表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忠犬むぎは、夜に鳴く  作者: 優木凛々
第3章 異変

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/28

夜に鳴く



 

 ガチャリ



 ドアはあっさりと開き、その先には真っ暗な空間が広がっていた。

 空気は冷え切っており、人の生活の匂いが漂っている。



(誰もいない……?)



 莉子は眉間にしわを寄せた。

 奥に向かって、控えめに声を掛ける。



「……結月ちゃん、莉子だけど、いる?」



 返事はなく、家の中はシンと静まり返っている。

 背後の静かな雨音を聞きながら、莉子は思案に暮れた。



(寝てる……のかな……?)



 確かめた方が良さそうな気がして、莉子は「お邪魔します」と小さくつぶやくと、中に足を踏み入れた。

 電気をつけようと手探りでスイッチを探して押すも、カチカチと乾いた音が鳴るのみで、電気がつかない。



(あれ? どうしたんだろう……)



 莉子はスマホのライトを起動した。

 暗がりの中に白い光が伸び、玄関の端にきちんと揃えられた結月の小さなピンク色の靴を照らし出す。



(……靴があるってことは、いるってことだよね)



 莉子は、家の中へ声を張り上げた。



「結月ちゃん! 莉子だけど、いる!?」



 反応はない。

 ただ冷たい静けさが広がるばかりだ。



(まさか……倒れてるんじゃ……)



 胸騒ぎを覚えた莉子は、「入るよ!」と奥に声を掛けた。

 靴を脱いで玄関を上がった。

 スマホのライトを照らしながら、軋むフローリングの廊下を進み、開いているドアから奥の部屋に入る。


 そこは綺麗に整えられたリビングだった。

 テーブルの上には、ラップのかかった2人分の夕食が綺麗に並べられている。



(シッターさんがやってくれたのかな)



 整然とした部屋に、どこか居心地の悪さを感じながら、莉子は周囲をライトで照らした。

 結月の姿はどこにもない。


 壁のスイッチを見つけて押してみるも、こちらも電気がつかない。



(ブレーカーが落ちたのかな)



 ――そのとき。



 バタンッ



 頭上から、重い物が倒れたような音が響いた。

 莉子はビクッと身を震わせると、スマホの光を天井に向けた。



(……まさか、倒れてる!?)



 莉子は急いで廊下に出ると、階段へと向かった。

 暗い階段を見上げると、2階は深い闇に飲み込まれている。

 壁のスイッチを見つけて何度も押すが、やはり電気はつかない。



(いいや、行こう)



 莉子はスマホのライトで足元を照らしながら、階段を上り始めた。

 家が古いせいか、古い木の階段はかなり急だ。

 這うように上がっていくと、2階の暗い廊下が見えてきた。

 突き当りには天窓が、外のぼんやりとした灯りが中を照らしている。



(たぶんあれ、私の部屋から見える窓だ)



 そして、階段を登り切ろうとした――そのとき。


 莉子は、暗い廊下に何かが立っていることに気が付いた。

 反射的にスマホのライトを向け――



「……っ!」



 莉子は思わず息をのんだ。

 光の先に浮かび上がったのは、結月だった。

 表情が完全に抜け落ち、腕にはむぎを抱えている。


 莉子が凍り付いたように固まっていると、結月が音もなく歩き始めた。

 ゆっくりと莉子に近づいてきて――むぎが莉子の顔に飛びかかってきた。



「……っ!」



 視界が真っ白になった。

 大きくバランスを崩し、頭を庇う間もなく、そのまま一気に階段を転げ落ちる。



 ガンガンガンガンー―!

 ゴンッ!



 強烈な衝撃が頭を襲った。

 頭を上げようとするが、まるで自分のものではないように動かない。

 震える手で頭を触ると、生温い液体がべったりと付着した。



(なに……いまの……)



 思考の輪郭がぼやけ、うまくまとまらない。

 霞む意識の中、必死に体を起こそうともがいた――その時。



 ストン……

 ストン……

 ストン……

 ストン……



 軽い足音が、階段をゆっくりと下りてきた。

 上からぼんやりとした明かりが近づき、莉子の真上でピタリと止まる。


 莉子がゆっくりと目を動かすと、そこには結月が立っていた。

 手には小さなランタンを提げ、両腕に、むぎと庭で見た女の子のぬいぐるみを抱えている。


 結月は、倒れている莉子を見下ろすと、不思議そうにこてんと首をかしげた。



「莉子ちゃん、寝てない」



 あまりにも場違いな、のんびりとした口調に、莉子は思わず目を見開いた。

 結月の瞳を見上げるも、その奥には生気がない。



「な……なにを……」



 掠れた声を絞り出すと、結月は抱えていた女の子ぬいぐるみを莉子へ突き出すように見せると、楽しそうに笑った。



「莉子ちゃんを、この中に入れてあげるの」



 結月が無邪気に続けた。



「むぎがね、莉子ちゃんも人形の中に入れてあげればいいよって教えてくれたの。ずっと一緒だよって」



 そして、苦しげに呻く莉子を覗き込み、申し訳なさそうに眉をひそめた。



「ごめんね、莉子ちゃん。お母さんみたいにお薬使えなくて……」



 その言葉を聞いた瞬間、莉子はようやく気が付いた。



(この子はもう、ずっと前から壊れてたんだ)



 気が付かなかったな……とぼんやり思いながら、莉子はつぶやくように言った。



「……ごめんね……」



 その一言を聞いた結月は、不思議そうに首をかしげた。



「なんでごめんねなの……?」



 朦朧とする莉子の横にしゃがみ込むと、その手に触れ、小さな声で言う。



「……莉子ちゃん、冷たい」



 結月の腕から、むぎがぽすんと落ちて転がった。

 莉子を見つめる目に生気が宿る。そして――



 ぽたり



 結月の目から、大粒の涙がこぼれた。

 涙は、後から後からこぼれ落ちていく。


 結月は顔をくしゃりとすると、震える声でつぶやいた。



「……莉子ちゃん」



 そして、倒れている莉子にすがりつくと、大声で泣きだした。



「……莉子ちゃん……違うの、こんなんじゃない……」



 莉子がふと気づくと、顔のすぐ近くにむぎが転がっていた。

 その黒い瞳が仄暗く光っている。


 遠のいていく意識の中、莉子は震える手を何とか伸ばした。

 べったりと血がついている手を、むぎへ押しつけるようになすりつけると、白い毛並みが、じわりと赤く染まっていく。

 莉子は口角を上げた。



「……これで、いい」



 意識がゆっくりと遠のいていく。


 結月の泣き声に混じって、犬の遠吠えが聞こえた気がした。









(完)





ここまでお読みいただきありがとうございました。

ホラー2作目、無事完結です。


あとがきらしきものを活動報告にのせましたので、興味があるかたはご覧ください。

⇒https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3693969/


それでは、またの機会に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ