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信じていた仲間に処分された俺、禁忌スキル《奪還の王》で最強になる ~奪われた力も居場所も、今度は全部取り戻す~  作者: 夜天 颯
第1章 異世界召喚

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20. 遠ざかる光

落ちている。


 最初に認識したのは、それだけだった。


 風が全身を叩く。

 上下の感覚が狂う。

 岩肌が近いのか遠いのかもわからない。

 肺が縮み、喉が焼けるみたいに痛い。


 一度、肩から岩壁へぶつかった。


 衝撃。

 呼吸が潰れる。

 視界が白くはじける。


 でも、痛いより先に頭を埋めたのは別のことだった。


 神崎に押された。


 神崎が、自分を落とした。


 それが何より信じられなかった。


「……っ、は」


 声にならない息が漏れる。


 上を見れば、はるか遠くに小さな光が見えた。石台の上から覗き込んでいる影が、もう点みたいに揺れている。レティシアの声が聞こえた気がした。紘川の声も。けれど本当に聞こえたのか、ただそうであってほしいだけなのかはわからない。


 もう一度、身体が岩に当たる。


 今度は背中だった。


 鈍い痛みが全身を走り抜ける。

 それでも意識は飛ばなかった。


 飛ばないせいで、考えてしまう。


 最初からおかしかった。


 召喚された瞬間から。

 《奪還の王》を授かった時から。

 王国も教会も、自分だけを隠し、測り、監視し、危険物みたいに扱っていた。


 霧島はそれを理屈で見抜いていた。

 レティシアは気づいていたのに言い切れなかった。

 紘川は神崎の変化を怖がっていた。


 そして神崎は、全部わかったうえで押した。


「神崎……」


 名前が、口の中で砕ける。


 怒りより先に、まだ信じられなかった。


 友達だった。

 少なくとも、自分はそう思っていた。


 違和感はあった。

 優しすぎる言葉も、少しずつ硬くなる表情も、勇者として持ち上げられていく空気も、おかしいと思っていた。


 それでも最後の最後で、自分を落とすとは思っていなかった。


 だから反応が遅れた。

 だから落ちた。


 光がまた遠ざかる。


 このまま落ちれば、普通は死ぬ。

 どこまで深いのかもわからない。

 底があるのかすらわからない。


 けれどその時、胸の奥で何かが強く脈打った。


 《奪還の王》。


 今までとは比べものにならないくらい、深く、重い脈動だった。


 奪われたもの。

 失われたもの。

 戻されるべきもの。


 意味はまだ言葉にならない。

 でも、本能だけが理解する。


 ——生きろ。


 その瞬間、全身を走っていた痛みの一部が薄れる。

 割れかけていた呼吸の流れが、ほんの少しだけ戻る。

 奪われかけた魔力の欠片が、身体の内側へ逆流してくる感覚があった。


「……っ、は……!」


 浅い呼吸がつながる。


 死なない程度に。

 今はまだ、それだけ。


 でもスキルは確かに動いた。


 奪われたものを返す。

 壊れた流れを戻す。

 死ぬはずの状態から、ほんの少しだけ生を引き戻す。


 《奪還の王》は、奈落の中でも自分を見捨てなかった。


 その事実だけが妙に胸に残る。


 落下の途中、上では。


 石台の縁に立ったまま、神崎恒一は荒い呼吸を繰り返していた。


 自分の手を見ている。

 押した。

 確かに押した。


 それなのに、胸のどこにも達成感がなかった。

 ただ、胃の底に重い石みたいなものが沈んでいる。


「神崎くん……!」


 レティシアが青ざめた顔で立ち尽くしている。

 その隣で、紘川の目はもう完全に変わっていた。


 恐怖。

 拒絶。

 信じられないものを見る目。


 神崎はそれを見て、胸の奥を何かで抉られたみたいな痛みを覚える。


「……違う」


 かすれた声が漏れた。


「違わない」


 返したのは紘川だった。


 小さな声だった。

 それでも、広間の空気を切り裂くには十分だった。


 神崎は息を呑む。


 紘川は震えていた。

 怒りで。恐怖で。喪失で。


「今、神崎くんがやった」


「紘川、俺は——」


「やめて」


 その一言で、神崎の喉が詰まる。


 幼馴染として聞いてきた“神崎くん”という音すら、もう違っていた。

 そこにあったはずの親しさが、全部消えている。


「お前……」


 朱音が低く呟く。

 顔は険しいが、動けない。何を言えばいいのか、まだ整理できていないのだろう。


 霧島はしばらく穴を見下ろしたまま黙っていた。

 やがて、冷えた声で言う。


「落ちたか」


 それだけだった。


 合理。

 必要な処理。

 それ以上でも以下でもない声音。


 神崎はその声を聞いて、逆に吐き気が込み上げた。


 自分でやった。

 でも、それを“処理”として受け止められるほど、まだ自分は壊れきれていない。


「これで……いいんだ」


 神崎は誰にともなく言う。


 息が乱れる。

 声が震える。

 それでも口にしなければ立っていられなかった。


「九条は危険だった。あいつがいたら……」


 自分は勇者でいられなかった。


 その続きは、最後まで言い切れなかった。


 紘川が神崎を見る目は、もう完全に変わっていた。


 怖がられている。

 拒絶されている。

 その現実が、奈落を覗き込むよりもずっと神崎を冷やした。


 レティシアがようやく動いた。


 穴の縁へ駆け寄り、下を覗き込む。

 何も見えない。

 底のない闇だけだ。


「九条……!」


 返事はない。


 彼女の肩が震えた。

 助けたいと思っていた。警告もした。けれど間に合わなかった。

 結局、自分は止められなかったのだという事実だけが痛いほど残る。


 その頃、奈落の中では。


 落下がやまない。


 どれだけ落ちたのかわからない。

 時間の感覚ももう曖昧だ。


 身体のあちこちが痛い。

 腕。背中。脇腹。脚。

 たぶん無事な場所のほうが少ない。


 それでもまだ意識がある。


 《奪還の王》が、微かに、しかし確かに全身へ流れを戻しているからだ。


 完全には癒さない。

 奇跡みたいに全部は直さない。

 ただ、今ここで死なないために必要なものだけを、ほんの少しずつ返してくる。


 奪われた呼吸。

 失われた魔力。

 途切れかけた意識。


 それらが、最低限だけ戻ってくる。


「……全部」


 声にならない声が漏れた。


 全部、奪われた。


 力も。

 居場所も。

 信頼も。

 友達だと思っていたものも。


 王国に利用された。

 教会に隠された。

 霧島には危険物として見られた。

 レティシアは知りながら止められなかった。

 神崎は最後に、自分を押した。


 全部奪われた。


 その認識が、落ちながらようやく一つにまとまる。


 胸の奥が冷える。

 冷え切ったその底に、今度はゆっくりと熱が生まれた。


 怒りだった。


 叫ぶような激情じゃない。

 静かで、重くて、沈んでいくほど深い怒り。


「……返して、もらう」


 自分でも驚くほど低い声だった。


 もう失いたくない、じゃない。

 もう一度信じたい、でもない。


 奪われた。

 なら返させる。


 その輪郭が、奈落の闇の中で初めてはっきり形を持った。


 次の瞬間、下の暗闇の奥で何かが微かに光った。


 青白い。

 冷たい。

 でも、ただの光じゃない。


 反応だ。


 《奪還の王》の脈動が、それに応えるように強くなる。


 落下の先に何かがある。

 自分を待っている何かが。


 そのことだけを最後に認識して、奏真の意識は闇へ沈んでいった。


 上では、騎士たちがすでに報告の文面を整え始めていた。


 ——旧封印区画にて事故発生。

 ——九条奏真、奈落落下。生存確認不能。


 事故。


 たったその二文字で片づけようとする王国のやり方に、レティシアは唇を噛み、紘川は神崎から目を逸らしたまま一言も発しなかった。


 神崎だけが、まだ穴を見ていた。


 自分で落としたくせに、そこから目を離せない。


 これでよかった。

 そう何度も心の中で繰り返す。

 でも、そのたびに胸の奥で何かが沈む。


 達成感は、どこにもなかった。


 あるのはただ、勇者として残ったはずの自分の足元が、もう前より少しだけ崩れている感覚だけだった。

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