波音・1
「ちょっと。暴走事故って何よっ!」
軽く放たれたその言葉は、あまりにも衝撃的で、到底聞き捨てられるものではなかった。田峰の肩を引っ掴み、未調整のジェットコースターが如く激しく揺さぶる。
「やめてやめて気持ち悪いうぷっ」「吐いたら殺す」
「どうもユニ力は稀に暴発するようでーす☆ 言ってなかったっけ?」
「聞いてねえわ死ね」
「本物の殺意だこわぁ。胸ぐら掴まないでよっ服が伸びちゃう! ほら、さっき言ったブロック所有者ちゃんがあなたの後ろにいるから!」
「もーなんで言っちゃうの! 驚かす予定だったのに!」
田峰の痩身を投げ捨て、振り向く。チビがいた。煌めくオレンジ色の髪を、ツインテールの形に縛っている。喉元の模様は正六角形。早速のお出ましだ。
左手に白い手袋をはめている。何故だろう。いつでも決闘を申し込めるという意思表示だろうか。手袋を投げつけて。警戒感が強まる。
「わあははー! 聞きなさい。あたしの名前は波音夕! ブロックの力は『具現化』! よろしく」
「水晴桐歌。よろしく」
元気だ。うるさい。キンキンする。音量はどこで調節出来るのかしら。
「ミハルキリカ! んーどっちが名前?」「桐歌」
「じゃあミハルで!」
なら苗字聞けよ。
「タミネから聞いたけど、ミハルもブロック所有者なんでしょ? 染めてて分かんないけど! 能力は?」「分からないから検証しに来たの」
「ふーん。じゃあ喉の模様は? 髪の色は?」
「喉の模様は二重丸。髪は青色。少しシルバーが掛かっているけれど」
「へえシルバー! おばあちゃんみたーい!」
爆笑される。なんだろう。出会って一分も経ってないけれど、もうすでに会話したくない。思考のあり方に種族レベルでの断絶を感じる。本当にこいつは人間なのだろうか。
さては猿人? 低い知能・もたらされる騒音公害の二点から、この仮説は支持されそうだ。2030年にもなってまだ生き残っていたとは。
「ユウちゃん。キリカちゃんがキレかかってるからその辺で。本題に入ろう。ブロックの使い方とか発動条件とか、色々教えてあげてくれない?」
「えー。波音先生って呼んでくれるならいいよ!」
「は? 嫌よ猿人」「エンジン? 車好きなの? 私はマンガが好き!」
「極めてどうでもいいわ」「えーと、最近は海月火山の『無気神』かなあ」
みこちゃんも好きと言っていたな。バカを引き寄せる作品なのだろうか。
会話が成立していない。眉間が歪む。
「はっはっはっは! 絶望的に相性わるぅ! はっはっはっは!」
高笑いする田峰。「逆にコンビを組んで欲しい」などとも吐かす。制御出来ない場はタマネギの次に嫌いだ。腕時計を眺めて嘆息した。
「波音夕。とりあえず、超能力とやらを見てみたいのだけれど」
「いいよ! 何見たい?」「『具現化』と言っていたわね」「うん」
「可愛い子猫」
スマホで一押しの写真を見せる。
「あっはあ。お茶の子さいさい! 行くよ。【ネコ】」
「っ!?」
仰け反る。
前準備も何もなく、ただその一言だけで、虚空からヌルリと、写真通りの可愛い子猫ちゃんが出てきた。目が飛び出るほどに驚いた。心臓がバクバクする。恐る恐ると手を伸ばし、現れたソレを撫でた、猫の毛並みだ。
口元を押さえる。常識からの解放だった。鮫頭の化け物をこの目で見ておいて、かつユニの力についての説明を事前に何度も聞いておきながら、実は心の奥底で、「超能力は空想の産物」と思い込んでいたと思い知らされた。
「大体十六秒ぐらいで消えるよ! 私が触れてなければ」
「触れていたら?」「ずっと消えないよ」「強力ね。本当に」
興奮で笑みを浮かべる。有効活用法の二百や三百くらいすぐに捻り出せる。他の超能力者、並びに海底人の存在がなければ、波音夕は世界征服も可能なのではなかろうか。黒スーツの二人組を想起する。政府が超能力者を狙っていたとしても不思議ではないが、果たして天久保もブロック所有者なのだろうか。
この疑問は棚上げしておくほかない。
緑髪の少女が言っていた話を脳裏で反復した。現実世界の肉体と精神世界の魂とを連結する霊的組成の変化が、人から物理という制約を取り上げ、超能力を発現させる。背後にあるストーリーは未だまったく掴めていないけれど、俄然現実味が湧いてきた。
「最初は上手く操れなくて、失敗続きだったなあ」
「失敗? それが『暴走事故』なのかしら?」
「うんにゃ。失敗ってのは、使おうと思ったところで使えなかったり、使うつもりのないところで出てきちゃったりって感じで。暴走ってのは違くて」
「発動自体は上手くいくのにコントロールは出来ていない『失敗』と、発動に異常を伴う『暴走』は異なると言いたいわけ?」
「うん! そうそう!」「なるほど」
習熟には時間がかかる。能力の種類にも依るだろう。特に「具現化」は難しそうだ。「車」と言うだけで自動車が出てきたら危ない。しかし、先ほど波音が「車」と言った時、そうはならなかった。
「発動の条件は?」「えいやっと声に力を込める!」
「…………暴走というのは、具体的にどうなるの?」
「なんかこう、粘土みたいにぐにゃっとなる。こっちとあっちの境目がぼんやりするというか。それで、えーと。あっちから引っ張ってこようとして、逆にこっちが引っ張られて、そして、連れて行かれちゃうの」
イマイチ要領を得ないけれど、馬鹿なりに要点をまとめてくれている。「こっち」を現実世界、「あっち」を精神世界と考えれば、精神世界の力を借りて超能力を使おうとした際に、逆に現実世界の物質が取り込まれてしまうと言っているのだろう。
波音の左手に視線をやった。指で差す。
「連れて行かれたの?」「っ。うん。ほら」
手袋が外される。オレンジ色の左手が曝け出された。人肌の色彩とは明らかに異なる。かと言ってペインティングしているようには見えない。
命にしか出せない橙色。波音の髪と同じ。
「『具現化』のおかげで困ってはないんだけどね」
「怖くないの? その力」「怖いけど。でもさ」
ゾクリとするほど冷淡に、波音はこう続けた。
「海底人は滅ぼさなきゃいけないから」
突然の殺意に、背筋が凍りそうになった。
海底人は滅ぼすべき。私もそう考えている。父と母を殺したらしい憎き仇で、しかも人に害を為す危険な存在だからだ。とはいえ、滅ぼさなければいけないと考えるほどには、心は黒く染まっていない。
波音は違う。こいつには、刺し違えてでも海底人を滅ぼす覚悟がある。萎縮してしまいそう。目を逸らした。
田峰が茶化すように言う。
「ははあ。前回は不参加だったみたいだけど」
「まだ左手の調整中だったもん!」
「あの。発現する超能力の種類に、傾向やパターンはないの?」
「ないけど、そうだねえ。イカれてる奴の方が強い能力を持っている気はするけど、イカれてるから上手く扱えてるだけかもしれないし」
「なら私の適性は低そうね」「いや、桐歌ちゃんは結構イカれてるじゃん」
「え?」「え?」
田峰を睨みつける。ちょうどその時、私と彼女のスマホが鳴った。
取り出す。ユニからのメッセージ。久しぶりだ。
裏切りの咎人と奴らが手を取り合い、地上の都市を堕とした。
「はあ?」
眉を顰める。意味不明だ。
スマホをしまうと同時に、田峰の震える声が耳に届いた。
「ねえ。あのさ。聞いても信じてもらえないかもしれないけど。その、シドニーが水没したって。海底人のせいで」
呆気に取られる。もう一度スマホを取り出し、ユニからのメッセージを眺めた。地上の都市を堕とした。
シドニーは、波を彷彿とさせる形のオペラハウスで有名な、オーストラリアの金融都市だ。頭の整理が追いつかない。
田峰はさらにこう付け加える。
「しかも今回は、海底人からの犯行声明が届いているみたい。日本語で」
ア◯セウスめっちゃ楽しいね。




