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第40話 白峰竜次/ep.895 渡将斗

「俺は……お前の持ってるスキルを返してもらうために来た」


 思案した末に選んだのは、『正直に言う』だった。

 竜次の眉間に深い皺が寄り、細められた目からは物理的な質量すら伴うような殺気が鋭く放たれ、全身を刺されているかのようだった。

 次の瞬間には命を取られているかもしれない。

 この選択は、文字通りの賭けだった。


「……神に言われてきたのか?」


 おもむろに、彼が切り出す。

 その考えに至った理由はわからない。返済期限の件を知っているのかと将斗は推測しながら、彼の問いに答えた。


「その通り。……理由はちょっとアレだから省くけど、返してもらわないと困るって話で」

「知るか。確かに俺は二度と顔を見せるなと言った。だがお使いなら許すなんて一言も言ってない。さっさと帰れ」


 その口ぶりはまるで、世界を救い終わってスキルが不必要になった後、神様が直接会いに来ていたかのような響きだった。

 そして、そのまま無慈悲に追い返されたことも見えてくる。

 

 となると、このまま素直にスキルは返してもらえないだろう。

 将斗は心の中で焦りながらも、表情には出さないようにして次の言葉を伝えた。


「……一個お願いがある」


 竜次の眉がピクリと反応する。

 将斗は続けた。


「七日間だけ着いてっていいか?」


 返してもらえないのなら、返してもらえるまで、制限時間ギリギリまで粘るしかない。

 話がまだ通じるうちは、この手しかない。

 

 しかし、それだけではない。

 将斗には別の理由もあった。


「お前がどんだけ頑張ってきたかは、勝手だけど見させてもらった。だから、そのスキルのせいでどんな目に遭ったかも知ってる。なのにいきなり来てスキル返してくださいっていうのは、虫がいいっていうか、筋が通ってないっていうか、よくない感じがする」


 白峰竜次は『暴食グラトニー』のせいで忌み嫌われ、冤罪を掛けられた上で『伏魔殿パンデモニウム』という誰も踏破できないダンジョンに放り込まれた過去がある。


 そして今もそのスキルを使い続けた影響で、体が異形と化している。

 生き抜くためにスキルを使ってきた。生き抜くために、異形となることを選び、苦しみ続けていた。


 そのことは、本に痛いほど書かれていた。

 

 部外者が勝手に首を突っ込むことが、当事者たちにとってどれほど耐え難いものかを、将斗は前の世界でグレンから嫌というほど教わっている。

 当人が納得した上でスキルを返してもらうのが、筋であるし、彼は世界を救った英雄でもあるから敬意も払うべきだ。

 将斗はそう思って、この提案を切り出したのだ。


「俺はお前が良いって言うまではスキルを貰わない。これが筋だと思う」


 竜次は何も言う事なく、黙って聞いていた。

 その表情からは、どう言う感情が彼の胸のうちにあるのかは読み取れなかった。


「……」

「……」


 無言のやり取りの先に、将斗は目を閉じた。


(これ、ミスったかも)


 さっきまで真面目に語っていた将斗だったが、彼の氷のような無反応を見続けていると、少しずつ自信がなくなってきてしまった。


「……で、その……あの……で、できれば、この七日間のうちに考えが変わったりしたら良いなって思ってて、その、このままだと、俺も消えちゃ」

「――ハッ。信用できるか。人間なんて、どいつもこいつも心の内ではどんなこと考えてるかなんてわからない。いつ寝首を掻かれるかわかったもんじゃない」


 竜次は明後日の方向を睨んで、吐き捨てるようにそう言った。

 とりつく暇もないという具合。

 交渉は決裂のようだ。


 将斗は思わず肩を落としそうになった。


 ――すると竜次の隣にするりと、人影が現れた。


「ねぇリュージ。もう嘘かどうかは早い話、スキルで見れば良いと思うにゃ」


 上目遣いで竜次を見上げるくりっとしたオレンジ色の瞳は、中央の瞳孔が猫のように縦に細く割れている。あざといほどに計算された角度で、彼女は竜次の二の腕に、豊かな胸を押し当てていた。


「……にゃ?」


 思わず復唱しながら見ると、すらっとした体のラインの途中、お尻の辺りからは、長い尻尾がご機嫌に竜次の腰に絡みついている。


 非常にあざとい。

 身につけた服はヘソ出し肩出しで露出が多く、純日本人の将斗からすれば目のやり場に困る。


 彼女は将斗にも聞こえるほど大きく喉を鳴らしながら、竜次の左肩に頭を擦り付けていた。

 無防備に晒されたその肩には、菱形が三つ重なって並んだ赤いタトゥーが入っていた。


「あ、初めましてっ。ニャーはミケっていうにゃ。よろしくにゃ」

「勝手によろしくすんな、バカ猫」


 竜次が左手の拳で軽く彼女の頭を小突いた。


「あーっ、今バカって言った! バカっていう方がバカにゃんだからね!」


 怒った彼女はぐるぐると手を回して反抗しているようだが、竜次が面倒そうに伸ばした左手で簡単に頭を押さえつけられていた。


「暑苦しいんだよ。大体こいつが、どんなやつかもわかってないのに呑気にしやがって」

「えーっ、でもほら。シロも警戒してないにゃ」


 ミケという美少女が人差し指で将斗の足元を指差してきた。

 

「ん……」


 目に入ったのは、真っ白。

 真っ白な幼い女の子がいた。

 身長は将斗の腰のあたりまでしかないほど、小さい。

 

 しかし、やはり目を引くのは、その圧倒的な白色。

 髪は一切の濁りのない白さで、絹のような光沢を帯びている。肌は日焼けの跡が全くなく、まるで極上の陶器のように白く、冷たい美しさを湛えていた。


 服も、全く装飾のついていない白い布を羽織っているだけという簡素なもの。

 唯一、こちらを見上げる瞳だけが、真っ赤に染まっている。


 顔も真っ白。まるで精巧に作られた人形のようだった。

 

 思うところがあって、将斗は手をスッとまっすぐ立ててみた。


「アッシェンテ」

「……ん?」

「ごめん、冗談」


 冗談を言っている場合ではない。


「シロ、合格かにゃ?」


 ミケにそう言われてか、突然白い幼子のシロは将斗の太ももあたりをクンクンと嗅ぎ始めた。

 流石に恥ずかしい上に、絵面が危険すぎるので逃げようとするが、両手でがっしりと足に抱きつかれて離れようとしない。


 やがて、「むふー」と満足そうにしながら、顔を太ももの横に埋め、数回頭を擦り付けたあとミケの方を向いた。


「……ごうかく」


 合格してしまった。

 何らかのフェロモンが出ているのか、将斗は自分でも嗅いでみる。

 部屋干し臭が少しするシャツの匂いしか判別できない。


「ねーぇっ、シロも良いって言ってるにゃ!」

「だぁから勝手に話を進めんな!」


 さっきまで真剣な話をしていたけど男二人とは、空気感の違うはしゃぎ方をするミケに対し、目を閉じて額を押さえる竜次に、将斗は密かに同情した。


「なんか……苦労してそうだな」

「黙れ。馴れ馴れしい」


 竜次は鋭い目で将斗を威圧してきた。

 距離の詰めかたを誤ったらしい。

 

「と、とにかく七日経ったら迎えがくるから、そしたらすぐに帰る。だからそれまでは、お願いします」


 どうしようもないので、将斗はしっかり頭を下げた。

 竜次が頭上でどんな顔をしているか、確認することはやめておいた。

 今はただ誠意を見せるしかない。


「…………」


「…………」


「チッ……勝手にしろ」


 そう言われ、見上げると竜次は背中を向けて歩き出していた。

 道塞ぐケルベロスの死体を、壁に開けた大穴に軽々と()()()()()()()()、そのまま先へ進んでいく。


 彼の返事よりも、その光景を見て唖然としていた将斗に、ミケが素早く近づいて耳打ちしてきた。


「にゃぁ〜、素直じゃない。どのみち連れてく予定だったのに」

「そうなんで……すの?」


 敬語かタメ口か迷って、変なお嬢様になってしまった。

 そんな将斗に、ミケは気にせず「うん」と頷いた。


「だって壁破ったのだって、叫び声が聞こえたからだから」

「叫び声……あっ」


 そういえば召喚ゲートがないことについて叫んでいた。

 あれで気づいてもらえたらしい。


 神様がどうしてあんな強引な送りかたをしたのか納得しそうになるが、首を振った。

 あんな送り方は許容してはならない。


「……それにしても」


 将斗は手元の本を見た。


 白峰竜次は仲間を守るついでにと言いながら、世界を救っている。


 今は叫び声が聞こえたから、壁を撃ち抜いてきたという。

 ここにいたのが将斗にしろ、そうでないにしろ、彼は最初から見ず知らずの人間を助けるつもりだったのだ。


 本で読んだ通りの人物像だ。

 

 人に迫害され、忌み嫌われた過去を持ちながらも、誰かのために力を振るい、戦い続ける善人。

 それが彼なのだ。


「あいつ、ほんとに良いやつなんだな」

「そうなの! リュージは良い人にゃの! 覚えて帰ることにゃ」


 竜次が褒められたというのに、彼女は自分のことのように喜んでいた。

 彼女もまた竜次に救われた一人だった。だから彼女は竜次を強く慕っている。


 ――やはり、スキルを勝手に奪うべきではない。自分の判断は間違っていないと、将斗はそう思った。


 こうしている間も、竜次は振り返ることなく歩いている。

 「待つにゃー」とミケが走り出す。

 将斗はその二人の背中を、太ももに女の子をくっ付けたまま後を追った。


「……あ」


 歩きながら、足元を見て気づいた。

 白い布に隠れていたが、シロの肩にもミケと同じ菱形のタトゥーがあることに気づいた。


「……これって」


 将斗は持っていた五十巻の挿絵を開いた。

 感動的なシーンだからか、印象に残っている。


 それは最後の魔人を倒した後、三人でハグしているシーンだった。


「やっぱないよな」


 ミケと、シロもそこに描かれている。

 将斗はその挿絵を目を凝らしてよく見てみた。


 やはり、その肩には何も彫られている様子はなかった。


 つまり今あるタトゥーは五十巻の後に付けたものらしい。

 記念につけたものか何かだろうと、将斗は本を閉じた。



 それが何を意味するものか、この時の将斗はまだ知らない。

 人の醜さがどれほどのものか、今の彼には想像できないから。

なんか投稿する度に普通に読んでくれてる人がいて嬉しい。

これからもよろしくお願いします。

エタらないよ。約束します。

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