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第23話 久遠の天蓋/359話 時を超えた怨恨

「行くのか?」


 その問いに男は頷くと、一つの羊皮紙を差し出してきた。


「これは?」

「『久遠の天蓋』だ。『赤月』を悪用する輩がいたら使ってくれ」


 彼は扉を開け、躊躇なく足を踏み出す。

 その途中、振り返って最後の言葉を遺していった。


「あの子を頼んだよ。クリス」



******************************



「……容易のいい奴だ」


 クリスは手元の古ぼけた羊皮紙を見つめながら、誰に届くこともない呟きを吐いた。

 赤い月明かりの下、褐色の肌はより一層濃く、影を帯びて見える。

 一つ深く深呼吸をしてから、再度、眼下に広がる光景を睨みつけた。

 

 グラディアの中央広場。その中心に展開された『久遠の天蓋』の中に、雄矢がいる。

 彼もまた、クリスの方を睨み返してきていた。

 いつもの余裕の表情とは違い、その眼光は隠しきれない憎悪に満ちている。

 

「……邪魔だ」

「どうした、大事な儀式に横槍が入ったのがそんなに気に入らないか?」


 クリスは広場に響き渡る声で、雄矢を煽る。

 その周りで広場を囲んでいる黒づくめのレジスタンス達は一言も発さず、囚われた王を冷徹に監視し続けている。

 静まり返った広場の外から、街の向こうの人々の喧騒が届いていた。 


「さっさとこの薄い膜を退けろ、殺されてぇのか」

「やれるものならな」


 瞬間、雄矢は躊躇することなく、クリスに向け火球を放った。天蓋の内側でそれは爆発し、炎のみがドーム内部で跳ね返り、煙だけが外へ漏れ出していく。

 天蓋は崩壊することはなく、その滑らかな球面を保ったままにしていた。

 中央で雄矢は透明な『防御魔法シールド』に身を包み、自らの炎と煙から逃れていた。


「チッ」


 鋭く舌打ちをし、雄矢は屋根の上のクリスから、周りを取り囲む黒づくめの人々へと視線を移す。


 広場で雄矢を取り囲み、天蓋を起動しているとみられる人間は二十四人。等間隔で円状に並び、地面にてのひらをつけていた。


「『火炎光線ヒート・レイ』」


 雄矢がその中の一人に目掛けて熱線を放つ。

 手から止めどなく溢れ出てくる火炎の光線が天蓋の一部を赤く染める。

 

 雄矢は数分間そのまま天蓋を焼いていたが、ふとその腕を下げ、魔法を止めた。

 天蓋を挟んだ向こう側にいたレジスタンスは、熱線の影響を全く受けることはなく、地面に掌を合わせたまま微動だにしていなかったからだ。


 魔法が無効化されていた。

 それに気づいた雄矢は、忌々しげにため息をついてから再びクリスを見上げた。


「くだらねぇ魔法だな」

「同意だ」


 クリスの答えに、雄矢は首を傾けた。


「この広場でしか使えない。汎用性がない。『赤月』を目当てにきた者にしか使えない……。しかし、まんまとハマる阿呆もいるようだがな」

「……こんなんで勝ったつもりか?」

「ああそうだ。これで終わりだ」


 ただ冷徹にその青い目で雄矢を見下ろして言った。

 

「これからお前が死ぬまで、我々はこの『久遠の天蓋』を維持し続ける。耐えられなければ、自害でもするといい」

「自害? するわけねぇだろ」


 雄矢は煩わしいというように、うなじに手を当て首を回した。


「バカのひとつ覚えみてぇに魔法の無効化、無効化。同じ組織にいりゃそうなるか。レジスタンスとかいう格好つけた名前のバカの集まりだもんな」


 その嘲笑に、レジスタンスは誰一人として反応するものはいなかった。訓練された沈黙が、逆に雄矢を苛立たせる。


「甘ぇんだよ。俺が何も用意してねぇとでも思ったか」


 雄矢はその似つかわしくない豪華絢爛なその装いの懐に手を入れた。

 中から取り出したのは、赤い宝石が嵌められた四角い物体。


「町中の工房のゴリラ共集めて作らせといて良かったわ」


 雄矢はそれを口元に持っていき、口を開いた。



******************************



「――あー。あー――」


 ジジッ、と耳障りなノイズが静寂を破った。頭上のスピーカーから、ひどく割れた声が降ってくる。

 遅れて広場に着いていた将斗は耳を疑った。


 音源らしき物体に視線を向けると、街灯よりも一際高い柱が立っていた。その頂上に白い物体が取り憑いている。

 赤い空の下で、それはピンク色にも見えたが、白だと確信させる形状をしていた。

 将斗は驚愕し、思わずその名を口にする。


「スピーカー? 異世界に何で?」


 電気的な配線は見当たらないが、拡声器の先端がそのまま街灯にくっついた見た目をしている。ラッパのように開いた先端の中央に円筒上の物体が伸びているあれだ。

 よく町内放送で使われたり、警報をお知らせするアレだ。

 この世界に似つかわしくない、あまりに異質な物体だった。


『聞こえるかカス共。()()()


 その物体から流れた内容は、とても公共の場で使う言葉とは思えない。

 大音量で発せられた声が、空気を伝い、肌を、体内を震わせる。

 それ以上に、将斗は想定される事態に鳥肌が立つのを感じた。


()()()、中央広場に集まってる黒服のやつらを全員殺せ。加えて――』


 雄矢は檻の中で振り向いた。


『城付近にいるレヴィ・ウィンダリアと、その近くにいる男もな!』

 


――紅の空に照らされた街に、一瞬の静寂が訪れた。



 最初に、感じたのは揺れだった。

 街の大地が揺れている。

 何かが迫ってくるような音と共に、次第に大きくなっていく。

 連続した、無数の人間の足音だ。

 ガラスの割れる音、何かが倒される音が街のあちこちから発生していた。


『知ってんだよレジスタンス。お前らがこの街の端で、百人ちょっとでコソコソしてたのは』


 中央広場から街の端まで繋がる大きな通りは五つ。その全てから、人が波のように迫って来ていた。それに合流するように路地裏から人が飛び出し、波は次第に大きくなっていく。

 その人波は、全員が悲鳴を上げながら、中央広場に押し寄せる。


『数足りねぇだろ? この街の人口は七万七千人だ。止められるか?』


 その数字に、将斗は全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。

 七万七千人。桁違いの数字だ。それを止められるほどの人数は広場にいない。


「そうだ……! レヴィが危ない!」


 咄嗟に来た道を引き返す。

 幸い城の周りに民家はない。そのおかげか、まだ彼女に襲いかかる人はいなかった。

 『超強化』で出せる限界の速度で、未だ城から広場に繋がる大通りの端で寝ている彼女を拾い上げにいく。

 

 到着に10秒も掛からなかった。

 未だ低い体温のまま眠る彼女を将斗は抱き抱え、逃走の準備を図る。

 様子を見ようと、広場を振り返る。

 

 ゾンビ映画で見るような人の群れが、全ての通りから広場のすぐそばまで迫っていた。


 しかし、屋根の上に立つクリスも、その周りや雄矢の周りのレジスタンス達は一人も動いていなかった。


「何してんだ……何してんだよ、逃げろ!」


 将斗の声は届かない。

 レジスタンスは、以前雄矢を監視し続けている。

 一人も動くことはない。その覚悟が将斗には理解できない。

 運命を受け入れたのか。受け入れて、王を檻の中で封印し続けることを選んでいるのか。


 それとも何か、策があるのか。


『お前らの負けだよ』


 雄矢がマイク越しに笑ったように聞こえた。

 将斗は彼が最低な男だと、改めて思った。


 遠目でもわかるほど人々は恐怖の色を浮かべながら走って来ている。

 つまり、正気を保ったまま、体だけ動かされているのだろう。

 あの男はどこまでも他人の命を何とも思っちゃいない。

 

『――終わったか? お前の声は聞くに耐えん』


 その時スピーカーから響いたのはクリスの声だった。

 屋根の上で、雄矢と同様に、四角い装置を口元に当てている。


『便利なものだ。こちらも使わせてもらうぞ』


 彼女はマイク越しに、大きく息を吸い込んだ。


『第一班から五班までに告げる。予定通り、作戦行動を開始しろ』

 

 五つの大通りに、道を塞ぐほどのお巨大な壁が出現するのが見えた。

 最初から設置してあったのか、地面が盛り上がったようにも見えた。


 それを、あちこちから現れた黒い服に身を包んだ人間たちが裏から支えている。

 壁にはつっかえ棒の要領で、巨大な柱が斜めに取り付けられた。

 

 向こうから押し寄せた人波に衝突されたのか、少しの間その壁が後退する。

 だが、壁の後ろでレジスタンスの数人が風の魔法を使い、突風によって支えをより強固なものとしていた。


『解除班、行動開始』


 クリスの声が鳴り響く。

 直後、ヒューーーという音と共に、街の端から赤い夜空に向けて何本もの燃える火の玉が登っていく。


 その軌跡が途切れると、一瞬の静寂ののち、幾つもの大輪の火花が夜空に咲いた。

 その光が弾けた数秒後、人々の声を掻き消すような、大気が悲鳴を上げたような衝撃波と、爆音が押し寄せた。

 肌がビリビリと粟立ち、風圧さえ感じるほどの、巨大な花火だった。


 それを皮切りに、人々の声が聞こえなくなった。

 

『六から二十四班。薬剤散布』


 街中の至る所から屋根の上に、レジスタンスが現れる。

 壁の向こうに集まった人々の頭上だけでなく。通りを外れ小道を走っている人を追うかの如く、並走する者もいた。

 

 彼らは持っていた小さな玉を人々目掛けて投げつけ始めた。

 壁の向こうで、大量の白煙が立ち上り始めた。

 それに恐怖してか、民衆達の悲鳴が再び上がる。

 

『グラディアの民に告ぐ』


 クリスはその悲鳴を遮るように口を開いた。


『我々はレジスタンス。目は覚めたか? 安心しろ。今お前達に投げつけているもの、それはお前たちの体が勝手に動き出していた現象を一時的に止めるための薬だ』


 催眠魔法を止める薬、将斗が飲まされた物と効能は同じなのだろう。


『我々は今より鈴木雄矢を処刑を執り行う。極力、広場には近づかないように』

『処刑と来たか、どうや――』


 雄矢が言葉を終える前に、広場の中央で爆発が起きた。

 天蓋の中央が爆発し、煙が上がっている。

 依然として『防御魔法シールド』を展開していたためか、雄矢はその影響を受けていない。

 

 しかし彼の『防御魔法シールド』そばで再度爆発が起きる。今度は立て続けに五回。

 将斗は見た。その爆発は、屋根の上のレジスタンスが投げた何かが天蓋をすり抜け、内側で爆発しているようだった。


 煙が晴れ、雄矢は口を開いた。


『こんな爆弾で死ぬとでも思ってんのか? なめ』


 再度爆発が起き、雄矢の言葉を遮る。


『うるせぇな、俺が! 話してるだろうが!』

『お前の話を聞くつもりはない。これは警告だ。気を抜けばいつでもお前を殺すというな』

『気を抜く? 俺が、いつ? 抜くわけねぇだろ』

 

 スピーカー越しに、雄矢はクリスと語る。

 

『俺に持久戦で勝てるとでも思ってんのかよ、俺は無限の魔力があるんだぞ』

『……我々としては、なぜそこまで勝ち誇っていられるか不思議だ』


 クリスは焦るでもなく、ただ淡々と処理していくような感情の揺らぎすら見せず、続けた。


『「久遠の天蓋」は閉じ込めた対象の魔法を無効化する。破壊は不可能。魔法による熱さえ、外部に漏れだすことは許さない』

『そんな高度な魔法、維持できねぇだろ。こんなに人数が必要ならいつまでも』

『十二人だ』


 クリスはそう言って雄矢の反論を切り捨てる。


『必要なのは十二人。そこから二十四人まで増やした』

『だから何の意味が』

『想像力の乏しい奴だな。交代制で「天蓋」を維持するためだ。我々は魔力が有限だからな。魔力が切れる前に一人ずつ、待機している者と交代していく。十二人分の余裕があるんだ。交代時に一人くらい減ったところで魔法には何の影響もない』


 天蓋に魔力を供給している者、それぞれの背後に一人ずつレジスタンスの人間が立っている。

 いつでも交代できるようになっているらしい。


『我々はそれを七日間以上続ける』

『七日……?』

『ああ、飲まず食わずの人間が生きられるのは三日から四日。例外があったとしてもそれ以上生存した話は挙がっていない。だがお前は勇者だ。確実に殺すために七日間耐えてやる』


 その言葉で将斗は彼らの目的が、雄矢の餓死であると気づいた。

 レヴィとグレン以外が殺すために動いているのは聞いていたが、どんな方法を取るつもりだったのか気になっていたが、確かにこの方法であれば不可能ではない。


『魔力がそんなすぐ回復するかよ。今これだけの魔力を消費してるんだ。人一人が魔力が回復し切るまでに間に合わねぇだろ』


 雄矢が言うことも間違っていない。

 将斗には魔力の回復速度がいかほどのモノかわかっていなかったが、七日間も交代制にしていれば、最後の方は回復と交代が間に合わなくなっている可能性も考えられる。


『大体こいつらと交代する奴がどこに……待て』


 雄矢がそう言って、屋根の上のレジスタンスを見回した。

 広場だけでなく、遠くで未だ薬剤を巻いているレジスタンスの方にも目を向けていた。

 数えなくとも、総数が百人を超えていることが将斗にもわかった。


『何でこんなにいる。一体どこにいやがった。こんな数、あの溜まり場にはいなかっただろうが』

『この街のあの場所を指しているのなら、あそこはあくまで支部だ』


 クリスは情報が割れている事にすら、動揺することはなかった。


『お前が侵攻した隣国に本拠地があった。お前のせいで瓦礫の山だったが、その地下に人が生活できる空間がある。そこに、我々は集まっていた』

『んだと……?』

『――総勢、三千人。皆、お前に親しいものを奪われ、お前に復讐を誓う者たちで構成されている』


 雄矢の息を呑む音がスピーカー越しに聞こえた。

 

『最悪の事態を想定して、街中に待機させている者もまだいる。それでも交代要員として余裕で足りる人数がいる』

『だ、だけど――』

『これでもまだ、勝てるのか?』


 クリスの言葉に、雄矢は言い返さない。

 それどころか、彼が後ずさるのを将斗は見た。


 あの雄矢が圧倒されている。

 街中の人間を操る手がおそらく最大のカウンターだったのだろう。

 レジスタンスは数百人程度しかいないと思っていたからだ。

 それを、上回る手でクリスは対策してみせた。

 

『だったら『指示だ』! ()()()広場の』

『レジスタンス内に潜んでいたお前の手駒なら、すでに捕縛済みだ』


 クリスが指差した先、広場の端に、体を縛られた五人が立っていた。

 その中には、昨日将斗が路地裏で助けた子供二人――シュウとレイもいた。

 全員が憎しみに満ちた目で雄矢を見ていた。


『命令と指示という言葉で使い分けるつもりだったか』

『何で……そいつらって気づいて……』

『レジスタンスは毎日あの薬を飲む。薬を飲んでいない者を探してみたところ簡単に釣れた。もう少しバレないようにしておくんだったな』


 雄矢からの反応はない。

 雄矢が操っていたレジスタンスは捕縛された五人で正解だったのだろう。おそらくそれ以外にはいない。


『説明はこの程度でいいだろう。他には?』

『……他?』

『ああ、そうだ。他には何がある、光で目を潰すか? 地面を破壊するか? やってみろ』


 クリスの言葉は、雄矢の心に巣食う、ほんの僅かな希望すらも刈り取る刃のようだった。


 二年前、何もできなかった彼女が、徒党を組んで雄矢を追い詰めている。

 すべての退路を塞ぎ、あらゆる可能性を潰す。

 徹底的な準備と執念が、絶対的な王の心をへし折っていく。


『お前の行動は全て徒労に終わる。何もさせない。我々は今日この日のために全てを捧げてきた』


 雄矢は何も言わなかった。

 いや、言えなかったのかもしれない。


『何もできない恐怖の中、死んでいけ』


 それは、死刑宣告だった。

 雄矢の瞳から光が消える。

 かつてない屈辱と絶望が、彼の表情を歪ませていた。

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