幕間3 最終話+1
「……殺す。絶対に殺す」
湿ったカビの匂いが立ち込めている。
静まり返ったこの暗い空間では、這いつくばって呟いた声ですら無闇に反響する。
「なんで俺じゃない。なんであんな奴に」
薄暗い牢獄の中で、雄矢は呪詛の言葉を吐き続けた。
「この借りは絶対に……絶対に!」
冷たい石の床に頬を擦り付けながら、彼は鉄格子に体をぶつけた。
何度も、ぶつけた。
手足が太い鎖で縛られていて、まともに動けない。
部屋の中央には粗末な椅子があった。
ずっと座らされているのが耐えられなくて、彼は自ら椅子から転げ落ちたのだ。
あの時殴られた頬がまだ痛んでいる。
治癒師の治療が中途半端だったからだ。
何日も激しい痛みに耐えてきたが、ようやくなんとか辿々しく言葉を呟く程度には回復できた。
芋虫のように這いずり回って、雄矢は自分で自分が惨めに思えてきた。
なんでこんなことになったんだと、ありとあらゆる全てを呪った。
「……俺は、主人公になるはずだったのに」
雄矢はただ一つ夢があった。
ただ普通に、異世界転生して、可愛い女の子たちと旅をして、道行く途中でいろんな人々を助けて、魔王を倒して、それから平和になった世界で――
「……あれ」
彼はじっくりと思い返していた。
思い違いがないか確かめるように。
普通に、異世界転生して、可愛い女の子たちと旅をして、道行く途中で――
――宿だ。
隣の部屋のあの子に、想いを伝えて。
断られて、それから、魔法を爆発させて。動けなくなった彼女に馬乗りになって、この手で首を――。
「え、俺なんで……あんなこと」
――足音がした。
暗い牢屋が立ち並ぶこの空間の、ずっと向こうから。
蝋燭は長らく入れ替えられていないから、まばらにつけられているだけだ。
だから、向こうから近づいてくる人物を、雄矢の目ははっきりと認識できない。
人影だけが、なんとか認識できる程度。
その影は二つ――。
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グラディアの端にある巨大な牢獄。
その地下3階に通じる階段の前。
蝋燭が数本灯っているだけの薄暗い空間の前で、三人の人物が立ち止まっていた。
「ありがとう。ここで待ってて」
「危険ではありませんか?」
やたら大柄な守衛に心配されて、レヴィは首を傾げた。
「あのね。流石に魔力のない雄矢に遅れを取るような真似しないわ」
するともう一人の線の細い守衛が、焦ったのかガチャガチャと鎧を揺らした。
「しかし、アネさん」
「アネさん?」
「ああァいや、レヴィさん」
慌てて言い直す守衛にレヴィは訝しげな目線を送った。
こっちの線の細い守衛は言葉遣いが変だ。
「相手は変な魔法使ってたッて聞きましたぜ」
「万が一のことがあったら、王になんと申し上げればいいのか」
「それはない……けど、わかったわかった。じゃあ着いてきて」
レヴィは気乗りしないが、連れて行くことにした。
込み入った話もしそうだからあまりいて欲しくなかったが――
彼女は胸元に隠れていた首飾りを服の上からそっと撫でた。
これは彼に託した物と対になっている。赤く光るそれを見て、微笑む。
「万が一があったら、嫌だしね」
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前方二人の守衛が手に持った蝋燭を頼りに、三人は階段を下った。
――――。
階段の向こうから、声が聞こえた。
「アァ? ……オイ、誰かいンぞ」
「私も聞こえた。ねぇ、今日私以外に面会に来る人っている?」
「報告にはありません……。レヴィさん。我々が先に見に行ってきます。その方が安全かと」
守衛二人が腰の剣に手をつき、身構えた。
不測の事態のようで、張り詰めた緊張が二人を包んでいた。
謎の侵入者の存在。雄矢に危害が加えられているのか、それとも、雄矢が逃げ出そうとしているのかのどちらか。
レヴィは息を吐いて、二人の背中に声を掛けた。
「悪いけど、私も行く」
「それはよかっ――」
守衛二人の頭が揺れた。
――ドサッ。
そのまま、まるで糸が切れた操り人形のように、力が抜けた体が崩れ落ちた。
階段に鎧がぶつかり、鈍い金属音が響いた。
「えっ……」
レヴィは突然の出来事に驚き固まっていた。
細い方の守衛は階段を数段転がり落ちて、地下三階の廊下へ。
大柄な守衛は一瞬耐えようとして壁にもたれかかっていたが、そのままピクリとも動かない。
「ちょっと、大丈――」
安否を確かめるために伸ばして触れた手を、レヴィはすぐに引っ込めた。
体内にある魔力の動きがない。
下に転がっている向こうの守衛の体の方も、微塵も動いていない。
普通は、何をしていても体を巡っているはずの魔力。それが完全に止まっている場合、原因は一つしかない。
死んでいるのだ。
「……っ?!」
レヴィはすぐにドレスの端で鼻と口元を覆った。
このパターンは毒ガスの可能性が高いから。
彼女は素早く周りを見回した。
落ちてしまった蝋燭には、まだ火がついている。
仮に毒ガスだとして、少なくとも可燃性のものでは無いということはわかった。
周りに妙な魔力の乱れはない。
見えない存在がいるというわけでもなさそうだ。
レヴィは冷静に状況を分析して、仮説を立てていく。
犯人は、きっと地下三階にいた声の主。
レヴィにすら気付けない一瞬の間に二人を殺害してみせたその異常な手腕に、彼女は息を呑んだ。
進むべきか。
それとも――。
「毒ガスじゃないよ、降りてきたらどうだ?」
「……は?」
レヴィは掴んでいたドレスを離した。
見えずらい階段を、少しずつ降りて、やがて小走りに駆けていき、地下三階へ躍り出る。
蝋燭に火が灯っていないから、奥が見えない。
彼女は手を横に振って、壁に掛けられているすべての蝋燭に魔法で火を灯した。
一瞬にして廊下が明るくなり、状況が明らかとなった。
まず目に入った人物は二人。
彼らは既に振り返って待っていた。
黒を基調とした服に身を包んだ、黒い髪は後ろで一つにまとめた長身の女性。
この世界では見たことがない形の服だ。
しかし、その下に来ていた襟付きの白い服は将斗が来ていた『シャツ』によく似ている。
彼女は眼鏡をかけていて、目元は反射してよく見えない。
もう一人は少し伸びた顎髭を携えたボサっとした茶髪の男。
血が凝固したような暗い赤色のベストを着ていた。
「なんで……。あっ?!」
その後ろの、一番奥の牢屋に、倒れている人物がいる。
「雄矢……!」
目を見開いて確認した。
――魔力の動きは、なかった。
死んでいる。
「そんなっ」
瞬時に湧き上がった怒りをなんとか鎮めながら、レヴィは声を絞り出した。
「……あんたが殺したの?」
「違う違う。死んじゃったんだよ」
やれやれと手を振って、男は呆れたように否定した。
手を向こうに伸ばしたまま、少しずつレヴィは距離を詰めた。
「どういう意味」
「前に会った時、こいつがすごいスキルを手に入れるって言っててね。数日前の、あの〜なんだっけ。最近物忘れが酷くてね。あー……赤月! そうだ『赤月の儀』だ! それだそれだ。アレがその約束の日でさ」
この異常な空間でただ一人、この男だけが飄々と語っている。
レヴィが明確な攻撃の意思を見せているというのにも関わらず、気にする素振りも見せずに語り続ける。
「でもなんか手違いで『隕石』ってのを手に入れたらしくて。百歩譲ってそれでもいいから貰ったんだよね」
「……それで?」
「スキル抜き取るのって結構体に負担があるみたいでね〜。死んじゃった」
「それを……殺したって言うのよ」
レヴィは静かな怒りを持って彼を睨んだ。
この男の狙いがスキルなら――。
「グレンからもスキルを奪うつもり? そうなら今すぐ――」
「しないしない。王様に手を出したりなんかしたら、目をつけられちゃうよ」
両手を上げて、男は軽い降参のポーズをとった。
人を殺しておいて、いつまでもニヤニヤと怪しい笑みを浮かべている男に、レヴィは今にも怒りで爆発しそうだった。
「雄矢をおかしくしたのはあんたなの!?」
「言ってる意味がわからないね」
「旅の途中で雄矢は明らかに豹変した! あんたの仕業なんでしょ!?」
足を踏み鳴らして、問いただす。
しかし、男はキョトンとした顔をしていた。
そのまま困った顔をして、隣の女性に尋ねていた。
「……本当にわからないんだけど」
「私に聞かれても困ります」
「秘書っぽい格好してるならサポートしてよ」
「あなたの秘書なんか願い下げです」
死体の転がる牢獄で、緊張感のない会話を繰り広げていて、こちらとはまともに話をする気はないようだった。
レヴィは強制的に静かにさせるため、一つ魔法を撃とうと構えた。
「やめとけよ、レヴィ」
男の底冷えするような低い声が、廊下に反響する。
魔法を撃つ、そのコンマ数秒前の動きを完全に読まれていた。
『それ以上動くな』と言われているのを、レヴィは肌で感じた。
「別に争いに来たわけじゃない、目的は達したし。そろそろ出ていくよ」
「何が目的?」
眉を上げて、男は首を傾げた。
「前に言ったろ。別に目的は変わってない」
「そのやり口が、おかしいって言ってんの」
「正しいかどうかはお前が決めることじゃない。俺が決めることだ」
男が気だるそうに首を回しながらそう言った。
だが、頭を戻したときにレヴィに向けられた目はまっすぐで、その言葉はどうやら揺るぎない本当の目的であることが見てわかった。
「まぁ、言い争っててもしょうがないし。さよならするよ」
「待って!」
レヴィは強い声で引き留めた。
「――いい加減教えてよ! 私たちはどうすればいいの?! バラバラになって、あんただけが好き勝手に動いてる。何にも教えてくれないし、他の皆はどうしてんのよ!」
「まぁまぁ、怒ったら美人が台無しになっちゃうよ」
「うるさい!」
レヴィは未だ軽口を叩く彼に怒鳴って黙らせる。
彼女は知りたいことがある。彼の口からしかそれは聞くことはできないから、このまま行かせるわけにはいかない。
「計画の先を教えてよ! あれだけじゃわからない!」
「あーわかったわかった」
男が気怠そうに腕を持ち上げて、レヴィの方に向けた。
「じゃあ、よろしく」
「えっ……」
レヴィがその言葉の意味を考えるよりも先に、視界が激しくブレ始めた。
「……かっ、は? ……ぁ……っあ?!」
息ができない。
空気が吸い込めない。
「ぅ……っ、ぐっ……ぅ」
胸の奥に焼け付くような激痛が走る。
すぐに押さえるも堪えきれず、膝から崩れ落ちて地面に倒れた。
息ができない。
何が起きているのか理解できない。
だが、体の端から恐ろしく冷たい感覚が押し寄せてくる。
これは――死だ。
「ぁっ……駄っ……目」
魔力も回せない。
何が。
何が起きているのかわからない。
視界が急速に暗くなっていく。
「わ…………待つ…………って……」
目の前の冷たい床の上に、外れたネックレスの宝石が落ちている。
あの赤い宝石が。
「ぁ……さ…………」
震える手を伸ばして、それを強く握った。
目の端から、涙が伝って落ちていく。
約束、したのに。
待つって言ったのに。
彼女は虚空へ向けて小指を伸ばして、そのまま――呼吸を止めた。
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報告書(要修正)
日時:◯◯/◯◯ 時刻については不明(調査完了のため追記する事)
場所:東牢獄
報告内容:
鈴木雄矢との面会(申請済み)のため守衛二名及びレヴィ・ウィンダリア氏の三名で東牢獄、地下三階に向かった模様。
定期連絡のないことに気づいた巡回中の別の守衛(注1)が、様子を確認。
地下二階と三階を繋ぐ廊下にて、守衛二名の遺体を発見。面
続いて地下三階にて、レヴィ・ウィンダリア氏の遺
向かい合うように男女二名(注2)の
また牢内にて鈴
(一部識字不可能のため要修正。再度王へ提出の事)
注1:発見者の守衛は、報告後の消息不明。
注2:女性はの身元は判明。男性についても追って調査中。
詳細は別紙にて報告。




