第36話 世界を救うため
「……何ですか、これ」
「私が予想した未来といいますか、もう過ぎているので過去といいますか……」
神様が手元に空中モニターを出したかと思えば、この世界(28番目の世界)に来てからの将斗の様子を、斜め上空からの画角で映した映像を流し始めたのだ。
映像の中の『渡将斗』は、何やら苦言を溢しながら草原を転げ回った後、ウィンドウを開いていた。独り言をぶつぶつと言いながら、表面を数回タップする。
すると突然、常人ならざるジャンプ力を発揮。目を白黒させた彼は次第に状況を理解し、興奮したのかその場をものすごいスピードでぐるぐると駆け回った後、どこを目指すでもなく奇声を上げながら走り抜けていった。
「これは……将斗か? 何をしてるんだ?」
この世界にはない代物だろうか。グレンが興味津々に画面を覗き込んでいる。
レヴィの方が興奮しそうな物だが、将斗の隣で彼女は表情も変えず、黙って画面を見ていた。
ちょうど画面の中の将斗が、猿のように奇声を上げながら走り抜けていくシーンがリピートされていて、将斗は顔から火が出るほど熱くなるのを感じた。
「これはテンション上がりすぎたというか……あんま気にしないで。あと見ないで。てか、この部分飛ばしてくんない?」
「で、この後なんですけど」
「聞いて……?」
画面の将斗は未だ走り続けていた。このままいけば、レヴィとの馬車での戦闘シーンが始まりそうなものだったが――映像の将斗はそのまま走り抜けていって、とある城壁に囲まれた街に入っていった。
「え、なんか違う街に入ってったんですけど。俺こんなことしてないですよ?」
「だから、私が見た『本来の未来』の映像なんですって。私の予想では、将斗さんは初日にセイリウムに入ります」
「それって、俺が間違えそうになった街? じゃあレヴィと俺の攻防は?」
「そんなことがあったんですか? ……見ての通り、予想にはありませんでした」
将斗はふーんと頷くと、目を細めた。
「予想大外れじゃないですか」
「んなっ。舐めないでください。ほぼ現実だと思ってもらっていいくらい精巧なんです」
「でも実際にはこうならなかったわけだし」
「それは……何か意図しないバグだとか、力が加わって未来が変わったとしか」
神様はそう言って腕を組んで。
グレンたちは「どういうこと?」とでも言いたげな顔で将斗を見てくる。
やめてくれ、と将斗はその視線から逃げて天を仰いだ。
こっちも全くわかっていないのだ。
神様と知り合いなのは確かに自分だが、知り合ってからの時間はむしろグレンたちの方が長いくらいなのだ。未だ得体の知れない存在なので、彼女が何を考えているのかなんて将斗にはわかるわけがない。
「……それでこの先は?」
「将斗さんはこの後、どこに雄矢がいるのか調べるために、道行く人々に話しかけようとします」
西洋風の街並みの中で、白シャツにジーパン姿の男が人に話しかけようと手を伸ばし、すぐに引っ込めている映像が流れている。
というか、流れ続けている。
何度も巻き戻しているのかと思うくらいには、ずっと同じ動作を繰り返している。一向に話しかけて会話を始める映像が流れない。
将斗はいたたまれなくなって、映像を隠すように両手をかざした。
「あの……もうええでしょう?」
「――しかし、彼の性格ゆえ声を掛けても緊張してしまい、すぐに謝って逃げます」
「聞いてます? すいません、止めてもらっていいですか?」
「それを繰り返した結果、通報され守衛がやってきます」
「殺してくれ……」
映像の中で、守衛二人に両腕を掴まれ、引きずられるように連行されていく将斗の姿があった。なぜか泣いている。
将斗は画面の中の自分自身に、深く共感した。
きっと「せっかく異世界に来たのに、この体たらくは情けなさすぎる」と考えて泣いているに違いない。
「ここからが重要なんですが、丸一日以上牢で過ごした彼は、為す術なく、しまいに拳で壁を壊そうとし始めます」
「惨めすぎる……」
「そうですね」
「そうですねじゃねぇ!」
「ですが、将斗さんは放り込まれた牢の壁の中から『神剣』を見つけます」
牢屋の壁を叩いている将斗の映像が始まったと思えば、壁が崩れて隠し洞窟が現れる。
その奥で、彼は白く輝く剣を手にし、頭上へそれを掲げて得意げな顔をしていた。
それを見た将斗は、あまりにも「異世界モノっぽいこと」をしている自分に対して少し嫉妬した。
「俺もそういう剣欲しかったんですけど」
「なんとこちらの『神剣』、魔法を無効化する剣なんですよ」
「それは……黒剣アネ……アニオリ? アニリオだっけ。グレンのそれと一緒じゃん」
能力的には、先の戦いで大活躍したあの黒い剣が想起される。
グレンの腰で黒く光っていたが、映像のそれとは真逆の色合いだから完全に別物らしい。
「将斗さんはこれを持ち出して――」
「もういいわ」
神様が意気揚々と話そうとしたところを、レヴィの冷え切った声が遮った。
顔を上げた彼女は、その鋭い黄色の瞳で神様を睨みつけていた。
「この後、セイリウムで雄矢を迎え撃つなり、神様が加勢するなりで勝利する流れでもできてたんでしょ。時間的には今、三日目の昼から」
「そ、そうですね」
彼女の強い睥睨に気押されてか、神様は口を震わせて答えた。
知り合いとしてはもう少し神様らしく威厳を保っていて欲しいと思うが、将斗は口を挟めなかった。
レヴィから漂っているのは、冗談を許すような雰囲気ではなかったからだ。
彼女はそのまま横目でグレンを見て、口を開く。
「グレン、あんたよく平気でいられるわね」
「……どういう意味だ」
「あんたさっき、驚かれてたじゃない」
その言葉にグレンは首を傾げる。
「この時間のセイリウムに雄矢がいる。なら赤月の儀はきっと予定通り行われてた」
レヴィは神様の空中モニターを鬱陶しそうに手で払いのけて消し去ると、そのまま神様の方へ距離を詰めた。
「なら、グレン、あんたが驚かれたのは理解できるでしょ。あんたも、私も、レジスタンスも、国民も――」
レヴィは背中越しに、冷酷な事実を告げた。
「街ごと皆まとめて滅ぼされるはずだった。この女は『予想』ってのでそれを知ってた。だからさっき、死人でも見たような顔であんたを見たのよ」
「――――っ」
グレンも、隣にいたルナも息を呑んでいた。
将斗も驚いて声が出なかった。そんな物騒なことがあるかとツッコミたかったが、彼女の推理は完璧に的を射ている。
せめて否定してくれと祈るように将斗は神様を見た。
だが、彼女は深く俯き、口を閉ざしている。
その姿は、レヴィの推測が完全に正しいことへの何よりの証左だった。
「なんとか言いなさいよ」
何も言わない神様が何を考えているのかわからない。
痺れを切らしたように、レヴィは深く息を吐いて将斗の方へ首を回した。
「……将斗知ってた? の被害は大きかったけど、犠牲者は一人も出なかったらしいわ」
「そ、そうなんだ……結構色んなところ崩れてたように見えたけど、よかった」
「あんたがグレンに避難誘導を任せたおかげよ。聞けば王城でも将斗が活躍したから雄矢と決着がついたそうね」
「それはまぁ、それほどでもないというか、たまたまというか……」
「ううん、全部あんたのおかげ。だから私、あんたを寄越してくれた神様に感謝してた。……あんたにね」
レヴィは視線を戻し、神様を見た。
そこまでは優しい口調に戻っていたが、すぐにまた肩を振るわせるように言葉を並べる。
「けど聞いてみれば何? 私たちが死ぬ前提で未来を見てたって? しかも将斗に全部任せて、本当の状況すら確認してない? 滅びるグラディアに気づいていながら、助ける気すらなかったみたいじゃない」
「――――」
パァンッ、と乾いた音が食堂に響き渡った。
レヴィが、神様の頬に全力の平手打ちを入れていた。
神様は呆気に取られた顔で、打たれた方向に首を向けたまま固まっている。
「ふざけないで。将斗が呼ばれたのだって、雄矢のスキルが借り物だからとか、意味のわかんない話も聞いた! どういうつもりなの!」
神様の純白の胸ぐらを掴んで引き寄せると、レヴィは悲痛な叱責を続けた。
「なんで雄矢を選んだの?! 未来が見えるんなら、どこまで見た?!」
「……」
「みんな死んだのよ。雄矢がいなければ、前の王は死ななかった。女王だって、騎士たちだってみんな。ウィンだって本当なら今頃……」
その名前が誰なのか、将斗は知らなかったが、一瞬昨日会った黄緑色の髪の魔法使いを思い出した。もしかしたら、彼女のことだろうか――
「……でも一番可哀想なのは雄矢よ」
「……っ」
今度は神様が反射的に息を呑んだ。
マイペースで調子良く自分勝手に話を進めていく彼女が、今は完全に言われるがままになっている。
初めて会った時の適当な一面しか知らないが、将斗は彼女に対する考えを改めようかと考えた。
少なくとも、今のレヴィの言葉に酷く傷つき、悔しそうにする心は持ち合わせているようだから。
「あんたがあいつを選んだから、こうなったの! あなたが選ばなければ、雄矢は悪魔にならずに済んだのに!」
意外な発言だった。
雄矢に理不尽に殺された人たちの無念を思えば、将斗も途中までは同じことを言える。
だが、暴虐の限りを尽くした彼を「一番の被害者」とは思えなかった。
きっと、最初の――狂う前の真っ直ぐな雄矢を知っているからこそ、レヴィはこう言えるのだろう。
最初から狂っていたとしても、そうでなかったとしても、この世界で過ごしたから、雄矢は狂王としての道を歩むこととなった。
それは、身の丈に合わない絶大な力を与えられたからだ。レヴィは、その諸悪の根源である神様を咎めているのだ。
「どこまで見えてたの。ねえ! なんで雄矢を選んだのか言いなさいよ! 答えによってはあんたを――」
「私たち、神々は――」
神様は、憤るレヴィとは対照的に、酷く静かに口を開いた。
「不安定になった世界を正すために転生者を遣います」
「……だから?」
レヴィが苛立ちを抑えられないまま促す。
「この世界にとって『不安定』とされたのは、世界を魔王が支配し尽くすこと。あの日――あなた方が召喚の儀を行った日から、ちょうど一年ほどで、世界は魔王の軍勢によって侵略され、人類は滅亡します」
「え……?」
将斗は思わず声を出した。そんな突拍子もない話は信じられなかった。
隣でもグレンが驚愕に目を見開いていた。
それを見て、将斗は思わず彼に聞いた。
「そんなことあり得るか? だってグレン達かなり強いだろ? レヴィだっているんだし。他の国にだってそれなりに強い魔法使いとか、剣士がいるんじゃ? それなら――」
「将斗、意外に思うかもしれないが、これはあり得る話だ」
グレンが考えるように顎に手を当て、苦渋に満ちた声で言う。
まさかの肯定に、将斗は口を閉じた。
グレンやレヴィの圧倒的な強さを間近で見てきたからこそ、劣勢であろうとも負けることはないと思っての発言だったのだが、その本人が納得の色を見せていることに将斗は耳を疑った。
「確かに各国の名のある者たちは、それぞれの戦場では勝利していると聞く。僕だって負けはしなかった。だが、問題は魔王軍の『数』だ。どれだけ一部の地域で一騎当千の将たちが力を振るおうが、その間に防衛の手薄な場所が次々と侵略され、落とされていた」
「質が良くても、数の暴力には勝てないってやつ……?」
「ああ。だが雄矢が現れてからは、魔物の増加が抑制されていた。噂によれば、勇者を警戒した魔王が、魔物の数ではなく質を上げることに力を回し始めたから、だそうだ」
「じゃあ、雄矢……勇者が来たこと自体は、世界にとって良い事だったってこと?」
将斗は神様へ問いかける。
彼女はゆっくりと頷いた。
「もし勇者がいなかった場合、人間は侵略され滅びを迎えます。それだけではありません。魔物の主食は人間です。人間が滅びた後は、動物を、植物を、果てには共食いを繰り返し、この世界から生き物が一匹残らず消滅する未来が確定していました」
人間を散々殺し、勝利しておきながら、最後は自滅していくという結末。あまりに救いのない気持ち悪さに、将斗は身震いした。
「私はそれを食い止めるために、適性のある者を探しました。性格や能力、生い立ちから何まで、すべてを網羅し、あらゆる人間を何十億人と見て選定して……」
神様はそう言って息を吐いてから、覚悟を決めたように大きく息を吸った。
次の言葉を、将斗は身構えて待っていた。
「誰も、残りませんでした……適性のある者は、一人もいなかったんです」
「…………」
将斗はその絶望的な言葉を聞いて、無力さに全身の力が抜け、目を閉じた。
「適性がなければ、上からの認可は降りない。何度も調べ直しましたが、適性のある者は出てきません」
「だったら尚更、なんで雄矢を選んだの?」
レヴィの問いに、神様は少しだけ目を伏せた。
「助言を、受けました」
「助言?」
「『結果さえ良ければ、問題ない。道中何があろうが、良い結果が見えた人間がいるのなら、特別に認可を与える』と」
神様は上の方々がどうとかいう話をしていたことを思い出す。
つまり助言をくれたのは、彼女よりも上の階級の神様のことだろう。
「その甘い誘いに私は乗り、魔王を倒すその瞬間の未来だけが見える人間を探しました。その結果選ばれたのが……鈴木雄矢さんです」
過程と、結末のその先を、見なかった。
そのツケが、雄矢の暴走であり、今のボロボロのグラディアだ。
だから、責任は間違いなくこの神様にある。
しかし、その場の誰一人として彼女を糾弾する言葉を発しなかった。
彼女の表情が、己の無力さと罪悪感に耐えかねているかのように、痛ましく歪んでいたからだ。
「私は神として、多数の人間の命が救われる結果を選びました。その道中で何が犠牲になるかは……全て切り捨てました」
「切り捨てた……って? あんたわかってるの? どれだけの人があいつの被害に――」
「わかっています」
神様が静かに、そして強く、一言で断ち切った。
「あんたは!」
「今のは、神としての言葉です。今から言うのは、私個人としての言葉です」
示し合わせたわけでもないのに、全員が呼吸を止め、部屋が静まり返った。
その中で、神様は一人動いた。
「申し訳ございませんでした」
深く、深く頭を下げた。
「どういう……つもり?」
「謝って済む問題ではないことは承知しています。ですが、私の選択によって、死ぬべきではなかった方々の命が奪われてしまったことは事実。どれほど罵っていただいて構いません。特に……あなた方にはその権利があります」
神様は頭を上げなかった。じっと、憎しみの言葉が投げつけられるのを待っていた。
見ただけでわかる。彼女は自分に責任があることを、逃げることなく重く受け止めている。
「どうして……?」
沈黙の後、ようやくレヴィが発したのは、怒りではなく疑問の言葉だった。
「どうしてそこまでして、特別なやり方を選んだの? 正式な手順を踏んでないってことは、神様として危ない橋を渡ったってことでしょ? わざわざそこまでして、あんたに何の得があるの?」
「得は、ありません」
「だったらなんで」
その問いに、神様は顔をあげ、まっすぐにレヴィと目を合わせた。
「世界を救うため」
「――っ!?」
「私はそのためなら何だってする。そういうつもりで動いていますので」
横から見ている将斗にも、それが偽りなき本心であると突きつけられるほど、強烈な信念のこもった眼差しだった。
「信用…………できないわ」
「レヴィ……?」
将斗は思わず彼女の名を口にした。
彼女は振り返ることなく、神様に言い放つ。
「今回の件、将斗が選ばれたのは、あんたの神のスキルの返済期限が迫ってるからでしょ。世界よりも自分の保身を優先してるじゃない」
「そう受け取っていただいても構いません。ですが、神のスキルをこの世界に放置すれば、やがて理が歪み、世界に深刻な影響が起き始めます。最悪、大勢の犠牲者が出る災害につながる恐れもある。それを止めるためにも、将斗さんが必要でした」
「必要って……予想は外れたんでしょ。将斗が必要な理由だって間違ってるんじゃない? でまかせ言ってるだけで――」
「それは違います」
神様は、それだけは譲れないと念を押すように言った。
「将斗さんは、どうしても必要なんです」
「……なんで?」
「それは……お答えできません」
将斗も気になるところではあったが、神様はレヴィの問いを断る直前、一瞬だけ将斗の方も見ていた。
まるで、『あなたにもまだ言えません』と言う風に。
「……あと何回、将斗はあんたの勝手な願いに付き合わされるわけ?」
「正確には……決めていません。少なくとも、十回以上と考えています」
「え、十回。こういう命懸けの戦いを、十回も?」
将斗は二回、三回と続くとは思っていたが、その予想を超えて二桁台に乗っているとは思っていなかった。
だが、不思議と悪い気はしなかった。
『将斗さんはどうしても必要なんです』。その言葉があったから。
こんな空っぽな自分でも、いろんな場所で必要とされていると知れたから。
「――……」
レヴィが神様の胸ぐらを掴んでいた手を下ろして、二、三歩後ろに下がった。
「レヴィ?」
「ごめん。頭冷やしてくる」
思わず声をかけた将斗をよそに、彼女はスタスタと歩いて、部屋の外へ出て行ってしまう。
パタン、と乾いた音で重い扉が閉まった。
次に口を開いたのは、グレンだった。
「レヴィは、雄矢のことを咎める気もあったのだろうが、将斗のことが気がかりだったんじゃないか?」
「……俺を? 何で?」
「きっと……」
「グレン待って」
グレンの言葉をルナが手で制した。
「将斗様。その先は、本人から直接聞いた方がいいと思います」
「お、追えってこと? なんか一人にして欲しそうだったけど」
「大丈夫です。行ってあげてください」
彼女が優しく背中を押すように言うので、将斗は不安げに扉へ向かう。
しかし、ハッとして足を止めた。
神を置いていくことになるので、先にノルマ達成の報告をしておかなければならない。
「神様。『無限魔力』なんですけど、今はルナさんが持っていて――」
「もう入れ替えておきました」
神様がそう言った直後、将斗は体の中央から何かがブワッと溢れ出てくるの感じた。
それは、空間を歪めるほどの膨大な魔力だった。
つまりは今、『無限魔力』は間違いなく将斗のステータスにあるらしい。
これは確かに、何でもできそうな万能感がある。
そんな魔力の奔流に、将斗は心地よさよりも気味悪さを覚えた。
「俺に渡さなくても。神様が持ってっちゃってくださいよ。なんか俺までおかしくなりそうだし」
「そうしたいんですが、規則では、私が直接スキルを受け取ったら、あなたは即刻この世界から出なければなりません」
「また変なルールを。何すかそれ」
「規則は規則です。それに、私もあなたがそれを持っていると知っている以上、速やかに受け取り、この世界から出る必要がある。神がいること事態、世界に多少なり影響を及ぼすので」
「それって……」
つまり、今すぐにでも神と一緒にこの世界から出なければいけないと言うことらしい。
だが、それは受け入れられない。
将斗はせめて、この世界で一番世話になったレヴィにはきちんとお別れを言いたかった。
彼女は、異世界での初めての友人だったから。
「仮に……もう一回来るとかできますか」
「出入りは禁止されています。申請して、許可が降りなければ。でも、認可が降りるのだって、いつになるかは分かりません」
つまり、次に会えるのはいつかは不明。
ならしっかり別れを言うべきだ。将斗はどうにか切り抜けるための言い訳を考え始めた。
神様が帰るというのなら、きっとそれは決定事項でそれは避けられない。しかし別れを言うくらいの時間くらいは欲しかった。
しかし、神様が先に口を開く。
「ですが、今はまだ『あなたが』持っている。それに、これから『事後処理』をすると言うなら、少しくらいの延長が可能です。……上には内緒ですよ?」
神様は口の前に人差し指を立て、片目をウインクして閉じた。
女性経験の少ない将斗にはかなりの高火力なあざと仕草に、危うく胸を撃ち抜かれかけるが、今はギリギリでレヴィへの心配が勝り、ノーダメージに終わる。
将斗は粋な計らいをする神様に深く頷いた。
「じゃあ、ちょっと事後処理行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
将斗はすぐさま扉を開け放ち、外へ飛び出した。
すぐ外の石畳に着地した後、力強く足を踏み出す。
「将斗! そのまま聞け!」
走り出した将斗の背中に、グレンが声をかけてくる。
「レヴィならきっと――」
その言葉を最後まで聞かず、将斗は『超強化』の力で出せる全力で駆け出し、背中越しにグレンに手を振った。
******************************
「――見つけた」
街の外縁。隕石の魔法の影響を受けてもまだ残っていた、城壁の一部。
その上で、レヴィは小さくなるように三角座りをして、遠くの草原を眺めていた。
「……いきなり来て、訳わかんないよなあの人……神?」
雑談を交えながら、将斗はとりあえず彼女の隣に腰を下ろした。
「……」
「……俺と会った時もあんな感じでさぁ……」
「……」
レヴィからの返事はない。
「……ちなみに今俺『無限魔力』持っててさ。凄くない……?」
「……」
「あのさ……」
「……」
「……て、天気良いよな」
「……」
返事はいつになっても返ってこない。
将斗の会話の手札ももう残っていない。
二枚目のカードが「天気」の時点で、そもそもデッキとして使えないのだが。
「はぁ……」
ようやく、レヴィは深くため息をついた。
そのまま、その吸い込まれそうな黄色の瞳で、将斗の顔をまっすぐ見つめてきた。
「将斗さ、会話力鍛えなよ」
「……善処……の検討をします」
「……出来なさそうね」
そう言うと、レヴィはフッと微笑んだ。
目を細めて、何も言わず、ずっとこちらを見てくる。
なぜか、将斗は彼女から目を離すことができなかった。
「……催眠魔法使ってない?」
「さあね」
「いや俺こんなに目合わせてられないから! ほら! 目動かないし」
「嫌だったら解いていいよ」
「うぐ……」
そう言われると、解きづらいものがある。
馬車の時は身の危険を感じたから無理やり解いたのだが、今解くのは「目を合わせているのが嫌だった」と思われそうでできない。
将斗は受け入れることにして目を合わせ続けるが、レヴィの黄色の瞳に心の底まで見透かされているような、むしろ逆に吸い込まれていくような、不思議な引力があった。
その下、彼女の艶やかな口元が動く。
「将斗さ……このまま、この世界にいない?」




