エピローグ → プロローグ
『――さぁ、いつまでも怠けている場合じゃない。君は勝ったんだ。僕を否定した分、君はいつまでも忙しなく生きてくれよ』
その言葉を聞いた瞬間、まるで深い海の中から掬い上げられるかのような浮遊感を覚えた。どこまでも浮き上がっていくような、そんな心地よい感覚の中、重い瞼の隙間から眩しい光が差し込んでくる。
「おれ、は――」
目を覚ますと、目に染みるほど美しい朝焼けが彼を照らしている。
ゆっくり起き上がると、最後に聞いた皮肉めいた声の主は、もうどこにもいなかった。
だが目の前の――あの最後の一撃によってすり鉢状に窪んだ地面の中心には、黒い灰のようなものが積もっている。
それはきっとあいつだったものだ。
「――リュージ?」
自分の名を誰かが呼んでいる。
ゆっくりと首を巡らせて振り返ると、涙で潤んだオレンジ色の瞳が、こちらを見ていた。
「ミケ……?」
それが彼女の瞳だと気づくなり、掠れた声でその名を口にする。
どうして泣いているのだろうか。未だ覚醒しきらない頭では**、その理由がすぐにはわからなくて。
「うっ……うっ――」
「お、おい、なんだ。泣くなよ」
宥めているのに益々涙を増やしていく彼女に、竜次は久々に扱いに困った。
手を伸ばして頭を撫でてやろうかと思ったが、鉛のように重く腕が上がらない。
視線を落とせば全身はボロボロで、感覚すら麻痺している。それを見るとすぐに自分が何をしていたのか思い出す。
最後の七大罪、怠惰との死闘。
国全てを巻き込んだ総力戦だった。
道中、仲間たちが命を賭して、ここまで竜次を連れてきてくれた。
全力を出した。
持ってる力を最後の一滴すら絞り出すように、全て出し切って勝ってみせた。
彼らの想いも、託されたものもあった。
だがそれ以上に守りたいものがあったから、竜次は限界を超えて勝てたのだ。
安心して、張り詰めていた緊張が解けて、竜次は久々に柔らかく微笑んだ。
この目の前で泣いてるこの子が生きている。それだけで、竜次は十分だったから。
「生きてる……生きてる!」
「泣くな。あと、勝手に殺すな」
「……だってぇーー!」
両手で目元を押さえて子供のようにわんわん泣いている。
こんな時でも、やかましい奴だった。
でも、その騒がしさが、いつも通りの日常に戻ったと証明していた。取り戻したと、実感できた。
「ん……」
隣に白い少女が現れる。
ただじーっと竜次を見ていた。
「よくやったよ、シロ」
「ん……!」
最後の戦いでは、小さな体にしては大きな貢献をしてくれた。だから素直に褒めてやった。
すると、人形みたいに表情なんて変わることのな勝った彼女が、珍しく目を大きく開けている。
褒めたのが、そんなに珍しかっただろうか。
「シロも生きてるぅーー! うわぁぁぁん!」
「お前は本当にうるさい奴だな、うわっ――?!」
ミケが大きく手を広げて無防備に抱きしめてきた。
シロの小さな体も巻き込んで思いっきり。
こっちは全身が痛いというのにお構いなしだ。
「勝ったんだ。勝ったんだよ、皆で!」
「んん……くるしい」
「痛えよ、ばか。…………ったく――」
竜次はその痛みを、そのかけがえのない温かい痛みを噛み締めながら――久々に心の底から笑った。
ようやく目指していたゴールへと辿り着いた。
長い長い道のりだった。
心の荷がゆっくりと解けていく。
海から吹く風は冷たいけれど、でも、少しも寒くなかった。
この先も、いつまでも守り抜こう。
この暖かい時間を。いつまでも――。
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彼の旅は終わりを迎えた。
もしくは、始まりかもしれない。
彼の求めた、平和な未来が今ここから始まるのだから――。
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――ガチャリ、と。無機質な金属の音が聞こえた。
重く、統率の取れた複数の足音を伴って。
それはすぐそこまで近づいてきていて、安心しきっていたはずの竜次が目を開けると――それらはいた。
「奴らを捕らえよ」
聞き間違いかと思った。
今、何を言った。
この鎧を着た奴らはなんだ。
急転直下の事態に頭が働かない。
それどころか、体がピクリとも動かない。
死闘を終えたばかりの体にはもう、抵抗する力など一ミリも残っていなかった。
そばにいた二人も同じだ。二人だって満身創痍で、もうまともに動く力すら残っちゃいない。だから竜次と一緒に固まっていた。
連中の掲げた旗を見て、竜次は信じられないものを見るように**目を見開いた。
「お前らは――」
「抵抗は考えるなよ。この――化け物め」
冷酷な声と共に、何本もの鈍色の鎖が、竜次たちの元に投げ放たれた。




