日本語の犯行声明
海に仇なす愚かな人類よ、
星を汚し、神を裏切り、命の力場を歪める者たちへと告げる。
水面震え地が沈むは海神の怒り。
我らの槍が武を振るうは世界の意思。
人類を滅ぼす。生きるために、我らの居場所を懸けて、
やられる前にやるだけだ。
◇◇◇
「ポエムだわ。そもそも海底人たちは人間の言語を話すものなの?」
気障ったらしい文体の犯行声明を読んだのち、田峰に尋ねる。彼女は首を横に振った。
「いいや。仲間同士、独自の言語で話し合っているのが確認されてる。普段使いする言葉なのか、戦闘時にのみ使われる特殊な暗号なのかは分からないけど」
「海底人が日本語を覚えたってことかしら? こんな不便な言語を覚えるなら、素直に英語を覚えれば良いと思うのだけれど。あるいは」
鵜呑みにはしたくないが、先ほど受け取ったユニのメッセージに、海底人と手を組んだ「裏切りの咎人」が示唆されていた。そいつが日本人なのだろうか。
水の柱事件からすでに二週間が経過しようとしている。だのに、鏡越しに見た鮫怪人のえも言われぬ気持ち悪さは、未だ鮮烈に覚えている。学校を襲った鯛頭もだ。あのような悍ましい化け物に与する人間がいる?
理解に苦しむわ。
田峰は嘆息し、憐れむように言う。
「上の方は大忙しでしょうねえ。神木さん大丈夫かな」
「神木とは、あの熊みたいな人のことかしら?」「うん」
「もうご飯の時間なのにね! お腹空いたぁ」
波音はそう言って細い腹を押さえる。腕時計を眺めた。十七時を回っている。少し早い気もするが、夕飯のタイミングとしておかしくはない。
「『まだい』行こー!」「髪染めなくて大丈夫なの?」
「私はね、大丈夫! 【黒髪】」
煌びやかなオレンジが、一瞬で黒く染まった。便利な能力だ。喉元の模様も同じ方法で隠す。
「タミネの奢りね!」「経費で落としまーす」
「大人ってセコイなあ」
「だってユウちゃんが選ぶメニュー高いんだもの。高いからって美味しいわけじゃないのにねぇ。キリカちゃんは味にこだわりないっぽいけど大食らいだし」
「ウソ……私、『味にこだわりのない大食らい』だったの?」
不名誉な称号にショックを受けた。まるでギャグキャラじゃないの。お従姉ちゃんも小太郎も食については似たようなものだから全然気づかなかった。世間知らずを深く自覚する。
悲しみに暮れる私を無視して階段に赴く二人。みこちゃんなら心配してくれるのに。追いかけて地上に出た。空は夕日で真っ赤に染まっている。
「まだい」は花屋の二つ隣にある。立地の悪さにもかかわらず、飲食店としては広い空間に客は大勢いた。先ほど少し調べたのだけれど、さすが五百件レビュー星五つ。ピークの時間ではないため、テーブル席は三つほど空いている。どこかに案内されるのだろうと思っていたら、二階の個室に通された。
明らかな特別扱い。ただの定食屋ではないの? ソワソワしてしまう。田峰と波音はリラックスしている。慣れているのかしら。
「ミハル! 私のオススメはねぇ」
「ユウちゃん。そういうのがっかりするからやめた方がいいと思う。キリカちゃんはね、あの悪夢の病院食『糖蜜ナッツ粥』を顔色ひとつ変えずに喰らう強者よ」
「う、えぇ?」
なぜか分からないが引かれた。三日目と七日目にそういう名前のメニューが出された気がする。特に不味いとは感じなかったし、二回目は追加も頼んだ。
「タミネ、そりゃあ『味にこだわりのない』では済まないでしょ。悪食じゃん」
「あ、あっ、悪食ですって?」
唖然とする。障子の向こう側から聞こえた「よろしいでしょうか」と問う声により、なんとか正気を取り戻した。田峰が「どうぞ」と促す。
優しそうな壮年男性が入ってきた。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「唐揚げ定食」「ミックスグリル!」「天むすでお願い」
私だけご飯大盛りだった。唐揚げの数も相場より多い気がする。会話は筒抜けだったようだ。他の二人には気づかれていない。
「シドニー水没は世界的に大ニュースとして扱われているわね。すでに二万人以上の死亡確認。もっと増えそう。海底人の話はどこにも出てきていないわ。けれど、少数の幸運な生存者たちは、口を揃えて沿岸近くに巨大な水柱を見たと言っている」
「ホーン。どう沈んだの?」
「途轍もない規模の地盤沈下。原因は調査中と。冷や汗が出そうだわ」
「海底人がやったのだとしても、いったいどんな手を使ったのか、見当もつかないな。今まで沿岸部にちょいちょい襲撃をかけてるだけみたいな感じだったのに、急過ぎるスケールアップだ。国家権力も本格的に動いてきそう。AUFOはお払い箱かもねぇ」
「えーっ!? ここが一番海底人ぶっ殺せるって聞いたから入ったのに! 約束破りだ! ミハルもう食べ終わったの? あれ、ご飯の器、私のより大きくない?」
「少し席を外すわね」
女子トイレの水道で手を洗う。シドニーの件には、正直普通に度肝を抜かれている。もし日本で、ここで同じことが起こったら。あまりに大きなショックで、逆に反応が薄くなった。
敵は私の想像よりも遥かに強大だったらしい。手の内を隠していた。
なぜ今派手に動いたのだろう。津波対策用ポリマーという有効打を示されたが故の脅迫? 犯行声明の内容も具に考察する必要がありそうだ。
ハンカチで手を拭いて、席に戻ろうとする。誰かに行く手を遮られた。
目を見開く。ゾクリとするほどミステリアスな、長身の美女だった。
「あの。すみません。どいていただけないかしら?」
「ふーん。一筆書きのマークじゃないんだ。初めて見た」
喉元に触れられた。甘くて苦い香りが鼻腔に広がる。クラクラするのをどうにか堪える。二重丸の模様は、化粧で隠しているはずなのに。
反射的に鳩尾を殴ろうとした。拳は簡単に止められる。誰だこの女は。AUFOの関係者か、あるいは黒スーツの二人組の?
「いいね、君。素質たっぷり」
彼女は微笑む。敵意はないらしく、すぐに解放してくれた。
耳元で囁いてくる。
「零時にもう一度ここに来て。裏口から入ってね」
それだけ言って、忽然と消え失せた。
上下左右、残り香すらなかった。
ミックスグリルと天むすは両方とも定食メニューです。




