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忠犬むぎは、夜に鳴く  作者: 優木凛々
第3章 異変

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最終日


 引っ越しまであと数日、桜の花が咲き始めた3月下旬。

 太陽がぽかぽか暖かい天気の良い午後。


 莉子は、大学にある映画研究部の部室に来ていた。

 4月に入ってすぐにある新歓イベントの準備のためだ。


 上映する映画を選び、展示物を準備し、毎年使っている連絡先記入用紙をコピーする。


 そして準備を終えると、莉子は悠斗とれい奈と一緒に、学校近くのチェーン店のカフェに入った。

 春休み中ということもあり、大きな窓のある店内は人もまばらだ。


 れい奈が、指につけている大きなドクロの指輪を触りながらつぶやいた。



「1年って早いね。ついこの前、新勧イベントあった気がしたのに」

「本当だよね、もう3年生とか信じられない」



 莉子も同意する。

 悠斗がコーヒーを飲みながら尋ねた。



「莉子は引っ越しいつするの?」

「1週間後。荷物ほとんどないから単身者パックにした」

「それいいね、俺、荷物めちゃくちゃ増えて大変でさ……」



 悠斗は、明日引っ越しらしい。


 しばらくして、れい奈が控えめに尋ねた。



「そういえば、例の女の子、どうなったの? 防犯カメラは?」



 どうやら聞きたくてウズウズしていたが、遠慮して聞いていなかったらしい。

 莉子は考えながら答えた。



「変なことは起こらなくなったかな。分からないところもあるけど、理由も大体分かったし」

「そっか」



 れい奈と悠斗が安心したような顔をする。


 莉子は2人に感謝した。

 2人が話を聞いてくれなかったら、どうなっていたか分からない。


 れい奈が口を開いた。



「もし解決したなら、前に見せてもらった防犯カメラの映像欲しいな。分析したい!」

「別にいいけど、たぶん何もないと思うよ?」

「うん、いいの。分析することに意味があるから」



 れい奈の嬉しそうな顔をして、莉子が苦笑した。

 悠斗もどこか呆れたように笑う。



 その後、莉子たちはカフェを出た。

 手を振り合うと、「また4月に新校舎でね」と言って、それぞれ帰路につく。


 莉子はそのままバイト先のコンビニへと向かった。

 今日は最終日ということで、いつもより更に丁寧に仕事をする。


 そして、夜7時過ぎ。

 バイトの時間が終えて帰ろうとすると、老オーナーがニコニコしながらやってきた。

 莉子に白い封筒を差し出す。



「莉子ちゃん、4年間お世話になったね。これ、少ないけど、なんか食べて」

「ありがとうございます、オーナー。お世話になりました」



 莉子は笑顔で頭を下げた。

 他のバイトの人たちとも別れの挨拶を交わすと、しんみりした気持ちでコンビニを出る。



(もう会えないって訳じゃないけど……なんか寂しいな)



 莉子は地面を踏みしめるようにゆっくりと夜道を歩いた。

 ふと見上げると、昼間の晴天から一転、いつの間にか淀んだ雲が低く垂れ込めていた。

 肌にまとわりつくような湿気が生温く立ち込めており、今にも雨が降り出しそうだ。



(急いだほうがいいかも)



 莉子は早足で家へ向かった。

 鼻の頭に、ぽつりと水滴を感じ、更に足を早める。


 そして、自宅の近くまできて、莉子は首をかしげた。

 隣の家が、真っ暗だ。



(……留守かな)



 スマホを見ると、時刻は7時半。

 シッターさんが帰って少ししたくらいだ。



(出掛けたのかな? でも車あるしな……)



 そんなことを考えながら、莉子は自宅へ入った。


 カーテンを閉めようと窓辺に歩み寄り、ふと外の空気を入れようと窓を開けた。

 湿った土の匂いが鼻をかすめる。

 見上げると、細い雨が静かに降っていた。



(雨か……お母さん、大丈夫かな)



 目をやると、隣の家は闇に沈んでいた。

 いつも結月が腰掛けているウッドデッキは、雨に濡れて黒く光っている。



(やっぱり出掛けてるのかな)



 莉子はカーテンを閉めた。

 昨日の残り物で夕食を手早く済ませる。


 そして、お風呂にでも入ろうかと、お湯を溜め始めた――そのとき。



 リロリロリロリロ――



 突然、リビングの電話が鳴り響いた。

 莉子は一瞬体を震わせると、小走りでリビングに向かうと電話に出る。



「はい、もしもし」

「夜分遅くすみません。海老名です」



 それは焦ったような直樹の声だった。

 駅から電話をしているのか、後ろからアナウンスが聞こえる。


 何となくただ事ではなさそうな雰囲気を感じながら、莉子は尋ねた。



「莉子です。直樹さん、どうしたんですか?」

「実は、結月と連絡がとれなくて」



 1時間ほど前から、家の電話と携帯にずっと電話をしているのだが、結月が出ないらしい。



「防犯カメラを見る限り、人の出入りはないのですが、家の中にある見守りカメラに何も映っていなくて……」



 莉子は受話器を持ったまま、リビングのカーテンを開けた。

 隣の家は真っ暗だ。



「今見ていますけど、確かに電気ついてないですね」

「そうですか……」



 直樹が申し訳なさそうに言った。




「寝ているだけの可能性もありますが、どうも心配で……申し訳ないですが、ちょっと様子を見てきて頂けないでしょうか」



 今急いで帰っている途中なのだが、どうがんばっても1時間半はかかるらしい。



 莉子は頷いた。



「はい、分かりました。見てきます」

「よろしくお願いします」



 電話を切ると、莉子は窓を開けて隣の家の様子を伺った。

 しとしとと雨粒が落ちる音の向こうで、家は闇に沈んでいた。

 人の気配はどこにも感じられない。



(どうしたんだろう)



 莉子はスマホを握りしめ、そのまま家を出た。

 隣家の門をくぐり、玄関先で呼び鈴に手を伸ばす。



 ピンポーン



 乾いた電子音が静かな夜に響いた。

 家の中からは何の反応もない。



 ピンポーン

 ピンポーン



 立て続けに押しても、返ってくるのは沈黙のみ。

 人のいる気配はない。


 莉子の胸の中が不安でいっぱいになった。



(どうしたんだろう……寝てる? いや、でも……)



 確かめるようにドアノブに手を掛けて、軽くひねると――



 ガチャリ



 ドアはあっさりと開き、その先には真っ暗な空間が広がっていた。





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