第38話 海は王都のものではない
海図は、王都の法律を知らない。
「ヴァルハイム王国より、正式使節が到着しています」
ユーリの報告に、会議室の空気がわずかに変わる。
ヴァルハイム。
大陸西岸を支配する港湾国家。
海運、造船、保険、仲介貿易。
王都よりも、金の流れを知っている国だ。
「目的は?」
「為替制限に関する協議、と」
私は、短く頷いた。
「通す」
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応接室に現れたのは、若い女性だった。
装飾は控えめ。
だが、視線が鋭い。
「エレナ・ヴァルハイムと申します」
第二王女。
そして、実質的な商務責任者。
「信用証書を拝見しました」
挨拶の後、彼女は単刀直入に言った。
「面白いですね」
「危険でもあります」
私は返す。
「だから来ました」
彼女は、迷いなく続けた。
「王都は為替で封じました」
「ですが、海上決済には及びません」
「貴国は王都通貨を一部採用している」
「ええ」
エレナは微笑む。
「ですが、義務ではありません」
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会議は即座に本題へ入った。
「信用証書を、海運保険の担保に使えますか」
「条件付きで」
私は答える。
「資源準備高との連動が前提です」
「どの程度の比率で?」
フェリクスが横目でこちらを見る。
私は、静かに提示した。
「三割」
エレナの目が細まる。
「低いですね」
「保守的です」
「大胆ではない?」
「崩れない方を選びます」
沈黙。
そして、彼女は笑った。
「気に入りました」
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「王都は、海を制御できません」
エレナは、地図を指でなぞる。
「港湾国家は、税よりも流通を優先します」
「止めれば、自国が損をする」
「つまり」
ユーリが、息を飲む。
「海路での信用証書決済を、認めると?」
「限定的に」
エレナは訂正する。
「試験運用です」
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王都。
「ヴァルハイムが、動いた?」
ダミアンの声は、初めて硬くなった。
「海上決済で信用証書を受理した模様です」
「……海を押さえられない以上」
彼は、短く息を吐く。
「為替封鎖は、陸路限定になる」
側近が、慎重に言う。
「国際取引が、王都を経由しない可能性が」
「可能性ではない」
ダミアンは、静かに言った。
「始まった」
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辺境伯領。
「これで、王都通貨を通さない越境決済が成立します」
ユーリの声は、震えていた。
「ええ」
私は、頷く。
「陸は国家のもの」
「海は、商人のもの」
フェリクスが低く笑う。
「王都は、関所国家だ」
「海は、関所を作れない」
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夜。
私は、帳簿に新しい項目を加える。
【海運担保決済】
数字は、まだ小さい。
だが意味は大きい。
王都は為替を止めた。
だが、海を止められない。
通貨は、国家の内側で強い。
信用は、外側で強い。
私は、静かに呟いた。
「為替の壁は、越えた」
戦いは、まだ終わらない。
だが――
王都は、包囲された。




