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第37話 また、約束の時まで

「将斗さ……このまま、この世界にいない?」


 レヴィが膝を抱えた腕に口元を半分埋め、上目遣いで覗き込んでくる。

 晴天の下で、それは息を呑むほど魅力的に見えた。

 将斗はまるで強力な催眠魔法にでもかけられたかのように、彼女から目を逸らすことができない。

 というか、かけられている。


「それは、無理だと思う」

「どうして?」


 将斗は目を合わせたまま、続けた。


「神様が言ってただろ? この後もいくつもの世界で俺の力が必要だって。だから」

「そうじゃない」


 彼女は小さく首を振った。


「神様じゃなくて、あんたがそうしたいのかって、聞いてるの」

「俺……?」

 

 言葉が詰まった。

 将斗が固まって、瞬きを繰り返している間にレヴィは続けた。

 

「将斗も気づいてるでしょ。あんたはあの神にうまいこと利用されてる……きっと今回のことだけじゃなくて、この先も。ずっと言われるがままでいいの?」

「それは……」

「あの神が見た未来は外れてたでしょ? だったら、あんたが必要な理由だって的外れなことかもしれない」


 それだけは違う、と神は言っていた。

 だがその理由までは教えてもらっていない。

 本当に自分が必要かどうかは不透明なままだから、彼女の言うことも一理ある。


「将斗はいいの? ずっとそのままで」


 その問いはまるで、将斗の答えによっては、この先の全てを決めてしまうような重みがあった。

 将斗が口を閉ざしたままでいると、レヴィは一度目を逸らして、風に揺れる草原の方を見た。


「私ね。旅に出ようかなって思ってる」

「……どうして?」

「今回のことで、私はまだまだ未熟だってわかった。だから、いろんな土地を巡ってもっと魔法を極めたい。簡単に言うと修行の旅ってところ」


 一直線に地平の向こうを見据える瞳には、強い覚悟の色が見えた。

 雄矢という最大の敵を前にして、王国最強の彼女はさらに上のレベルを目指そうとしている。

 そのひたむきな向上心に、将斗はすぐに憧れのような感情を抱いた。

 

 それは将斗にはないものだから。


 その憧れの魔法使いが、もう一度将斗に目を合わせてくる。


「着いてきてくれない?」


 それは、あまりに意外な誘いだった。


「……誘いは嬉しいけど……俺なんか足引っ張るだけだろ」

「いいのよ。それにきっと楽しいわよ。あんたの世界にないものをいっぱい見れる。私も、あんたといられるならきっと楽しめると思うわ」


 ふんわりと微笑みながら彼女は語る。

 その未来は、将斗も容易に思い描けた。

 彼女に引っ張られて、知らない街を巡るのだ。こちらが常識を知らないことをいいことに、驚かしてきたりして、笑われて、でも悪い気はしなくて――。

 

 でも、なぜだろうか。

 どうして彼女はここまでして自分を引き留めようとするのだろうか。

 どうしてここまで自分を買ってくれているのだろうか。

 将斗にはわからなかった。


「でもやっぱ無理だと思う。俺、神様に次があるって言われてたし」

「そんなの嫌って言えばいいのよ。神様だって嫌々言ってる人を救世主に選ぼうなんて思わないでしょ。きっとまた、いい結果を出せる転生者を見つけるんじゃない?」


 彼女は引き下がらない。

 相手が神様だろうと、お構いなしという姿勢だった。


「この世界だけじゃなくて、他の世界があるっていうなら、人間なんていくらでもいる。きっと適性のある人は見つかる。将斗である必要はないでしょ」

「それは……そうかもしれないけどさ」

「それに、今回みたいな戦いを何度も経験することになる。そんなの嫌じゃない?」


 レヴィは手を伸ばして、将斗の前に差し出した。

 白く細い掌は真上に向けられていた。


「だから、私と来て」


 その手を取れば、すべてから逃げられる気がした。

 彼女が言うように嫌と言えば、神様だって許してくれるかもしれない。 

 きっと諦めて、他の人を探してくれるだろう。


 将斗は少し手を伸ばして、その誘いを受けようとした――。


「……いや」


 空中で手を止めた。

 将斗は彼女の手を取らなかった。

 

 脳裏には、陽だまりの中で笑っているあの子の姿が思い浮かんでいる。

 

 この気持ちは、きっと――。


「……多分俺、この仕事やりたいと思ってるよ」


 その答えを、レヴィは表情はを変えず聞いていた。


「確かに苦しいこともあったけど、今までの俺がしてた生活に比べたら、凄く刺激的だったし、魅力的だった。これまで何かに挑戦するってこともなかったから、達成感っていうのかな。それを久々に味わえてる」


 何もやりたいと思うことがなくて、チャレンジしようと思うこともなくて、ただ無為に過ごしていた毎日に比べれば、この三日間は濃密でとても充実していた。

 出会いもあって、別れもあった。驚き、怒って、悲しんで、感情を激しく突き動かされ続けた。


「皆ありがとうって言ってくれたろ? その言葉もらっただけでも、やってよかったって思ったよ」

「でも、この先も雄矢みたいな奴と戦うんでしょ? その時、私とかグレンみたいな協力者が現れるかわからないじゃない。最悪、死ぬかもしれないのよ? 欲しいのは達成感とか感謝で、失敗したら死ぬなんて釣り合ってない。将斗は本当にそれでもいいの」


 こちらの気持ちを伺うようにレヴィは聞いてくる。

 勘違いでなければ、将斗の目には本気で心配してくれているように見えた。


 その想いを断るようで、申し訳ない気持ちにはなりながらも、将斗は正直に今の気持ちを言葉にする。


「いいんだ。俺はずっと自分で選べなかったから、誰かに役目を与えて欲しかった。だからこういうのは俺の性格に合ってる」


 言いながら、『言い方変えれば思考停止してるだけの指示待ち人間だな』と、将斗は自分のことを心の中で自嘲した。

 だが、これが本心だった。何もしないで、ぼんやり過ごしているよりは、役目をもらって動くほうがマシだ。


「それだけで命をかけるの?」 

「……あとは、責任もある」


 あの暖かな森の中での出会いを、きっと将斗は一生忘れることはない。


「実はさ、今回俺が選ばれた理由はなんとなくわかってるんだ。うまく説明できないけど、俺がけじめをつけないといけないことだった」


 本当は、雄矢ではなく将斗が来るべきだった。

 もう取り戻せないあの現実は、今も将斗の心の奥底に深く突き刺さったまま残っている。


「神様は多分それを知ってて、だから俺を選んだんだと思う」

「それはなんなの?」

「言いたいけど、神様が言わなかったなら、言わないほうがいいんだと思う。でも『この先俺が必要になる』って事は、それなりの理由があるんだよ」


 きっと神様はあの子のことを知っているから、自分を今回の転生者に選んだのだろう。

 将斗が何もしないでいたから、手遅れになってしまったあの事実を。


この先、自分が何もしないことでまた悲劇が起きることを、将斗は懸念していた。

 取り戻せなくなる何かがまた起きるのは、もう嫌だった。


「だから俺が行かなくちゃいけない。逃げちゃいけない、って思う。だから一緒には行けない」


 その言葉に、レヴィは黄色の瞳を微かに揺らした。

 すると天を仰いで、ポツリとこぼす。


「やっぱり、止められないか」


 初めから思った通りだったとでもいう言い方だった。


「……もしかして、レヴィも未来が見えるとか?」

「あの神と一緒にしないで。……なんとなく、断られるってわかってたの」


 レヴィは小さく息を吐きながら、今度は地面の方を向いた。


「だって将斗って、優しいじゃない?」

「そうか……?」

「街で見知らぬ子供を助けるし、雄矢に怒ってくれた。この国のために戦ってくれた。……私を抱きしめて、温めてくれた」

「抱きしめ……? って!」


 一瞬で思い出す。

 『氷獄コキュートス』から解放された彼女の体がひどく冷えていて、死んでは困るから抱きしめて体温を分けてあげたあのことだ。

 

 まさか、起きているとは思っていなくて、将斗は悪さがバレた子供のように激しく取り乱す。


「あ、ああれは緊急事態で不可抗力といいますか、いやご不満でしたら、それなりの罰は受けさせていただく所存で!」

「黙って聞いて」


 将斗はその静かな静止に、すぐに口を閉じた。


「その優しさの裏で、あんたは自分の命を賭けてたよね」


 ()()()()()、将斗は首を傾げた。 


「将斗、必要なら自分の命を賭けることに抵抗ないでしょ。しかも多分自覚してないし」

「……そ、そう見える?」

「あんた空に飛び立つ前に時、雄矢の魔法が当たったら死ぬのくらいわかるはずなのに、避ければいいって言ったでしょ。こっちは避けられない時のことを心配してるのに。そういうのを命賭けてるって言うの」

「でもあの時はそうする以外なかったろ」

「そうやって、命賭ける以外に手がないからって実行できるのはあんたくらいよ」


 雄矢の魔法は当たらなければ良いと思っていたし、チンピラとの戦いだって、危なければ逃げれば良いと思っていた。

 結果としては、魔法は当たったし、死にかけたのだが。


「そのいい例が不死身になってからのあんたの戦い方。治るからって雄矢の魔法を浴び続けてたわよね。あんたは死ぬとか、怪我するって事を、得られる結果がいいものであるならあっさりと捧げてしまうの」

「……それは、当たってるかも。あっ、言語化上手いな〜……」

「……」

「なんて……ごめん、黙ります」


 自分が丸裸にプロファイルされていくのは耐えられなくて、流れを変えようとしたのだが、流石に空気が読めてなさすぎたか、レヴィが訝しげに目を細めていた。

 将斗が口を閉ざしてから、レヴィは続けた。


「これからもきっとそうする。将斗がそうやって自分を犠牲にするの、私は、それが……嫌なの」


 目を潤ませながら、レヴィが訴えかけてくる。

 その切実な視線に、胸がギュッと締め付けられるほど熱くなる。

 今さっき言ったはずの自分の覚悟の気持ちすら揺らいでしまうようだった。


「だから、着いてきてほしい。そんな役目放っておいて、私と来てよ」

「……なんでそんなに俺のことを考えてくれるんだ?」


 どうして彼女はそこまで、自分を助けてくれようとするのか。

 どうしてそんな愛おしそうな目で見つめてくるのか。

 もしかしたら――いや、そんなことあるはずないと、将斗は心の中で必死に否定する。


「わかんない? わかんない、か」

「……」

「じゃあ、言うね」


 体が固まる感じがした。

 時間が止まるような感覚があった。

 一秒が長く引き伸ばされているような感覚。


 全く動けなくて、もう彼女の次の言葉を受け入れるしかないような気がした。


――しかし、一向に彼女は何も言わない。


 というより、本当に全く動いていないような。


『将斗さん。驚かないで聞いてください』


 頭の中に声が響く。

 神様の声だった。


 理解した。目だけ動かしてみれば、遠くの空を飛んでいる鳥も、雲も、全く動いていない。

 時間が本当に止まっているのだ。


『……こういうことするから、神の力がなくなるんじゃないですか?』

『あなたのためです。どうしますか?』


 頭の中で返事をしてみると、会話ができた。

 こういう力は温存して次の世界で使えるスキルを作るのに使って欲しいところだ。


『次の言葉は、あなたの想像通りです』

『は?! 何考えてんだ! それが本当なら……万が一、本当なら、普通本人の口から聞くもんじゃ』

『それを聞いてしまって、どうするんですか』

『……』


 将斗は返す言葉が見つからない。

 この問いに正解なんてあるのか。


『それが本当なら……断れるわけない。でも……断らなきゃ俺は』

『私には、あなたのこれからの運命を勝手に決めてしまった責任がある。だから、あなたに課した使命以外のことなら、サポートします』


 意外な言葉だ。

 『そんなの知らないから次の世界行きましょう』くらいのことは言いそうな神だったのに。


『お望みなら「聞こえなかった」ことにすることもできます』


 その甘い誘いは、今の将斗には願ってもないことで、


『……よろしくお願いします』

『ではタイミング良く大きな音がしますので。あとはお任せします』

『……最低だな……こんなの人生初なのに』

『正しいと想います。また会えるかわからないまま、あなたを想い続けるのはきっと、辛いことでしょうから』


 風景が動き始める。

 時間が、動き始めた。

 彼女の言葉が始まる。


「私あんたのことが――」


 彼女の口が続きを語る。


 ――同時に後方で、残っていた城壁が崩れ落ちた。

 

 大きな、大きな音だった。

 周りの音は全てかき消えてしまうくらい、天地を揺るがすような音だった。


 彼女の口が閉じられた。

 頬を朱に染めて、少し目を潤ませていた。


「……」

 

 難聴系主人公と言われるキャラをラブコメでよく見る。

 ヒロインの告白を、聞こえなかったとか言うアレだ。

 そういうのを見ると、流石に聞こえるだろって、文脈読めばわかるだろって、画面の向こうから文句を言いたくなる。


 本人たちは本当に聴こえていないんだから仕方ない。

 内容も知らないから仕方ない。


 だが自分は、彼ら以上にタチが悪い。

 本当に最低だ。

 逃げたくないとか言いながら、逃げるのか。

 彼女の言った内容が何かは、もう知っているのに。


 将斗はひどく自分を呪いながら、でもその気持ちがバレないように、表情を整えて、何も知らない風を装って、普通に、普通に言う。

 

「ごめん、よく聴こえなかった」


 彼女は、目を丸くして、すぐに俯いた。


「……そう」


 そう言って、じっとしていた。

 どんな表情をしているんだろう。

 きっと勇気を出して言ってくれたのに。


 もし泣いてたりしたら、自分で自分を殺してやりたいくらいだ。







「将斗のことが、好き」







「――えっ」

「これで聴こえた?」


 顔は赤いまま、しかしいたずらっぽく笑って、レヴィはそう言った。


 顔が熱湯をぶっかけられたかの如く、一瞬にして熱くなる。


 これは将斗の人生史上、類を見ない緊急事態だった。


 待て待て待て、聞いちゃった。もうダメじゃん、聞こえちゃったじゃん。すぐに返事を考えろ。なんて返すべきだ。え、なんで?? 俺が好き? ありえないだろ。聞き間違え! 聞き間違えだろ! だって俺が好かれるとかありえないもんな……ああああ神様が言ってただろ当たってるって。いやなんとなく、こいつ俺のこと好きなんじゃね、とか思ってたけど。思ってたけど! てか神様?! 話が違くないですか?!


 悶々としている将斗の脳内に声が届く。


『まさか、二回も言うとは思わなかったです』


 そんくらいの未来読んでおけよ! と心の中で絶叫していると。


「よいしょっと」


 レヴィが身を寄せてきて、将斗の肩にくっついてきた。

 少し高い彼女の体温が直接伝わってくる。

 

「おぉぉぉぉ……」

「ぷっ……あははっ、ほんっとこういうの慣れてないのね」

「なっ、ちょ、はぁ? いや俺別に慣れてないわけじゃ、ああああ! それより返事。ちょっと待ってちゃんと考えるからもうちょっとまとまってからじゃないと」


 早口であわあわしている将斗に、今度はレヴィがガクッと頭を垂れる。


「あ〜あ、即答じゃないってことは、嫌なんだ」

「嫌っ、ではっ、ないっけど?!」


 声を裏返す将斗を見て、彼女はまた楽しそうに笑う。


「俺、次の世界行かないとなんだけど、そしたら待たせちゃうし、でも待たせるの悪いし。気持ちは嬉しいんだけど。めっっっっちゃ嬉しいんだけど! 待って今いい方法を――」

「もう、落ち着いて」


 レヴィが優しく背中を撫でてくる。


「わかんないものね〜」 

「なっ何が?」

「私、恋人にするなら、せめて自分より強い人がいいかなとか思ってたのに。実際はあんただったから」

「……ぅぐっ?!」


 息が詰まっている。呼吸の仕方がわからなくなってきた。

 心臓の鼓動がとんでもなく早くなっている。

 なんて返せばいいのか考える余裕もない。


 今まで、こんなに真っ直ぐに想いを伝えられたことなんてなかった。


 将斗はとりあえず呼吸をすることを思い出して、肺を働かせる。

 ようやく供給された酸素をフルに脳に回して、返事を考える。


 もうこれは、しょうがないんじゃないか。

 無理とかじゃないんだ。逆に考えるんだ、受け入れちゃえばいいさと。


 ここまで0.1秒。将斗は意を決し言葉を紡ぐ。


「じゃ、じゃあ、返事を、します」

「……しないで」

「なんで?!」

 

 喉まで出かかっていた返事に急ブレーキがかけられ、驚愕に思わず大きな声が出る。

 レヴィは頭をこちらの頭にコツンと当ててきた。

 綺麗な彼女の髪が首筋に触れてくすぐったい。


「返事は次にまた出会った時にして」

「次って、いつ来れるかわかんないんだけど」

「私待ってるから」


 将斗は体を預けたまま聞いていた。


「ずっと待ってる。だから、それまで死なないこと」

「………………上手いな」


 将斗は喉を鳴らした。

 一本取られた気分だった。


 こっちが断れないのをわかった上で、彼女は将斗にこれ以上無茶をさせないために、再会の約束をしてきた。

 これでは次の世界で下手に命を賭けた無謀な行動には出れない。


 約束を果たして、返事をするために、将斗は生き続ける必要がある。


 偶然にもそういう約束というのは、今の将斗にはよく効く。

 つい最近、果たせたようで果たしきれなかった約束があったから。


「じゃあ、約束で」

「……今ちょっと安心してない? やっぱ返事聞いとこっかな」

「約束でお願いしまーす!」


 とりあえず小指を出してみた。彼女も首を傾げながら小指を出してきた。

 そういう習慣はないらしい。


 ゆっくり指を絡めて上下に振った。「へんなの」と彼女は笑っていた。

 

 その笑顔を見てるとまた鼓動が速くなってきて、でも苦しくはなくて、いつまでも見ていたいと思えた。

 とても愛おしかった。

 

 また見るためには、死んでいられない。


 ずっと見ていたからか、彼女が気づいてこちらを見てきた。

 綺麗な黄色の瞳が、こちらに向けられる。


 その瞳が一瞬下に向けられて、もう一度将斗の方を向いて、それを追っていると――ふいに彼女が動いた。


「――ぇ」


 ふわりと、甘い香りが鼻を掠めた。

 気づけば彼女の顔が、自分の顔の真横にあって――頬に、ちゅっ、と柔らかい熱が押し当てられていた。

 これ、キス――。


 そこから少しの間、将斗の記憶がない。



******************************



「では、私たちはこれで帰ります」


 神様が丁寧なお辞儀をする。

 今日目覚めたあと、食事をとるつもりだった宿の入り口で、神様と将斗が、グレン、ルナ、レヴィの三名と向かい合っている。


 将斗はずっと顔を両手で固く覆っていた。


「……あの、帰りますよ」

「…………っっっ」

「……せめて人語を喋ってください」


 神様に肩を揺すられるも、将斗は断固として動かなかった。


「……なぁレヴィ、一体何が――君もどうした」

「なんでもない」


 そういう彼女も耳まで顔を赤くして明後日の方を向いていた。

 戻ってきてからずっと二人がこうなので、神様以外の二人は何が何だかわかっていない。

 

「将斗さん、私が言うのもなんですが、こういう時はしっかり言っておいた方がいいですよ。恥ずかしいのはわかりますが」

「み、皆さん大変お世話になりました大変助かりましためっちゃ楽しかったですまた会いましょうそれでは!」

「それ絶対後悔しますよ?」


 覆った手の口元だけ開いて、別れの言葉を早口で済ませようとする将斗を神様がたしなめる。

 将斗は決死の覚悟で頑張って手を下ろして、グレンの方を見た。


「と、とにかく、手伝ってくれてありがとう。グレンと、ルナさんも。色々と助かった。助かりました」

「……あ、あぁ。それはこちらこそと言いたいんだが。その、大丈夫か?」

「あんま気にしないで……」


 グレンでも、顔が真っ赤なまま感謝を伝える将斗の姿が気になったようだ。

 その横で、レヴィが唸り声を上げ始めた。


「い、いい加減照れるのやめてくれる?!」

「ごめん……無理だ……」

「私まで恥ずかしいんだけど!」


 顔を真っ赤にして唸り続けるレヴィに、グレンは疑問の表情を浮かべ続けていた。 

 途中でルナがハッと何かに気づいて、顔を明るくして将斗を見てきたので、おそらく彼女にも何かがバレたらしい。


「あの、将斗さん。私としてもそろそろ引き伸ばすのも難しいんですけど」

「……レヴィ」


 神様が困った顔して冷や汗をかき始めていたので、将斗は湧き上がってくる顔の熱に耐えながら、言葉を絞り出す。


「色々ありがとう。約束は絶対に守るから。その……待っててく……ください」

「そこははっきり言ってよ……。わかった。絶対ね」


 ちょっと不機嫌そうに、口を尖らせながら返事をしてくれた。

 彼女はそのまま手をあげてひらひらと振る。 


「また会う日まで。いってらっしゃい」

「ああ、行ってきます」


 将斗は手を振り返した後、神様に目配せすると、彼女は頷いて指を振った。

 やがて足元が光り出して、将斗と神様の体が宙に浮き始める。


「ちょっと、これ行きの時やってくださいよ!」

「最後の言葉それでいいんですか」

「あっ、えっと、みんなお元――」


 浮かび上がった後、そんな締まらない言い合いをしていた二人は、やがて光の粒子となって空に吸い込まれるように消えていった。


 それを見送って、グレンはフッと笑った。


「最後まで、面白い奴だったな」

「……最後じゃない」


 レヴィは首元から、菱形を半分にしたようなネックレスを取り出した。

 陽の光を受けて赤を反射するそれを少し眺めた後、ぎゅっと握りしめて、抜けるような青空を見上げた。


「また会えるわ」


 頬に触れた柔らかい感触と、彼が残した不器用な優しさを思い出しながら。


 レヴィはもう一度、彼が消えた空へと微笑みかけた。


 どれだけ離れた世界にいても、必ずまた、あの呆れるほどお人好しな青年に出会える。そう確信して。



――また、約束の時まで。


 

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