幕間2−1 待機命令
わたしはフローラ。
このネスっていう国で一番の花屋……一番になる予定の花屋の一人娘。
み、見た目はどうかなぁ。
背は高くて、顔もキリッとしててカッコいいなんて言われることが多いかな。
わたしとしては、お花さたちみたいに「可愛い」って言ってもらえた方がいいんだけどなぁ。
「さてと、次は魔花さんたちのお手入れ、お手入れ」
わたしのお店では普通の花屋では取り扱わない『魔花』を取り扱ってる。
無毒化されている魔花は仕入れがとっても大変なんだけど、その分、色鮮やかで長生きする子達ばかりだから、人気なの。
この港層区でならウチだけ。
中層区には取り扱うところもあるみたいだけど、負けてないと思う。
あそこにはとっても可愛い看板娘がいるって噂だけど……負けてないと思う。
わたしの好きなウィルくんも、その子が気になってるって言ってたけど……ま、負けてないと思う。
「負けてない……はず……」
「フローラ、悪いけどここの水の取り替えお願いできる?」
ちょっとだけ涙目になってると、お母さんがそう言うので、店の前を見てみた。
慌てているお客さん二人と何か話してた。
急いでいくつか包んでほしいってことだろうなぁ。
「わかったー!」
ちょうどよかった。
こっちのお花さんたちの方の水の取り替えと、並べ換えと……ああ、いけない、今日仕入れた子も並べておかないと。
お母さんの方のはその後に――
「あ……れ……」
その時、ぐらりと世界が揺れるように眩暈がした。
おかしいな。
確かに遊びにいく予定があるからって、昨日は楽しみすぎて眠れなかったんだけど。
――あ、だめだ。倒れちゃいそう。
「――っ」
咄嗟に壁に手をついた。
変だな。
風邪かな。
やだなぁ、今日はウィルくんとエリィちゃんとそれから……。
「……ぁ」
あ、あれ?
力が入らない。
――これ、風邪じゃない?
頭もぼぅっとしてきた。頭の中が真っ白になっていくみたい。
もしかして、魔花さんの影響?
でも無毒化されてるし……というか魔花さんの影響じゃこうはならないし。
だめだ。すっごく眠い。
何これ。なんなの?
――え?
「だ……れ……?」
フローラはゆっくりと地面に倒れると、目を閉じた。
「ちょっとフローラ?! 大丈夫?!」
フローラの友人、エリィは倒れている彼女に駆け寄った。
たまたま早めに家の手伝いが片付いたので、様子を見に来ていたのだ。
倒れた彼女は目を瞑って動かない。
呼吸はしているから、最悪の事態ではないようだった。
「ねぇフローラ!」
エリィが強く呼びかけていると、奥からフローラの母も駆け寄ってきた。
その時、彼女の指先がピクリと動いた。
「……ぁ」
「あ、フローラ。よかった気がついた?」
彼女は目を覚ましていた。
エリィは背中に手を回して彼女を起こしてあげた。
虚ろな目をしていて、意識がはっきりしているのか、そうでないのかわからない。
しかし、彼女はゆっくりと自分の足で立ち上がった。
エリィはその様子にかなり心配した。
「ねぇ、大丈夫? どこか体調悪い? もし無理そうなら今日の予定は――」
「大丈夫。どうってことないから……」
「嘘。元気ないじゃない。何年付き合ってると思ってるの?」
「……」
フローラは体調が悪い時でも、無理して明るく振る舞う悪い癖がある。
そこが可愛らしく、危なっかしいのでエリィはいつも気にかけていた。
今の彼女は明るく振る舞うことすらできない状態。ということは――
「なんちゃってー、演技だよ演技! ごめんね、ちょっと寝不足で居眠りしちゃって」
「は、はぁ? もう、心配させないでよ。まさかウィルが来るからじゃないでしょうね」
「ち、違うよ〜。からかわないで」
腕を振って小さく暴れている。
これこれ。とエリィは頷く。
いつものフローラだ。
倒れた件はきっと寝不足で間違いない。
否定しているが、ウィル関連での寝不足これまでに七回あった。
いつものことだったようで、エリィは安心した。
目の前のフローラは「心配させないで」と母に叱られていた。叩かれた頭を抑えながらエリィの方を向いて、
「それで、どうしたの? 予定よりは早くない?」
「ああ、それはね――」
エリィは、手伝いが早く終わったから様子を見にきたとフローラに説明した。
彼女はまだ仕事が残っていそうだったのだが、彼女の母は「仕事中に居眠りするよりはマシ」と早めに上がるよう許してくれた。なんと優しいことか。
早めに上がれるのなら、対ウィルのための作戦会議ができる。
エリィは、フローラに今日こそは決めてもらうつもりでいるので、善は急げと家に荷物を取りに行くことにした。
「じゃあ、すぐ行ってすぐ戻ってくるから」
「うん、私も準備しておくね」
「――? うん! 待ってて」
去り際、エリィは微かな違和感を感じたが、気のせいだと思ってまっすぐ家に向かった。
彼女の背中を見送ってからフローラは踵を返した。
確か部屋は、奥の階段を登って二階。右側。
今日着る服は、さっきの子と選んだ花柄の――
「すみません、店員さ〜ん。この花はなんと言うんですか、見たことない色をしているんだけど」
「あっはい」
こんな時でもお客さんとあらば接客はしなければならない。らしい。
仕方ない。
「この花ですね。こちらは……って。あなたですか」
「どうも〜」
顔を上げると、真っ赤なベストを着た男が店先に立っていた。
漂っている怪しげな雰囲気と、その粗雑そうな見た目からして、とても花屋に来る人間には見えない。
せっかく接客モードになったというのに見知った顔だったから、『彼女』は肩の力を抜いた。
「だから髭、似合ってませんけど」
「ちょっとちょっと、お客さんにその態度なの? 傷ついちゃうなぁ。教えてよお花さんのこと」
「どうせこんな花になんか興味はないんでしょう? それで――」
『彼女』は髪を振ってから、男の真っ黒い目をまっすぐ見つめた。
「今回は何を?」
その言葉に男は「うーん」と唸って、数秒後「何もないね」と言った。
「は?」
『彼女』は首を傾げた。
「必要があったら呼ぶからさ、好きに過ごしててよ。もしかしたら、何もないかもしれないけど」
「え? それでは来た意味が……私だけですか?」
「いや、勝利クンもだよ。二人で暇しててよ。ま、そう言うことだから。また後日」
「あ、ちょっと――」
気づいた時には、男は消えていた。
『彼女』は周りを見渡して、あの男がいなくなったのを確認すると、胸に手を当てた。
「なら……来た意味が……」
「フローラ! 今度は立って寝てるの? エリィちゃん来ちゃうわよ!」
「あっ、はーい」
いけない。
このままでは母親に怒られてしまう。
『彼女』は走って、フローラの部屋に向かった。
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月光が森の表面だけを照らしている。
一部木々のない開けた場所がある。そこには崩れたダンジョンの入り口があった。
夕方に白峰竜次一行に崩されたことで、出ることも入ることもできないよう、完全に塞がれていた。
その岩石のわずかな隙間から、わずかながら光が漏れ始める。
光は強くなっていき、そして――内側から突き抜けてきた一筋の光線によって、全て吹き飛ばされた。
その光は天高くまで一直線に進む。
夜空に一本の光の筋を作って、やがて細くなっていき消えた。
ぽっかりと空いた空間からはまだ白い光が漏れていて、モーターの回転する音と共に現れたのは、近未来的なフォルムを持つバイクと、それにまたがる白いライダースーツの男。
洞窟から出るなり、彼はブレーキを引いた。
「だぁぁっ! やっと出られた――ってもう夜かよ!!」
彼は大きく背伸びして夜空に叫んだ。
「ったく、危うく生き埋めになるところだったぜ。あいつに会うまでは流石にって――」
彼は呟きながら、手元の画面を操作していた手を止めた。
彼を中心に周囲の地形が映し出されている。
その画面が徐々に引いていく。
広域化され、遥か遠くの地形まで映し出されていき、海岸線沿いに建物が密集している地域があった。そこに、別の赤丸が表示されていた。
男がそれを触ると何か数字のようなものが表示され、彼はバイザー越しに目を見張った。
「そっ、そこそこスピード出しても五時間だと……」
男はヘルメットをハンドルのあたりに当てて、項垂れた。
少し経ってから大きく息を吸って、座り直した。
「い、いいぜ、やってやるよ。この勝利様を舐めるなよ……」
そしてアクセルを大きく捻り、走り出す。
加速していく中で、男は夜空に向かって口を大きく開いた。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
その叫びは虚しくも、夜風に乗って消えていった。




