情報が流れ込んでくる。


 小型群体。接近傾向。危険度:中。

 直接交戦非推奨。迂回可能。

 音・血臭に反応。


 奏真は目を見開いた。


 今度はもっと明確だった。

 危険度。行動傾向。回避手段。

 まるで“どう生き残るか”だけを教える眼みたいだ。


「……なんだよ、それ」


 低く呟きながら、奏真は自分の右腕の噛み傷へ視線を落とす。

 血はまだ滲んでいる。傷口から漂う鉄の匂いが、自分でもわかる。


 音と血臭に反応するなら、このまま留まるのは危険だ。


 考えるより先に身体が動いた。

 さっき見つけた乾いた植物繊維を掴み、傷口の上から強く押さえる。即席にもならない応急処置だが、何もしないよりはいい。


 痛みで呼吸が乱れる。

 そのたびに頭の中がちらついた。


 神崎の顔。

 奈落に落ちる瞬間。

 紘川さんの、あの不安そうな表情。

 レティシアの何か言いたげな目。


「……今は違う」


 首を振る。


 今は考えている場合じゃない。

 神崎がなぜあんなことをしたかなんて、ここで死ねば永遠にわからないままだ。


 それは嫌だった。


 わからないまま終わるのが、一番嫌だ。


 だから生き残る。


 理由を聞くために。

 全部を知るために。

 少なくとも今は、それだけで十分だった。


 奏真は窪地からそっと顔を出した。


 通路の奥には、鼠と蜥蜴を混ぜたような小さな影が三つ、四つ。這うように移動している。目は見えないのに、鼻先を上げて匂いを嗅いでいるのがわかった。


 血の匂いを追っている。


 アリシス――まだ名前も知らないこの“眼”は、近くの裂け目を示した。左側、低い位置。岩の裏側に繋がる細い通路。身を屈めれば通れそうだ。


 回避経路。通過可能。

 静音推奨。


「……ほんとに何なんだよ、お前」


 悪態をつきながらも、その情報に従う以外の選択肢はなかった。


 奏真はできるだけ呼吸を殺し、岩壁に手をついて身体をずらす。

 右脚が軋む。背中が痛む。

 それでも、音を立てないように少しずつ。


 小型群体の気配が近づく。

 鼻を鳴らす湿った音が耳に届く。ひやりと背中に汗が流れた。


 一歩。

 もう一歩。


 ようやく裂け目に身を滑り込ませた時、通路の元いた場所から、細い鳴き声のようなものが聞こえた。気づかれたのかもしれない。だが遅い。裂け目の奥は狭く、あの群体がまとめて入ってくるには向いていない。


 奏真は壁にもたれたまま、しばらくじっとしていた。


 足音。

 擦れる音。

 やがてそれも遠ざかる。


「……はぁ」


 ようやく大きく息を吐く。


 助かった。


 それは運じゃない。

 たぶん今の“眼”がなければ、奏真はあそこで群れに見つかっていた。


 認めたくないが、役に立っている。ものすごく。


 奏真は狭い裂け目の中で、ゆっくり膝を抱えた。

 暗い。湿っている。冷たい。

 地上なら絶対にいたくない場所だ。


 でも今は、ここが命綱だった。


「……神崎」


 無意識に、また名前がこぼれる。


 答えはない。

 あるはずがない。


 どうして落とされたのか、まだわからない。

 王国や教会が何を考えていたのかも、まだ見えない。

 最近の違和感が全部そこに繋がるのかどうかも、今の奏真には断定できなかった。


 けれど一つだけ、はっきりしたことがある。


 自分は、何も知らされていなかった。


 知らないまま使われて、知らないまま支えて、知らないまま落とされた。


 そう考えると、怒りより先に空っぽな感じがした。


「……ふざけんな」


 今度の声は、さっきより少しだけ低かった。


 理由がわからないなら、知るしかない。

 神崎が何を考えていたのか。

 王国と教会が何を隠していたのか。

 自分の力が何なのか。


 全部、知らないまま終わりたくない。


 そのためには、生きるしかない。


 奏真は壁にもたれたまま目を閉じる。

 眠るつもりはなかった。ただ、身体の震えを落ち着かせたかった。


 すると、またあの感覚が差し込んでくる。


 休息可能時間:短。

 周辺危険度:低下。

 右方通路に可食性菌糸あり。


「……そこまでわかるのかよ」


 半分呆れて、半分救われる。


 少なくとも今、このわけのわからない“眼”は自分を生かそうとしている。

 だったら使うしかない。


 怖くても。

 気味が悪くても。

 生き残った先にしか、答えはないのだから。


 奏真はもう一度だけ目を開け、裂け目の向こうの暗闇を見た。


 奈落はまだ何も教えてくれない。

 けれど少なくとも、地上では見えなかったものがここにはある。


 隠された術式。

 捨てられた遺物。

 生き延びるための情報。

 そして、自分をここまで落とした理由に繋がる何か。


 その全部が、この底のさらに奥に沈んでいる気がした。


「……生きて、確かめる」


 誰に向けたでもない言葉を残して、奏真は短い休息のためにゆっくり目を閉じた。

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