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第35話 戦いの成果

 将斗は見知らぬ天井を見上げていた。

 起き上がると、ふかふかのベッドの上だった。

 自分の部屋でもなければ、グレンの隠れ家でもない。

 

 見回すと家具が少なく、ベッドと椅子と机があるだけだった。

 服はまた、あの麻製の地味なものを着せられていた。

 

 まだ頭が覚め切っていない将斗は、少しの間ぼーっとしていた。

 胸の中にある原因不明の安心感と、窓から差し込む暖かい日の光に誘われて二度寝をしようとした時、外から活気のある声が聞こえてきた。


 両開きの古い窓を開けると、将斗の部屋は二階にあるらしく、遠くの方まで見渡せた。

 いくつかの建物を挟んだ先に、中央広場が見える。

 人々が忙しなく行き交い、崩れた瓦礫や木材を次々に運び出していた。

 

 主に動いているのは黒い服を着たレジスタンスたちだが、そうでない普通の恰好の者たちも混じっている。

 将斗のいる建物の下でも、走り回っている人がいた。

 みなしきりに汗を拭うほど疲労しているようだが、それでも彼らの表情は、どこか晴れやかで明るかった。


「あぁ、そっか…………」


 きっとそれは、この国があの男の支配から完全に解放されたことを意味している。

 将斗は窓枠に肘をかけて、噛み締めるように大きく息を吸い込んだ。


 そういえば、拳にはあの憎たらしい勇者の顔面をぶっ飛ばしてやった感触が、まだ確かに残っている。そのままグレンの馬鹿力に巻き込まれて自分が吹っ飛ばされたことへの、小さな不満も確かにある。


 あの結末は夢でもなんでもない。街の活気ある雰囲気がそれを裏付けてくれている。あれは間違いなく、現実に存在した結末だ。

 死に物狂いで戦って、みんなで泥臭く勝ち取ったものの成果が、今この風景に溢れている。


「くぅぅ〜……っ」


 どこまでも広がっている青空に向けて、両手を思い切り伸ばして将斗は背伸びをする。


「やり切った〜」


 

******************************



 一階へ降りると、そこは異世界モノでよく見るような木造りの酒場だった。

 昼時だから、食堂と言った方が正しいかもしれない。

 子供から大人まで、いろんな年齢の人々が食事を楽しんで賑わっていた。

 その中には、黒い格好をしたレジスタンスの姿も見えた。


 テーブルには木のジョッキに、謎の骨付き肉や謎の葉物野菜のサラダ。異世界あるあるな光景に将斗は目を輝かせながら、ゆっくり階段を降りていると、奥のテーブルに人だかりがあった。


 女性たちが集まっている。若い町娘から、高齢のおばあさんまで。その中心で囲まれていたのは、緋色の髪を靡かせる見知った男――グレンだった。


全員がそれぞれ好き勝手に喋りかけているからか、彼はなんとか愛想笑いを浮かべているものの、あからさまに困惑しているように見えた。


「うらやま……」


 一方、将斗の方に集まってくる者はいない。

 皆、王たるグレンの方を見ているからだ。

 掛けられる声はどれも、「活躍を見ていた」とか「よくやった」「ずっと待っていた」など、あの戦いを讃えるものばかりだ。


「いや待てよ。俺もワンチャンあるか……?」


 グレンの演説の時に軽く紹介はされていたので、自分も一声かければ、英雄扱いでチヤホヤされるんじゃないか。将斗はそんな邪な考えを抱いた。


「よしっ」


 となれば善は急げと、将斗は手をあげて声を出そうとした。

 グレンを呼ぶふりをしながら、皆へ自分の存在をアピールする姑息な作戦だった。


「あ………………っ」


 やめた。

 将斗は生粋のいんの者のため、大勢の人間がいる場で大声を上げることができない。

 どんな正当な理由があろうとも、大声を出した時、一瞬他人から向けられる『なんだこいつ』という目線がどうにも苦手だからだ。


 上げた手をゆっくりと下ろして、誰に見つかることもないようにひっそりと階段を下り切る。

 すると、すぐそばにドス黒いオーラが漂っていることに気づいた。

 驚いて視線を向けると、階段の真横の暗がりで、ルナがグレンの方を氷のように冷たい目でじーっと見つめていた。


「お、おはようございます」

「……私の……私のグレンなのに……」

「……ル、ルナさん?」

「はっ?! ま、将斗様?!」


 彼女はこちらに気づくと、一瞬にして黒いオーラを霧散させた。

 そういえばレヴィたちから聞いた昔の話では、彼女はグレンのことが()()()好きだったというのを思い出す。

 おそらく今のも、愛が重すぎるが故の怨念だろう。


 ルナはこほんとわざとらしく咳払いをしてから、水色のドレスの皺を伸ばし、懇切丁寧に頭を下げた。


「この度は、誠にありがとうございました。本当に……なんとお礼を申し上げればいいか」

「いやそんな大したことは……したか。したな……」


 妥当雄矢のため、空を飛び回り、時間稼ぎやハッタリをかけ、時には火だるまになり、生き返ったり不死身になったりして、挙句には切り刻まれ、高所から落下して、壁を駆け上り――大学とバイトと家を行き来しているだけの空っぽな毎日と比べれば、見違えるほど動き回っていた。


「でも、ルナさんのおかげもありますよ。不死身の力がなかったら無理だったんで」

「お役に立てたのなら光栄です。あの時はどうにか間に合うようにと必死で……」

「本当に助かりました。あの時ウィンドウ開いてくれてなかったら入れ替えられなかったし」


 ルナは将斗が息を吹き返した時、ステータスウィンドウを開いた状態で走ってきていた。

 自分の不死になるためのスキルを奪えという意味だったようだが、ステータスウィンドウが開かれていなければ、『交換チェンジ』で入れ替えることはできなかった。


 入れ替えができるかどうかは賭けだったのだが、あれがもし失敗していたら将斗はここにはいない。


 視界もぼやけていて、スキルが見えたのは一瞬で、かつスキル発動のための『チェンジ』と言う言葉すらも、ちゃんと言えるか怪しかった。

 

 奇跡的に全てが噛み合った結果、将斗は今この場に立つことができる。


「っていうか、俺の方がお礼言いたいですよ。『回収コレクト』押し付けちゃってすいません」

「いえ。あの時は私も何かできないかと歯痒く思っておりました。ですので、良い機会をいただきましたこと、感謝しております」


 ルナはまた深々と頭を下げた。

 本当に優雅で丁寧で、遠慮することすら失礼に思えてしまうので、将斗は真正面から照れながらその言葉を受け取る。

 

「それにしても、流石は転生者として選ばれた方ですね」

「ん? と言うと?」

「最後のあの場では、私、もしくはまた他の誰かが『回収コレクト』を持っていなければ実現できない策でした。将斗様の到着もちょうど良かったですし、きっとああなることを読んで、私にスキルを渡してくださったのですよね?」

「……あぁ……ええと」


 言えない。

 全身を火傷で覆われた時の激痛と言ったら、今でさえ将斗は思い出すだけで少しの吐き気を催せる。

 そんな状態で正常な判断を下せるわけもなく、死に物ぐるいで発動した『交換チェンジ』で入れ替えたのが、まさか大事な大事な『回収コレクト』だとは思っていなかった。


 そのせいで、空の上でグレンと共に雄矢を追い詰めた時は、どうやってケリをつけようか一人悩んでいたくらいだった。


「その……」


 ルナは期待の眼差しで将斗を見ていた。

 正直に言おうと口をもごもごさせていたが、将斗はついにいたたまれなくなって、


「ま、まぁ、読んだ通りでした」

「やっぱり! すごい、流石です!」


 ルナが目を輝かせながら一人拍手をしてくれる。

 周りの人はまだグレンを見ている。


 良いじゃないか、少しくらい見栄を張って英雄扱いされたって。

 将斗は都合よくそう解釈して、ルナからの賞賛を甘んじて受け止めることにした。


「……あ、そうだそうだ」


 将斗はそう言ってステータスウィンドウを開いた。

 スキルのタブを開いて、そのままクルンと回してルナに見せる。


「早いとこ、スキル入れ替えちゃいますか」


 ルナからもらったスキル、『再生《魔力で体を治すスキル》』と『血の対価《魔力が回復するスキル》』。

 彼女には使用回数が尽きて0回になった『回収コレクト』と、『無限魔力インフィニティ』があるはずだ。

 それを入れ替えれば、神のスキルの回収という将斗の目的はついに完遂する。


 のだが――。


「きゃああああああああああっ!」


 ルナが唐突に悲鳴をあげた。

 食堂にいた全員の視線が、一瞬にして二人に集中した。

 ルナは顔を真っ赤にして、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでいる。

 

「ま、将斗様っ。なっ、こ、こここんな公衆の面前でなんという破廉恥な……っ!」

「あ、やべ」


 『ウィンドウを他人に見せてはいけない』というこの世界の慣習があることを、すっかり忘れていた。

 この行為が禁じられる理由は、不幸にもかなり不健全な意味合いを持っているようで、食堂の人々もヒソヒソと小声で話しながら、将斗にゴミでも見るような冷ややかな目を向けてきている。


 街中に突然現れた変質者のような扱いだ。

 将斗は自重気味に引き攣った笑いを浮かべた。


「そっか。これが英雄の姿か……」

「将斗、何をしているんだ」


 一瞬にして、目の前にグレンが現れていた。

 あの厚い女性陣の壁をよくすり抜けたなと感心するも、そんな暇はないようだ。顔は貼り付けたような見事な笑顔なのだが、こめかみに青筋が何本も走っているし、上げた口角がピクピクと痙攣しているから。

 

 なぜ怒っているのか。

 それはこの世界の慣習からして、大事な婚約者に不埒なセクハラ行為をされたということだからだろう。


「違うんですよ、グレンさん」

「ほう、何が違うんだ?」

「いやその――」


 将斗は必死に弁明しながら、ズンズンと詰め寄ってくるグレンを両掌で押し止めようとするものの、基礎ステータスの差がありすぎて軽々と壁際まで追いやられていく。

 自分の言葉ではグレンの耳には届かないと判断して、被害者に助け舟を乞う。

 

「ルナさん? すみません弁明にご協力を」

「グレンが私のために怒ってる……!」

「やばい、思ったより重い娘だ!」


 ルナは怒れるグレンの背中を見てウットリしており、将斗のことなど全く眼中に無いようだった。

 将斗の背中が冷たい壁に到着する。もう逃げ場はない。


「グレン待て、落ち着け。俺たちの昨日の熱い共闘は? え、何その拳。嘘だろ? 待って、暴行罪! 暴行罪! 王の暴行罪はやばいって!」

 


******************************



「酷い目に遭うところだった」


 ルナがギリギリのところで正気に戻り、グレンを止めてくれたおかげで、将斗は今、五体満足でテーブルについていられる。


 今、目の前には、さまざまな料理が所狭しと並べられていた。

 向かいにはグレンがいて、ルナとほぼ肩を寄せ合うようにして座っている。


 雄矢との戦いは明け方に終幕を迎え、その後将斗は疲労と睡魔が祟って気を失ったらしい。

 ちょうど昼飯時ということで、宿の女将さんが次々に料理を運んできてくれた。


「いまだに納得してないんだけど、結局なんでウィンドウは見せたらダメなの?」

「なぜかって……駄目なものは駄目だろう」

「なんかこう、論理的な理由ないのか? こんな簡素な情報しか書いてないのに見せちゃダメって何? ちょっと前のネットリテラシーくらい厳しすぎないか?」


 納得いかないので、将斗は自分にしか見えないように気をつけて開いたウィンドウの端を、手の甲で不満げに小突いた。


「そう言われても、そういうものだからな。そうだろ? ルナ」

「うん。ねっとりてらしー? というのはよく分かりませんが、あれはそういうものですから」

「……でも俺が死にかけてた時は見せてくれたじゃないですか」

「あっ、あれは緊急時でしたので!」


 ルナは顔を赤くして、テーブルの向こうでピョンと身を乗り出す。

 小柄ゆえ、慌てている様子はなんとも可愛らしくて、ずっと見ていられる――その時、将斗はチクッとした殺気を向けられていることに気づく。


「人の婚約者に悪戯してくれるじゃないか、将斗」

「なんかお二人、互いに重くないか?」


 そういうと、二人して「そんなこと……」と顔を赤くしてそっぽを向いた。

 どういう気持ちでこのバカップルを見ていれば良いかわからない。

 昨日までの雰囲気と全然違っていてやりづらい。


 二人が正気を取り戻すまで、将斗は目の前に置かれたフォークとスプーンの位置を、意味もなく左右対称に並べ直す作業で時間を稼いだ。


「ん……」


 ふと、その手が止まる。

 そういえば彼女の姿を見ていない。


「レヴィ……」


 二人に聞こえないくらいの声量で呟く。

 将斗は、レヴィの安否を知らない。

 グレンが手を離し落下した彼女はどうなったのか。

 あの黄緑色の髪の魔法使いは、ちゃんとレヴィを下で受け止めてくれたのだろうか。


 彼女を落とすよう指示したのも、あの謎の魔法使いに命を託したのも、どちらも将斗の選択だった。

 もし最悪の結果になっていたのなら、それは全て将斗の責任だ。

 フォークを持つ指先が、少し震えるのを感じた。


「――そんな急に名前言われると恥ずかしいんだけど」

「えっ? レヴィ!」


 声のした方を振り返れば、呆れたような顔で立つレヴィがいた。

 思わず立ち上がって、彼女の全身をよく見た。

 大きな怪我はない。腕や足だってちゃんと付いている。

 ドレスは洗濯でもしているのか、将斗と同じ麻製の地味な服を着ていた。サイズがないのか、胸の辺りがパツパツしている。


 そうやってジロジロと観察されたからだろうか、彼女は何やら気まずそうに身をよじる。

 

「……なに? 心配してくれたの?」

「当たり前だろ、もしかしたらって思って。よかった……」

「ふーん……」


 将斗は深く息を吐いて安心感を露わにする。

 それを見てか、そのまま何度も「ふーん」と言いながら彼女は隣の席に向かった。


「驚かすと豪語していたが失敗か。らしくないなレヴィ」

「うるさいわね。魔力暴発の影響で頭が冴えてないだけ」


 顔を赤くしたままレヴィがグレンに言い返している。

 グレンが驚いていない様子なので、将斗は首を傾げた。

 

「ちょっと待て、レヴィ生きてるって知ってたのか? 言ってくれよ。今ちょっと心配になってたんだけど」

「すまない。隠してくれと言われてたからな。まさか返り討ちに会うとは思わなかったが」

「は? 返り討ちって何? 意味わかんないだけど」


 不服そうに息を吐く彼女を、グレンは目を細めて笑って見ていた。

 ルナも口に手を当ててクスクスと笑っている。


 こうしてテーブルに並んで座るのは、レジスタンスの隠れ家以来だ。

 あの時のグレンとレヴィには、昔話の内容もあってかどこか暗い影があった。

 だが今は、憑き物が落ちたかのように明るく穏やかな雰囲気を感じられる。


「さて、全員揃ったところで。今回の勝利を祝して、食事を楽しもうか」

「え、俺らだけ? レジスタンスの人たちとか呼ぶのかと思ってたけど」

「それは、リーダーのクリスには断られちゃったし? 将斗が人数多いの苦手そうだし」

「は、はぁ? 誰が大勢だと困るって?」


 将斗は不名誉なレッテル貼りに、急いで抗議の意を示す。

 レヴィはテーブルに肘をついて、慌てふためいている将斗をまじまじと眺めてから、


「将斗ってパーティ参加すると、知り合いが戻ってくるまで一人端っこで何もせず立ってそう」

「うん、それ大当たりしてるけど致命傷だからね。死のうかな」


 おかしい。

 一体どこでバレた。

 将斗は過去の自分の行いを必死に振り返ってみるも、ド陰キャであることがバレるような露骨な振る舞いはしていなかったはずだと疑った。


 しかし彼女のプロファイリングは的確すぎるので、無意識のうちにどこかから滲み出てしまっていたらしい。

 

「気を遣ってくれたんだな。ありがとう。綺麗に殺してくれ」

「しないわよ。悔しかったら少しは社交性を育むことね」

「俺はどうせ社会に馴染めない人間だよ……」

「ごめんごめん。ほら、いじけてないで、これでも食べて元気出しなさい」


 そう言って、自虐モードに入りそうになった将斗の口に、彼女が骨付き肉を無理やり突っ込んできた。

 肉の焼けた香ばしい匂いが、口内から鼻に立ち昇ってくる。連鎖的に胃袋が大きく鳴った。


 思えばこれが、異世界での初めてのまともな食事だ。何の肉かもわからないが、とりあえず咀嚼してみる。

 

「うっっっっっっっっっっっま?!」


 程よい歯応えに、甘い脂身。筋は少なく簡単に噛み切れるので、口の中で肉汁とともに徐々に溶けていく。


 異世界だから味が薄いというあるあるが起きると思っていたし、実際かけられていた胡椒のような調味料にパンチはなかったのだが、素材自体が持つ暴力的な旨みが、ジャンクフードばかりで肥え切っている将斗の舌すら完全に満足させた。


 気づけば自然に二つ目の肉を取ろうと、腕が伸びていた。


「うますぎるっ!」

「よかったわね」


 レヴィはバクバクと野性的に食べ始めた将斗を見て、優しく微笑んでいた。


「将斗。今回の戦いに一番貢献していたのは君だ。足りなかったらすぐ言ってくれ」

「あ、じゃあこの肉とりあえず沢山欲しい。……じゃなくて、流石に一番ってのはないだろ。皆頑張ってたし」

「いや、間違いなく君がいなければ、成し得なかった勝利だった」


 真っ直ぐにこちらをみるグレンの目に、ご馳走を食べ進めていた手が止まる。


「ありがとう、将斗。君が来てくれて本当に良かった」


 心を読む力はないが、その真摯な緋色の瞳を見るに、間違いなく本心から言っていて、一切の嘘偽りがないと感じさせられる。

 将斗は胸の奥が熱くなるのを覚えながら、一旦フォークを置いて姿勢を正した。


「ま、まぁ、その言葉はありがたく頂戴しま……するよ」

「ああ、そうしてくれ。それに今すぐに用意できるのはこの食事くらいなものだが、この後必ず褒美を用意しよう。何でも好きなものを言ってくれ」

「いやいやいやいや、そこまでしなくても」

「王様がそう言ってんだから、こういう時は貰っておけばいーの」


 レヴィにそう言われても、将斗は自己肯定感が低いゆえに遠慮してしまう。

 正式にその座に着いたのかはまだ聞いていないが、相手は一国の王様だ。頂ける褒賞もそれなりのとんでもないものが出てくるだろう。


 将斗は、自分の活躍はサポート的な面が多かったという負い目もあってか尻込みしてしまう。

 それでもグレンは真っ直ぐにこちらを見据えているので、断るという選択肢は完全に排除されていた。


「何か、欲しいものはあるか?」

「……欲しいものか」


 特にこれと言って欲しいものはない。強いて言えばお金だが、この世界のお金を持っていったところで、元の世界や次の世界で使えるとは思えない。

 あれこれ考えて、将斗は口を開いた。


「じゃあ――」



――その時。



 背後の天井で、鼓膜を劈くような爆発音が鳴り響いた。


 

 ドガァァァンッ!! という轟音とともに、何かが上の階から床をぶち抜いて落ちてきた。


向かいを見れば、グレンもレヴィも一瞬にして雰囲気を変え、戦闘体制に入っている。

 グレンは即座に剣の柄に手をかけ、レヴィも魔法を放つために手を構えていた。


一手遅れて、将斗は音のした方へゆっくりと振り返った。


「――――」

 

 もうもうと立ちこめる粉塵の煙の中、一つのシルエットが浮かび上がる。

 まず目を引くのは、首元を漂う神々しい羽衣。重力に逆らっているかのように、ふわりふわりと揺れている。

 その下に着ているのは、純白のドレスだろうか。


「……ん?」


 さらに煙が晴れてきて、見えたのは柔らかな金色の髪。陽の光を繊維の一本一本に閉じ込めたように輝き、深い青の瞳は、底の見えない湖のような――


「神様……?」


 見知ったどころか、将斗がこんな役目を負わされた元凶――神様が目の前にいた。


 破壊された天井の木材を踏み分けながら、彼女はツカツカと歩いてくると、将斗の目の前で立ち止まった。

「「神様?」」と、グレンとレヴィが声を合わせて将斗の顔を見た。


「お待たせしました!」


 神様は自信満々にそう言って、優雅に微笑んだ。

 何のことか全く分からず、将斗は呆気に取られる。


 別に待ってなどいない。

 迎えに来るのは三日後の昼のはずだ。今はまだ三日()の昼だから、向こうが計算を間違えているか、こちらの時間の解釈が違っているのかのどちらかだ。


「……というと?」

「わかってますよ。今大ピンチですよね。想定していましたよ」


 うんうんと一人で勝手に頷きながら、神様はトンチンカンな話を進める。

 彼女の言っている意味が全くわからなかった。


「ここからは私と力を合わせて……」


 そう言って、キリッとした目で将斗を見た神様が、将斗の腰のあたりに目線を落としたところで、ピタリと固まった。


「合わせて……何ですか?」

「あの……神剣は?」

「シンケン? ないですけど」


 真剣シンケンというと日本刀のことだろうが、こんな中世ヨーロッパ風の異世界でそんなレアアイテムを見かければ即座に食いついている。生憎そんな覚えは一切ないので、将斗はすぐに首を振った。


 そこで将斗と神様が平然と話している様子から、グレンが危険はないと判断したのか、緊張を解いて声を掛けてきた。


「将斗。彼女が、君を召喚してくれた神様なのか?」

「そ、そうだけど……この登場は俺もよくわからん」


「えっ」


 会話していると、目の前で神様が目を丸くして驚いていた。

 その視線は、将斗ではなくグレンを捉えている。


「グレン・グラディア……さん? ちょっと待ってください、ここどこですか」

「……自分からド派手に登場しといて、何を言ってるんですか?」

「いいから、どこですか?!」


 将斗は、こちらが訳もわかっていないまま好き勝手に話を進めていく彼女に、最初に出会った時の具合を思い出してだんだん面倒になってきた。

 しかし、この至近距離で無視するのは無理なので、仕方なく口を開く。


「グラディアですけど」

「グラディア?! そんな……そんなまさか。ゆ、雄矢さんは?」

「俺らの戦い見てないんですか? ……倒しましたけど?」


 てっきりあの部屋か、天上からじっくり見守られていると思っていたが、どうやら何も知らないらしい。将斗は呆れ返りながら答えてあげた。

 人に理不尽な頼み事をしておいて、戦果の確認すらしていないとは。将斗は心底不満に思った。丸投げしておいてあとは我関せずというのは、ブラック企業も真っ青だ。


 神様はというと、将斗の答えを聞いてずっと目を丸くしたまま、「嘘……そんな」とぶつぶつと呟いていた。

 やがて彼女はハッと顔をあげると、真剣な顔でこう言った。


「だって将斗さんは、今から私と協力して雄矢さんを倒すんですよね?」


 静寂が、食堂を包み込んだ。


「あんたはずっと何言ってるんですか?」

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