表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忠犬むぎは、夜に鳴く  作者: 優木凛々
第1章 新たな隣人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/28

停電


 刑事の木下は、1度来たきりで、それ以降見ることはなかった。

 莉子はいつも通りの日常を過ごし、ゴールデンウィークに入る。


 ゴールデンウィーク中、彼女はここぞとばかり映画とアニメにどっぷりつかった。

 同好会のみんなで映画を見に行き、家では朝から晩まで、見たかった映画やアニメを見る。


 隣の海老名家では、普段忙しそうな直樹もゴールデンウィークは休みのようだった。

 結月と2人で出掛けたり、庭でプランターのトマトに水をやったり、親子で楽しそうに過ごしている。


 その様子に、莉子は胸を撫で下ろした。



(やっぱり普通に優しいお父さんと娘、だよね)



 刑事が来たことは、もう忘れようと思う。




 ――そしてゴールデンウィークが終わり、2週間ほど過ぎた夕暮れ。


 莉子が、アルバイト先のコンビニから自宅に向かって歩いていると、ぽつり、と頬に冷たいものが当たった。

 空を見上げると、灰色の雲が広がり始めている。



「……雨だ」



 莉子は急ぎ足で自宅に向かった。

 家の近くまで来たところで、見覚えのある中年女性とすれ違う。

 傘を持っていないらしく、小走りで駅の方へ向かっていく。



(今のって、確か結月ちゃんのシッターさんだよね)



 そんなことを思いながら、莉子はそのまま急いで自宅へ戻った。

 家に入ると電気をつけ、2階の自室へ上がる。


 塗れた衣服を着替えている間にも、雨はどんどん激しくなった。

 遠くで雷鳴が響き始める。



「いつまで降るんだろう」



 スマホを取り出し、天気を調べようとした――そのとき。



 フッ



 部屋の明かりが一瞬で消えた。



「え?」



 スマホ画面の光を頼りにカーテンを開けると、外は一面真っ暗だ。



「うわ、停電だ……」



 莉子はスマホのライトで足元を照らしながら、慎重に1階へ下りた。

 リビングの棚にある非常用のランタンを取り出して点灯させると、周囲が明るくなる。


 少しホッとしながらスマホを調べると、

 この地域一帯が、落雷の影響で停電していることが分かった。



「復旧までどのくらいかかるんだろう……」



 そう思いながら、ふと窓の外に目を向けると、隣の家は真っ暗だった。

 帰りにシッターさんとすれ違ったことと、

 月末は直樹の帰りが遅い日があると聞いたことを思い出す。



(……てことは、今結月ちゃん1人かもしれないってことだよね)



 心配になった莉子は、予備のランタンを持って玄関を出た。

 土砂降りの雨の中、傘を差して隣の家へ向かう。


 インターホンを鳴らすが、停電中なので音が鳴らない。

 莉子は玄関のドアを、雨音に負けないように強めにノックすると、大きめの声を出した。



「こんばんは! 露木です!」



 しばらくすると、家の中からぱたぱたと足音が聞こえてきた。

 ガチャリ、とドアが開き、怯えた顔の結月がスマホを手に出てくる。

 莉子の顔を見上げて、ホッとしたように息をついた。



「莉子ちゃん……」



 どうやら相当不安だったらしい。

 莉子は顔に付いた水滴を手で払いながら尋ねた。



「お父さんは?」

「電車が停まっちゃって、しばらく帰れないって」



 困ったように答える結月を見て、莉子は思った。

 停電の夜に小学生1人は、さすがに心配だ。



「結月ちゃん、うちにおいで。お父さんには“隣の家にいるから迎えに来て”って連絡すれば大丈夫だから」

「うん……!」



 結月の表情がぱっと明るくなった。

 そして、遠慮がちに口を開く。



「……むぎも一緒にいい?」

「もちろんだよ。連れておいで」

「……! ありがとう!」



 結月は嬉しそうに家の奥に向かった。

 しばらくして、白い犬のぬいぐるみを抱えて戻ってくる。


 そして、小さな長靴を履いた結月が家の鍵を閉めると、2人は傘をさして莉子の家に向かった。


 玄関で傘を閉じて玄関に入る。



「どうぞ」

「……おじゃまします」



 結月が遠慮がちに家に上がると、莉子は彼女をリビングダイニングに案内した。

 ランタンに照らされた部屋を見て、結月が安堵の表情を浮かべる。



(やっぱり暗いと怖いよね)



 莉子は結月に椅子を勧めると、隣の椅子を指さした。



「むぎ、隣の椅子に座らせるといいよ」

「ありがとう」



 結月は嬉しそうに、白い犬のぬいぐるみを隣の椅子へ座らせた。

 そのとき、結月のスマホの音楽が鳴り、結月が画面を見る。



「お父さん、信号が故障して、電車が止まってるんだって。莉子ちゃんちにいるって送るね」

「うん」



 結月は小さな指で器用にメッセージを打ち始めた。


 その間にと、莉子は立ち上がった。

 台所へ向かうと、大きめの皿にポテトチップス、チョコレート、クッキーを盛り付ける。

 そしてコップにお茶を入れると、お菓子と共にテーブルの上に置いた。



「はい、遠慮なくどうぞ」

「……ありがとう」



 結月は少し迷った後、遠慮がちにチョコレートを手に取った。

 銀紙を丁寧にはがし、一口食べると、ほっとしたように笑う。


 莉子はその正面に座ると、ポテトチップスをつまんだ。

 ふと結月の横に目を移すと、白い犬のぬいぐるみが目に入る。

 相変わらず毛並みが良く、ランタンの明かりを受けて、黒い瞳がきらりと光っている。



(……よくできてるなあ)



 ぬいぐるみをながめながら、莉子は口を開いた。



「むぎちゃんって、いつも一緒なの?」



 結月はうなずいた。



「うん。ご飯も一緒に食べるし、宿題も一緒にするの」

「へえ。確かに賢そうな顔をしてるね」

「本当?」

「うん、本当」



 話を合わせるように言うと、結月は嬉しそうな顔をした。

 得意そうな顔で、声を潜める。



「……実はね、内緒なんだけど……むぎは、しゃべれるの!」



 窓の外から、ザーッという雨の音が聞こえてきた。


 その音を聞きながら、莉子は戸惑いを覚える。

 相手がれい奈なら「そんなわけないじゃん!」と笑って返せるが、相手は小学2年生の結月だ。

 否定するのも違う気がして、莉子は無難に相槌を打った。



「そうなんだね」



 その反応に安心したのか、結月は更に身を乗り出した。



「しゃべれるだけじゃなくて、動けるの!」

「そうなの?」

「うん。でも大人に見つかると驚かれるから、人がいるときは動かないの」



 莉子は「そうなんだ」と相槌を打ちながら、内心困り果てた。

 どう返せばいいのかわからず、とりあえず尋ねる。



「むぎちゃん、いつから動くようになったの?」

「去年。インターネットで、死んじゃったむぎの魂を、ぬいぐるみに移す方法を見つけたの」

「……そんな方法があったんだ」

「うん。やってみたら、本当に動いたりしゃべったりするようになったの。だから、この子はむぎなんだよ」



 結月が嬉しそうに隣のぬいぐるみをなでる。


 激しくなる雨音を聞きながら、莉子は何とも言えない気持ちで、むぎを見つめた。

 結月の話を聞いたせいか、むぎがこちらを見ているような感覚に襲われ、ぞくりと背筋が冷える。



「どうしたの?」



 突然身震いした莉子を見て、結月が不思議そうな顔をした。

 莉子が慌ててごまかす。



「なんだか急に寒くなった気がして。――ちょっと上着着てこようかな」



 そう言いながら、莉子は立ち上がった。

 暗いとどうもよく分からないことを考えてしまうな、と思う。



(ちょっと気分を変えよう)



 そして、とりあえず上着を持ってこようと歩き出した――そのとき。



 ……コンコン



 突然、玄関のドアをノックする音が聞こえきた。

 莉子がビクッと体を震わせると、



「……こんばんは」



 玄関から、男性の声が聞こえてきた。

 結月が嬉しそうな顔をする。



「お父さんだ!」

「ちょっと待ってて、一応見てくるね」



 莉子はランタンの1つを持って玄関へ向かった。

 ドア越しに声をかける。



「どちら様ですか?」

「海老名です。結月がお世話になっています」



 ドアを開けると、ずぶ濡れの直樹が立っていた。

 かなり疲れた顔をしている。



「すみません。電車が点検で止まってしまって、帰りが遅くなりました」

「いえいえ。今、結月ちゃんを呼んできますね」



 莉子は急いでダイニングへ戻った。

 ビスケットを齧っている結月に声を掛ける。



「結月ちゃん、お父さん帰ってきたよ」

「うん!」



 結月はホッとしたように立ち上がった。

 そして、少し恥ずかしそうに莉子を見る。



「このビスケット、少しもらっていってもいい? むぎが食べたいって」

「もちろん!」



 たぶん結月が食べたいんだよね、と思いながら、莉子はビニール袋にお皿の上にあったクッキーを入れた。

 口をくるりと縛って結月に渡す。



「はい、これ」

「ありがとう」



 結月は嬉しそうに受け取ると、むぎを抱えて玄関へ向かった。


 外へ出ると、さっきまであれほど降っていた雨が小降りになっていた。

 莉子がホッとしていると、直樹が深々と頭を下げる。



「本当にありがとうございました。助かりました」

「ありがとうございました」



 結月もお父さんを真似てぺこりと頭を下げる。

 そして、抱えていたむぎの前足を持ち上げると、小さく振った。



「じゃあね、莉子ちゃん」

「うん。またね」



 莉子は笑顔で手を振った。

 だが、さっきの話を聞いたせいか、去っていく麦の黒い瞳が、こちらをじっと見つめているような気がして、軽く目を逸らす。


 そして、2人の姿が隣の家へ消えると、莉子は軽く息を吐いた。

 家に戻ると、



 フッ



 家中の照明が一斉にぱっと灯った。

 明るくなった玄関を見回し、莉子は肩の力を抜く。



「よかった……」



 そして、ダイニングに戻ると、結月の座っていた席と、むぎが置いてあった席が目に入った。

 思わず苦笑いする



「停電より怖かったな……」



 たまに、れい奈がしてくる怪談より、今日の話の方が断然怖かったな、と思う。

 そして、とりあえず灯りがついたことに安堵しながら、2階の自室へと上がっていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ