第38話 エピローグ
将斗が目を開けた瞬間、世界は暴力的なまでに真っ白だった。
光源が見当たらない。けれど、周囲を包む光は柔らかく、境界線すら曖昧にどこまでも続いている。
手を伸ばしても、掴めるものは何もない。空気の質量すら感じられない虚無の空間。
「しっろ」
どこ見ても白、白、白。
二度目ともなると気になる。
いくらなんでも白すぎだ。
「落ち着かないんで、もうちょいベージュ色とかにできませんか」
「嫌ですよ。私この色好きなので」
神様は、白い椅子に座っていた。
テーブルを挟んだ向かい側には空席の椅子が一つだけあり、彼女にそこへ座るよう促された。
将斗はそこに腰を下ろし、深く一息ついた。
「……今回は、ありがとうございました」
「それはどういたしまして」
「その……大変でしたか?」
おそるおそる神様が聞いてきた。
将斗は目を細めながら、即座に答えた。
「大変に決まってますよね? 俺のスキルはランダムだし、まず変な場所に飛ばしてる時点で――」
そこから長々と溜まっていた文句を言い続けた。神様は申し訳なさそうに眉を下げながらも、黙って頷いて聞いてくれていた。
「――って感じでもう死ぬほど大変だったんで、次からは改善を要求します」
「ぜ、善処はしますが。次の世界もちょっと同じような感じになってしまいますので」
「……なんでですか」
「神の力がなかったりしますので……」
「なぁぁ、早く回復してくださいよその力ぁ」
神様はバツが悪そうに顔をしかめながら、なんとかする、とでも言いたいのかしきりに頷いていた。
なんだかこちらが一方的に説教をしているみたいで、可哀想に思えてきたので、将斗はこれ以上は言うまいと口を閉じ、疲労もあって机に突っ伏した。
「……断ってもいいんですよ?」
頭上からポツリとそう言われた。
机に顔をつけたまま、目線だけ向けると、神様はひどく沈痛な面持ちで俯いていた。
「今なんて?」
「この役目断ってもいいんです、と」
神様は目を合わせるでもなく、ただ膝の下を向いていた。
将斗はその顔を見て、大げさにため息をついた。
「自分から連れ回しておいていきなりなんですか? もうちょっと最初に会った時みたいに好き勝手言ってくださいよ。キャラ変ですか?」
「……レヴィさんと話してから、私って勝手だったと反省しまして」
青い瞳を震えさせながら、神様は語る。
「私は多くの人間の生き死にを見てきました。そのせいで感覚が麻痺してしまったのか、一人ひとりのことを考えることができなくて、今回の選択をしました」
トロッコ問題のようなものか。
一人を救うか、五人を救うか。レバーを切り替える力が神にはあって、きっとそういうことをこれまでも無数に経験しているから、『世界』を救うために、グラディアを見捨てる形を選んだのだ。
そして初めて、その切り捨てた選択肢にいた人間の生の言葉を真っ向から聞いて、深く刺さるものがあったのだろう。
だからここまで、落ち込んでしまっている。
「私も、グラディアが救われる道があるならそれを選んでいました。でもそんな未来は見えなかったので、次善の策としてあなたを選びました。脅すような形で急いで向かわせたのも、あのタイミングで送ることが前提条件としてあったので、無理やり転生させるという強硬手段をとらせてもらいました」
確かにこちらの言い分も大して聞かないで、いそいそと異世界に飛ばされたわけだが、裏ではそんな切羽詰まった考えがあったとは驚きだ。
にしても、もう少しマシなやり方はあったような気がするが。
「でも、あなたは予想を超えてグラディアを救ってみせた。そのことに、すごく感謝しているんです。私には見えなかった未来を、あなたは作ってみせた」
神様からそう言われると、自分に予想を超える特別な力があるみたいに思えてしまって、将斗は自分への期待で少し興奮してしまいそうだった。
「だから、せめてものお礼として、このお役目から解放をと」
この発言は、レヴィの言葉に突き動かされ、『世界を救う駒』としてではなく、『渡将斗』という一人の人間に真っ直ぐ向き合ってくれるようになったから、であろう。
世界を救うために、一人の青年の人生を奪い、異世界転生をさせるなんていう暴挙に出たことも、きっと今頃になって猛省しているはずだ。
その悲痛そうな表情を見れば、将斗でも心の中を読み取ることができた。
しかし、その誘いには乗るつもりはなかった。
「レヴィとの会話聞いてたんなら、俺が断らない理由わかってますよね」
「それは、もう解放されないと思っていらしたようでしたので……。今すぐにでも、元の世界か、それかレヴィさんの元へお返しします」
「大丈夫です。世界を救うために俺を利用したいならして下さい。……逆に、俺もあんたを利用させてもらうんで」
神様は驚いて目を丸くしていた。
どうやら今は、こちらの心を読んでいないらしい。
そして将斗は心が読まれなくてもいいように、自分の口から心の内を曝け出すことにした。
「あなたは世界を救うために俺を使う。俺は今回みたいな出会いを通して、もうちょっとマシな人間に成長したい。だから言うことを聞く。ウィンウィンじゃないですか」
「レヴィさんも言っていましたが……危険ですよ。険しい道のりになります」
「それは、覚悟……ってほどのことはないけど、それなりに受け入れてます。ギリギリ大人なんで、自分選んだ道くらい自分で責任取れます」
まだ神様の表情は曇っていたので、将斗は、頭の後ろで手を組むと少しだけ微笑んであげた。
「どうせ逃げたところで、またスマホかなんかで殺して俺をここに連れてくるんでしょうし」
「し、しませんよ!」
パタパタと慌てて手を振る神様が、少しだけ笑みを浮かべていた。
そんな彼女に、手を差し出す。
「というわけで俺のために、神様を利用させて下さい」
「……いいんですね? もうこの先嫌と言っても逃しませんからね」
「流石に本気で嫌って言ったら、許してほしいんですけど」
軽口を叩きながら、差し出された彼女の小さな手と握手をする。
柔らかく、透き通るように白くて暖かい手が、手のひらの中にある。
思ったよりも握り返してくる力が強くて、将斗は少し驚いた。
「じゃあ、よろしくお願いします」
こうして将斗は、自身には大きすぎる世界を救う役割を受け入れた。
この先で待つ出逢いに期待しながら。
まだ見たことない世界を夢見ながら。
この旅がどこまで続くのかわからない。
だが、全て果たしてみせる。
約束の日まで、生き続けると心に決めているから。
この旅で成長して、また彼女と会うために。
彼の首元に下げられた、レヴィから託された赤色の宝石が、真っ白な空間の中で確かな熱を帯びて煌めいていた。
ありがとうございます。
1章これにて終幕です。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
これでカクヨムの方に投稿していた分に追いつき……ます。
なんと言いますか、もう1話あります。
幕間なので、読まなくても大丈夫です。
ここから2章に入ります。
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