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呪いの王女と復讐の令嬢  作者: 木村金魚
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復讐の令嬢

ミグナ様が塔の下で、くちなしの花を髪に飾られた。全てが静まり返った薄闇の中でも、白い花弁が浮き立つ。ミグナ様の部屋からは遠く、表情までは見えないけれど、とても柔らかく微笑んでいるような気がした。


ミグナ様は私の乳姉妹だった。不思議と大人びていて、友達や両親と喧嘩した時はいつだってミグナ様の胸に飛びこんだ。誰にも話せないことだって、ミグナ様になら話せた。ミグナ様が優しいお顔で、私の髪を梳いてくれる時間が好きだった。どうしようもなくて泣きたくなった時に、抱きしめてくれる温かさが幸せだった。

本当の姉のように、大好きだった。大切だった。


青い月も、夜も、闇も、全てがミグナ様を優しく包み込んでいる。


大好き。大好きですミグナ様。


どうか、私の思いも、ミグナ様に届きますようにーーーー。









「よくやってくれた。忌まわしい子の世話など誰も引き受けてくれぬと思っていたが、お前がいて助かった」


明くる昼方、両親と私は国王陛下と謁見することになった。珍しく、周りには王の側近二人しかいない。


何かを堪えている様子でひどく疲れた顔をした両親と、晴れ晴れとして笑顔を湛える陛下はおそろしいぐらいに対照的だった。

私は手を血が滲むぐらいに強く握りしめていた。白くなった手の間からぬるい液体が伝う。その感触で、私はなんとか平静を保っていた。


「誰にもできなかったことをしたのだ。そなたに伯爵位を授けようと思う。元から騎士として十分すぎるほど功績はあったのだ。誰も不審には思うまい」

「……恐縮でございます」


力なく頭を下げたお父様に、陛下は満足そうに笑った。笑った時の目元が、ミグナ様とよく似ている。そのミグナ様はもういないのに、なぜこの人は存在しているのだろう。


どうして笑えるのだろう。

自分の娘が死んだというのに、どうして。

ミグナ様はもういないというのに、どうして。

どうして生きているのだろう。



ミグナ様は悪と闇に呑まれた存在なんかじゃなかった。

もしミグナ様が悪と闇ならば、それらはひどく優しく温かいものだ。


ミグナ様を殺した国が、王族が、国王陛下が、憎らしい。光と善、そして正義というものは、残酷で酷薄、なんて愚かなものなのだろう。


私達家族は、本当の屋敷へ帰るまでの間、誰も一言としてしゃべらなかった。否、何一言として発することができなかった。私達の家はここだったはずなのに、欠けたピースが大きすぎて、隙間はちっとも埋まらないなのだ。


「私は、正しいことをしたのだろうか……」


暗い家の中、お父様が呟いた言葉だけがいつまでも反響していた。







伯爵家となって次の早春、静養地でのことだった。私達は湖の桟橋が崩壊する〔不運な事故〕に遭遇した。

静かな湖の中、お父様もお母様も、沈んでゆく体に抵抗しようとはしなかった。冷たい水は容赦なく二人を遠くの世界へと連れ去っていった。そして、私だけが奇跡的に助かった。私だけが、残されたのだ。


「ミグナ様……どうして私をお連れしてはくれなかったのですか?」


立派なベッド天蓋を見上げて、涙が滲む。

この国も、王も、全てが忌まわしい。

塔の中で過ごした日々が、ただただ愛おしい。


このまま時が過ぎれば、私は王家に嫁ぐだろう。ミグナ様のお兄様の妻となれば、私はユグナ様と義理の姉妹になる。ユグナ様は天真爛漫で美しいお方だが、どうして恨まずにはいられよう。

ユグナ様に非はないと知っていても、心の臓奥深くで蠢く感情を抑えることはできない。


「この国など、滅びてしまえばいいのに……」


ミグナ様が闇で、王族が光なのならば、お互いが決して相容れないのならば、私は闇になりたい。

ミグナ様と共にありたい。


そう思った途端、不意に私の体は軽くなった気がした。

先程まで起き上がることすらままならなかった体がまるで羽根のようにふわりと動く。


ガウンを羽織って外に出ると、まだチラチラと雪が舞っていた。

それでも、ところどころ見えた地面から春の訪れを感じさせる。


「……スノードロップ。もう、そんな季節なのね……」


白い小さな花がその可憐な顔をのぞかせていた。スノードロップは、ミグナ様の好きな花の一つだった。外に咲いている姿を見たいと寂しげな笑顔で言ったミグナ様のために、絵を描いたこともある。それを渡すと、私の大好きな優しい顔で嬉しそうに微笑んで、ずっと手元に持って下さった。

ミグナ様が塔を出るときも、小さく折りたたんで服の中に忍ばせていたのを知っている。


春の雪解けを知らせるスノードロップ。


私は、もう何も失うものはない。


―――――この国も、解けて消えてしまえばいい。







その反乱軍は、世界史上最も強大な力を持って王国を制圧した。


光と正義の最高神の子孫であることを主張し、それらを掲げていながら多くの不正や弾圧を行っていた王族。不満を抱いていた大勢の民は、反乱軍へと自発的に参加した。


断頭台に、かつての王が醜く叫びながらあげられた。

反乱軍に押さえつけられた王は、国の教理によって差別されてきた黒髪黒目の娘から、白い花を冠に挿された。


スノードロップ。

雪解けを表わした、反乱軍のイメージフラワーだ。風に揺れる大きな旗にも、その花が大きく描かれている。


全てを見届けたリーダーは、後をその娘に託すと、人知れず行方をくらました。

人々を導き、勝利を招いた彼女は、後世復讐を果たした烈女として歴史に名を残す。

燃え上がるような赤毛を靡かせ、深い鳶色の目をした元伯爵家令嬢。



――――――その名は、アイシャ。






深い森の湖の側で永遠の眠りについた彼女の傍らには、くちなしの花が寄り添うように咲いていた。




【花言葉】

スノードロップ:あなたの死をのぞみます<英>




日本でのスノードロップの花言葉はもっとかわいらしいです。

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