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第45話 黒き欲望

 ダンジョンの最奥の広間が振動し続けている。

 その揺れの中心で、将斗は立っていた。


 黒竜の繰り出す連打に、『硬化』で耐え続けていた。

 一打一打に隙はない。 


 背後にはシロが力無く倒れている。

 将斗が一瞬でも『硬化』を解除すれば、二人はまとめて押しつぶされてしまう。


 絶対に解除はできない。


 『硬化』は黒竜の攻撃を耐えられる。

 こういう時は優秀なスキルだ。代わりに、呼吸はできない。


 四十秒くらいは経った。

 ほんの少しだけ、苦しさが出てきている。

 何秒もつか。


 何秒待たなければならないのか、将斗にはわからない。

 

 呼吸を止めていられる時間なんて、数えたこともない。

 次にまともに呼吸できるのは、黒竜が腕を止めた時だけ。

 

 だが、黒竜は拳を止めるつもりもないかもしれない。


 持つ持たないは呼吸だけではない。


 体の内側には激痛が走っていた。

 『硬化』の影響範囲は体の表面のみ。

 硬くなっていない内臓たちは、与え続けられる圧と振動に悲鳴を上げていた


 スキルのおかげで将斗の表情は変わらない。

 本当なら苦痛に歪めているくらいだ。


 しかし耐え続けなければならない。

 辛かろうが、痛かろうが、それだけが自分位できる精一杯のことだから。


 さらに一分くらいは経っただろうか。


「……ぅ………ん……?」


 黒竜の拳によって鳴り響く地響きの隙間から、声が聞こえた。

 それは将斗の背後から。

 シロだ。どうやら目を覚ましてくれたらしい。


 将斗は命には至らなかった事実に安心した。 


「……えっ」


 シロは驚いたように声を上げた。

 

「だ、だめ……だめ……」

 

 か細い声で、ずっとそう言ってきた。

 足のあたりに何かが当たっているような感覚があった。

 

 黒竜の攻撃を受け続けて曖昧になっているが、おそらくはシロが触れている。

 やめてくれと言っているのだろう。


 今スキルを解除すれば、二人まとめて死んでしまう。

 だから絶対にスキルを解かない。


 シロは、会ったばかりの自分に何故か懐いてくれた。

 危険な場所だと察知して教えてくれた。

 黒竜から将斗を守って一人戦ってくれた。


 小さな体でそこまでしてくれたのに。

 自分だけ何もせずにいるなんてありえない。

 

 せめて今ぐらいは役に立ってみせろ、そう思っていた。


「……息して……!」


 いつもか細い声なのに、今の言葉には力がこもっていた。


 魔人はそこまでわかるのか。と思った。


 彼女の言う通り、もう肺の酸素が尽きてきた。


 頑張った方ではある。

 実は、ほんの少しだけ呼吸の真似事はできていた。

 内臓は『硬化』の影響を受けていないからだ。

 空気を多少吐き出して吸い込むことはできた。


 が、それをやり切った上で、今に至る。


 もうそれだけではどうにもならない段階に陥っている。


 だんだんと感覚が遠のくのも感じていた。

 本格的に終わりが近づいてきている。


 体全体が呼吸しろと言うように痺れ始める。

 本当なら、力が抜けて倒れている頃かもしれないと思った。


 将斗は『硬化』で良かったと思った。

 中身がこんなでも、最後の時まで強固な盾となれるからだ。


「だめ……だめ――だ――――――」


 シロの声が遠くなっていく。

 感じたことのある、あの世界に片足を突っ込んでいる。


 死ぬ。


 本能的な思考が、スキルを解いてしまえと叫んでいる。

 それはダメだと理性で言い聞かせる。


 その両方も、酸素がないから消えかかっている。


 視界が白くなっていく。

 全身から感覚が抜け落ちていく。


 内臓の痛みはもはや感じていない。



 また死んでしまう。


 でもスキルは解けない。


 まだ耐えろ。




 まだ。


 まだ耐えろ。


 耐えろ。耐えろ。耐えろ。   耐えろ。





 耐――





「――マサト! できたにゃ!」





 ミケの声が、聞こえた。

 将斗は一瞬で正気を取り戻した。


 直後、視界が暗くなる。

 

 将斗は首を動かせないから、見上げることはできない。


 彼の頭上、黒竜の頭の周りに、円筒状の物体が、無数に飛び上がっていた。

 その数は数百はあろうか。


 それらは全て将斗が手榴弾と呼んだものと同じ形状をしていた。

 天井の様子を全て覆ってしまうほどの群れとなって飛んでいる。


 その光景に、黒竜の手が止まる。


――間を置くこともなく、全てが一斉に、一瞬の閃光を放ち、爆発した。



******************************



 黒竜は拳を止めていた。


 流石の竜にも今の爆発は、()()()()()


 一つならまだしも、大量の一斉起爆をされれば、目を瞑るくらいの不快さがあった。

 煙が邪魔だから、黒竜は手で払った。

 

 爆発は黒竜に何一つダメージを与えられていなかった。


 竜の眼下には、痙攣しながら咳き込んでいる男と、その脇で呼びかけている少女。


 今の爆発には苛立ちもあった黒竜だったが、口角を上げ、喉を鳴らした。


 あの強者が起き上がっている。


 またやれる。

 楽しめる。

 今度はもう少し長く。


 そう思った時、眼下の少女がこちらを見上げていることに気づく。

 その赤い目で、まっすぐ竜を睨んでいた。

 目の端から涙が落ちている。


「……『飢えてろ』」


 少女がそう言うと、その涙を浮かべたままの赤い目が煌々と輝く。


――その瞬間、竜は、目を見開き、思考を失った。


 今まで感じたことのない絶対的な渇きと飢餓感が、黒竜の全身を内側から喰い破るように襲った。



******************************



 黒竜が地面をのたうち回り暴れ始めた。


 その近くで、将斗は倒れていた。


「かっ……あっ……っは……」


 血が知った目で、胸を掻きむしった。

 『硬化』は解除した。なのに、呼吸ができない。


 肺が動かない。

 呼吸の仕方を忘れているかのよう。

 吸えるはずなのに、酸素が供給されない。


「……息して……」


 シロが胸に手を当ててきた。


 すると、その手がそのまま抵抗なく、将斗の胸の内部に侵入する。

 不思議と痛みはなかった。


「……ごめん……」


 彼女の手に力が入る。

 その瞬間、激痛が胸の中心から生じた。


「んっ――――――――っっ!!  がっ、あっ、がああ! ぐ、ん? えっ? えっ?」


 将斗は叫んだ。

 叫べた。


 彼自身その事実に驚愕した。

 呼吸ができている。


 未だ胸の辺りに生じた激痛と、内臓を掻き回されているような気持ち悪さが残っている。

 だけど息が吸える。新鮮な酸素が入ってくる。

 

 体の端々で抜けていた力も入ってくる。

 

「はぁぁ、え、すご。何これ。シロの力?」

「…………」

「シロさん?」


 彼女は黙っていた。

 無表情、ではなく何か不満げな顔をして、将斗を見ていた。


「あの……ううおぇ?!」


 胸に刺さっていた彼女の腕が無造作に引き抜かれた。

 内臓が飛び出るかと押さえたが、傷跡はなかった。

 

 魔人の力は不思議だ。


「もしかしなくても、助けてくれたんだよな。ありがとう」

「……ん!」


 シロが抱きついてきた。それはもう力強く。

 頭をぐりぐりしてきて、アバラが粉砕されそうだが、頭を撫でておいた。



――グゥゥゥキュルルルルルルゥ!! ルルルルゥ!



 裏返ったような、無様な甲高い鳴き声がする。

 後ろで黒竜が壁に体をぶつけ、喉を掻きむしったりしながら、泣き叫んでいた。

 

 黒竜はいきなり狂い始めた。

 将斗はどうしてこうなっているのか不思議だった。


 だが暴れ回る中でも、黒竜の目は依然こちらを向いているのに気づいた。

 それは、よく見ればシロに向けられている。


「あれもシロのしわざ?」

「ん……」


 頷いた。

 肯定の意味だと思った。


「結構効いてるっぽいけど、最初からやってもよかったんじゃ?」

「んーん……」


 今度は首を振る。

 否定しているらしい。


「ちかくにいないと……できない」

「……誰が?」

「あのひと……」


 そう言って、シロが天井を見上げる。

 見上げると、洞窟の岩肌が見えるのみ。点々と水晶が付いているくらい。


 だが、パラパラと欠片が落ちてくる。

 

「なるほど……」


 将斗は呟いた。


 破片が落ちるのは、黒竜が暴れているからではない。

 全く違うタイミングで、次々と落ちてきている。


 それに、音も聞こえてきた。

 洞窟全体を揺らすほどの衝撃も。


 音は次第に大きくなってきていた。

 確実に、こちらに近づいてきている。


 将斗は、ミケの方を見た。

 彼女もこちらを見ていた。


 ミケは天井を指差して、笑っている。

 将斗も笑って、親指を立てた。


――『大罪勇者は償いたい』十二巻。『色欲』の森。


 竜次とミケの二人で旅をしていた時、七大罪の魔人の一人、『色欲』と出会う。


 二人は魔人の罠にかかり分断される。

 そしてミケが、一人で『色欲』と対峙することになった。

 彼女はそこで持っていた爆薬を全て費やして、一斉に起爆させる。


 それは魔人を倒すため、ではない。


 はぐれた竜次に、居場所を教えるための合図だった。


「こういう時は、大人しく力を借りるしかないからな」


 将斗は息を吐いて、呟いた。


 見上げた天井に亀裂が走る。


「頼らせてもらうわ。白峰竜次」


 将斗は天井に拳を掲げた。


 最強の存在を呼ぶ、それが今できる最適解。

 黒竜なんていう脅威を避けるためには、これしかない。



――天井が、堕ちた。



 大量の瓦礫が落下してくる。

 

 その隙間を縫うように、大量の黒い瘴気が噴出する。


「……え?」


 将斗は拳を下ろした。

 呆然としたまま、その光景に目を疑っていた。


 『それ』は、瘴気の漂う黒い空間から姿を現した。


 現れるのは白峰竜次のはずだった。

 だが――


「なんだよ、あれ」


 他の二人を見た。

 シロも、ミケも目を見開いてそれ見ている。

 その様子を見るに、二人も知らないらしい。


 あの黒竜も、暴れることを忘れているのか、ただそれを見ていた。

 

 『それ』を表す言葉を将斗は知らない。

 異形。などという表現では、軽い気がした。

 

 黒と、赤が蠢いている。

 全身が複数の生物を無造作に混ぜ込んだような見た目だった。

 牙や爪が、肩や腹から生えていた。

 アンバランスに生えた翼。その翼膜には大小様々な目玉が敷き詰められている。


 かろうじて、人型をしていた。


 粘着質な液体を垂らしながら、頭の中央、口と思しき場所が大きく開かれる。

 まるで、鰐のように大きく開いた。

 どこまで開くのか、終わりがなかった。

 まだ開く。それでは、顎が胸の辺りまであることになってしまう。

 

 理解ができない。


 右腕は三本あった。赤黒く、硬質化していて、光を反射している。

 左腕は皮膚が破けるほど筋肉が露出して、その繊維を何本か弾けさせていた。


 将斗は動けずにいた。


 俺たちが呼んだのは白峰竜次だ。

 あんなのは呼んでない。そう思った。

 

 だが、あの生物の、背中に当たるであろう部分。

 見覚えのある黒いコートが、皮膚と同化するように癒着していた。


「あれ……竜次なのかよ」


 将斗はまた呼吸を忘れてしまいそうだった。 


 どうやら脅威はまだ去っていないらしい。

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