第71話 空席
審査官の席は、空いていた。
机の上には何もない。
書類も、印章も、残されていない。
ただ椅子だけが、静かに置かれている。
分散連合本部は、妙に静かだった。
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「再接続網の流動性がさらに低下しています」
報告が続く。
平原団体の取引量が減少。
山岳信用証は不安定。
誰も決断しない。
中央命令は出せない。
分散だからだ。
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幹部が言う。
「だから言った」
「中央監査機構に戻すべきだ」
別の幹部が頷く。
「審査官は責任を放棄した」
「制度は壊れた」
会議は続く。
だが誰も手を動かさない。
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平原都市。
商人たちは顔を曇らせている。
「決済が遅い」
「信用証の価格が安定しない」
だが保証に戻る声は、少ない。
医薬品事件を忘れていないからだ。
中央は速い。
だが順番を決める。
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山岳都市。
マルクは帳簿を閉じる。
「持っているか?」
若手商人が答える。
「ぎりぎりです」
再接続網はまだ弱い。
だが外洋保証へ戻る動きも止まっている。
人々は迷っている。
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外洋帝国。
エリオットは港を見下ろす。
「審査官は去った」
部下が言う。
「連合は分裂しています」
彼は静かに答える。
「分散は、指導者を失うと止まる」
「中央は違う」
命令が出る。
それだけで動く。
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彼の隣に立つ女性が言う。
カタリナ・グレイヴ。
「ですが父上」
「彼らはまだ崩れていません」
エリオットは頷く。
「だから面白い」
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分散連合本部。
夜。
廊下を歩く影がある。
リゼットだ。
彼女は審査官の机を見る。
空席。
「逃げたわけじゃない」
彼女は呟く。
「逃げる人じゃない」
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背後から声。
「空席は、制度を試します」
レティシアだった。
灰色の外套。
静かな目。
リゼットは振り向く。
「あなたは何もしないの?」
「できません」
レティシアは言う。
「分散だから」
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「彼は戻ると思う?」
リゼットが聞く。
レティシアは少しだけ笑う。
「戻るかどうかは問題ではありません」
「では?」
「誰かが中央になろうとするか」
沈黙。
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遠くの港で灯りが揺れる。
再接続網はまだ生きている。
弱い。
不安定。
だが止まっていない。
分散は、命令では動かない。
だが完全には止まらない。
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山の中腹。
古い茶屋。
そこに一人の男が座っている。
アーネストだ。
机の上には帳簿。
再接続網の取引記録。
彼はもう審査官ではない。
ただの観察者。
だが数字を見れば分かる。
制度は壊れていない。
ただ――
重すぎる。
彼は静かに呟く。
「軽くしなければ」
雪が降る。
分散は、まだ終わっていない。
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