360話 暴発
――耳障りな爆発が、シールドの外でこだまする。
腹の奥をビリビリ揺らす振動が気に入らない。
気持ち悪い。いつまで続くんだ、これは。
七日続けると言っていたのを思い出した。
今はどのくらい経った?
まだ、一時間も経ってないか。いやもっと経ったか?
時間の感覚が曖昧だった。
『赤月の儀』は、周りを包んでいるこのくだらない魔法のせいで失敗に終わった。
ふざけてやがる。
仕方なく覚えてやったあのクソ長い詠唱までしたのに。
ああ、喉が渇いた。
水なんて持って無い。
本当ならこの広場の中心に、噴水があっただろ。
『赤月の儀』で使う場所だってのに、二代前の王が建てたらしい。
馬鹿なのか? 馬鹿だろ。
こんなとこに建てるから、いちいち取り壊さなきゃいけなかったんだ。
だからこんな、魔法陣っぽいものを準備させるきっかけ作ったんだ。
お前のせいだ。責任とって死ね。
……もう死んでるか。
――耳障りな爆発が、シールドの外でこだまする。
爆弾を投げているのは、レジスタンスとか中学生が考えたようなカスの集まり。
俺に親しい奴を殺された人間の集まりだったか?
知るかよ。
勝手に死んだそいつらが悪いだろ。弱ぇやつが悪い。
誰なんだよお前ら。
お前らの顔なんか見たこともねぇよ。どっから出てきた。
泣いて喜んでる奴もいる。
好き勝手に爆弾を投げている。
罪人に石でも投げてるつもりか?
さぞ気持ちいいんだろうな。
正義の味方ごっこか?
ムカつく。
胸とか腹の辺りが、ドス黒い熱で煮えくりかえりそうだ。
ここから出たら、一人一人、入念に、溜まった消しカスみてぇに指先から擦り潰すように殺してやるからな。
――耳障りな爆発が、シールドの外でこだまする。
でも、どうやって?
俺はどうやって出ればいい。
この天蓋とかいう壁は壊せない。
火球は弾かれて消えた。
熱し続けても、溶けることはなかった。
熱が外に通らないから、天蓋を作ってるカス共を退けることもできない。
催眠魔法もダメだ。
国民には全員『命令だ』と言えば、言うことを聞くようにしてた。
全員だぞ。七万七千人。どんだけ時間がかかったと思ってんだ。
毎日、毎日、王城から魔法を飛ばして命令を脳に刻んでやった。
パスが繋がってる間はいつでも命令し放題だった。最強の切り札だったんだぞ。
でも、防がれた。
ショックで、一時的に魔法が解けるのは知らなかった。
そのための花火だったとさっきわかった。
再命令のチャンスはあった。パスは繋がっていたから。
だけど、あの煙で――薬でパスが切られた。
煮えたぎるような怒りが浮かんでくる。
たったそれだけで、俺の切り札が散ったのが腹立たしい。
なんてことないって顔してるあのクソエルフ――クリスの顔も全部、ムカつく。
催眠魔法の再発動は不可能。魔法を飛ばすと、壁に弾かれる感覚があった。
俺が魔法と思ってるものは全部弾かれるらしい。
地面も破壊できない。壁と同じく、魔法を掻き消す力が作用している。
出口はない。
天蓋を壊す方法も、終わらせる方法もない。
――耳障りな爆発が、シールドの外でこだまする。
『防御魔法』を解いたら爆弾で死ぬ。矢で射抜かれるのが先か。
魔力の量は十分あるが、維持に妙に神経を使う。
死ぬまでこうなのか。
ずっと、押さえつけられているような心地だ。
似ている。
今までの俺と、重なる。
くだらない記憶が蘇ってくる。
この世界の来る前の、あのつまらない世界の記憶が。
縛られて生きていたつまらない日々。
何もできない毎日。
だから他の世界を願った。
そして来れた。
けど、変わらなかった。
この世界でも、つまらなくて辛い日々があった。
変えたのは俺だ。
あの女の言葉があったからじゃない。俺が俺自身で決めて、変えたんだ。
あの日、あの夜から生き方が一変した。
楽しかった。
俺はやっと自由になれた。
この生き方で正しいんだと分かった。
物語で見た主人公たちと同じだ。自由に俺は今生きている。
なのに、なんでまた閉じ込められなきゃいけないんだ。
――耳障りな爆発が、シールドの外でこだまする。
そうだ。
俺は自由になれたんだ。
こんな檻に入れられる存在じゃない。
あのライオンみてぇな王様も地獄で笑ってんだろ?
人の怨恨は時間を越えるんだったか?
言った通りになったとか思ってんだろ。
ほら俺の言った通りになった、とか思ってんだろ。
思ってるんだよな?
ふざけんな。
神に選ばれた俺の運命が、お前程度の価値観で決めた未来と偶然重なったくらいで勝ち誇ってんじゃねぇよ。
勝手に俺の運命を決めんな。
お前が俺の未来を決めるな。
決めるのは俺だ。
俺だけが自由に未来を選べるんだ。
お前らはそれに着いてくるおまけみたいなもんだろ。
――耳障りな爆発が、シールドの外でこだまする。
ああ、そうだ。あるじゃないか。
パスが繋がってるなら、魔力はこの壁を通るってことだろ。
だったらあるじゃないか。
レヴィに言われてずっと注意してたあれが。
賭けだな。
賭けだよな。
……じゃあ、行けるな。
いつだって、こういう賭けには負けなかった。
俺は『運』がいいからだ。
催眠魔法でレヴィたちを半年、あんなふうに操れるなんて知らなかった。
二年前、謁見の間で、クリスの動きを止めたのも、王女を操れたのはたまたまだった。
氷の魔法から抜け出せたのも奇跡だ。あれは危なかった。あの男の存在なんか忘れてた。
スピーカーが作れたのだって、国民全員を一度に操れたのだって、できるなんて思ってない。
全部、上手くいった。
これまで全部、なんとかなってきた。
だからこれだって、上手くいくはずだ。
――耳障りな爆発が、シールドの外でこだまする。
肌がヒリ付く。
勝てる気もあるが、失敗した時は完全に終わってしまう。
できるのかわからない。
久々に手が震えている。
この一手は失敗できない。
もう、笑うしかない。
雄矢の右手に、魔力が集まっていく。
今も自分から漏れ出ている無限の魔力を端からかき集めた。
制御などしない。圧縮し、詰め込めるだけ詰め込む。
「『火球』」
今から行うのは未だ触れたことのない禁忌。
魔法使いとして禁じられた行為。
魔法に注ぎ込める魔力の量は決まっている。
それを超えた時、魔力は爆発するように拡散する。
それを人は『魔力暴発』と言う。
魔法という形を成すはずだった、魔力が拡散していくエネルギーの衝撃波。
雄矢の体から、透明な波のようなものが一気に拡散する。
『魔法』しか防げない天蓋を、ただのエネルギーの波が抵抗なくすり抜け、広場全体を包み込み、遠くへ広がっていく。
――やがて広場は静寂に包まれた。
爆発音も、罵声も、何も聞こえない。
あとはただ、ドサ、ドサ、と、人々が糸の切れた人形のように倒れる音が聞こえるのみだった。
あとはただ、人々の倒れる音が聞こえるのみだった。
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赤い夜空の下で、誰も動かない広場の中心で、一人立ち上がる。
意識は朦朧としている。立っているのすら辛い。
「……上手く行った、上手く行った」
広場の中心で雄矢は笑う。
周りを見渡しても、誰一人動かない。
死んだように、倒れている。
屋根の上のクリスも、周りを囲んでいたレジスタンスも。全員が意識を刈り取られ、死んだように倒れている。
魔力暴発による衝撃波に似たそれは、物理的な破壊ではなく、周囲の生物の意識を強制的にシャットダウンさせたのだ。
雄矢自身も巻き添えを喰らったが、先に目覚めたのは奇跡だ。
いや自分自身の運がいいからだと、雄矢は笑った。
賭けに勝った。
やはり俺は選ばれている。
高揚感と達成感に胸を弾ませながら、古文書を持つ右手を天へ掲げた。
そして――
「星霜を経て、今ここに刻は満ちたり――」
儀式が再開される。
長ったらしい詠唱を一言一句間違えることなく、朗々と歌い上げる。
天から伸びてきた光の柱が、再び古文書と繋がる。
邪魔者はもういない。誰にも止められることなく、最後の一節へ。
「赤き月光の下、王の御名において命ずる。悠久の叡智、ここに記されし力を――」
古文書を握る手に力が入る。クシャと、古文書から乾いた音がした。
「――与えよ」




