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第31話 全部返してもらう/364話 夜明けはすぐそこに

「あなたは、これからどうするの?」


 木漏れ日の差し込む森の中で、将斗とアリスは向かい合って立っていた。


「火傷治んないとな……クリスがグレンに頼まれてたような気がするんだけど。治癒師のアリスからだと、どう?」

「あれは……」


 アリスは目を伏せ、辛そうに将斗から目を逸らした。


「皮膚の深いところまで焼かれてた。あなたは多分、気管からも熱を吸ったから、内臓の方も……酷い状態。どんな高名な治癒師でも、あの火傷を治る前に肉体の方が限界で……」

「……そっか」

「……もしよかったら、一緒にいく?」


 アリスが体を横に向けて、森の奥にある吸い込まれるような光の方を指し示した。


「ずるいかな? 私の願いは叶ったから、行こうかなって思ってるの。でも、あそこを超えたら、私はもう私じゃなくなる……そう考えると、少し怖くて」


 彼女の華奢な体が少しだけ震えていた。


「もう十分満たされたのに、わがままだよね」

「……そんなことないよ。怖くて当然だ」


 将斗は、死の恐怖を知っている。

 自分の端からどんどん、無くなっていく感覚がして、その果てて自分すらも無くなっていく、最大の喪失感。

 完全な無の感覚。


 二度と味わいたくない、恐怖があった。


 だけど――


「一回、戻っていいか?」

「……えっ」


 驚いたアリスは将斗を見た。


「また、あの苦しみの中に戻るってこと? きっと、治らないんだよ?」

「……うん」

「どうして? だって治らなかったらまた、すぐにここに来ることになるよ? そしたら、あの冷たくて痛くて、何もない世界にもう一度行くことになるんだよ?」

「それでも、行かなきゃ」


 どうして、と彼女は心配そうな顔をしていた。

 今もこうして、『あの人』を全く覚えていない自分にも、その優しさの一端を分け与えてくれる。

 こんなに優しい人が、報われないままここにいるという事実が、どうしても将斗は受け入れられない。


「どうして?」

「……俺が、そうしたいから」


 彼女を殺し、冒涜した雄矢が許せないから。


 レヴィやグレンたちに、同じような死の恐怖を味わってほしくないから。


 復讐のようなドス黒い感情もある。

 止めなくてはいけないという、ただまっすぐな正義の心もある。


 そして何より、やりきれない気持ちから、ただもう一度あがいてみたいという意地もある。


 どの気持ちが本当なのか、将斗の心の中は今もぐちゃぐちゃで、全然まとまっていない。

 

 しかし、『そうしたい』という単純でわがままな言葉は、発した後で意外にも心に馴染んだ。

 その言葉を選べたことすら、誇りだと思えてしまうくらいに。


 アリスは優しい笑顔に戻っていた。


「そうしたいから……かぁ。あなたらしい、のかな? なら、止めないよ」

「……ありがとう」

「ふふっ……あーあ、一人かぁ。一緒に行って欲しかったなぁ……?」


 彼女はちらりと、上目遣いに見てきた。

 将斗は慌てた。


「え! じゃじゃあ……ちょっとだけ待っててもらえたら最悪戻ってくるからもう少しお待ちいただければと思うのですが」

「あっ嘘嘘! そんなことしないで! 冗談だよ」


 アリスはピョンと少し跳ねると、トコトコと将斗の元に近づいてきて、透き通るような小指を差し出してきた。


「約束、してくれる?」


 驚いて、真似して小指を差し出すと、彼女が勢いよく絡めてきた。

 感触はない。けれど、確かな温かさを心が感じた。


「約束。頑張って生きて」

「……え……それだけで、いいのか?」

「『それだけ』って言うけど、結構難しいことだよ? 私たち、お互いに道半ばでこんなところにいるんだから」

「た、確かに」


 二人にしか通じないようなブラックジョークに笑った。

 グッと小指に力を入れ、固い約束を交わした。


 やがて彼女がスッと手を離して、そのまま右手を立てて、さよならをするように振った。


「それじゃあ、行くね?」

「うん……」


 彼女はそう言うと、背を向け、暖かい光の差し込む方へ歩き出した。

 

 将斗は少しの間それを見送ると、振り返った。

 向かうのは反対側。

 

 同じように光が差しているが、やはり酷く冷たく感じた。

 あっちには戻ってはならないと、本能が警鐘を鳴らしている。


 だが、将斗は覚悟を決めて歩き出した。


 気づいたら、またあの地獄の苦しみの中にいるのだろう。

 今度の生はきっと最後になる。

 一度きりのはずの人生に、二度目のチャンスが与えられたのは奇跡だ。

 その奇跡を無駄にしないように、将斗は覚悟を決めながら、一歩一歩、足を進めた。


――タタタッ


 草木を踏み締める音が背後から聞こえた。

 振り向く間もなかった。


 直後、背中から華奢な腕が回ってきて、将斗はアリスに抱きしめられていた。


「アリス?」

「会いたかったよぉ……会いたかった! うわああああん!」


 声を上げて、子供のように彼女は背中で泣いている。


「アリス……」

「ごめん、私無理だった。何百歳にもなって、成長して、泣き虫は卒業したって思ってもらいたかったのに……このまま行こうと思ったのに。ひぐっ……このまま綺麗にさよならして、終わりにしたかったのに……! やだ、やだよぉ……」


 さよならの瞬間に、彼女が心で堰き止めていた何百年と積み上げていた感情が、決壊したダムのように流れ出てしまったのだろう。


 胸の奥がまた熱くなる。ここにいる誰かが、泣いている気がした。

 熱いものが込み上がってきた。 


――貸してやるよ


 そう思って、将斗はその熱い衝動に身を任せることにした。


 自然と腕が動き、彼女の腕を取って、後ろを振り返る。

 未だ泣き続ける彼女の頬に流れる涙を右手で拭うのではなく、その頬を優しくつまんで、左手で彼女の頭をポンポンと撫でた。


「『美人が台無しだぞ』」

「……ぇ」

「『一人にして、ごめんな』」


 アリスはハッとして、大粒の涙を瞳に浮かべたまま彼を見上げた。

 その口調、その手つき、その眼差し。


「『長い間、待たせたな。ありがとう、アリス』」

「トーマ……?」


 知らない、名前だ。


 その名前を、将斗は知らない。

 覚えがない。


 けれど、将斗の口は自然と紡いでいた。

 彼女は首を振って、子供のようにしがみついて来た。


「さよなら、したくないよ……」

「『きっとまた会える。別の世界で、また巡り会えるさ』」

「……やだ……」


 愛おしそうに、大事にするように頭を撫でながら、『   』は続けた。


「『だから今回もさよならじゃない。また会いにいくよ。先に行って待っててくれるか?』」


 彼女は答えず、ただ強くしがみついていた。

 黙ったまま、数十秒以上の間そうしていた。

 深呼吸するような深い息遣いが聞こえ、ゆっくりと、彼女は顔を上げた。


「……わかった……だって約束通り来てくれたもんね。次もまた、絶対に会えるよね? 早く来てね。じゃないと私、またうーんとお姉さんになっちゃうから」

「『ああ、約束だ』」

「……うん…………うん! じゃあ――」


 将斗は彼女の瞳に映る自分を見た。

 自分の姿と重なって、もう一人、優しい顔をした青年が微笑んでいるのが見えた。

 きっと――『彼』が、そうなのだろう。


「またね」


 彼女は後ろで手を組んで、無邪気に笑った。

 涙は流しきって、屈託のない満面の笑顔がそこにあった。


 きっと、その言葉は、『彼』に向けたものだろう。


「『またな』」


 周りが強い光に包まれ始めた。

 きっと、時間が来たのだ。

 

 流れに身を任せるように、将斗はゆっくりと瞼を閉じようとした。


「―――――、――」


 視界が光にホワイトアウトしていく直前、彼女の口元が動いた。

 声は聞こえなかったけれど、その言葉は確かに心に届いた。


 これは俺に向けられたものだ。

 

「どういたしまして」


 将斗は満足そうに微笑んで、ゆっくりと目を閉じた。



******************************



 ――突如、灼熱に身を焼かれた。


「っづぁ……かぁ………ぇ………ぁ……………が…ぁあぁあああ!」


 掠れた空気が焼け爛れた喉を通り、絶叫となって漏れ出る。

 スイッチが切り替わったように一瞬で、痛みが生じた。


 クリアだったはずの脳内が、真っ赤な痛みで埋め尽くされる。

 熱い。

 視界も血と熱で歪んでいて、世界をはっきりと捉えられない。


「起き――か?! まさか、――状――――――なんて――……」

 

 隣にいた黒い服の女性が何かを言っていた。

 よく見えないが、クリスだ。

 内容は聞き取れない。

 そうだった。鼓膜はダメになっている。

 

 痛みに明滅し続ける脳内。

 激しく行き交う信号の隙間で、思考を生じさせて、将斗は必死に考えた。

 考えるのは一つでいい。

 生きる術だ。ただそれだけを必死に模索した。


 だが、全身から返ってくる激痛の信号がそれを邪魔して、抗うように声を上げた。

 これは声にもならず、また隙間風のようなものを喉から出すだけだった。


「ぁっぁ…………ぁぁ……がぁぁっ……」


 来た。あの感覚が。


 手足の先から感覚が無くなっていく。死神が這い上がってくる。

 早い。

 終わりがこんなに早い。

 本格的に死が迫って来ている。早すぎる。

 まだ何もできていない。


 またか。

 またなのか。

 このまま何もできずにまた死ぬのか。


『――頑張って生きて』


「あぁ……ぁ……ぁぁっ!!!」


 彼女の言葉を思い出し、激痛に抗いながら体を無理やり動かす。


「んんぶ………ンン……………ぁっ!」


 無様にも、轢き潰された爬虫類のように手足をバタつかせた。

 痛みから逃れようと反射的に力を加減する体に鞭打って、必死にもがいた。


 首も動かして、同じ景色を映したままの視界を変えた。


「――! ――な!」


 何か言いながら、クリスが体を押さえてきた。

 触んな。邪魔するな。


 そう思っても逃げられない。

 こっちは必死なんだ。

 頼むから止めるな。


 しかし、炭化した肌の上が、血と体液と混ざってグズグズになっていたおかげで、激痛を代償に滑るようになっていた。

 

 それを利用して、将斗は彼女の制止を振り払った。


 止めるな。


 触るな。


 必死に体を動かしていたのと、クリスの手を払い除けた反動が合わさって勢いを産んだ。

 将斗はひっくり返って、うつ伏せの姿勢になった。


 倒れた瞬間、胸の辺りに痛みと熱を伴った感触あった。

 痛みに悶えして、もがいていると、何か水っぽい、潰しているような音が体の下で鳴っている。

 血なのか、剥がれ落ちた肌によるものか、それを考える暇はない。


 将斗は苦しみながら、動き続けた。



 ダメだ。


 また、思考が、ボヤけだした。


 ダメだ。

 生きろ。


 どうにか生きろ。



 方法を探せ。


 約束しただろ。



 ダメだ。

 

「ぁ……ぁっ! ………ゔぅ…………!」


 奥歯が砕けるほど食いしばって、飛びそうな意識を現世に繋ぎ止めた。

 首をあらゆる方へ振って、希望を探した。


 いくつかの、ぼやけたシルエットが映る。

 多分、上空。レヴィが隕石を防いでいる。


 あの速く動く赤い髪の残像はグレン。

 取りこぼした火球から街を守っている。


 クリスはこちらを見て、多分悲痛な顔で固まっている。


 そして――水色が、灰色の――城の大きな門の近くで立っていた。


「……ぁ」


 ルナだ。そうだ。ルナだ。


 彼女は死なない。

 死ななかった。

 不死だった。


 『二つのスキル』で、死なない力を持っていた。


 うつ伏せとなった将斗の頭上に城があったのは奇跡だ。


 将斗は、地面と体で無理やり這いずりながら、焼け残った右腕を伸ばして、彼女に向けた。

 黒くなって曲がっている指先を、気力だけで、必死に伸ばした。

 

 伸ばされた肌が破かれた音を鳴らしている。

 感じたことのない痛みに声ですらない声で抗い、手を伸ばし続けた。


「ゔ……あぁ……ぁっ! ……ヴァぁっっ!」


 呼びたいのに言葉にならない。

 必死に腕を振って、地面にぐちゃぐちゃと音を立てながら、彼女を呼んだ。


 ボヤけた視界の彼女がビクッと動いた。

 視界の中で、彼女のシルエットが上下し始めた。


 走っているように見えた。


 走って


 走っ、



 走ってこちらに




 向かっ――



「ぁぁ………じ……ぁが………ぁっ!」


 思考がなくなりはじめている。

 

 無理やり声を絞った。

 焼けた喉の痛みで意識が覚醒する。


 危なかった。


 だがまずい。


 遠い。


 このままでは、間に合わない。

 はやく、早く、速く来てくれ。

 早く走ってくれ。


 体に触れなければ奪えない。


 将斗は、祈りながら叫び続けた。


 腕を振っていたら、目の前に半透明の紫色のウィンドウが現れた。

 ステータスウィンドウだ。

 

 邪魔だ。こんな時に開くな、邪魔だ!


 ウィンドウを視界から退けて、言葉の出ない喉でルナを呼ぶ。


 将斗は彼女のスキルを、一つ持っている。

 玉座の間であの時奪っていた、はずだ。


 妙な魔力の減らなさも、きっとそれだ。

 スキルウィンドウで白くボヤけている文字の塊が()()ある。


 今持っているのは回収と、超強化と、交換だ。

 なら、一つ知らない何かがある。

 

 きっとそれが、彼女の不死のピースの一つ。

 あと一つあれば、揃う。


「ぁぁっ!」


 遠すぎる、奪えない。


 早く近くへ来てくれ。



 ダメだ。


 また、思考が鈍り出した。


 下半身の感かくが、ない。


 腕だけは持ってくれ。

 彼女のスキルをもら、う  までは持ってくれ。


 じわじわと、感  消え、ていく。胸、のあたりも、わからなくなってき、た。


『頑張って生きて』

『頑張って生きて』

『頑張って生きて』


 彼女の言葉を、彼女の姿を何度も頭の中で繰り返す。

 痛みの信号に上書きするように何度も思い出せ。

 頑張って生きてって、約束された事を。


 こんなところで死んでいられない。


 彼女は許してくれた。

 だけど、将斗は許していない。

 自分の中にいる『誰か』を、連れて来れなかった自分を許していない。


 手を伸ばせ、一秒でも早く、彼女からあのスキルを奪え。

 死ぬな。


 死ぬな。


 生きるんだ。


 生きて。


 それで。



 約束を。



 ルナが何か言いながら走ってくる。何か手元に持っている。

 よく見えない。

 空中に浮かんでいた、四角い物体。紫の――ステータスウィンドウだ。


 あれは、スキルを奪えという彼女のメッセージだ。

 わかってる。 

 そんなことは今やろうとしてる。早く来てくれ。

 間に合わない。近くまで来てくれ。


 将斗は手を伸ばした。


 遠すぎる。ぼやけてはっきりと見えない視界の中でも、彼女との距離はかなり離れているのがわかる。


 こっちはもう十秒だって持たないくらいなのに。


 将斗は手を伸ばして、叫び続けた。


「           」


 音が無い。


 自分の声が聞こえない。

 もう――聴覚が死んでいる。



 意識が端から崩れていく。思考の形がなくなっていく。

 

 将斗は最期が来たと感じた。


 

 ボヤけた視界の中で彼女は将斗の元に辿り着かない。

 間に合わない。


 頼むからもっと早く。





 将斗は目を見開いた。

 最後の力で、空気を取り込んで、喉の痛みなんか無視して叫んだ。もがくようにひたすら手を伸ばして、叫んだ。





――そして力尽きると、将斗はガクンと首を垂れ、目を閉じた。




 全てが消えていく感覚があった。

 その時、最後に感じたのは、伸ばした腕が血溜まりの中に落ちる()だった。



******************************



 グラディアの上空。

 東の空が白み始めているのが見えていた。


 雄矢が眩しそうに見つめていると、頭上の赤い空が大きくバグったようにノイズを走らせ始めた。


「チッ……」


 雄矢は舌打ちをした。

 赤月の儀は、あのよくわからない謎の男の力で引き伸ばされていた。


 だから空が赤い間はずっと、『全魔掌握マジック・マスター』を手に入れるチャンスは十分にあった。

 しかし、そのチャンスは奪われた。


 あの王子に古文書を使われてしまった以上、この赤い空も存在する意味はない。

 ただ目障りでしかなかった。


「……まぁ、十分か」


 雄矢はほくそ笑む。


 代わりに手に入れた『隕石メテオ』というスキル。

 思っているだけで使える上、それに加えて『火球ファイア』を降り注がせることで、レヴィとグレンを防戦一方に押し留めていられる。


 下では『全魔掌握マジック・マスター』により魔法を手に入れたグレンが、おそらくは『浮遊フロート』で縦横無尽に飛び回っている。


 しかし、隕石と、今も雄矢が降らせている『火球ファイア』の対処に付きっきりで、この空に上がって来れるほど余裕はないようだった。


 本格的な勝利が近い。と彼は笑った。

 このまま消耗戦を続ければ、自分が負けることはない。雄矢には絶対の自信があった。


 理想の結果とはまではいかなくても、勝ってしまえば問題ない。

 夜明けはすぐそこまできている。

 朝日が昇ると共に勝利を刻むのだ。


「あの目障りなカスだけいなければ、完璧だったのになぁ」


 雄矢の脳裏に、あの転生者――渡将斗の姿が映る。


 あれは、弱かった。


 本当に弱かった。


 だが、スキルを奪われるので、近づきたくなかった。


 あれがいるだけで無駄に神経を裂かれるから、雄矢はずっと不快に思っていた。

 たとえ、自分の物語の盛り上げ要員として捉えてみても、雄矢はあの存在を認めたくはなかった。


 神に選ばれたキャラは二人もいらない。


 雄矢は空いている方の手を見つめ、あの男を『火球』で真っ黒な炭にしてやった時の感覚が蘇る。


 驚愕の表情が火で染まる。次の瞬間には赤黒く染まった男の体が、自由落下を始めた。

 あの最高にスカッとするシーンを思い出す。


「アハハハッ……」

 

 圧倒的な差が、二人にはあった。自分が上で、あの男が下。

 同じ転生者なのに、自分の方が恵まれているという優越感。

 雄矢はその事実に大笑いしていた。



「――楽しそうだな」



 後ろから声がして、雄矢はピタリと動きを止め、機械のように振り向いた。


「は……はぁ?」


 目を疑った。

 記憶を探って、そんなことがあるはずないと思って、疑問の言葉を口にする。


「なんで……いる?」


 ――渡将斗がいた。

 着替えたらしく黒い服を靡かせ、腕を組んで、悠然とそこに浮いていた。


 いつ現れた。いつ昇ってきた。

 なんでここにいる。


 だが、何よりも――


「なんで、治ってる……!」


 火傷の痕が一切ない。

 奴の着ている服の半袖の先から見える腕には傷一つない。

 

 頭にも顔にも、首にも火傷の痕が見えない。


 落下の直前、体全体が赤黒く炭化していたのを、雄矢は見ていた。

 目の前の男は、その事実を疑いたくなるほど、状態が綺麗だった。


「治らねぇだろ、あの火傷は!」

「治ってんだろ、見えねぇのか?」


 雄矢の目の前で、将斗は火傷のない手をヒラヒラと振ってみせた。


 まただ、またあの余裕ぶった話し方だ。

 あいつの方が下なのに。


 血が沸騰して、脳天を突き抜けるほどの怒りを雄矢は覚え、特大の火球を即座に投げ放った。


 ――しかし。


 将斗はそれを避けようとはせず、正面からぶつかり、火球の爆発に飲まれた。


「……は、ハハッ」


 雄矢は案外あっけなくて笑った。

 焦ったせいで粗くなった呼吸を整えながら、煙が晴れるのを待った。


 次第に、笑みが崩れていく。

 煙の中に浮かび上がる男のシルエットに、彼が無傷だという事実を突きつけられ、頭を掻きむしった。

 

 雄矢はこの現象を知っている。

 その仕組みも。


「……ルナの『不死』のスキルを奪ったんだな。両方とも!」

「だったらなんだ?」


 煙の中から、焼け爛れた皮膚を、まるで映像を逆再生するかのように高速で治癒している将斗がいた。


 その光景はまさしく、ルナと同じ。

 憂さ晴らしに魔法をぶつけた時に何度も見た。

 あの醜い再生の光景と全く同じだ。


 あれを奪って、ここに舞い戻ってきたのだ。

 厄介だと、雄矢は歯噛みするも、すぐに思い出して目の前の男を嘲笑う。


「……ハッ。回数制限のことはもうとっくに情報が割れてんだよ! これでお前はもう二回『回収コレクト』を使った。ここに来たって何のプレッシャーにもならねぇよ」

「そうかよっ!」


 将斗が手を伸ばして、雄矢の元に一直線に突っ込んできた。

 雄矢は反射的に飛び退くように、それをかわした。


 将斗が空中で制動し、振り向いて雄矢を睨んだ。


「何で避けんだよ」

「黙れ、テメェが俺の行動にどうこう口出ししてんじゃ……」


 万が一の回避だった。

 お前のことが怖いんじゃない。と思った。


 そんな勘違いされるのは、彼のプライドが許さなかった。


 だが雄矢は途中まで言って、少し考えてから再び笑った。


「ああお前、そういうことかよ。そんなこともできるんだな」

「……何が?」

「避けて正解だった。お前、入れ替えたんだな?」


 雄矢は勝ち誇った顔で将斗を指差した。


「『交換チェンジ』でルナのスキルとお前のスキルを入れ替えた。だからまだ『回収コレクト』の回数は残ってる! そうだろ?!」


 将斗は目を細めた。

 その図星のような反応に、雄矢は興奮して捲し立てるように続けた。


「危うく策に嵌められるところだったぜ。舐めやがって。俺がそんな浅ぇ考えに負けるかよ!」


 そう言いながら放たれた火球が、再び将斗を襲った。

 直撃し、立ちこめる煙に向かって、雄矢は叫んだ。


「当たってるよなぁ? じゃなきゃこんなところまで飛んでこねぇだろ! 図星だろ!? なぁ何とか言えよ、雑魚が!」


 今度は何発も火球をぶつけ、雄矢は高らかに笑い続けた。

 一目で作戦を看破したことが、その優越感が、雄矢の心を支配していた。

 

 雄矢は、晴れた煙の中から、悔しい顔をした将斗が出てくるのを今か今かと待っていた。

 

 しかし、現れたのは依然として、平然として、こちらを睨み続ける将斗の姿だった。


「当たってるけど、何。俺がお前の脅威だってことがわかっただけだろ? 何呑気にペラペラ喋ってんだお前」

「脅威だ? お前なんか別に……」


 雄矢はそこで声を詰まらせた。


 ルナと同じように『不死』になっているから、将斗が回復していることには驚きはない。


 だが、痛みはあるはずだった。

 ルナは初めての頃、痛みに泣き叫んでいた。

 あれが楽しいのだが、慣れてくると叫び声は上げなくなった。

 それでもずっと苦しそうな顔はしていた。


 だが、目の前の男はそうではなかった。

 痛みなど存在しないかのように、あの黒い目でずっと、静かにこちらを睨み続けていた。


「なんで平気なんだ」


 雄矢は聞こえないくらいの小さい声で呟いていた。


 ほぼ同時に、雄矢は背中に冷たい氷のような汗が流れていくのを感じた。

 自分のスキルが奪われる恐怖、ではない。

 自分の地位が揺らぐことへの焦り、でもない。


 これは、得体の知れない異質なモノに相対した時の、あの感覚。


「……な、何だお前。何なんだよ、お前は」

「何焦ってんだ? まあー……そうだな。俺は、通りすがりの転生者だ」


 聞き覚えのあるワードに、雄矢は眉間に皺を寄せた。


「……ふざけてんのか?」

「ふざけてるよ。何でお前みたいなのと真剣に喋らなきゃいけないんだよ。反吐がでるわ」


 将斗は冷たく嘲笑しながら、雄矢より少し高い位置へ体を浮かせ、彼を見下ろした。

 雄矢は負けじと、血走った目で将斗を睨み上げた。


「見下ろしてんじゃねぇ。殺すぞ。……まぁ、復活したのは褒めてやるよ。おかげで俺の物語は盛り上がりが生まれるからなァ!」

「うるせぇよ。その馬鹿げた妄想も今日で終わりだ」


 将斗は悠然と浮いたまま、彼に指差した。


「この国も、お前の地位も、スキルも――」


 その時、将斗の脳裏によぎったのは、ある光景。


 レヴィと、クリスと、アリス――そして、将斗。

 四人で旅をして、バカみたいに笑い合って、魔王を倒して、みんなで笑顔で帰ってくるんだ。


 そんな『物語』がきっと、どこかにあったはずだ。


 でも、それは主人公が自分じゃなかったとしても、実現できたはずの未来だ。


 そうならなかったのは、目の前の男が奪い、好き勝手に書き換え、踏みにじったからだ。


 だから、取り返す。

 全て、取り返す。


 東の空が白み始め、昇ろうとする朝日の光が将斗の背中を強く照らす。


 逆光の中、将斗は雄矢を指差して言い放つ。


「――この物語も! 今日で全部返してもらうからな!」


 これは否定の物語。いや、物語になんかしてやらない。


 ただ心に決めたことは一つだけ。

 これ以上は何一つ、奪わさせはしない。

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