バレた
知らない天井だ。上体を起こして周りを眺めた。清潔なベッド。白い壁、ベージュの床、殺風景な内装。病院の個室かな。全身傷だらけ。左の脇腹、右ふくらはぎには縫合がある。とはいえ、骨折以上の大怪我はなさそう。
記憶を掘り起こす。あやふやだ。突如現れた海底人と目が合ってから、生き延びようと必死になってもがいたことだけは覚えている。学校はどうなったのだろう。みこちゃんは無事だろうか。
天久保は?
病室の扉が開いた。医者と思しき白衣を纏った女と、熊と見紛うような大柄な男が入ってくる。
誰だ? 女の方が先に口を開いた。
「大丈夫? 調子はどう?」
「傷が熱いですね。全身を五十度の火で炙られ続けてる感覚だわ」
「うん。問題なさそう。抜糸は一週間後ね」
顔を顰める。生体吸収縫合糸を使ってくだされば良かったのに。最近の物は炎症も出ないと聞く。使用前に患者の許可が必要なのだったか。
男が話しかけてきた。
「痛むのは傷だけか?」「はい、そうですけれど」
「喉は?」「喉? ……っ!?」
化粧の粉が取れていた。二重丸のマーク辺りを隠すように押さえる。もしや髪もか。
バレた。何をされる? 訪問者の二人を睨みつけた。
「そう警戒するな。我々AUFOは、人権侵害行為に手を染めたりしていない」
「オーフォ?」「侵略性の知的生命体から世界を守る仕事をしている」
知っている。けれど、怪訝そうな表情をして見せた。
「信じられないなら信じられないでいい。しかし君は、常識では説明出来ない超能力と、それを与えた『ユニ』なる超常存在を知っているはずだ。人に仇なす侵略者ぐらいいても不思議ではあるまい?」
「…………」
演技でなく困惑する。いや、その侵略者は、まあほとんど何も知らないも同義だけれど、いるのは存じ上げている。問題は超能力の中身だ。厳しい口調で話す緑髪の少女に、ユニによって超能力に目覚めたとは聞かされたものの、具体的にどういう類の力が芽生えたのかはまったく以って不明だから。発動方法が分からないため検証不能。WorkHorseでユニに質問メッセージを送ってみたけれど、返信はない。
水の柱が出現してから、ユニからのメッセージは途絶えたままだ。
「あの。『侵略性の知的生命体』というのは、魚の頭を持った人型の化け物のことかしら?」
無知なフリをして尋ねかけた。
男は、迫力ある顔をさらに険しくする。怖い。
「詳しく」
「詳しくも何も、私をこうして病院送りにしてくれた怪物の頭が鯛だったのよ」
「海底人」
男は小さく呟いた。信じられないとでも言いたげな表情だ。やはり、水の柱も上がってないのに、あの怪物が陸地にいるのはおかしいことなのか。あるいはひょっとして、沿岸から離れた場所に出現を許した初のケースだったり?
タブレットを操作し、「確かに。いやしかし」とブツブツ言ったのち、諦めたように天を仰ぐ。タブレットを仕舞った。
「大きな破壊音についての通報のち、高校東棟の裏で倒れていた君が発見された。どうしてあんな場所に? 通報時は授業中だった」
「その、友達が、黒スーツの二人組に連れて行かれるのを見たの。心配になって追いかけたのです。途中で見失ったのですけれど、怪しい放送の後、なぜかは分かりませんが、彼らは校長室の窓から運動場倉庫に向かいました。見つからないようについて行って、女子トイレの窓から様子見をしていたら、化け物が降ってきたんです」
空から。
熊男は腕を組む。助けを求めるような目で見ないで欲しい。海底人の生態は、AUFOの方が良く知ってるでしょうが。私はド素人。
気持ちは分からなくもないけれど。前例がないのだろう。何せ海底人、「海の底の人」だもの。空から降ってくるとは普通思わない。
疑惑交じりの声音で、白衣の女が尋ねてくる。
「……飛んできたか、跳んできたか、分かったりする?」
「え? 飛翔か跳躍かということですか? 空中移動が出来そうな体型ではなかったわ。ジャンプしてきたのではないでしょうか。超能力でもなければ」
「なるほど」
普通の人体ならば、あれほどの高さまで跳べるほどの力に耐えられず潰れてしまうはずだけれど、海底人だと話が違うのだろう。海底の大きな水圧に耐えられるくらいには丈夫なのだから。とすると今度は、地上では満足に活動出来なくなるほど重いのではないか、という疑問が湧いてくる。
謎だらけだわ海底人。
看護師が入ってきた。
「ご家族に桐歌さんが目を覚ましたとお伝えしました。程なくこちらにいらっしゃいます」
「では、我々は退散させてもらうとするか」「了解〜」
熊男と白衣の女が部屋を出ていく。
見送りながら考える。予期せぬ事態で、私がユニの超能力者であることがバレてしまった。少なくともAUFOには共有されたとして、今後、海底人対策の表舞台に引き摺り出される可能性は十分にあると考えるべきだ。彼らとの付き合い方については、なるべく早く結論を出さなければならない。
腕を組む。両親を殺したかもしれない海底人の根絶やし計画はゆっくりと練っていく予定だったけれど、そうは行かなくなったようだ。沿岸から離れた場所でも活動出来る海底人がいるとすれば尚更。
あんな奴ら、いると考えるだけで気持ち悪い。眩暈がする。吐きそうになる。
心の奥底でナニカが喚く。
抹殺だ。撃滅だ。
病室の扉が、パタリと閉まった。
◇◇◇
水晴桐歌の病室を出た彼らは、病院駐車場に向かう。運転席に乗り込む熊男の神木へと、白衣の女、成瀬が外から問いかけた。
「彼女、ζ-01だと思います?」
「あんな年端も行かぬ小娘がまさか、という気持ちはある。しかしゼロとは言い切れまい」「頭は良さそうでしたしね。勧誘しますか?」
「芽がありそうなら」
シートベルトをかけたのち、神木は車を発進させた。サイドミラーに映る成瀬を眺めつつ、冷や汗を垂らす。ついに、海から離れた場所で海底人が目撃された。しかもそいつは、人間を二人殺している。被害者の素性は分かっていない。遺体がめちゃくちゃ過ぎて、検死作業は滞っている。
「水晴桐歌。許歌さんの娘」
自然とハンドルを握る力が強まる。
「仇は必ず取ります」




