君は何者?
風が収まり椎那は瞳を開けると、自分の身体にいくつもの花びらが付いているのが見えた。きっと、部屋の中はもっとすごいことになっているのだろう。
「絶対、お前が掃除し…」
窓を閉めて隣にいる蓮に文句を言おうとしたが、言葉が続かなかった。
蓮がいた場所に、黒髪のポニーテールの少女が立っていたからだ。
少女もまた驚いた表情のままこちらをみている。
しばらく無言の二人だったが、先に少女から話かけてきた。
「君は何者?」
「あなたこそ何者ですか。ここは男子寮ですよ」
「それは、部屋の中を見回してから言ってちょうだい」
そう言って視線を後ろに向ける。椎那もつられて後ろを見ると、縫いぐるみやらレースやらと女の子らしい部屋が展開されていた。
「ね。どう見ても女の子の部屋でしょ?ここは、女子寮よ」
「嘘…」
この状況を信じられず、椎那はずるずると床に座り込んだ。
「ただ窓を閉めようとしただけで、こんなこと…ありえない」
片手で額を押さえて、椎那は首を振る。
「でも、これは現実よ」
そう言いながら、少女は椎那の前にしゃがみこんで視線を合わせた。その仕草に、椎那は困ったような表情をする。
「こんな状況なのに、あなたは随分と落ち着いていますね」
少女は苦笑を浮かべる。
「動揺するのを君に先越されたからじゃない?それに、ここは私の世界だしね。取りあえず、何か飲みながら話しをしよう」
そう言って、少女は立ち上がった。
部屋の隅にある小さな冷蔵庫の上にマグカップとコーヒーフィルターを準備し、ゆっくりとお湯を注いでいく。部屋の中にコーヒーの香りが広がった。
「はい、どうぞ」
いまだ座り込んでいる椎那の前に、マグカップを差出した。
「ありがとう」
椎那は口を付けた瞬間、不思議そうな表情をして少女を見た。
「不味かった?」
「いや、僕の好みを伝えたかな…っていうくらい好みの味だった」
椎那が持っているカップの中身は、コーヒーというよりカフェオレのような色をしている。反対に少女が持っているのはブラック。自分がブラックで飲むのに、初対面の相手にミルクや砂糖をいれるだろうか。
「牛乳半分、角砂糖2個」
「そう、それ。どうして、知っているんだ?」
的確に自分の好みを当てた少女に、椎那は首を傾げた。そんな椎那を見て少女はしばらく考えこんだ後に口を開いた。
「…あなた、椎那?」
「なんで、僕の名前を?」
お互い名乗ってはいないはずだ。
「椎那は私の同居人の名前よ。あなたが来る直前、窓を閉めようとしていたわ。君も同じ行動をしていたって言ってたわよね。こういう不思議なことは信じたくないけど、君は性別が反対の平行世界から来たってことなのかしら」
「だとしたら、あなたは蓮になるのか」
「レン?私は月桂蓮美よ。蓮が美しいって書くの」
「僕の同居人はレン。蓮という漢字だから、あなたの男性バージョンで間違いないだろう。あなたと僕の世界がなんらかの偶然で重なって、『初瀬椎那』という存在が入れ替わった…ということになるのだろうね」
「だと思う。信じたくないけどね」
お互い大きなため息をついた。




