緑髪の少女
「ζ-01の遺体は、吸水ポリマーの海の下、焼けた倉庫の中から発見されました。ホホジロザメに殺されたと思われます」
「まさか、あの冬林が」
淡々と為される報告に、昨晩起きた対海底人戦闘の指揮官だった男、神木雄作が唸る。冬林は、最も信頼していた人間の一人だった。彼の「ユニ」から下されるというお告げは、よく当たった。お告げがなければ、海底人という未曾有の脅威への対処を、ここまで迅速に行うことは出来なかったに違いない。
「問題は彼の死だけではありません」
α隊の隊長だった女、白浜はさらに続ける。
「状況を鑑みるに、あの神がかり的な指揮が行われていた時間には、すでにζ-01は亡くなっていました。冬林さんでない別の誰かが、我々を導いていた可能性が高いです」
「何者なんだ。そいつがホホジロザメに冬林を殺させたんじゃなかろうな」
「指揮から伺える海底人への殺意を見るに、それはないかと」
「確かにな。あの指揮は本物だった。被害も想定よりずっと軽微だ。いや、奴らの罠に嵌っていたらどうなっていたことか。津波対策ポリマーと最後の奇襲のせいで怪我人は多いが」
「一つ、気になる点があります」「なんだね」
「ζ-01のフリをした何者かは、冬林さんの端末パスワードを一度で当てています」「そのパスワードとは?」
「yuni」
「っ! ユニの関係者か。ということは」「はい」
髪の色が奇抜で、喉元に奇妙なマークがある。
◇◇◇
髪をまとめて帽子を目深に被り、首の二重丸を隠すためにスカーフを巻いた。
マンションを出て、マサコの後ろについていく。
「この私に会いたいのなら、そっちから出向くのが筋なんじゃないの?」
「昼間は外に出たがらない方なのさ」「はは。ゾンビ?」
「もっとお洒落な言い方があるだろう。ナイトウォーカーとか」
「夜の徘徊者って。それって馬鹿にしてるでしょ」
私は徒歩圏内の進学校に通っている。マサコの向かう先とは逆。人通りはほとんどないけれど、万が一にも知り合いに見られぬよう、なるべく俯いて歩く。
「桐歌くん。先ほどの質問の続きだが」「何? 人が来たら黙りなさいよ」
「ニュースは見ないのかい?」
「普段からあまり見ないわ。昔と比べて情報の精度は格段に良くなったらしいけれど、裏取りに時間をかけ過ぎるせいで鮮度がなくなった。つまらないゴシップ以外は、この私ならとうに知ってる話しか流れてこない。それに」
ここからでは見えないものの、海の方角に視線をやる。
「今は昨晩の水柱の話で持ちきりなんでしょう。どうせ」
「その通りだよ。あれはこれまでで最大の規模だった。君の学校はよく休みにならないね」
「『これまで』? 化け物の襲撃はあれが初めてじゃないのね。特別倉庫群周辺が封鎖されているだけよ。街には被害は出ていない」
「そのようだね。えっと、自分のことが報道されてないか心配じゃないかい?」
「まさか。どうして私を見つけられるのよ。『特別倉庫群』の監視カメラ数は多くない。いくら焦っていても避けられる。万が一写っていたとしても、怪物との血生臭い戦闘をお茶の間に流せるわけないでしょ。あの緑丸たちレベルの組織なら、そもそも電源を切ってたんじゃないかしら。痕跡もほとんど残していない。現場は吸水ポリマーでめちゃくちゃ」
「まあ。確かに君に繋がるような情報は一欠片も報道されていないようだが」
「私からも質問していいかしら」「なんだい?」
「本当のマサコはどこに行ったの?」
「おや。やっぱり気になるかな?」
「当然でしょ。私とマサコは、魂の深い所で固く結ばれているのだから」
「安心したまえ。ボクが眠ればマサコは出てくる」
「そうなの? ならいいけれど」
「あと」「あと?」
「マサコは君が嫌いらしい。でも怖いから愛嬌を見せてるだけ」
「にょっ!?」
素っ頓狂な声が出た。今明かされる驚愕の真実。
ちょっと待って。辛過ぎる。過呼吸で死んでしまいそう。いや、猫に取り憑いてるらしい、良く分からない存在の言うことなんて私は信じない。
小さな道に入ってしばらく。
「ここだよ。ボクじゃドアが開かない」「普通の喫茶店ね」
足を踏み入れ中を見回す。ヴィンテージな内装。店員の姿はないが、奥の方に一人、妙に目を引く女の子が座っていた。
目を見開く。昨日の今日で忘れはしない。お従姉ちゃんのホテルへ向かおうとする道中、目撃したあの子だ。
緑がかった髪をいじくりながら、静かにコーヒーを飲んでいる。
「遅かったな」「彼女の歩みが遅くて」
「お前が水晴桐歌かの?」
差し向けられた青い瞳は、秘奥の地にある泉のように透徹としていた。けれど、たかが綺麗なだけの目に引き込まれそうになるほど、私もお子ちゃまじゃあない。
彼女の向かいに座る。
「初対面の相手をいきなりお前呼ばわりだなんて、失礼なお子ちゃまだわ」
「癇に障る女だの」
「敬意を払ってもらいたければ、先に示すべき誠意があるでしょ?」
「ふん。まあ良い。昨日の功績に免じて、お前の偉そうな態度は許してやる」
「どうも。店員さんはいないのかしら。私もコーヒーが飲みたいのだけれど」
「人払いしてある。お前だってなるべく見られたくはなかろう。その髪も、喉元のマークも」
背もたれに寄りかかりつつ、緑髪の少女を睨みつける。私のことは、まあマサコから聞いたのだとして。
「ユニの関係者?」「うむ」
「功績というのは、緑丸の被害を減らしたこと? 化け物を三十匹ほど殺したこと? あるいは、ポリマーが怪物に効くと示したことかしら?」
「そのすべてじゃ。緑丸というのは、対海底人戦闘組織AUFOが派遣した大隊のことじゃな?」
「自衛隊の特殊部隊とかじゃないの?」
「AUFOは超国家的なNPO法人じゃ。厳しい条件付きじゃが、加入している国家での武力行使が認められておる」
「へえ。聞いたことがないわね」「知っておるのは、政府上層部の一部のみ」
まあ、国家や国連に管理されてない軍事力があるとなると、一般人からの強い反発が予想されるけれど。たとえ海底人の存在を公開したとしてもだ。
腕を組む。鮫の化け物ども、つまり海底人の襲撃は今までに何度かあった。そしてそれは突発的。指揮系統が政府にあれば、機動的な対処は難しい。よってAUFOはNPO法人の蓑を被っている、と言ったところか。
「世界の平和を影から守る正義の子ら。英雄じゃ。妾も応援しとる。じゃが、いまいち危機感の薄い各国政府からの支援は限られておるのよ。常にカツカツなのじゃ。かわいそうに」
「ふうん。私には関係ないわ。私を呼びつけたということは、何か用事があるのでしょう? 早く本題に入りなさいな。その後いくつか質問をさせてもらう。髪色の変化とか、喉元の二重丸とか」
「うむ。桐歌。AUFOに入ってくれ」
「断る」
「お前の父母を殺したテロリストが、海底人である可能性があるとしてもか?」
身を乗り出した。




