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第47話 罪人/ep.900 連行

「ミケに怠惰の力……?」


 将斗は勘違いをしていた。


 白峰竜次は『七大罪』と戦い勝利している。

 そして勝利の度に、その大罪の力を奪っていた。


 だがそれは、彼の持つ神のスキル『暴食グラトニー』とは関係ない。


――魔人が倒された時、その力は最も適性のある者に譲渡される。

 

 これが『七大罪』にのみ適用される特別なルール。

 小説には描写はなかったが、最後に戦った『怠惰』の力は、彼が有しているものだと思っていた。


「シロ、それ本当か?」

「ほんとう……」

「だったらミケは、ずっと『怠惰』の力に苦しめられてたんじゃないのか?」

「……たぶん」


 小説で得た知識の一つ。

 『大罪の力は持っているだけで精神に悪影響を及ぼす』

 竜次は、これまでの戦いでそれを乗り越え、自分のものとした。


 だが、乗り越えられない者は精神を蝕まれ、魔人と変わり人類の脅威となる。

 『憤怒』に負けたものは、自分を含めた全てにその怒りをぶつけて、破壊の限りを尽くし続けた。

 『傲慢』に溺れた者は、自分を神よりも優れていると考え、自分を崇めるように宗教を立ち上げ、人民を洗脳した。


 では、ミケは――?


 そう思った時、将斗は彼女の振る舞いを思い出す。

 出会った時から、彼女はこのパーティのムードメーカーとして盛り上げ役を買っていた。


 あの姿はとても、怠惰の影響を受けていたようには見えない。

 見えないが、何処か空回っているように見えることもあった。


 だがそれが、『怠惰』にならないように気を張り続けるためのものであったとしたらどうだろう。

 どうにかして、時には無理して、力に飲まれないようにしていたとしたら。

 

『――ミケ。お前……』


 竜次が彼女の振る舞いを見て言ったあの時の言葉。

 彼はミケが無理をしていたことに、気づいていたのではないだろうか。

 でもそれを止めれば、彼女が力に飲まれてしまうから、それ以上は何も言わなかったんじゃないだろうか。


『私はおかしくない!!』


 ミケのあの言葉。

 あれは『怠惰』に飲まれまいと、必死に抗っていたから怒ったのではないか。

 私は『怠惰』に負けてないって、言いたかったのではないだろうか。


 思えば、彼女は常に何かしようとしていた。

 何かしていないと気が済まないからだろう。

 怠けた瞬間、『怠惰』の影響を受けたことになってしまうから。


 だから、ボス部屋からの強制転移の後、あんなにも焦って動こうとしていたのだ。


「ミケ……」


 広間の中央で、ミケは竜次を包み続けていた。

 竜次はただ、体を預けているままでいる。


 二人のもとへ歩み寄りながら、将斗はふと気づかされた。

 彼女が狂気と隣り合わせの『怠惰』に抗い続けた、本当の理由に。 


 広間の中央で竜次を抱きしめるミケは、ボロボロになった彼を、自分の全てで守ろうとしているようだった。

 回した腕で背中をゆっくりと撫で、細い尾は、絶対に離れないと誓うように竜次の足へ固く巻き付いている。

 彼を見つめるその瞳には、痛いほどの熱と慈愛が溢れていた。

 

 答えは、あまりにもシンプルだった。

 彼女は、彼が好きなのだ。

 ただ、一番近くにいたかったのだ。

 

 もしも魔人の力に飲まれれば、自分は化け物になり、最愛の彼の敵になってしまう。

 それで彼の歩む道を邪魔するわけにはいかない。

 だから必死に道化を演じ、何かに急き立てられるように動き回って、己の理性を保ち続けた。

 ただ、『彼の隣』という居場所を守り抜くために。


 彼女の振る舞いはすべて、愛する人のそばに居続けるための、たった一人きりの戦いだったのだ。


「――――」


 推測でしかないが、その健気さに心打たれるものがある。

 おかしくなったと思ったのは勘違いだったのだと、将斗は深く反省した。

 

 将斗はシロを抱えながら二人のもとへ辿り着く。

 竜次は目は開いていたが、ミケの方に頭を預けて、何もない地面を見ていた。

 

「……お、お疲れ」


 かける言葉が見つからなくて、当たり障りのない挨拶を投げた。

 ミケは頷いてくれはしたが、竜次は黙ったままだった。


「――――」


 ずっとそのままかと思ったが、竜次は一つ息を吐いてから、ミケの腕から離れた。

 言葉はなかった。


「えっと、とりあえず……ありがとう、竜次。助かったよ」

「…………」


 竜次は下を向いたまま何も言わない。

 まださっきの状態から回復していないのではないか。

 そんな心配を抱えた。その時――地面が光り始めた。


 四人の足元に浮かぶそれは、見知らぬ言語が並べられた、巨大なサークル――転移用の魔法陣だった。

 今回はちゃんと竜次も入っている。

 また分断されるような心配は無いらしい。


「将斗」


 竜次が口を開いた。

 急に声をかけてきたから、将斗は驚いた。


「……お前はこのダンジョンに迷い込んだ。記憶はぼんやりしていて、ギリギリ名前を覚えている程度。今は、俺によって保護されている状態だ」

「え? な、何? どゆこと」

「……『お前は記憶がはっきりしていない』、少なくともそれは徹底しろ」

「いや何言ってるかわかんないんだけど――」


 聞き返している時間はなかった。

 地面の発光が一際強くなって、周り全てが白く塗りつぶされていく。

 

 気づけば、崖のように切り立った岩壁のそばに立っていた。

 空が赤く、一瞬赤月を思い出したが、それは夕日によるものだった。


 目の前には大きな洞窟があった。

 奥は暗くなっていて、どこまで続いているのかわからない。

 

 すると地面が大きく揺れ始めた。

 

「うおおお?!」

 

 危うく転倒するところだったが、シロを抱えたままだったので、大きく足を広げて耐えた。


 揺れに呼応するように、目の前の洞窟では天井から岩が降り始める。

 その岩はどんどん積み重なっていき、洞窟を完全に塞いでしまった。

 

 揺れの方も徐々に収まっていった。


「あれか、ダンジョンを閉じるってやつ? 結構物理的に潰すんだな。てっきり魔法みたいに――」


 隣を見ると、ミケも、竜次も同じ方を向いて黙っていた。

 それに二人はいつの間にか、綺麗に並んで立っていた。

 彼らの視線の先は将斗の背後だから、何かと思って振り返ってみた。


 ――四人を取り囲むように、鎧を着た人間たちがズラリと並んでいた。


 何人いるのか、一目ではわからなかった。


 全員が兜の隙間からこちらを睨んで佇んでいる。

 掲げられた青色ベースの旗には、見覚えのあるマークがついていた。

 あれだ。挿絵で見たことがある。竜次たちが拠点にしている国の――


「これは一体どういうことだ! シラミネリュウジ!」


 張りのある大きな声が響く。


 取り囲む兵士たちを割って、中央から一人の男が歩いてくる。


 彼だけは鎧の作りが違う。

 兜は被っていなくて、顔が見える。一回りは年上のような肌感で、鼻の下の黒い髭を伸ばしている。

 勲章か何かを胸の辺りに付けていた。


 将斗の目には、隊長、班長のようなリーダーに見えた。


「また何も言わない気か?」


 返事がない事に目を吊り上げたその男は、竜次の目の前に立ち、彼を見下ろし始めた。

 竜次はそれでも何も言わないでいて、目を合わせる気もないのか、下ばかり見ていた。

 

「答えろ、この罪人が!」


 男の拳が、竜次のほおを撃ち抜いていた。

 躊躇なく行われた暴力行為に、将斗は光景に目を見張る。


 竜次が後方に倒れていた。

 将斗は思わず、一歩踏み出した。


「何してん――」


 なぜ、誰も何も言わない。周りの兵士は何も動こうとしない。

 いや、リーダー格がやる事に兵士たちが口を出せないのは理解できる。


 だが、隣にいたミケですら動いていない。

 何故なのか。そこまで悔しそうな顔をしているのに、なぜ見向きもしないのか。

 肩のあたりを反対側の手で握っていた。

 確かタトゥーのある辺りを。


 腕の中のシロに至っては、反対側に顔を向けて、視界に入れないようにしている。


 男は倒れた竜次の前に仁王立ちしていた。

 その男を竜次は黙って見上げている。


「なんだその目は!」

「……」

「罪人め、よもや忘れたか。我々は全員が貴様らを処罰する権限を持っている。いつでも――」

「予定時刻から遅れたことは謝罪する。想定外の事態があった」


 男が言い終わる前に、竜次が上体を起こして淡々と報告を始める。

 言い終わる前だったのが気に入らないのか、男は不服そうな顔をしていた。


「想定外だと?」

「ダンジョン内部の構造は、お前らが寄越した図から大きく変化していた。それに意図的に分断され――」

「言い訳など聞いていない! 遅れたのは貴様の不備であり、全て貴様の責任だ!」


 男はすぐさま剣を抜き、竜次の鼻先へ突きつけた。

 少し腕を伸ばせば、刺さってしまう距離。

 その光景に黙って見ている訳にはいかなくて、将斗は男の近くへ走った。

 

「何してんだ!」

「……何者だ貴様、見たところ冒険者でもない」

「俺は竜次の――」


 そこで竜次の言葉を思い出した。

 『今は、俺によって保護されている状態だ』

 『……お前は記憶がはっきりしていない、少なくともそれは徹底しろ』


 今更気づくなんて馬鹿だ。

 あの言葉の意味がわかったから、口が開かなくなった。


 信じられないが、さっき聞こえた言葉からも、今は竜次がこの兵士たちに罪人扱いされているらしい。

 彼の言葉は、おそらく将斗が仲間だと思われないようにするためのもので。

 罪人を平気で殴るような奴から、将斗を守るためのものだとしたら。

 

「あ、その……」


 情けない。と内心で恥じた。

 いっそ仲間だって言ってしまいたいくらいの気持ちはあったが、竜次の目は真っ直ぐ将斗の目を見ていて、さっきの話に合わせろって言っているようにも見えた。


 その好意を無視できなくて――でもそれは逃げいてるような気もして――

 そうやって迷っているうちに、男は今度は将斗の方に近寄ってきた。

 

 今度はこちらを殴るつもりなのかもしれない。

 その時、竜次が口を開いた。


「待て、そいつはダンジョン内で保護した一般人だ」

「……何?」


 男は怪訝な顔をしながら、竜次の方を向いた。


「魔物に追われたせいか、記憶が混濁している。俺とはなんの関係も無い」


 その言葉に、リーダー格の男は「ふん……」と鼻を鳴らしながら、将斗の方に向き直った。

 少しの間値踏みするようにジロジロ見てきた後、「くだらん」と一言言って、


「善行を積んだつもりか? 贖罪のつもりか? 笑わせる。そんなもので刑が軽くなるなど思わないことだな」


 そう言って、踵を返すと元来た方へ歩いていく。


「どうせ、未申請のモグリだろう」


 そう言うと、男は兵士たちに「繋いでおけ」と言う。すると、その命に応えた兵士たちが、四人の元に近づいてきた。


 あっという間のことだった。

 竜次は四〜五人に囲まれ連れて行かれていった。

 ミケも、将斗の腕にいたシロも無理矢理連れて行かれてしまった。


 残ったのは数人の兵士と、将斗のみ。

 すると近くで、ペコペコ頭を下げている兵士が、他の兵士に何か言われていて「了解っす」と言って将斗の方へやってきた。


「な、なんですかこれ。あの……」

「すいませんっす。これ、規則なんで――」


 その兵士はそう言って将斗の腕を取ると、ガチャリと冷たい何かを嵌めてきた。

 両手に取り付けられた重たいそれを持ち上げると、太い鎖が繋がった手錠だった。


「え……」

 

 手錠の鎖は中央から分岐していて、その端は目の前の兵士が持っていた。

 彼が歩くとともにそれが引っ張られ、当然将斗もついていくしかない。


 ――そのまま少し歩いた先に、幌で覆われた馬車が数台あった。

 その一つに将斗は乗せられると布は下ろされ、外の様子が遮断された。


 暗い馬車の中には黙ったままの兵士が五人。

 彼らに囲まれるように将斗は座らされた。


 竜次たちの姿はない。

 乗り込む時に見えたが、竜次たちはそれぞれ別の馬車に乗っているようだった。


「……え」


 将斗は周りの兵士と手錠を何度も見て、考えた。

 今のこの状況は一体。

 考える時間はそこまでかからなかった。


「……捕まったんだけど」

「「私語は慎め」」

「アッハイ……」


 二人の兵士に叱られ、驚いて口を閉ざした。

 一人でいいだろと思いながら、何もない天井を見上げてため息をついた。


 椅子の出来が悪くて、馬車が揺れるたびに腰のあたりが痛む。

 一体どこに連れて行かれるのかわからないまま、将斗はため息をついた。


 渡将斗 本日未明 逮捕――

二章後半へ参ります。


この後二つくらい幕間が来ます。が、当然新話も書きます。

がんばります。心の中でも応援いただければ御の字です。

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