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第41話 お荷物/ep.896 モンスターハウス

 名称未登録のダンジョンの下層で白峰竜次は()()、開けた場所の中心で静かに立っていた。

 異形の右手を何度か開いたり閉じたりして動作を確認する。


 問題ない。


 今回も異常はない。


 竜次は準備を終えると、顔を上げた。


――グルルルルルル 


 広間の外周には数百の魔物がひしめき合って、唾液を垂らしながら、食卓に現れたそのご馳走を眺めていた。


 本能がままに動く彼らですら、中央に佇む獲物から溢れる無数の肉の香りに、はやる気持ちを抑えられずにいた。

 誰もが、今すぐに、そして誰よりも、早く、早く、噛みついて、咀嚼して、味わいたいと願っていた。


 そんな彼らは互いが互いに牽制しあい、我先にと、少しでも獲物の近くへと移動する。


 竜次はそれを見ながら小さく呟く。

 

「獅子、カエル、馬、蝙蝠にワニに、後ろにもまだいるか。あとは下にも――」


 魔物の区別のために、彼が勝手に付けた動物の名を並べていく。

 獣、両生類、鳥類や飛行系など、各ダンジョンはある程度同じ系統の魔物が揃う。しかし今回は一貫性のない魔物の組み合わせだった。


 魔物の種類を把握し、それらに相性の良い形骸化された戦い方で切り抜けるのが冒険者の鉄則。

 今回のような場合は、決まった戦い方など存在しない。

 あらゆる事態、攻撃に対応して、都度行動パターンを変えて対抗していく必要がある。

 それができる冒険者は一握り。

 こういったダンジョンは『混沌型』と呼ばれ忌避されている。


 挑戦し生還する確率は一割にも満たない。


 ――だが、竜次にとっては烏合の衆に過ぎない。


 彼は目を閉じた。


「――いい加減来たらどうだ。それとも久々のご馳走が嬉しくってたまらないか?」


 顔を上げて、目をひらく。

 右腕と同じく異形と化した右目が、赤く輝き出す。


「……獲物はお前らの方だぞ」


 ――『魅了』。


 その縦に開いた瞳孔の輝きに射抜かれた魔物たちが、一斉に体を痙攣させる。

 広場の全てが、理性を捨て去っている。涎を大量に吐き、身体中を掻きむしり、地面に体を擦り付け、狂い始める。――やがて、叫びながらただ一点を、竜次を目掛けて走り出した。

 

 隣のやつを蹴落としている暇すらないというように、白目を剥い他まま襲いくる。


 最速で駆け抜けたのは猟豹チーター型の魔物六体。

 本来群れることのないはずの彼らは、理性を失った今、偶然にも同時に全方位から竜次に迫る。


 しかし狙われた彼は、焦ることすらせず口を開く。


「『麻痺』」


 竜次が低く呟いた瞬間、飛びつこうとした獣たちの体が空中で硬直し、地面に落下する。


 そのうちの一体の胴体の、何も突起もない場所を無造作に握り締め、持ち上げて振り回す。

 巻き込まれた周囲に転がっていた猟豹チーター型の体が吹き飛び、駆けてくる魔物たちへ衝突していく。


 それでもなお、魔物たちはその行進を止めない。

 痺れている仲間など踏みつけて、獲物にありつこうと必死だ。


 だが彼らの視界から、竜次が消える。

 全員が血走った目で探すが、見つからない。


――しかしその中で、鰐型の魔物だけは自身の眼前に着地した獲物の存在にいち早く気づいた。

 すぐにでも自慢の大口で喰らい付こうとする彼の鼻先で、竜次は足を振り上げていた。

 大砲が地面に炸裂したような衝撃をもって、鰐の大顎が地面と共に砕かれる。


 紫の体液を浴びながら、竜次は突き刺さった踵を引き抜く。

 すでに今の衝撃で、魔物たちは竜次の居場所に気づき、すぐ近くの魔物は飛びかかってきていた。


「『剛棘』」


 呟きと共に、右腕から無数に生えた白い棘が、後方の魔物を串刺しにしていく。

 飛び散る赤や紫の液体が、棘を伝って、右腕にまとわりつく。


 不快そうに竜次は腕を振って、根本から棘を折った。

 そのうちの一本を左手で掴むと、前から来た鳥型の魔物の脳天に突き刺した。


 そのまま回し蹴りをして、残った棘を後方の魔物の群れへ向け放つ。

 貫通し、連鎖的に複数体の魔物が死んでいく。


 その間に、目の前で絶命している鳥型の魔物を放り投げて、他の魔物を牽制していると、右腕に、太く赤い触手のようなものが巻きつく。

 遠くから蛙型の魔物が舌を伸ばしていた。


 捕まえたとでも思ってか、恍惚の表情を浮かべる魔物に対して、竜次は表情を変えることなく、逆に逃がさないように右腕を回して巻き取ると、一気に引っ張り上げる。

 

 蛙はその力に耐えられず、いとも簡単に持ち上げられたかと思えば、そのまま弧を描いて、遠心力を乗せられながら地面へと叩きつけられる。

 

 数体の魔物を下敷きにしながら、潰れたその蛙の死体。

 竜次は数歩跳んで駆け寄ると、まだ舌が巻き付いている右手をそのまま口の中へ突っ込んだ。


「『溶解液』――」


 竜次が呟くと、彼の赤い右腕が蠢きだす。

 そのまま何度も同じ詠唱を繰り返していると、次第に蛙の体が膨張を始める。


 そんな彼の隙だらけな背中を狙って、後方から魔物が迫る。

 しかし先ほど死んだはずの、脳天に棘が刺さった鳥の魔物と、不自然に折れ曲がった大顎で暴れる鰐型の魔物が、赤く光る目を迸らせながら邪魔をし始めて、一匹たりとも近づけさせない。

 

 その間に竜次は、パンパンに膨れ上がった蛙の口から右腕を引き抜くと、左腕で吹きこぼれないように抑えながら、


「『粘液』『粘糸』……『水』『水流操作』『氷結』…………面倒だな『棘』『棘』『棘』『棘』『棘』――」

 

 ガマ口を閉じるために、手の込んだことを途中までして、面倒になって辞めると、ステープラーのように右腕から出した針で端から物理的に封をしていく。

 端から端まで留めたことで、密閉が完了し、出来上がったその巨大な水風船を、すぐさま魔物の群れに投擲する。


 だが空中に投げ出されたその死体にすら、狂っている魔物たちは目もくれない。


 竜次の横からツノの生えた馬型の魔物が突進してきたが、彼はそれを躱しながらその角を片手で掴んで根本からへし折った。


 痛みに叫びながら倒れる馬の頭を、ひと蹴りで踏み潰して破壊しながら、手に入れた角を右腕の中に一旦取り込む。

 肉に埋まっていくように吸収されたのを確認すると、その右手を蛙の死体へと向けて狙いを定めた。

 

「『射出』――」


 音もなく放たれた鋭利なツノが、膨れ上がった蛙の死体へ突き刺さる。

 そのツノは赤い輝きを有していた。


「『起爆』」


 呟いた瞬間、角を中心に、蛙の死体が爆散する。

 閉じ込められていた『溶解液』が噴出し、一面に降り注ぐ。


 数秒もたたぬうちに、肉が焦げるような音を発して、魔物たちの大半が溶けていく。うめき声をあげようにも、不運にもそれを浴びた生物たちは皆その命を液体に、そして気体に変えていった。

 

 鼻を抉るような不快な匂いがあたりに立ちこめ、嗅覚の鋭い魔物たちは正気を取り戻して、行進を止めて後ずさる。


 竜次の目にはそのさらに後方で――ミケと将斗が少数の魔物と交戦している様子が目に入った。


「……あのバカ共。遠くいろって言っただろうが」


 舌打ちしながら彼は、すぐさま支配下においていた鰐を近くに来させると、躊躇なく蹴り上げて上顎を吹き飛ばす。

 顕になった下顎の一番端の牙に手を添えると、一気に振り抜いて全ての牙を抜き取った。

 体液や肉片のついたままのその数十本ある牙を、変形させた右腕で全て握りしめると、振り上げ、一気に投擲した。


 風を切って無数の牙が、拡散する。


 瞬きの一瞬よりも早く飛来したその弾丸に、足を止めていた魔物たちはなすすべなく撃ち抜かれていく。


「ガァァァァッ!!!」


 他に逃げそうな魔物がいないか探そうとする彼の肩に、白い狼が噛み付いた。

 深々と牙が突き刺さったのを確認して、オオカミはそのまま噛みちぎるつもりだった。


「――――!」


 獣は口の中で生じた爆発的な痛みに、その目を見開く。


「邪魔だ」


 右腕が振り抜かれ、オオカミの体が弾き飛ばされる。

 その口の牙の大半が折れていた。


 一度肉に突き刺さったはずなのに、腕がいきなり岩のように硬くなったことで折られたのだ。


 それを理解する間もなく、脳天に振り下ろされた拳によって、地面叩きつけられたのち絶命した。


 その光景に、ある程度の魔物たちも、正気を取り戻し始めていた。

 あれは、関わってはいけない強者。

 自分たちの足元、もっとその先にいる、あの強大な存在に匹敵するほどのものだと理解した。


「――――」


 誰もが、逃げようとしていた。

 しかし竜次の赤い瞳が再度向けられる。

 

 その瞬間から魔物たちの足が勝手に前に進み始める。


 本能的に逃げようとしているはずなのに、あの強者に向かおうとする自身の体に、魔物たちは恐怖して叫ぶ。

 

 悲痛な叫びが重なり合って広間に響き渡っている。

 しかし――獣の叫びの違いなどわからないから、竜次は冷めた表情のまま応戦した。


 骨を折り、肉を断つ。牙をへし折って、吹き飛ばし、投げつけて、踏み潰して、握りつぶして、砕いて、引き抜いて、すり潰して――。


 魔物はまだ湧いてくる。

 どいつもこいつも、向かってくる気もない癖に現れる。

 だから引き寄せて迎え撃つ。

 湧き潰れるまで殺し続ける。


 殺さなければ。


 ――でなければ、バカ共の方に行ってしまう。


 そんなことは許さない。

 だから殺す。

 他者を喰らうだけの化け物に生きてる価値なんてない。

 だから殺す。

 全員死ね。

 二度と湧こうなんて思わないようにしてやる。

 だから殺す。

 このダンジョンが空になるまで、一匹残らず殺す。

 だから殺す。


 殺して、殺して、殺して、殺して――

  

「殺してやる…………――っ?」


 そう言いながら竜次は動きを止めた。

 元がなんだったのかわからない赤い肉の塊から、ゆっくりと右手を引き抜くと、周囲を見回した。


 死体や、肉片しかなかった。

 慣れきった生臭い匂いがその空間に立ち込めている。


 もう一匹も動いている魔物はいなかった。


 着ていたロングコートは赤や紫といった色々な体液を浴びて、重くなっていた。


 それを確認するなり左手で目元を押さえると、奥歯を噛み締めた。


「またか……っ」


 この腕に宿ってしまった忌々しい力に、()()飲まれていたことに気づいた。

 気を張っていても、それは襲いかかってくる。

 少しでも感情が振れれば、この有様だ。


 もし、あのまま気が付かなければ、いずれは――


「――くそっ!」


 彼は勢い任せに、地面を右手で粉砕した。


 そんなことになってはならない。

 この力は確実に抑え込んでみせる。

 そうしなければ――


 決意を改めていた彼の足元が揺れ出す。


 先ほどの衝撃によって目覚めたのだろう。無数の岩石を押し除けながら、地中から巨大なワームが現れた。

 おそらくは、この部屋の主。


 地方では地の竜と呼ばれるのもあって、竜次の何倍もの図体をしている。

 だが竜とは名ばかりで、顔であろう先端部分には、巨大な穴と内側に無数に生えた牙が並んでいるだけだ。


 その禍々しいデザインを見ても竜次は臆することはなかった。

 今では懐かしい、前の世界のUMAとかいう生物にこんなのがいたなとすら考えていた。


 眠りを妨げられたことで怒り心頭なUMAは、地面を削りながら迫ってくる。

 

 竜次は戦闘体制をとるが、思考はただ「感情を動かさない」という一点のみに集中していた。

 感情を振ってしまえば、また飲まれる。


 絶対にこの力に負けてはいけない。


 この――『大罪』の力にだけは、負けてはならない。



******************************



「全然当たんねぇんだけど!」


 将斗は叫んだ。

 やり場のない怒りで、自分の手元を睨みつける。


 その手には、異世界らしからぬ物体が握られている。

 いわゆる近代銃というやつだ。百歩譲って、無骨な鉄のシリンダーが回るリボルバー式であればまだ「からくり武器」として世界観を守れたかもしれないが、これは洗練されたフォルムを持つ自動装填型オートマチック――それも、元の世界の『グロック』によく似た黒く角ばった代物だった。


 聞くところによれば、竜次が前の世界で相当なガンオタクだったらしい。その熱烈な語りを聞いたミケが、天才的なセンスで構造から何から完全再現してしまったというのだから恐ろしい。


 もう一度それを持ち上げて、迫り来る脂肪の塊を背負った魔物に向ける。

 今度はしっかり照準を合わせて――


「『狙撃』ッ!」


 破裂音。その直後、腕のあらゆる関節に強烈な衝撃が走る。

 その痛みと、耳の奥に残ったキーンという耳鳴りに目を細めた。


 硝煙の臭いに咽せながらも視界を確認した結果、放たれた弾丸は、魔物の足元から遥か横の地面で火花を散らして、どこかへ消えていったところだった。


 続けて痛みに耐えながら何発か撃ってみるが、それらもまた虚しく地面を弾くだけだった。


「なんだこのスキル!!」


 急いで指を振ってステータスウィンドウを確認する。

 スキルタブが変形するほど押し込み、一覧から問題のスキルの詳細を見た。


『狙撃 飛び道具の命中率が上がる 自動発動』


「上がってないんだよ!」


 拳の側面をウィンドウに叩きつけるが、スカッと空振った。

 一定以上の物理的な攻撃にはすり抜けるような仕様になっているらしい。


――現在、竜次がモンスターハウスの処理をしている間、残った三人ははぐれた雑魚狩りを任されていた。

 銃はその話し合いの最中に借り受けた物だが、今のところまともな成果が出せていない。


 顔を上げれば少し先の前方で、ミケが同じ銃を持って魔物と向き合っている。

 彼女は軽やかな身のこなしで魔物の攻撃を掻い潜りながら、片手で的確に魔物の脳天を撃ち抜いていた。


 戦い慣れしている。特に銃の扱いにも長けている。

 今の流れるような動きを見るに、まともに照準を合わせる素振りすらなかった。


「もしかして『狙撃』って完全なハズレか……?」


 弾を無駄遣いするなと言われたのだが、すでに十数発外している。

 倒せた魔物はゼロ。

 命中率が上がるとはいったいなんなのか。


 二回しか使えないランダムで出たスキルが、まさか使い物にならないゴミである可能性を帯びてきたことに、将斗は焦った。

 前の世界で使っていた『超強化』も『交換チェンジ』もかなり使い勝手が良かった分、将斗は今回もそれ相応のものが来ると信じていただけに、ショックが大きい。


 モヤモヤと考えている将斗だったが、


「将斗! 後ろ!」


 ミケの鋭い声で正気を取り戻し、弾かれたように振り返る。

 すぐ背後に、大口を開けた魔物がいた。汚く、表面が粗く、並びも乱雑な牙が上下から迫る。


 こんなのを喰らえば、ひとたまりもない。

 

 ――将斗は、心の中でもう一つのスキルを発動した。


 魔物の牙が将斗の体の表面に刺さる。


 しかし、ガッという硬質な音の後、牙の侵入がピタリと停止する。

 魔物はさらに深く牙を食い込ませようと狂ったように顎を何度も動かすが、どういうわけか牙はそれ以上一ミリも動くことはなかった。


「…………」


 噛みつかれながら、将斗は硬直していた。

 呼吸のために上下するはずの肩や胸も全く動いていない。


――『硬化』


 『全く動けなくなる代わりに、体表が硬くなる』という、ランダムで手に入れたもう一つのスキル。

 その効果はこの通り、魔物の牙すら通さない絶対防御を手に入れられる点。


 しかし、このスキルには致命的なデメリットがあった。


(苦しい……)


 『呼吸ができない』ということ。

 動けなくなるせいなのか、空気を取り込むことも吐き出すこともできない。


 将斗は噛みつかれながらも、石像のように一切表情は変えていない。

 はたから見れば強者の余裕のようにも見えるが、心の中では警報が鳴り響いていた。


 心臓は動いているようだが、呼吸の方はどうしてもできない。原因は、体が石のように硬直したせいで肺が膨らまないのか、と推測するが、もはやそれどころではない。


 魔物は獲物を逃がすまいと、必死に牙を立て続けている。


 将斗は「助けが来るまでいつまでも固まり続ける」という戦法も考えていたが、それが完全な机上の空論だと思い知る。


 そろそろ酸欠で意識が飛びそうになっていたところ、鋭い銃声が聞こえ、目の前の魔物が横殴りに吹き飛んだ。

 その瞬間、スキルを解くことで束縛から解放された将斗は、肺に一気に酸素を取り込んだ。


「ップハァッ!! ……し、死ぬ!」

「よそ見してるからにゃ。次はにゃいからね!」

「すいません……」


 ミケは銃口の煙を払いながら、流れるような動作で銃を腰にしまう。

 その背後には魔物がまだいて、こちらに向かってきているところだった。


 思わず声をかけようとするが、視界を白い人影が猛烈な速度で横切る。

 その瞬間、魔物たちの頭が、首から下を残して消失した。

 断末魔の声を上げる暇すらなく、彼らはただの肉塊となって地面へと崩れ落ちる。 


 白い人影はスピードを殺すことなく駆け回って、他の魔物に次々と衝突していく。白い物体とぶつかった箇所が、まるで大砲で撃ち抜かれたように丸く穿ち抜かれていく。


 やがて、残っていた全ての魔物たちも同様に肉体の一部を消失させられ、絶命した。


 その白い人影は猛スピードのまま将斗の足元にやってきて、


「おわった……」


 そう言って――シロは将斗の足に抱きついた。


「……つ、つええ」


 一瞬のうちに数十体の魔物をミンチにした幼女に、将斗は思わず呆然とした声が漏れる。 


 スピードもさることながら、恐ろしいのはその能力の方。

 彼女は、七大罪の魔人の一人――『暴食の魔人』。


 その二つ名に相応しく、彼女は全身の全てが捕食器官であり、大抵の生物は彼女に衝突すると『喰われる』そうだ。

 喰われてどうなるかは、血溜まりに沈む魔物たちの死体が十分に教えてくれている。


 そんな化け物じみた能力を持つ幼女に脚をホールドされているのだ。生きた心地がするわけもなく、将斗は引き攣った苦笑いを浮かべることしかできない。


「し、シロさん? お兄さん動きづらいからさ……」

「いやー」

「そ、そっかぁ……」


 首を振る彼女に、将斗は悩んだ。


 出会ってから、数時間歩いてここまで辿り着くまで、ずっとこうだった。


 彼女には特に何をしたわけでもないはずだが、将斗は妙に懐かれていた。

 もしくは非常食としてキープされているのか。

 そう考えると、できれば離れていてくれた方が将斗にとっては精神衛生上ありがたい。


 しかし、無理に引き剥がして好意を無碍にし、機嫌を損ねようものなら、最悪『おやつ』として処理されかねない。

 甘んじてこの恐怖を受け入れるほかなかった。


「さてと――」


 ミケがそう言って、近づいてきた。その手には、先ほどまで使っていた銃が握られている。


「よっ――」

「えっ――」


 彼女はそう言うなり、銃をシロの後頭部へ()()()()()()()()

 抵抗なくズブッと頭蓋にめり込んだ銃を見て、将斗は目を丸くした。


「えぇ?!」

「うーん……どこだっけ」


 ミケは気にする様子もなく、肩まで腕を突っ込んで、中で何かをまさぐっている。

 一方、被害を受けているはずの当のシロ本人は嫌がる素振りも見せず、涼しい顔をして将斗の太ももに頬を擦り付けているだけだった。

 

 やがてミケが腕を引き抜く。その手には大きめのタオルが握られていた。


「はい、将斗もそれ貸すにゃ」

「お、おう」


 将斗の銃を指差してそう言うので、言われるがままに差し出す。

 彼女はそれを受け取って、シロの頭の上でパッと手を離した。

 

 落下した銃はシロの頭にぶつかるや否や、弾かれることなく水面のようにスッと小さな頭の中へ吸い込まれていった。

 それでもやはり、シロは涼しい顔をしている。


「……確か、荷物持ってもらってるんだっけ。実際生で見ると……こう……なんか、すごいな」


 倫理的な意味で。


 将斗は小説を読んで、彼女の能力や、それを活かして荷物持ちを担当している設定を知ってはいた。

 もの試しにと彼女の頭にそっと触れてみたが、将斗の手は綺麗な白い髪の上で反発を受けただけだった。

 どうやら、体内に取り込むか取り込まないかは彼女の意思で選んでいるらしい。

 

 自分が取り込まれる側にならないことを、切に願った。


 顔を上げると、ミケが広場の向こうへ走っていく。

 その先には、大量の禍々しい色の体液を全身に浴びた竜次の姿があった。

 

 ミケは先ほどのタオルを広げて彼を迎え入れると、本人の同意も得ないまま勝手に頭を拭き始めた。

 やはり許可は取っていなかったようで、鬱陶しそうに引っぺがされている。

 しかし猫だからなのか、しなやかな身のこなしで竜次の手の届かないところへ何度も回り込み、甲斐甲斐しく頭や体を拭いていた。


「はぁ……」


 将斗は、それを見ながら深くため息をついた。

 そこには、自分自身に対する重い落胆の意味がこもっている。


――現状、彼は全くと言っていいほど戦力になっていなかった。


 竜次は一人でモンスターハウスの群れを殲滅している。

 シロにも同じことが言える上、それに次いでミケもそれぞれ確実に成果を上げている。

 

 対して、使い物にならないスキルを二つ持っているだけの将斗は、何も成し遂げられていない。それどころか、襲われているところを助けてもらう始末だ。


 この中でお荷物は誰かと言えば、自分しかいない。

 もしかしたら、シロがやけにくっついてくるのは「彼女が荷物持ちだから」なのではないか。

 そんなくだらない被害妄想まで頭をよぎり、将斗は己の情けなさに笑うしかなかった。


「ハハハ……」


 乾いた笑い声が洞窟の奥へと消えていく。


このままでは、特に何の役にも立てないまま約束の七日間が終わる。


 何か挽回しなければ、竜次にスキルを返してもらうチャンスを貰うことなど、遠い夢のまた夢だ。

 少しでも「まあ返してやらんこともない」と思わせるような、何かをしなければならない。

 何か――。


 自分で考えても名案など浮かばないので、人に聞くことにした。


「シロさん。俺ってどうやったら活躍できると思う?」

「……ん?」


 シロは真っ赤な瞳で将斗を見上げて、小首を傾げた。


 幼女くらいしか相談できる相手がいない現実は悲しいが、魔人である彼女なら何か画期的な打開策を持っているかもしれない。将斗は藁にもすがる思いで答えを待った。


 彼女はゆっくりと考えてくれたようで、長い間沈黙した後、将斗の目をまっすぐ見つめて言った。


「むり」

「……うーん」


 将斗は大きく息を吸って、ぼんやりと緑色に照らされた天井を見上げた。

 どうしてだろう、視界が酷くぼやけている。

 

「……雨が、降ってきたな」

「ふってない」

「めちゃくちゃ雨だよ……」


 将斗の心は、シロに突きつけられた無慈悲な二文字によって、完膚なきまでに打ちのめされていた。


 大量の魔物をちぎっては投げていた竜次が羨ましくて仕方ない。


 ランダムを引き直させて欲しい。それか、もう『超強化』だけでいいから返して欲しい。


 でなければ、神から託されたお願いを果たすことができない。

 再会を約束した彼女に会う日は、永遠に来ない。


 将斗は重い不安を胸に抱えたまま、広場の向こうでじゃれついている二人のもとへ重い足取りで向かうのだった。

流石に強すぎると思う

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