第88話 歪んだ利益
最初に止まったのは、小さな取引だった。
港の片隅。
布と香辛料の交換。
「……待て」
商人の声が震える。
「この比率、おかしい」
帳簿を見つめる。
金二、信用五、軍事三。
昨日と同じ条件のはずだった。
だが――
「価格が合わない」
空気が止まる。
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「再計算しろ」
「もうした」
「もう一度だ」
「何度やっても同じだ」
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周囲の商人たちが集まる。
「どうした?」
「成立しない」
ざわめき。
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「そんなはずはない」
「混合決済は動いてる」
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だが帳簿は動かない。
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「……崩れてる」
誰かが呟いた。
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分散連合本部。
ユーリが走り込んでくる。
「報告です!」
息を切らしている。
「沿岸の小口取引、複数停止!」
アーネストが顔を上げる。
「規模は?」
「まだ小さいです」
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リゼットが言う。
「“まだ”ね」
沈黙。
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マルクが机を叩く。
「原因は?」
ユーリが答える。
「レートのズレです」
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「通貨ごとの価格が同期していません」
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アーネストの目が細くなる。
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「投機か」
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港。
同じ商品が何度も売買されていた。
買う。
売る。
また買う。
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価格だけが上がる。
実体は動かない。
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「儲かるぞ!」
商人が笑う。
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だがその裏で
価格は歪む。
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信用と金の比率がずれる。
軍事保証の価値が揺れる。
国家通貨の基準が追いつかない。
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すべてが
少しずつズレる。
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そして
そのズレが
限界を超えた。
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分散連合本部。
ユーリが言う。
「第二報です」
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「中規模取引も停止」
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空気が凍る。
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リゼットが立ち上がる。
「止めるべきよ」
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アーネストは動かない。
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「何を」
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「投機よ!」
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「取引制限」
「レート固定」
「緊急介入」
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「中央と同じことをやる」
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沈黙。
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マルクが言う。
「やらなければ崩れる」
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リゼットが言う。
「やれば中央になる」
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視線がアーネストに集まる。
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選択。
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止めるか。
任せるか。
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港。
最初の破綻が起きる。
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「払えない!」
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商人が叫ぶ。
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混合決済が成立しない。
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「信用が足りない!」
「金が足りない!」
「全部足りない!」
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取引が崩れる。
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周囲が凍る。
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誰も動かない。
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その瞬間、
連鎖が始まる。
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「この取引も止まった!」
「こっちもだ!」
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止まる。
止まる。
止まる。
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流れが一気に細くなる。
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分散連合本部。
ユーリが震える声で言う。
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「連鎖しています」
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アーネストは静かに目を閉じる。
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(来た)
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予想していた。
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だが
想定より早い。
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リゼットが言う。
「決めて」
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沈黙。
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アーネストは目を開ける。
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「止めない」
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空気が凍る。
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マルクが言う。
「正気か」
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「止めたら中央になる」
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「止めなければ崩れる!」
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アーネストは答える。
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「崩れる前提で動く」
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沈黙。
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ユーリが呟く。
「……対策は?」
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アーネストは言う。
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「選別する」
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リゼットの顔が変わる。
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「誰を?」
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静かな声。
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アーネストは答えない。
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窓の外。
港の動きが止まり始める。
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船が出ない。
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取引が成立しない。
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価格が消える。
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市場が
息を止める。
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そして
誰もが理解する。
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これは
ただの混乱ではない。
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「危機だ」
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リゼットが呟く。
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アーネストは窓の外を見る。
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分散は
試されている。
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中央にならずに
この崩壊を越えられるか。
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その答えは
まだ誰も持っていない。
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だが一つだけ確かだった。
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止まらない。
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崩壊は
もう始まっている。
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