12. 俺の部屋だけ監視されていた
その夜、奏真はほとんど眠れなかった。
中央区画で起きたこと。
模擬核から疑似体へ余剰に流れていた魔力を、“戻した”感覚。
神崎の木剣が弾かれた瞬間、自分の中で先に湧いたのは焦りよりも「それは違う」という感覚だった。
本来、あの出力は疑似体のものじゃなかった。
だから戻した。
《奪還の王》の輪郭が、怖いくらいにはっきりしてきている。
王国と教会が警戒する理由も、もう薄々わかってしまった。
「そりゃ嫌がるよな……」
天井を見上げながら呟く。
この力は、正義にも悪にも寄らない。
ただ“本来の帰属”を押しつける。
それは支配している側からすれば、かなり厄介だ。
朝方ようやく少し眠れた気がしたが、気分は最悪のまま目が覚めた。
部屋を出る前、何気なく窓際へ寄った時だった。
カーテンの縁、木枠の内側、ほとんど見えない位置に薄い線があることに気づく。
「……なんだ、これ」
近づいて目を凝らす。
極細の術式線。色も匂いもほとんど消してあるが、《奪還の王》の感覚に引っかかった。
監視系。
記録というより、在室確認と動線把握に近い。
ゆっくりと息を吐く。
「俺の部屋だけか」
確証はない。だが昨日まで気づかなかっただけで、以前から張られていた可能性は高い。
破壊するのは簡単だろう。
でも、それをした瞬間に向こうへ“気づきました”と教えることになる。
奏真は少し考え、指先を伸ばしかけてやめた。
「……泳がせるか」
壊さない。
ただ、見ておく。
食堂へ向かう途中、廊下の曲がり角で芽衣と会った。
「おはよ」
「おはよう」
芽衣は奏真の顔を見るなり、小さく眉を寄せた。
「寝てない顔してる」
「最近みんなそればっかだな」
「だって本当だし」
芽衣は少しだけ周囲を見てから、声を落とした。
「何かあった?」
奏真は一瞬迷ったが、芽衣には言った。
「部屋、監視されてた」
芽衣の目が大きくなる。
「えっ……」
「術式が仕込んであった。たぶん在室確認とか、動きの把握」
「壊したの?」
「いや。まだ」
芽衣は少しの間黙り込み、それから強く言う。
「それ、完全におかしいよ」
「知ってる」
「神崎くん、知ってるのかな」
またその名前が出る。
奏真は答えられないまま肩をすくめた。
「わからない」
食堂では、神崎はすでに席についていた。
「九条、遅い」
「少し見回ってた」
「見回りってお前騎士かよ」
神崎は笑ったが、奏真はその笑い方をじっと見た。
知っているのか。
知らないのか。
少なくとも、簡単に読み取れる顔はしていない。
食事のあと、奏真はわざと霧島と同じタイミングで席を立った。
「話がある」
霧島は一瞬だけこちらを見て、頷く。
西棟へ向かう途中の回廊で、奏真は昨日見つけた監視術式のことを伝えた。霧島は驚かなかった。
「だろうな」
「知ってたのか?」
「想定していた。お前のスキルがここまで動いているなら、監視されないほうがおかしい」
「それで済ませるなよ」
「済ませてない。対処を考えてる」
霧島は少し立ち止まり、低い声で言った。
「壊すな」
「壊してない」
「正解だ」
「珍しく褒めたな」
「理にかなってるだけだ」
それから霧島は、壁際へ視線を向けたまま続ける。
「向こうが見ているなら、逆に見せるものを選べる。何も知らないふりを続けろ」
「……やっぱお前、敵じゃないのか味方じゃないのかわかりにくい」
「両方じゃない。俺は合理性の側だ」
「それが一番信用しづらいんだよ」
霧島は少しだけ口元を動かした。笑ったのかもしれない。
訓練開始前、奏真はひとつだけ確かめたくなって、昨日の護符をもう一度見に倉庫へ向かった。
霧島には止められそうだったので、黙って行く。
木箱の底。
古い護符。
昨日、自分がわずかに線を戻したもの。
それを手に取る。
すると今度は、前回よりはっきりと“抜け”が見えた。
足りないのは魔力だけじゃない。
この護符は、誰かに意図的に一部を削られている。
ただ壊れたのではなく、“本来の効力を奪われた”形だ。
「……そういうのもわかるのか」
指先に熱が宿る。
やれば、もう一段階戻せる気がした。
だがその瞬間、扉の外で足音がして、奏真はすぐに手を離した。
入ってきたのは神官見習いのセレナだった。
彼女は奏真を見て目を見開き、それから護符を見てわずかに顔色を変える。
「九条様、そこにあるものは……」
「たまたま見つけただけ」
「……その護符には、触れないほうが」
「どうして」
セレナは答えに詰まった。
それだけで十分だった。
「やっぱり知ってるんだな。こういうのが《奪還の王》に反応するって」
「私は詳しくは——」
「詳しくなくても、触れられたくない理由くらいは知ってるんだろ」
セレナは苦しそうに唇を噛んだ。
追い詰めたいわけではない。
でも、みんな中途半端に知っていて、中途半端に隠す。
それが一番腹立たしかった。
「……申し訳ありません」
結局返ってきたのは、またその言葉だった。
訓練が始まると、今日は王城内での模擬配置確認になった。
前衛の移動。
後衛の配置。
緊急時の連絡系統。
そして奏真には、補助札の配置順と物資中継の動線確認。
帳簿も監視も、着々と“役割”として固められていく。
午後、神官長が神崎を再び呼び出した。
その背中を見送る芽衣の顔は明らかに曇っている。
「……やっぱり変だよ」
休憩中、芽衣が小さく言う。
「何回呼ばれるんだろうね、神崎くん」
「勇者だからじゃないの」
奏真がそう返すと、芽衣は首を横に振った。
「それだけじゃない気がする」
彼女は視線を落とし、唇を結ぶ。
「最近の神崎くん、私と話してる時より、奏真くん見てる時のほうが顔が違う」
その一言は、思った以上に重かった。
芽衣は幼馴染として、ずっと神崎を見てきた。
その芽衣が“顔が違う”と言うのなら、本当にそうなのだろう。
「……見間違いだといいけどな」
「うん」
芽衣は頷いたが、表情は晴れなかった。
夜、部屋へ戻る前にもう一度監視術式を確認すると、今度はほんのわずかに線が増えていた。
誰かが見に来た跡だ。
奏真は部屋の扉に手をかけたまま、しばらく動けなかった。
自分の部屋だけ監視されている。
自分のスキルだけ隠されている。
自分の役割だけ固定されている。
もしかしたら、もうとっくに“処分対象”として扱われ始めているのかもしれない。
その夜、神官長の部屋で、羊皮紙の端に新しい線が引かれた。
——監視継続。発現速度、要注意。処分検討、保留。
保留。
それがいまの奏真の立場だった。




