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第22話 紅夜の再来/358話 特別な再会

 火傷の痛みに耐え、息を切らしながら、将斗は階段を駆け上がった。

 二段、三段と飛ばして最上階へ辿り着き、勢いよく玉座の間の扉を開け放つ。


「グレン! 何が――?!」


 叫びながら広間に飛び込んだ将斗の目に、信じられない光景が飛び込んできた。


 グレンも瓦礫の上に立ち、将斗と同じく、呆然と『それ』を見ていた。


 粉々に砕け散った巨大な窓ガラス。

 そこから吹き込む冷たい夜風に乗って、広間の中空に()()()()()()()()()()()()()()


「は……?」


 将斗は間の抜けた声を漏らした。

 女は、薄紫の長い髪を重力に逆らって逆立たせ、頭部を透明なガラスのドーム――まるで宇宙服のヘルメットのようなもので覆っている。

 白と水色のボディスーツ。明滅する機械的なランプ。背中から伸びる機械の翼。

 どこか宇宙服のようにも見えた。

 どう見ても、この剣と魔法のファンタジー世界には存在しない『オーバーテクノロジーの結晶』を身に纏っていた。

 

「ほら、人が来てしまったじゃないですか。天井だって吹き抜けになっているのですから、わざわざ窓から入る必要はなかったですよね?」


 ヘルメット越しのくぐもった、しかしよく通る凛とした声が響く。

 その視線の先、砕けた窓ガラスの破片の上で、もう一人の人影がむくりと起き上がった。


「いっぺんやってみたかったんだよね。窓から突入するやつ、格好良かったでしょ。いてて」

「いえ全然……刺さってますし」

「……そっかぁ」


 破片の上に座ったまま、気だるげに頬杖をついている男。

 少し伸びた顎髭に、血が凝固したような暗い赤色のベストとズボン。

 その男は、眼下に広がる惨状――破壊された広間や、レヴィと雄矢を閉じ込めた巨大な氷塊を見渡して、呑気な口笛を吹いた。


「いやいや、これはまた酷くやられてるね。この前はあんな大口叩いてたのに」


 そう言って謎の男は立ち上がり、氷塊を目指して歩き出した。


「待て」


 グレンは氷塊の前に立ち塞がり、男の歩みを止めさせる。


「お前は何者だ」


 黒い剣を携えたグレンが問いかけると、赤いベストの男は不思議そうな顔で振り返り――やがて、困ったように頭を掻いた。


「あー……グレン・グラディア君か。悪いけど尻尾巻いて逃げた子には用はないんだよね」

「何故、俺の名前を知ってるんだ」

「その質問、必要かい? どうでもいいでしょ君には――」


 そう言って、消えた。


「――どいてくれる?」


 男はグレンの背後にいた。

 

「――っ?!」


 重い回し蹴りが炸裂する。

 グレンの体が砲弾のように吹き飛ぶ。だが、直撃の瞬間に剣の腹でガードしていたようで、致命傷には至っていない。

 彼はそのまま空中で体勢を整えようと身を翻した。


「ミニ・コスモ」


 空気を切り裂くように、無機質な声が響いた。

 見れば、宇宙服の女性がグレンの方へ片手を向けている。


 その瞬間、空中のグレンを薄い灰色の球体が包み込んだ。直後、彼の体が《《重力を完全に無視して》》横一直線に滑るように飛び始める。


「これはっ――?!」

「グレン!」


 将斗は叫んだ。このままでは城の外に投げ出される。

 しかし、グレンは床に剣を深く突き立て、強引にブレーキをかけて勢いを殺した。

 落下こそ防いだが、彼の体は床から数十センチ浮き上がったままだ。剣から手を離せば、そのままどこかへ飛んでいってしまう。


「無重力の空間……? なんだよこいつら」


 未知の能力と規格外の身体能力に混乱し、将斗は立ち尽くすことしかできない。


 中空で逆さまに浮いていた宇宙服の女が、くるりと体勢を反転させて男の傍らに降り立った。

 ヘルメット越しの薄紫の瞳が一度だけ将斗を捉えたが、路傍の石を見るかのように、すぐに興味を失って目を逸らされた。


「さてと、解凍解凍」


 男が氷塊に手を触れる。


「待てよ! それに触んな!」


 レヴィが命を懸けて放った魔法だ。嫌な予感に、将斗は思わず叫んでいた。

 男は氷に触れたまま、将斗の方を一瞥して目を丸くする。


「あれ、転生者だね? 二人もいたんだ……」


 すると絶対零度のはずの氷塊の表面に、まるでゲームがバグった時のように四角いノイズが走り出した。

 男は手元を見ず、将斗の方をまじまじと見つめている。


「でもそのスキルじゃ、興味ないかな」


 そう言って、男が手元に視線を戻した瞬間――巨大な氷塊が、音もなく《《消滅》》した。

 

「な……?!」


 将斗は驚愕に言葉を失う。

 閉じ込められていたレヴィと雄矢の体が支えを失い、崩れ落ちる。


「レヴィ!」


 将斗は咄嗟に駆け寄り、彼女を抱き留めた。

 長時間氷の中にいた体は酷く冷たく、肌は青白く血の気が引いている。


「生き……てる……?!」


 耳をすませば僅かに呼吸の音が聞こえた。

 胸の辺りも上下している上、冷たい肌の奥に隠れた微かな熱と弱々しい脈動が、抱き抱えた腕から伝わってくる。

 

 彼女は生きている。


「レヴィ! 起きろレヴィ!」


 とにかく温めようと、将斗は体を密着させ背中をさすった。

 力が完全に抜け切ってだらんとしているその腕もしっかり巻き込み、熱を分け与え続けた。


「良かった……」


 将斗は心の底から安堵した。あの魔法を使った時点で、絶対に死んでしまったと思っていた。

 

 だが、彼女が生きているということは、奴も――。


「おーい、起きてよ雄矢君〜」


 男が、倒れている雄矢を見下ろして呑気に声をかけている。

 それでも起きないことに痺れを切らしたのか、男はしゃがみ込み、雄矢の頭をポンポンと叩き始めた。


「……っぶ、あっ! がはっ! はぁっはぁっ?!」


 不運にも、雄矢が激しく咳き込みながら目を覚ました。

 最悪の敵の復活に、将斗は強く唇を噛む。


「お、おおお、俺、何を、さ、寒い。つつ、冷たいっ」

「おー、悪運強いね君。もう少し遅かったら、流石に間に合わなかったよ」

「ふっ、ふっ? ふっあ、お、おおお前、なん、なんでここに?!」

「『全魔掌握マジック・マスター』を貰いに。約束したよね」


 そう言うと男は、寒さに震え続ける雄矢の肩に手を置いた。

 雄矢の体が、氷塊と同じようにノイズが走ったかと思うと、ピタリと震えが止まった。


「寒く……ねぇ?」

「それはサービス。で? なんで持ってないの? 『全魔掌握マジック・マスター』」


 その言葉に雄矢が反射的に天を見上げた。


「月が……赤月が無い! くそっ! あんだけ待ったのに!」


 雄矢の言う通り、赤月の儀はとっくに終わっている。

 今はもう、月が沈み切るまであと僅かといったところだ。


 雄矢の目が、将斗たちに向けられる。

 憎悪と憤怒に満ちたその眼光に、将斗は背筋が凍りついた。


「お前らのせいだな。お前らさえいなければ!」


 怒りに任せて振り抜かれた雄矢の腕が、将斗たちを魔法で吹き飛ばそうとする。

 しかし、その腕を赤いベストの男が軽々と掴んで止めた。


「そういうの後でいいかな」

「あぁ?! 離せよ、俺を誰だと思ってんだ」


 雄矢のドス黒い殺気に空気が張り詰めるが、男は気にも留めない様子で、宥めるようにひらひらと手を振った。


「まあまあ、『赤月の儀』ってのをしないと手に入らなかったわけだ。なら、答えは簡単だよ雄矢君〜」


 親戚のおじさんのような馴れ馴れしさで、男は笑う。


「もう一度やればいいだけだろうに」

「何言ってんだ! 月はとっくに落ちてるだろうが!」

「ハハハ、本質を理解していないね。必要なのは月でも、赤月でもない」


 男が天に手を翳した。

 彼の周囲から突風のようなエネルギーの波が吹き荒れ始める。

 将斗は飛ばされないよう、レヴィをしっかりと抱き抱える。


 その暴風の中心で、男が口を開く。


「必要なのは、条件を満たすことさ」

「まさか――」


 将斗は絶句した。

 『氷獄コキュートス』の解凍、雄矢の体調の即座の回復。あのデタラメな能力を持つ男なら、天のことわりすら書き換えることができるのではないか。

 

 見上げた夜空に一際大きなノイズが走っていた。


「大昔の魔法使いだっけ? よくこんな面倒な魔法を作ったよ。この世界で起きる五十年に一度の赤月、つまり月食を舞台に選ぶなんて粋だ。センスがあるよ」


 ノイズが大きくなり、夜空の景色がズレていく。

 次元の裂け目のようなその隙間から、赤い光がチカチカと明滅し始めた。

 あの『赤月の儀』の赤い光が。


「タイマー式だと思ってたけど、これがまた違っていてね。発動条件は『太陽光の量が一定の水準を下回った場合』だった」

「であれば、曇りの夜にも発動してしまうのでは?」


 男の隣で宇宙服の女性が冷静に尋ねた。


「しないさ。この魔法は雲のもっと上……大体オゾン層くらいに刻まれているんだからさぁ」

「やめろ!」


 横合いから、グレンが地面と平行に真っ直ぐ飛んできた。

 剣を支えにして腕をバネのように使い、あの無重力空間を強引に脱出したのだ。

 グレンの怒りのこもった剛拳が、男の顔面を捉える――はずだった。


 パァン――。


 乾いた音が響き、グレンの拳が受け止められていた。


 金色の刺繍が施された、足元までスリットの入った薄紫の布。チャイナ服に身を包んだ女性が、クロスした両手でその一撃を完全に殺していた。

 髪はお団子に纏められているが、その美貌はさっきまで宇宙服を着ていた女と全く同じだ。


「残念ですが、通しません」


 凛とした声も同じ。

 とてつもないスピードで早着替えをしたとしか考えられない。


 無重力を脱していたグレンは、即座に地に足をつけると、二撃目、三撃目の連撃を放つ。

 だが、女性は手を柔らかく添えて軌道を逸らし、流れるような動作で鋭い回し蹴りを放つ。

 グレンは上体を反らしてそれを回避。

 しかし、体勢を戻した瞬間、女性の片足がダン! と力強く踏み込まれ、両の手から放たれた強烈な掌底が、ガラ空きの胸元に炸裂した。


「ぐっ!」


 咄嗟に腕でガードしたものの、その凄まじい浸透勁しんとうけいに、グレンの巨体が後方へ数メートル弾き飛ばされた。


 フィジカルで言えば、グレンはおそらく将斗の数倍強い。

 その彼が、あんな細身の女の体術一つで圧倒される光景に、将斗は目を疑った。


 女性は短く息を吐き、太極拳のような滑らかな構えを取ると、クイと指先を曲げてグレンを挑発した。

 グレンは血を吐き捨て、鋭く目を細める。


「どけ」

「今、手を出されるのは困りますので」


 両者が睨み合い、空間が歪むほどの殺気がぶつかり合う。

 だが、その緊迫を裂くように男が笑った。


「もう終わるよ」


 一際大きなノイズが走り、空が不自然に暗転する。

 直後、空が真っ赤に染まった。

 『赤月の儀』の、あの禍々しい真紅へと。


()()()、『赤月の儀』おまちどうさま」

「……ハハッ、いいな! 褒めてやるよ!」


 雄矢は狂喜の声を上げると、『浮遊フロート』の魔法で空中に舞い上がった。

 そのまま、躊躇うことなく吹き抜けの窓の外へと飛び出していく。


「行かせない!」

 

 グレンが追おうと駆け出す。

 しかし、彼の顔面スレスレを女性の鋭い手刀が薙いだ。

 グレンは頬を浅く切り裂かれながらも回避し、拳を放つが、女性は羽のように後ろへ飛び退き、再び二人の距離が開く。


 雄矢はすでに城を離れている。儀式を行うのは、ここより開けた場所らしい。


「将斗、追え! あいつは中央広場に向かった!」

「俺?!」


 グレンの悲痛な叫びに、将斗はレヴィを抱えたまま立ち上がった。


「今『浮遊フロート』を使って追えるのはお前だけだ!」

「グレンは?! 一人で大丈夫か?!」

「ああ、俺はこいつらをなんとかしてから追いかける! 剣は、お前が持っていけ」


 グレンはチャイナ服の女から目を離さず、背後を指差した。

 そこには、無重力に抗うために彼が床に突き立てた黒剣がある。


「いいのか?!」

「今はそれしかない! あいつに猶予を与えるな!」


 グレンの決死の覚悟に、将斗は躊躇いを捨てて駆け出した。

 さっきまであった灰色の空間は、いつの間にか消えている。

 両足で踏ん張り、両手で力一杯引き抜くと、黒剣が瓦礫から抜けた。

 レヴィを左腕に抱え、右手で重い剣を握りしめ、将斗は全速力で窓へ向かう。

 

「行かせません」


 背中に冷たい声が突き刺さる。

 振り返ると、チャイナ服の女性が恐ろしいスピードで迫ってきていた。だが、グレンがその射線に身を呈して割り込む。


「行け!」

「助かる、死ぬなよ!」


 返事を待っている暇はない。将斗は窓枠を蹴り、夜の空中へと身を投げ出した。


 一瞬にして、眼下に街の景色が広がる。

 石畳が敷き詰められた王都の幾何学模様が、猛スピードで迫ってくる。

 二人分の体重と黒剣の重さにより、想像以上の加速で自由落下が始まった。


「『浮遊フロート』!!」


 魔法によって下から体を持ち上げられ、激しい風切り音が徐々に和らいでいく。

 一人の時と違い、高出力の推進力をイメージし続けなければ、この重さを支えきれない。

 

「いた……!」


 眼下を見渡すと、王城から真っ直ぐに伸びる大通りの先――巨大な石造りの中央広場へ向かって飛んでいく人影が見えた。

 雄矢だ。

 思ったよりも遥かに早いスピードで進んでいる。


 将斗は背後から追尾を試みたが、このままでは詠唱に間に合わないと判断し、『浮遊フロート』の推進力を下向きに全開にした。

 着地を優先し、地上から走って距離を詰める作戦だ。


「間に合えっ……!」


 弾丸のように落下し、地面に激突する直前で魔法の出力を爆発させてブレーキをかける。

 ダンッ! と重い音を立てて、大通りの端の石畳に着地した。

 将斗はすぐさま路地裏の街灯の下へ向かい、レヴィをゆっくりと横たえた。


 少しだけ血色が戻ってきたとはいえ、夜風の下に置き去りにするのは気が引けた。だが、今は一秒でも早く雄矢を止めなければならない。


「マジごめん、すぐ戻ってくるから」


 将斗は再び『浮遊フロート』を発動し、石畳を蹴って、地上すれすれを滑るように広場へと急行した


「早えんだよクソ野郎!」


 将斗が中央広場に飛び込んだ時、雄矢はすでに巨大な円形広場の中心に降り立っていた。


 少ない街灯に照らされた、見渡す限りの石畳。

 人の気配は彼以外なかった。

 その中央で、雄矢は怪しげに天を仰いでいる。


 彼は色褪せた古文書を、真紅に染まった夜空へ向けて高く掲げた。

 狂気すら孕んだ赤い月明かりが、古びた羊皮紙の文字を妖しく照らし出す。


「星霜を経て、今ここに刻は満ちたり――」


 朗々と響く声が、静まり返った空間を震わせる。

 詠唱で発動する儀式だったらしい。

 将斗はよりスピードを上げ広場に近づく、詠唱が終わる前に止めなければならない。


「天を染め上げる赫き月よ、我が威光を讃えよ。我こそは、この地を統べるまことの王なり!」


 古文書から赤い粒子が溢れ出し、空の月と呼応するように光の柱を形成していく。

 やがて一筋の巨大な柱となり、天と古文書が繋がった。


「赤き月光の下、王の御名において命ずる。悠久の叡智、()()に記されし力を――」


 ――その詠唱の途中のことだった。


 どこからともなく、数十人の『黒い影』が石畳の上に降り立ち、雄矢の周囲をぐるりと囲んだ。等間隔に並び、巨大な円陣を形成している


 それだけではない。

 広場を囲む建物の屋根の上にも、大勢の人影が立っていた。

 赤く輝く空の下、全員が漆黒の衣装に身を包んでいる。


 雄矢の正面。円陣の中央に立つ人物が、鋭く叫んだ。


「『久遠の天蓋』、起動!」


 その号令に従うように、広場を囲む者たちが一斉に両手を石畳に叩きつける。

 彼らの手の先をなぞるように、石畳の隙間から青白い光の軌跡が浮かび上がった。

 それは巨大な魔法陣を描き出し、激しく発光し始める。


 直後、円の外周から半透明の光の壁がドーム状に伸び上がり、中央の頭上でピタリと繋ぎ合わさった。

 巨大な鳥籠のように、雄矢は完全にその中に隔離された。


 何が起きているのか理解できていないのか、雄矢は苛立たしげに周囲を見回す。


「幾多の血を浴び、穢れ切った勇者め」


 号令を放った人物が、全軍に宣言するかのような声量で言い放つ。


「ここがお前の墓場だ!」


 赤い空の下、その人物の長い耳が風に揺れた。

 褐色にも見える濃い色の肌。凛とした琥珀色の瞳。


 将斗は、ドームの外からその人物の背中を見て、息を呑んだ。

 会ったことはなくても、それが誰かすぐにわかった。


 レジスタンスの総隊長――クリスが、檻の中の雄矢を冷酷に見下ろしていた。

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