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第44話 自分の戦い方

 将斗は走った。


 ぼんやりと水晶に照らされた洞窟の中、石畳をひたすら駆け抜けた。


 目指す先、洞窟の奥から、地鳴りのような衝撃が響いてくる。

 一回ごとに洞窟が揺れ、天井の小石がパラパラと降ってくる。


 奥で何が行われているのか。


 せめてシロに被害がなければいいと、それだけを願って走り続けた。


「――っ! 遅いんだよ! なんだこの身体!」


 全力を出しているのに、全然進まない。

 つい最近体験したあの超スピードの世界と比べてしまい、己の無力さに苛立ちが募った。

 『超強化』はやはり、当たりのスキルだったのだ。


 このままでは間に合わない。

 具体的に何が起こるかはわかっていない。ただ漠然とした焦りが将斗の心を震わせていた。

 

 ならせめて――走りながら振り向いて、ミケに声をかける。


「ミケ、俺のことはいいから、先に――」


 後ろを走る彼女は、ずっと下を見て走っていた。

 目なんか、焦点が合っていないようにも見えた。


「ミケ? おい、ミケ!」

「……えっ、あ、なに?」


 彼女はハッとしてから、何度も瞬きをする。

 

「ミケ……悪いけど、やっぱり変だぞ。どうしたんだよ」

「だ、大丈夫、大丈夫だから」

「どこがだよ、今だって――」

「ちょっと考えてただけにゃ……それで、何を言おうとしてたの?」


 作り笑いを浮かべていた。

 作ってるって一目で分かった。

 眉は下がっていたし、口元も引き攣っている。


 何より、今は笑う場面じゃない。

 その判断すらつかない精神状態のようだ。


 しかし、それ以上追及しないで欲しいというような、彼女の想いを感じた。


 改めて、ミケの様子はやはり変だと将斗は思った。

 だが、今はシロを助けに行くことを優先するべき状況で。

 それには、将斗よりも早く動けるであろう彼女を頼るしかない。

 

 今の彼女を頼ってしまうほど、自分には何も出来ないことに、酷く悔しさを覚えながら、将斗は彼女に先に行って欲しいと伝えた。


「――分かった。任せて」


 そう言って彼女は背中のバックパックから、金属製のワイヤーを射出して、壁に引っ掛けて飛び出していった。

 そのまま振り子の要領で、どんどん先へ進んでいった。


 技術力の高さに感銘を受けつつ、将斗は今出せる全力で走った。


 ずっと走った。


 肺が千切れそうだった。口の中には血の味が広がっていた。

 脛のあたりが変に痛み出している。

 普段使っていないから、関節も悲鳴を上げていた。


「くっそ……」


 恨み節のように吐き捨てた。

 頭の中で過去の自分をこれでもかと呪った。

 

 速度も落ちてきた。

 それくらいには限界だったが、足は止めなかった。

 走ることさえ出来ないのなら、ここにいる意味が無いと思ったから。


 だから走り続けた。


 洞窟の奥は、まだ見えない。

 走る距離が長くなるにつれ、その距離を投げ飛ばされたであろうシロの状態が、心配でならなかった。


「はぁっ…………はぁっ…………」

 

 本当に情けない。

 すぐに駆けつけたいのに、全然進まない足がとても憎たらしかった。


 歯を食いしばって、足を進めた。


――そして、何分か過ぎた頃。


 遠くに瓦礫の山が見えた。

 走って、やっとのことで辿り着くと、両面が綺麗に切り揃えられた岩の山だった。

 

 乗り越えながら、気づいた。

 よく見れば何やら模様が彫ってあった。


 この瓦礫がなんだったのか、分かった気がした。

 ボス部屋の扉に似ているのだ。


 となると、この惨状は内側からぶち破ったような崩れ方をしているように思えた。


「どうせ、あのドラゴンだろ……」


 犯人は奴以外考えられない。

 ましてやそれ以外にこんなことができるやつがいるなんて、考えたくもなかった。


 呟きながら、疲労で限界に達している体に鞭打って、瓦礫の山を這う。

 登りきった先にはアーチ状の穴が開いていて、その奥で、大きな影が暴れていた。


「シロ……!」


 ドーム級の広さはある空間だった。


 その中心で暴れる影は黒竜。

 その周りを、俊敏に飛び回る少女が見えた。

 壁を蹴って、黒龍の攻撃をかわし、隙のある部位へ突進していた。


 彼女が衝突する瞬間、その小さな体格では考えられないレベルの地響きが発生する。


 しかし、広間を震えさせるその威力にも黒竜はよろめくことはなく、逆にそのデカい図体では想像しえない速度で反撃の拳を放つ。

 シロは間一髪で避けるものの、その風圧で飛ばされかけていた。

 

 力も、体格の差もある。

 素人目でもシロでは太刀打ちできない、そう思えた。


 すると、瞬間――竜の頭部付近で爆発が起きた。


 その近くを飛んでいたのは、ミケだった。

 爆弾を投げたのは彼女らしい。


 彼女は竜の様子を見ながら、ワイヤーで空中を舞っている。


 しかし、黒竜は健在だった。

 煙の中からゆっくり顔を出すと、邪魔だというように、ミケを狙って裏拳を放つ。


 攻撃に気づいた彼女がワイヤーを射出する。

 しかし、遅い。

 竜の拳は、ワイヤーの先が壁に突き刺さるには、到底間に合わない速度だった。


 あの質量、速度の攻撃を受けて無事ではいられない。

 しかし、黒竜の拳が炸裂する前に、彼女の体が吹き飛ばされる。

 

 ――シロだ。

 シロが、身を挺して彼女を突き飛ばしていた。

 

 だが代わりに、黒竜の攻撃の軌道上に彼女が残ることとなる。


「――――」


 声を上げる間もなく、シロの体は広間の反対側の壁へと、一直線に弾き飛ばされた。


 大砲を撃ち込まれたような音とともに、広間の壁が破壊される。

 壁に深く入った亀裂の中心で、彼女は糸の切れた人形のようにぐったりしていた。


 呆然と見ていた将斗の近くには、ミケが降ってくる。

 地面に衝突し、何度も跳ねて転がったあと、体を投げ出すように倒れていた。

 バックパックは、サブアームごと無惨に壊れていて、あの黒いアタッシュケースも近くに散乱していた。


 黒い竜は、将斗なんか見向きもせず、ゆっくりとシロの方へ歩き出していた。

 まともに動けなくなった彼女の元に、まだ向かおうとしている。


「……待て」


 自然に口が開いた。


「待てよ! こっちだ! おい!」


 通り過ぎようとする黒竜に叫んだ。

 それでも、奴は見向きもしない。


 弱者は、視界に入らないらしい。


「おい!――」


 将斗はそれでも叫んでいた。

 叫ぶことしかできなかったから。


 足元が崩れた、何にもない場所にいるような気分だった。


 弱すぎる。


 本当は、少し自信があった。

 きっと自分は何かを為せるだろうという自信が。


 前の世界で、あんな転生者ばけものを倒したからだ。

 それで生まれた壮大な自尊心が、今はたまらなく惨めで恥ずかしく思えてきた。


 この状況はなんだ。

 何の役にも立っていない。


 自分を庇ってくれた少女一人すら救えない。


 前の世界だって、仲間にお膳立てされた筋道を通って、たまたま上手く行っただけの癖に、なんで何かを為せるなんて勘違いしていたのか。


 そんな自分への怒りものせて、ただ黒竜に叫び続けた。


「将斗……やめて、無茶だよ」

「……っ?!」


 驚いて振り向くと、頭から血を流すミケが、こちらを見ていた。

 彼女は何度も腕を伸ばて起きあがろうとしていた。

 だが、力が入らないのか震えていて、上半身すら起こせずにいた。


「ごめんね。私のせいで……」

「……な、なんで? なんで謝るんだよ」

「私、やっぱり変だったよね。ほんとは気づいてたんだ」

 

 ミケは、儚げに笑いながら言った。


「さっきのボス部屋からだった。だから、将斗。巻き込んでごめんね?」


 違う。

 将斗は首を振った。


 あれはこっちも同意してのことだったはずだ。

 責任はこっちにもあっただろうって、そう思った。


 それだけじゃない。

 本当なら順調に探索は進んで、彼らはダンジョンを制覇していたはずだ。

 あの竜次がいるのだから、そうなるはずだ。


 こんな状況になったのは、自分というイレギュラーが現れたからだ。


「今なら逃げられる……にゃ。……逃げて?」


 ミケはゆっくりと体を起こして、落ちている黒い箱へ近づいていく。

 まだ戦うつもりらしい。


 それはきっと、将斗を逃すためで。 


「……ダメだ」


 将斗は震えながら呟いた。


 胸に抱えた罪悪感に、押しつぶされそうだった。


 フラッシュバックするのは、あの森で笑うアリスの姿。

 あんな思いはもうしたくないのに。

 自分のせいで、何かが失われるのは二度とごめんだったのに。


「嫌だ……」


 あの喪失感をもう二度と味わうつもりはない。

 

 ミケがふらつきながら、なんとか立ち上がっていた。

 行かせてはいけない。


「待っ――」


 ミケを止めようと、踏み出した足に何かがぶつかった。

 細い円筒状の、丸いリングが付いた物体。


 あるはずがないが、どう見ても手榴弾のようだった。

 先に銃を見ていなかったら、認識できていなかったかもしれない。


 それは、ミケの黒い箱の近くにも落ちていた。

 箱から落としたのかと思った。

 

 その考えは否定される。

 箱が機械音を立ててから、同じものを射出したからだ。


「作ってるのか……?」


 あの箱は爆弾を作る機械のように見えた。

 その推測が当たっているかは定かではないが、また一つ、爆弾を自動で出していた。

 どんな原理で、どんな仕組みで、そんな考えが頭を横切って――


 途中で、将斗はハッと顔を上げた。 


「ミケ! 考えがある!」

「……えっ?」


 ミケに近づいて、華奢な肩を強く掴んだ。

 虚ろな目をしている彼女に、将斗は告げた。


「俺たちで勝つぞ」

「え……き、急にどうしたにゃ? 流石にあれに勝つのは無理――」

「十二巻、『色欲』の森!」


 将斗が突如放ったその言葉に、ミケは目を丸くしてから、首を傾げた。


 将斗は知っている。

 彼らの戦いを、小説で読んでいる。


「魔人だよ。ミケたちが『色欲の魔人』と戦った時のこと覚えてるか?」

「……え……あっ、あのこと?」

「そうだ! それをやる!」


 ミケの目をまっすぐ見て、将斗は言った。


 彼女は疑問符を浮かべているが、何を言いたいかは理解してくれたようだった。

 だから将斗は伝えるものは伝えたからと、黒竜の方へ走り出した。 


 ミケが何か言っているが、構いはしない。


 将斗は走りながら、シロの方へ歩き続けている黒竜を睨んだ。


「クソドラゴンが。見てろよ」


 この声はきっと届いていない。

 弱いからだ。


 そんなこと、わかりきってる。


 自分には力はない。才能もない。

 

 そんなもの今まで散々味わってきた。

 そこで腐ることなんて何度もやってきた。

 

 『頑張らない』なんてこと、数え切れないくらいしてきた。


 前の世界であの転生者に勝てたのは、頑張ったからだ。


――だけどそれだけじゃなかった。


 あの時、自分一人でどうにかしようとなんてしなかった。

 力を借りただろう。

 仲間の力を信じて、頼って、戦った。

 だから勝てた。


 将斗はこう思う。


 自分は弱い。

 なら今は、知識も力も、持っているものは余すことなく総動員して、一滴も残らないくらい搾り出すように全部使う。それが最弱である自分がやるべきこと。


――そんなもんは最低限だろうが。


 一番やるべきなのは頼ることだ。

 知識だって力だってタカが知れている。

 そんな自分がデカいことなんて成し遂げられるわけがない。

 頼るんだ。

 他人を頼って巻き込んで、泥臭く勝つ。

 

 それが俺の戦い方だと。

 


******************************

 

 

 黒竜は飢えていた。

 戦いに飢えていた。


 数百年の間。さまざまな強者が挑んできた。


 ある日を境に、誰一人として現れなくなった。


 竜は戦いが好きだった。

 一方的な殺戮も、命の危機を感じる力の拮抗した戦闘も。


 それをある日から奪われた。


 竜は耐えた。耐え続けた。


 この暗い世界で、生まれ落ちたその瞬間から刻まれていた命令。

 『この空間から出てはいけない』

 魂に刻まれたその命令を聞き続けた。

 

 だが、限界だった。

 命令を無視しあの扉を、竜は破壊した。


 解放と、久々の戦闘を期待して、歓喜しながら進んだ。

 

 しかし、その奥は何もなかった。

 行き止まりだった。


 竜は多少知能がある。

 自分が閉じ込められたということを理解した。


 嘆くことはしなかった。

 

 竜は温存することを選んだ。

 少しでも長く生きて、いつか現れる強者を待つことを選んだ。

 

 暗闇の中、待ち続けた。

 

――そして来た。


 禍々しい香りを放つ、絶好のご馳走が現れた。

 それに強い。

 拳を見舞っても、壊れていない。


 長く戦える。

 竜は喜びに震えていた。


 だが、本能が止められない。

 長い年月の間に蓄積した闘争への飢えは、長く戦いたいという願望も、そのための加減を忘れて、壁に埋まる少女へ撃ち込まれる。


 打ち込んでから竜は後悔した。

 もう終わってしまった。

 久々の闘争がもう――。


 その手が赤く染まっている。

 もう終わってしまったのかと、嘆きかけた。

 しかしよく見れば壁全体に、大量の肉片が散らばっている。


 あの小さな体を潰したにしては、多すぎる肉の量。

 無かったはずの巨大な牙や爪まで転がっている。

 

 それはシロが出した最後の防御。

 蓄えていた魔物の肉を放出し、衝撃を吸収させたのだった。


 彼女の体は壁を伝って、地面に落ちていた。

 

 竜は眼下に彼女を見つけると、その頭部を歓喜に歪めた。


 まだ戦えるからだ。


 竜は感謝していた。

 今度はちゃんと加減して、長く『蹂躙する(たたかう)』から――


 ――だから、できるだけ、長く、耐えてくれ。


 振り下ろされた竜の拳が、広間全体を揺らした。


「――?」


 竜は拳の先にある、妙な感触に疑問を抱く。

 拳を抜くと、少女の前に立ち塞がっている者がいる。


 黒竜は、それが何かがわからなかった。


 なんだ。


 見たことある。


 竜は目を凝らしてようやく、それが何かわかった。


「グルルル……」


 喉を鳴らした。


 あいつだ。

 あの弱い生き物だ。

 さっきまで足元でうろちょろしていた奴だ。


 視界にすら入れる価値がない存在だ。


「グォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 天へ咆哮した。

 竜は激怒した。


 弱者が、強者の戦いに足を踏み入れたからだ。


 この生き物は強者の戦いを汚した。

 竜のプライドがそれを許さなかった。


 竜はそのまま、拳を、まるで流星群の如く、前の前の生き物に浴びせ始めた。

 

 潰して、塵にするまで。

 それまで、止めるつもりはない。

 そのつもりで、浴びせ続けた。

 

 堅牢な広間の壁は、今の連撃によって、表面が砕かれていた。

 落ちた瓦礫で立ち上る砂塵が手元を覆ってしまい、見えなくなる。


 それくらいになってようやく、黒竜は怒りが収まり手を止めた。


 流石にもう死んだだろうと思っていた。

 同時に、あの強者も一緒に殺してしまったのではないかと心配もした。


 しかし――。


「っはぁ……もう……終わり……かよ?」


 黒竜は目を開いた。

 ありえない、今の攻撃で、あの弱者がまだ生きている。


「大した……こと……ねぇなぁ……ドラゴン!」


 『硬化』中は呼吸ができない。

 だから今、ようやく息を吸い、途切れ途切れに発せられた将斗の言葉。


 黒竜はその言葉の意味を理解できない。

 だが、弱者だと思っていたものが向ける闘志を受けて興奮していた。


 血の巡りが加速する。

 このたぎりが止められない。


 もしかしたら、こいつも強者の類かと。

 これだけ何度打っても壊れないのなら、そうなのかと。


 だが、よく見ろ。

 呼吸が荒い。

 限界はありそうだ。

 今にも死にそうじゃないか。


 ――おもしろい。


 なら、どこまで耐えてくれる。

 俺の全力をどこまで耐えられる。


 耐えてみせろ。


 せめて、そこで眠る強者が再び目覚めるまででいい。

 もう一度そいつと戦うための、それまでの暇潰しに付き合ってくれ。そう思った。


 竜は歓喜と共に拳を振り上げ、炸裂させた。

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