第91話 順番
「助けてくれ」
その声は、静かだった。
港の裏手。
小さな倉庫の前。
一人の商人が、帳簿を握りしめている。
「この取引が止まったら終わる」
誰に言っているわけでもない。
ただ、そこにいる人間に向かって。
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ユーリは動けなかった。
帳簿を見る。
混合決済。
金が足りない。
信用も足りない。
補完もできない。
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「優先外です」
その言葉が、口から出る。
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商人の顔が止まる。
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「……そうか」
それだけだった。
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怒らない。
叫ばない。
ただ、理解した顔。
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「順番か」
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ユーリは答えられない。
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商人は帳簿を閉じる。
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「じゃあ」
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「次を待つ」
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だがその“次”が来ないことを、
全員が知っていた。
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分散連合本部。
沈黙が重い。
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ユーリが報告する。
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「優先順位に基づき処理を開始」
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「生活物資は通りました」
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「地域内も一部回復」
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マルクが頷く。
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「最低限は守れている」
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だが
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「中規模以上は」
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ユーリの声が止まる。
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「ほぼ停止」
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沈黙。
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リゼットが言う。
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「当然よ」
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「あなたが切ったんだから」
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アーネストは否定しない。
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「守るために切った」
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「誰を?」
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「多くを」
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リゼットは笑う。
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「便利な言葉ね」
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「“多く”」
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沈黙。
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彼女は一歩近づく。
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「その“多く”に入らなかった人は?」
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答えは出ない。
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「順番は必要よ」
リゼットは言う。
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「でもね」
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「その順番を決めるのは誰?」
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空気が張り詰める。
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アーネストは言う。
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「各地域だ」
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「違う」
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リゼットは即座に返す。
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「あなたよ」
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沈黙。
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「あなたがルールを作った」
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「あなたが基準を決めた」
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「あなたが切った」
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言葉が刺さる。
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アーネストは静かに言う。
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「中央は一つの順番を押し付ける」
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「分散は複数の順番を持つ」
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リゼットは首を振る。
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「現実は違う」
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「今、動いている順番は一つよ」
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沈黙。
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ユーリが震える声で言う。
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「現場では…」
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「統一されています」
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アーネストの目がわずかに動く。
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リゼットが言う。
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「分散は崩れてる」
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「あなたが中央になったから」
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静寂。
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その言葉は、重かった。
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マルクが口を開く。
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「今は議論の時じゃない」
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「止めるかどうかだ」
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リゼットは振り向く。
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「止める」
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「私は止める」
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沈黙。
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アーネストが言う。
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「どうやって」
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「中央で」
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その言葉が落ちる。
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ユーリが息を呑む。
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マルクが目を閉じる。
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リゼットは言う。
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「統一レート」
「緊急保証」
「全面介入」
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「全部やる」
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「全部救う」
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アーネストは答える。
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「全部は救えない」
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「救うわ」
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「無理だ」
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「やるのよ」
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衝突。
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思想ではない。
現実の衝突。
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リゼットは言う。
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「あなたは切る」
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「私は繋ぐ」
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「それだけ」
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沈黙。
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外で鐘が鳴る。
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市場はまだ動いていない。
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アーネストは言う。
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「それで中央になる」
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リゼットは答える。
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「なってもいい」
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空気が変わる。
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完全に割れた。
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「私は止める」
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彼女は背を向ける。
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「あなたがやらないなら」
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「私がやる」
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扉が閉まる。
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沈黙。
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ユーリが言う。
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「どうします」
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アーネストは窓の外を見る。
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港。
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まだ止まっている。
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だが
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どこかで動き始める気配がある。
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二つの制度が
同時に動き出す。
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分散。
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中央。
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同じ危機に対して
別の答え。
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マルクが呟く。
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「どっちが正しい」
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アーネストは答えない。
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ただ一つ分かる。
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これはもう
一つの戦いではない。
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制度同士の戦いだ。
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そして
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「順番」は
まだ終わっていない。
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