第2章 廃車置き場のキャンピングカー
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
第2話「廃車置き場のキャンピングカー」です。
第1話では、ユウトがひとりで生きる、静かな世界を描きました。
今回は、その世界にひとつの「錆びた白い車」と、ひとりの「うるさい少女」が入り込んできます。
終末世界の旅は、まだ始まっていません。
エンジンは、かかっていません。
それでも、ユウトの足だけは、もう少しだけ先に動いてしまっているようです。
スマホの明かりを少し落として、静かな時間にどうぞ。
それでは、第2話をお楽しみください。
廃車置き場は、町の外れにあった。
かつては解体工場だったのか、それとも誰かがただ集めて捨てていっただけの場所なのか、俺にはもう分からない。錆びた重機の残骸の向こうに、車の山がいくつも連なっている。潰れた軽自動車、横倒しのトラック、タイヤだけが草に埋もれて残っている一角。
風が吹くたびに、どこかで金属がきしむ音がした。
俺は足音を殺しながら歩いた。踏む場所を選ぶ。割れたガラスは音を立てる。錆びた鉄板は、体重のかけ方次第で甲高い音を返す。十年もこんな生活をしていると、地面を見ただけでそれくらいは分かるようになる。
湿った土と、古い油と、錆の匂いが混じっていた。かすかに、腐った布のような匂いもする。
鳥の声が遠くでした。虫の羽音。それ以外には何も聞こえない。人間の声というものが、この場所には十年前から存在していない。
軽自動車の一台には、後部座席に子ども用のシートがまだ固定されていた。ベルトの部分だけ色が違う。誰かが繰り返し座らせていたのだろう。運転席側のドアには、色褪せた初心者マークが貼られたままだった。
俺はそういうものを、いちいち見ないようにしている。見ても仕方がないからだ。
昨日、この奥で見つけたものを、もう一度確かめに来た。
車の墓場の一番奥、他の車から少し離れた場所に、それはあった。
白いキャンピングカーだった。キャブコン型と呼ばれる、運転席の上に居住スペースが張り出したタイプ。車体の白は、汚れと錆でまだらに褪せていたが、致命的に潰れているようには見えなかった。フロントガラスは無事だ。側面にいくつか傷はあるが、車体そのものは歪んでいない。
風が吹くと、片側だけ蝶番の緩んだドアが、小さく軋みながら揺れた。
まるで、寝息のようだった。
長い間、ここで眠っていた大きな生き物。皮膚は傷だらけで、骨組みはまだしっかりしている。目を覚ますかどうかは分からないが、少なくとも死んではいない。俺はそんな風に思ってしまって、自分でも馬鹿げていると思った。
車は車だ。生きてなどいない。
それでも、俺は足を止めてしまう。
まずタイヤを見た。四本とも劣化していた。ゴムが硬化してひび割れ、空気は抜けきっている。交換が必要だ。ホイールは錆びているが、致命的な腐食ではなさそうだった。しゃがみ込んで下回りを覗くと、車体は左後ろに少しだけ傾いていた。地面が沈んでいるのか、サスペンションがやられているのか、それは中を見なければ分からない。マフラーの根元には赤茶けた錆が塊になっている。ここも交換か、少なくとも補修は要る。
窓には細かいひびが入っているが、割れてはいない。ドアは固かった。何度か力を入れて、ようやく軋みながら開いた。
ボンネットを開けると、エンジンルームは思ったより荒れていなかった。ネズミか何かの巣の跡はあるが、金属部分の腐食はそこまで進んでいない。バッテリーは当然死んでいるだろう。配線は、表面上は大きな断裂が見当たらない。ただ、奥まで確認したわけではないし、俺にそこまでの知識はない。基本の点検はできても、この先は専門の目がいる。誰か、ちゃんとその手のことが分かる人間でなければ。
ボンネットを支えるステーの先端は錆びていたが、まだ折れずに踏ん張っていた。俺はそれを片手で押さえながら、もう片方の手でエンジンルームの奥を覗き込んだ。
冷却水のリザーバータンクは、半分ほどまで白く濁った液体が残っていた。蒸発しきっていないということは、少なくとも完全な密閉不良ではないということだ。ただ、この色が正常なのかどうかは俺には判断できない。プラスチックの部分は紫外線で脆くなっていることが多いから、下手に力を入れれば割れる。
ベルト類は硬化してひび割れていた。これはどのみち総交換だろう。指先で軽く弾くと、粉のような欠片がぱらぱらと落ちた。オイルフィラーキャップを開けてみると、中の油は真っ黒に近い色で、粘度も落ちているように見えた。十年分の劣化がそのまま溜まっている臭いがした。
エアクリーナーボックスを開けると、案の定、枯れ葉と細かい繊維状のゴミが詰まっていた。虫の死骸らしきものも混じっている。フィルターそのものは原形をとどめていたが、交換が必要なのは見なくても分かった。
配線をたどれる範囲でたどってみる。バッテリー端子の周りには白い粉のような腐食が浮いていたが、配線の被覆そのものが裂けている箇所は、俺の目が届く範囲にはなかった。とはいえ、それはあくまで「見える範囲」の話でしかない。
車体の下に潜り込んで、エキゾーストパイプの継ぎ目を指で押してみた。薄い錆が層になっていて、力を入れれば崩れそうな感触があった。穴が開いているかどうかまでは、エンジンをかけてみなければ分からない。
分かることと、分からないことが、はっきり分かれていく。
分かること――タイヤ、ベルト、バッテリー、フィルター、これらは交換すれば済む。手間はかかるが、判断に迷う余地はない。
分からないこと――エンジン内部が固着していないか。燃料系統がどこまで腐っているか。電装系の奥まで生きているか。これらは、俺の知識と道具では確かめようがなかった。
誰か、専門の目が要る。
俺はそう思って、それからすぐに、そんな相手がどこにいるというんだと、自分の考えを笑った。
燃料タンクの状態も分からない。十年も放置された燃料は、まず使い物にならない。抜いて、入れ替える必要がある。あるいは、劣化しきったガソリンをどうにかする方法があるのかもしれないが、それも俺の知識の外だった。
部品が残っていれば。 バッテリーを交換できれば。 配線の奥まで腐っていなければ。 エンジンそのものが固着していなければ。
条件はいくつも並んだ。どれか一つでも欠ければ、この車はただの鉄の塊のままだ。
分かっている。分かっているのに、俺はまだこの場を離れられずにいた。
固いドアを、もう一度開けて中に入った。
閉じ込められていた空気が、埃と古い布と錆と、乾いた木材の匂いを連れて流れ出した。息を止めたくなるほどではないが、しばらく胸の奥に残るような匂いだった。
その匂いの奥に、ほんの一瞬だけ、覚えのある感触が混じった気がした。金属と、消毒液に似た、あの匂い。
俺は反射的に息を止めた。
違う。ただの古い車の匂いだ。あの日の匂いとは違う。
分かっているのに、しばらく指先が動かなかった。
車内は、思ったより荒れていなかった。折り畳み式のテーブルには埃が厚く積もっている。小さなシンクには水垢の跡。傾いた収納棚、二段になったベッド。誰かが使っていた食器が、棚の隅にそのまま残っていた。畳まれた毛布は、湿気でところどころ変色している。天井の照明は割れていた。
引き出しを開けると、スプーンが数本、転がっていた。壁には、色褪せた観光地のパンフレットがピンで留められている。手書きのメモもあった。文字はほとんど読めない。
俺はそれらを、一つずつ見て、また戻した。
小さな棚の上に、写真立てが倒れていた。手に取る。ガラスは割れていないが、写真そのものが日に焼けて、色が飛んでいた。四人か、それ以上の人物が写っている。顔は判別できない。誰かが笑っているらしいことだけは、かろうじて分かった。
背景に、青いものが写っていた気がした。海か、空か。それすらも、色褪せてよく分からない。
俺はしばらくそれを見て、何も考えないふりをして、元の場所に戻した。
かつて、ここで誰かが眠り、飯を食い、笑っていた。俺の知らない誰かが。
そう思うと同時に、俺はその考えを頭の外へ押し出した。考えても仕方のないことだ。
そのときだった。
「それ、動きそう?」
背後から声がした。若い、女の声。
俺は反射的に体を低くし、出入口を確認した。腰のナイフに手をかける。車の陰、廃車の間、逃げ道になりそうな隙間を目だけで探る。声の主が一人なのか、後ろに誰かいるのかも分からない。
ドアの外に、少女が立っていた。
十七、八くらい。首から小型のカメラを下げている。焦げ茶色の髪をポニーテールにまとめ、色褪せたパーカーに丈夫そうなカーゴパンツ。旅慣れた靴。腰には小さな工具ポーチ。
彼女は両手を軽く上げた。「敵意はない」というポーズだが、目はどこか面白がっているようにも見えた。
「一人か」
俺は短く聞いた。
「うん、多分」
「多分ってなんだ」
「今のところは、って意味」
軽い口調だった。だが目は、俺の手元と、俺の後ろの逃げ道を確認していた。無防備なわけではないらしい。
「動くかどうかは分からない」と俺は答えた。「調べていただけだ」
「へえ」少女は車体に近づき、白く褪せたボディに触れた。「私も前から目をつけてたんだよね、これ」
「前から?」
「うん。形、残ってるから。古い車なら、動くこともあるでしょ」
「根拠のない話だ」
「根拠はなくても、可能性はゼロじゃないでしょ」
俺は答えなかった。少女は気にした様子もなく、ボンネットの中を覗き込んだ。「うわ、思ったより中身残ってる」
「勝手に触るな」
「触ってないよ、見てるだけ」
言葉のやり取りは軽かったが、俺は警戒を解かなかった。ミナと名乗ったこの少女が、本当に一人なのかどうかも分からない。十年間、そういう油断が命取りになるのを何度も見てきた。
「私、七瀬ミナ」少女は言った。「そっちは?」
「言う必要があるか」
「別にいいけど。じゃあ、車の人、でいい?」
俺は舌打ちした。「天城ユウトだ」
「ユウト」ミナは軽く繰り返して、カメラのストラップに指を触れさせた。撮る気配はなかった。ただ、何かを考えるときの癖のように、指先だけがそこで止まった。
彼女は腰のポーチから、古い紙の地図を取り出した。何度も折られ、端がすり切れ、書き込みが増えている。広げると、通れない道、崩落した橋、いくつかの集落らしき印がびっしりと記されていた。
「これ見て」ミナは地図の一点を指した。「ここら辺に、青い海があるらしいの」
「らしい、というのは」
「噂。あと、昔の記録の断片。正確な場所は分かってない」
「海は灰色に濁ってる」俺は言った。「白い雨の粒子のせいでな。青い海なんて、もう存在しない」
「だから探すんだよ」
「道路は崩れてる。橋も使えない。燃料も手に入らない。長距離を移動するには食料と水がいる。途中で車が壊れたらそれで終わりだ。白い雨がいつ降るかも分からない。証拠もない噂話に、命を賭ける理由がどこにある」
俺の言葉に、ミナは黙った。だがすぐに、目を逸らさずに言った。
「ないって決めたら、そこで本当になくなるんだよ」
風が、開いたドアを小さく揺らした。
「青い海が、まだどこかに残ってたら」ミナは続けた。「世界は、全部終わったわけじゃないってことになる。私はそれを見たいの。証拠を。まだ終わってないっていう証拠を」
彼女の声は、いつもの軽さとは少し違っていた。一瞬だけ、表情の奥に何かが揺れたのを、俺は見た気がした。だがそれもすぐに、いつもの明るさに戻ってしまった。笑い方まで、意識して元に戻したように見えた。
「まだ終わってない、って思っておかないと」ミナは肩をすくめた。「私、たぶんここでちゃんと立ってられないから」
その一言だけが、いつもの明るさから少しだけ外れて聞こえた。
「馬鹿げてる」俺は言った。「そんなものは、もうない」
海の光を思い出した。ずっと昔、車の窓越しに見た記憶。誰かが笑う声。小さな手が窓に触れていた感触。白く濁った雨に、道路が消えていく光景。
止まったままの、自分の右腕の時計。
俺はそれを頭から追い出した。
「一人で行けばいい」俺は言った。「俺には関係ない」
ミナはしばらく俺を見ていたが、やがて小さく笑った。今度の笑いは、さっきまでのものと少し違って見えた。
「じゃあ、一緒に直してみない?」
彼女は白く褪せた車体に、そっと手を置いた。指先が、剥がれかけた塗装の縁をなぞる。まるで、眠っているものを起こさないように触れるみたいだった。
俺は答えなかった。
「別に、今すぐ返事しなくていいよ」ミナは地図を畳みながら言った。「私、明日も来るから」
「来なくていい」
「来るよ」
それだけ言うと、彼女は工具ポーチを鳴らしながら、廃車の間を戻っていった。振り返りもしなかった。歩き方に、迷いがなかった。
***
俺はしばらく、その場に立っていた。
手を洗っても、油の匂いはしばらく指先に残っていた。錆の粉が爪の間に入り込んでいる。頭の中では、エンジンルームの状態が何度も繰り返し浮かんだ。バッテリー、配線、燃料タンク。それから、あの言葉。
まだ終わってない。
そんなわけがない。十年間、俺はずっとそれを確かめながら生きてきた。世界は終わった。誰もそれを口に出さないだけだ。
日が傾き始めていた。俺は廃車置き場を出て、いつもの道を歩いた。踏み慣れた道は、目を閉じていても迷わない自信がある。それくらい同じ道を、同じ時間に、同じ歩幅で歩き続けてきた。
途中、崩れかけた自動販売機の前を通った。ガラスはとうに割れ、中の商品はとうの昔になくなっている。それでも俺は、通るたびに一応目をやる。何もないと分かっていても、確かめる。癖のようなものだ。
家に着くと、俺はまず戸締りを確認した。裏口、窓、それから玄関。三回、同じ順番で。誰かに笑われそうな習慣だと、自分でも思う。だが順番を変えると落ち着かない。
自分の家に戻る前に、俺は残った水と缶詰の数を、もう一度だけ数えた。減っていないことは分かっている。それでも数える。数えていないと、落ち着かない夜がある。
棚の中の缶詰は、いつもと同じ数だった。当たり前だ。誰も盗んでなどいない。この十年、誰かと物を取り合ったことなど数えるほどしかない。それでも数える。
窓の外はもう暗くなっていた。ランプに火を入れる気にもなれず、俺はしばらく暗いままの部屋に座っていた。
今日見た写真立てのことを、思い出さないようにしていた。四人か、それ以上の人物。色の飛んだ笑顔。背景の青いもの。
思い出さないようにすればするほど、頭の中でその輪郭がはっきりしていくのが分かった。
馬鹿げている。あんなもの、ただの他人の記憶だ。俺には関係のないものだ。
そう自分に言い聞かせても、指先はいつの間にか、左手首のミサンガに触れていた。
夜、暗い部屋で、俺は眠れずにいた。遠くで風の音がする。壁の隙間から、冷たい空気が入り込んでくる。
左手首のミサンガに、無意識に指が触れていた。色褪せた紐の感触。結び目のところだけ、少し硬くなっている。
外す気はない。外し方も、もう覚えていない気がする。
反対の手首では、腕時計の針が十年前のある時刻を指したまま動かない。俺はそれを見ないようにして、目を閉じた。
行くわけじゃない。 直すと決めたわけでもない。 状態を、もう少し確認するだけだ。
自分にそう言い聞かせて、俺はようやく目を閉じた。
夢は見なかった。あるいは、見た夢を覚えていないだけかもしれない。
***
翌朝、俺は工具袋を肩にかけて、再び廃車置き場へ向かっていた。
眠りは浅かった。何度か目が覚め、そのたびに部屋の暗さを確かめて、また目を閉じた。結局、空が白み始める前に起きてしまった。
外に出ると、空気はまだ夜の名残で冷たかった。吐く息は白くならない程度だが、肌に触れる空気には湿った重さがある。今日も、白い雨は降らないはずだ。降る前には匂いで分かる。今のところ、その気配はない。
朝露に濡れた金属の山が、白い光を弱く反射している。奥に見える白いキャンピングカーは、昨日よりほんの少しだけ、そこに立っているように見えた。
工具袋の中身を、歩きながらもう一度頭の中で確認した。レンチ、ドライバー、予備の布、水を入れた小さなボトル。多すぎることはない。少なすぎるかもしれないが、それは行ってみなければ分からない。
まだ何も決まっていない。
修理できるかどうかも分からない。ミナが本当に来るかどうかも分からない。青い海など、最初からどこにもないのかもしれない。
昨日の自分に、聞いてみたい気がした。何のために、また工具袋を持って歩いているのか。誰かと約束をしたわけでもない。あの女は「明日も来る」と言っただけで、俺は「来なくていい」と答えた。それだけの話だ。
行く義理はない。
それでも、足は迷わずそちらへ向かっていた。
廃車の山の間を抜けながら、俺は自分の左手首に触れた。ミサンガの結び目の感触。それから、右手首にある止まったままの時計にも触れた。針は、いつもと同じ場所を指している。当たり前だ。壊れたものが、勝手に動き出すはずがない。
分かっている。分かっているのに、歩く速さは変わらなかった。
錆びついた蝶番が、遠くから小さく軋む音を立てていた。
まるで、誰かが先にドアを開けて、俺を待っているみたいだった。
あとがきまで読んでくださって、ありがとうございます。
第2話「廃車置き場のキャンピングカー」、いかがだったでしょうか。
この回は、物語の「最初の扉」を開ける話でした。
そのため、派手な出来事は、あえてほとんど起こしていません。
起こるのは、ひとりの少年が古い車を点検して、ひとりの少女と言葉を交わす、それだけです。
けれど、その「それだけ」の中に、この物語のほとんどが入っています。
今回いちばん書きたかったのは、ユウトの視線です。
彼は、車を見ます。
タイヤ、ベルト、バッテリー、エンジンルーム。
「分かること」と「分からないこと」を、冷静に仕分けていきます。
そして、その仕分けの合間に、ふっと別のものが顔を出します。
車内に残された食器、色褪せた写真立て、背景にあった青いもの。
ユウトは「見ないようにしている」と言い張ります。
けれど、見ないようにしている人ほど、実はよく見てしまっているものです。
ちなみに、ユウトが車を点検する場面は、少し長めに書いています。
「ここ、飛ばしても大丈夫かな」と思われた方もいるかもしれません。
でもあの長さは、彼が「この車をどれだけ真剣に見ているか」そのものです。
「直せないと思いながら、直せる理由を探している」少年の気持ちを、部品の名前ひとつひとつに込めました。
もうひとつ、こっそり込めたものがあります。
車内でユウトが感じた、金属と消毒液のような匂い。
そして、彼の腕に残っている、止まったままの時計。
この二つは、これから先の物語で、何度も顔を出します。
「そういえば、あったな」と、頭の片隅に置いておいていただけたら嬉しいです。
そして、ミナです。
彼女は、明るく、強引で、ずかずかとユウトの世界に踏み込んできます。
けれど、「まだ終わってない、って思っておかないと」と言った一瞬だけ、声が少しだけ違って聞こえたはずです。
その一瞬に気づいてもらえたなら、書き手としては、これ以上ない喜びです。
彼女が「青い海を探している」と言った本当の理由は、まだ先の話になります。
今はただ、あの笑顔の奥を、ほんの少しだけ気にしていてください。
ユウトの家の戸締りのシーンも、地味ですが、私の好きな場面です。
同じ順番で三回確認して、数が減っていないと分かっている缶詰を、それでも数える。
そういう小さな癖のなかに、ユウトの十年間が全部入っていると思っています。
そして、ラストです。
ユウトは、「行くわけじゃない」「直すと決めたわけでもない」と言いながら、朝になると、また工具袋を肩にかけて歩いています。
言葉より先に、足が動いている。
この物語のユウトは、ずっとこういう少年です。
不器用で、素直じゃなくて、でも、行動だけは正直です。
錆びた蝶番の音が、まるで「誰かが先にドアを開けて、待っている」みたいに聞こえる。
あの一文が、この回のいちばん書きたかった景色でした。
さて、次回はいよいよ、あの音が鳴ります。
次回、第3話「エンジンがかかる朝」。
ユウトとミナは、あの古いキャンピングカーの修理に取りかかります。
ぶつかり合い、言い合い、意地を張り合いながら、少しずつ部品と道具と燃料を集めていきます。
果たして、十年間眠っていたあの車は、もう一度目を覚ますのか。
そして、ユウトは、町の外へ踏み出せるのか。
どうぞ、楽しみにお待ちください。
もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価、感想をいただけると、とても励みになります。
ひとつひとつが、次のエンジン音を書く燃料になります。
それでは、また次のお話でお会いしましょう。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




