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信じていた仲間に処分された俺、禁忌スキル《奪還の王》で最強になる ~奪われた力も居場所も、今度は全部取り戻す~  作者: 夜天 颯
第1章 異世界召喚

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16. 処分は、最深部で行う

旧ダンジョン外縁部の空気は、地上よりもひんやりしていた。


 石壁に染み込んだ冷気が、ゆっくりと肌を撫でていく。湿った土と古い魔力の匂いが混ざり合い、呼吸をするたびに喉の奥へざらついた違和感が残る。遠くでは、どこかの通路を風が抜ける低い唸りが反響していた。


 足元の灯石が、かすかに脈打つような明滅を繰り返している。

 もう死んでいるようで、完全には消えていない。


 九条奏真は先頭集団の少し後ろ、ちょうど神崎たちと荷運び騎士の間を歩いていた。


 ここまで来るのに、もう何度目かわからないくらい足を止めている。


 左壁の誤作動術式。

 通路床の沈下罠。

 封鎖扉の残り火のような結界線。

 それら全部を見つけるたび、騎士も神官も、そして神崎たちも自然に奏真を見るようになっていた。


 頼っている。

 それはもう、誰の目にも明らかだった。


「九条、次どう見る?」


 神崎が小さく振り返って聞いてくる。


 最初の頃なら“お前、わかるか?”くらいの聞き方だった。

 でも今は違う。

 “次はどうする?”という言い方だ。


 つまり神崎の中で、進行判断の一部がもう奏真に移っている。


 奏真は少し前方へ視線を向けた。

 十数歩先の分岐。右は乾いていて、左はわずかに湿っている。見た目の話ではない。左側だけ、空気の流れに細い乱れがあった。


「左はだめだ」


「理由は?」


 霧島がすぐに聞く。


「壁の奥に残ってる。起動してないけど、感知系の線がある。たぶん、左を通ると奥の封鎖とつながる」


 霧島が測定板を掲げる。

 数秒後、低く息を吐いた。


「あるな。反応が薄すぎて普通なら見落とす」


「じゃあ右で」


 神崎が言い、騎士が頷く。

 それで班の進路が決まる。


 奏真は歩き出しながら、胸の奥の嫌なざわつきを抑えられなかった。


 俺がいないと進めない。

 それはもう、言い逃れできないほど事実になっている。


 でも、この事実が表に評価として出ることはない。

 神崎が前で戦い、神崎が勇者として立ち、神崎の班が成果を上げる。そこに奏真の存在は混ざるが、残らない。


 便利な部品。

 それが今の自分の立ち位置だ。


 分岐を抜けた先は、半円形の広間になっていた。

 天井は高く、中央には崩れた石柱が一本。周囲の壁には四つの扉がある。いずれも開きかけで止まり、隙間から古い空気が漏れていた。


「ここで一度休憩だ」


 騎士団長代理が言うと、班の空気が少しだけ緩む。


 神崎は剣を下ろし、朱音は壁にもたれ、レティシアは水袋を開く。霧島は休む前に測定板を広間中央へ向けて数値を取っていた。


 奏真は休むより先に、四つの扉と石柱を見た。


 おかしい。


 広間そのものは安定している。

 でも中央の石柱だけ、下から細い線が走っている。まるで別の場所に繋がる起点の名残みたいに。


「また見てる」


 朱音が呆れたように言った。


「休めばいいのに」


「休んでるよ」


「その目でそれ言う?」


 朱音はため息をついたが、今日はいつもの棘が少し弱かった。


 ここまで来る間に、彼女も何度も奏真の指摘に助けられている。認めたくはないのだろうが、さすがに無視はできなくなってきていた。


「石柱、気になるの?」


 レティシアが水袋を差し出しながら聞く。


「気になる」


「飲んでから見なさい」


 差し出された水袋を受け取る。冷たい水が喉を通っていくと、ようやく少し頭が冴えた。


「……ありがと」


「どういたしまして」


 レティシアは小さく笑ったあと、奏真の顔をのぞき込むようにした。


「でも本当に無理してる顔」


「最近みんな同じこと言うな」


「みんな同じことを思うくらいにはそう見えるのよ」


 返す言葉がない。


 その時、芽衣が少し離れた位置からこちらを見ていた。

 神官補助寄りの班で同行しているとはいえ、戦闘の中心ではない。だからこそ、周囲をよく見ている。


 目が合うと、芽衣は少しだけ表情を緩めた。

 でも次の瞬間、その視線は神崎へ向く。


 そして神崎もまた、芽衣を見ていた。


 ほんの一瞬だけ。

 だが、その表情は昨日までと少し違った。


 笑っていない。

 むしろ、何かを確かめるような目だった。


「神崎」


 奏真が呼ぶと、神崎ははっとしたように振り向いた。


「ん?」


「広間中央、近づくなよ。あの石柱、下に何かある」


「ああ、了解」


 いつもの調子で返す。

 だが、その一拍の遅れが妙に気になった。


 休憩が終わり、再び進行が始まる。


 四つの扉のうち、右端だけが生きていた。

 残り三つはすでに役目を終えている。そうわかったのは、奏真の目にだけ、右端の扉から奥へ細い“続き”が見えたからだ。


 封印線。

 まだ完全には死んでいない。


「右端だ」


 奏真が言うと、霧島が測定板をかざす。


「反応あり。しかも奥で強くなってる」


「正解か」


 神崎が低く言う。


 正解。

 その単語に、奏真の胸が少しだけ痛んだ。


 自分は案内役じゃない。

 補助要員だ。

 そういう名目で連れてこられているだけだ。


 なのにもう、班の進路そのものを決めている。


 扉を開いた先の通路は、これまでより狭かった。

 天井も低い。壁には古い灯石が不規則に並び、その間を走る術式線が何本も見える。どれも半分は死んでいるが、死にきっていない。


 最悪だった。


「ここ、全部繋がってる」


 奏真が小さく言う。


「何が?」


 朱音。


「灯石、床板、壁の紋様、全部。たぶん一個でも誤作動すると奥まで連鎖する」


 騎士団長代理の顔が険しくなる。


「解除できるか」


「全部は無理。順番に止めるしかない」


「九条、お前が先導しろ」


 言ったのは騎士団長代理だった。


 自然だった。

 自然すぎた。


 奏真は一瞬だけ言葉を失う。


 補助要員。

 危険だから前に出さない。

 そう言っていたはずなのに、いざ必要になれば最前に押し出される。


 それがこの国の都合だ。


「……わかった」


 断れるわけがない。


 奏真が先頭へ出ると、後ろに神崎、朱音、霧島、レティシアが続く。騎士たちはやや離れて囲う形だ。


 通路の一歩目。

 左壁の灯石は無視。

 右三歩目の床板は避ける。

 その次は天井線に触れないよう、少し身を低くする。


「そこ飛ばして」

「次、左寄り」

「止まれ。今、通る」


 言葉が短くなっていく。


 余裕がないわけではない。

 ただ、見えてしまうものが多すぎて、ひとつでも処理を誤ると全部が繋がってしまう感覚があった。


 後ろの神崎は黙って従っていた。

 最初の頃なら「理由は?」と聞いた霧島も、今は確認だけに留めている。


 奏真が前で止まるたび、班全体も止まる。

 奏真が進めば、全員が進む。


 その事実が、だんだん神崎の表情を曇らせ始めていた。


 通路の中ほどで、突然天井の灯石が強く明滅した。


「伏せろ!」


 奏真が叫ぶ。


 次の瞬間、壁沿いの線が一気に走り、右側から石杭が突き出した。

 誰かの足が少しでも遅れていたら膝を持っていかれていた。


 全員がぎりぎりで伏せる。

 朱音が舌打ちし、神崎が息を吐く。


「……っぶねえ」


「止まれって言ってなかったら終わってたな」


 霧島が珍しく率直に言った。


 騎士たちの顔色も良くない。

 ここまで来て、奏真の指示なしではまともに進めない現実を全員が共有し始めている。


 そして、それを一番強く感じているのは神崎だろう。


「九条」


 背後から神崎の声がした。


「なんだ」


「……すごいな、お前」


 その言葉は褒め言葉に聞こえる。

 でも、温度が違った。


 尊敬。驚き。

 その奥に、言いようのないざらつきがある。


 奏真は振り返らずに答えた。


「俺がすごいんじゃなくて、見えてるだけだ」


「それがすごいんだろ」


 少しだけ硬い声。


 霧島がそのやり取りを横目で見ていたが、何も言わない。

 朱音もレティシアも、空気の変化に気づいているようだった。


 通路を抜けた先には、さらに大きな封印扉があった。


 今までのものとは違う。

 左右の壁へ何重にも線が伸び、床下にまで術式が潜っている。王国式ではない上に、後付けの補強がされていた。


 奏真が近づいた瞬間、ぞっとするような違和感が走る。


「これ……」


 思わず足が止まる。


 神崎が聞いた。


「やばいか?」


「やばいっていうか……二重になってる」


「二重?」


 霧島も前へ出る。


「元の封印に、別の術式が被さってる。後から上書きしてる。しかも片方だけ歪んでる」


「解除は?」


 騎士団長代理が低く問う。


 奏真は扉へ手を当てた。


 見える。

 本来の封印線。

 あとから被せられた上書き。

 そして、その上書きだけが異様に強く、奥へ繋がっている。


 まるで、“ここを通った先で何かを起こす”ために仕込まれているみたいだった。


「……おかしい」


「何がだ」


「この上書き、封印を守るためじゃない。たぶん、通過した後に反応する」


 騎士たちの顔色が変わる。


「解除できるのか、九条」


 神崎の声が、今度は少し強かった。


 頼っている。

 でも、その中に焦りも混じっている。


 奏真は目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。


 ここで止まれば進めない。

 ここで進めば、さらに自分の価値を見せることになる。


 でももう、選べる立場じゃない。


「できる」


 短く答える。


 神崎、霧島、朱音へ指示を飛ばす。

 左右の印。

 床下の連動。

 後付けの上書きだけをずらし、本来の封印へ戻す。


 《奪還の王》が熱を持った。


 被せられていた歪んだ線が、ほんの一瞬だけ剥がれる。

 本来の封印制御が戻る。


 重い音を立てて、扉が開いた。


 その瞬間、騎士たちから思わず漏れた息と感嘆が響く。


「開いた……」

「まさか」

「ここまでの封印を……」


 そして、すぐにその声は神崎へ向けられた。


「勇者殿、見事な連携です!」

「ここまで到達できたのは神崎殿の統率あってこそ!」


 その声を聞いた時、奏真の中で、冷たい何かがはっきりと沈んだ。


 ああ、やっぱりそうなんだな、と。


 俺がいないと、ここまで来られなかったくせに。


 それでも前に立つのは神崎。

 称賛を受けるのも神崎。

 自分の働きは、その“統率”や“班の成果”の一部として飲み込まれるだけ。


 神崎は一瞬だけこちらを見た。

 何か言おうとした。

 でも、その前に騎士たちが囲み、神崎はまた勇者の顔へ戻る。


 その顔を見て、奏真は思う。


 神崎ももう、この流れを完全には拒めない。

 拒まないのか、拒めないのかはまだわからない。

 でも、少しずつ取り込まれている。


 その夜、遠征結果の速報は王城へ送られた。


 旧ダンジョン外縁部、封印扉突破。

 勇者戦闘団候補、大きな損害なし。

 班運用は極めて良好。


 そして別紙には、こう記される。


 ——九条奏真の関与、想定以上。

 ——勇者殿との能力差、精神面への影響要警戒。

——最深部到達時、処遇判断を進めること。


 誰も知らないところで、裏切りの準備はさらに一段進んでいた。

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