表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忠犬むぎは、夜に鳴く  作者: 優木凛々
第3章 異変

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/28

誕生会

 直樹から誘いを受けた、約2週間後。

 寒さが少し和らいできた、2月末の日曜日。


 莉子は母親の車に乗って、誕生会の会場に向かっていた。

 指定されたのは、住宅街の中にあるこじんまりとしたレストランで、調べたところ、知る人ぞ知るフレンチの店らしい。


 運転しながら、母親が感心したように言った。



「直樹くん、よくこんなおしゃれな店知っているわね。全然知らなかったわ」

「私も」



 母親の話に適当に相槌を打ちながら、莉子は緊張の面持ちで窓の外をながめた。

 結月と直接会って話すのは久し振りだ。



(なるべく普通に話そう)



 夜中2時に庭で立っていたり、煙のように消えたり、

 不可解すぎることが起こっているが、とりあえずなかったことにして、いつも通り接しようと思う。


 車は、住宅街の中にあるこじんまりとしたレストランに到着した。


 暖かい店の中に入ると、にこやかな中年ウエイターが出迎えてくれた。

 そのまま奥に案内される。


 お洒落な店内を歩きながら、莉子は緊張を逃すように息を吐いた。

 お腹にグッと力を入れると、母の後について個室に入る。


 個室は、アイボリーの壁に絵が飾られている可愛らしい雰囲気だった。


 部屋の中央には、真っ白いクロスのかかった大きなテーブルが置れて、

 紺のジャケット姿の直樹と、ピンクの上着を着た結月が並んで座っている。


 莉子が入っていくと、結月が嬉しそうに声を上げた。



「莉子ちゃん!」



 以前と変わらぬ無邪気な笑みに、莉子はホッと胸を撫で下ろした。

 素早く部屋の中に目を走らせて、むぎの姿がないことを確認して安堵すると、微笑みながら結月を見る。



「結月ちゃん、お誕生日おめでとう」

「ありがとう!」



 莉子と母親は椅子に座った。

 莉子が正面に座ると、結月が満面の笑みを浮かべる。


 料理を待っている間、莉子たちはプレゼントを渡した。


 莉子が結月の好きなキャラクターのポーチやハンカチなどの小物で、母親が図書カードだ。


 キャラクターグッズを見て、結月が目をキラキラさせた。



「莉子ちゃん、ありがとう!」

「どういたしまして」



 莉子は口角を上げながら、結月をながめた。

 雰囲気は穏やかで、夏によく会っていたときとほとんど変わらない感じがする。



 白い皿に盛りつけられた前菜が運ばれてきて、食事が始まった。


 結月は、はしゃいだ様子でおしゃべりをした。

 どうやら彼女は最近苦い漢方を飲んでいるらしい。

 母親が心配そうに直樹に尋ねた。



「漢方なんて、どうしたの?」

「あまりに眠気が酷いんで、病院に行ったんです」



 調べたところ、特に異常はなかったものの、とりあえず体を整える漢方を処方されたらしい。



「すごく苦いんだけど、がんばって飲んでるの」

「そうなんだね」



 莉子は生ハムを食べながら、ニコニコする結月を見た。

 学校の話も普通にするし、本当にいつも通りだ。


 今日はいつもと同じように振舞おうと思って来たので、結月が普通であることはありがたい。

 でも、これはあまりにも普通過ぎないだろうか。

 まるで、前髪をギザギザに切ったり、夜中に庭で立っていたことなど、本当になかったかのようだ。



(……もしかして、むぎがいないから……?)



 何となく、そんな気がする。


 その後、食事は滞りなく進んだ。

 結月は始終楽しそうで、直樹は結月を見て嬉しそうに微笑んでいる。

 料理もとても美味しく、全員が和やかで楽しい時間を過ごす。


 そして、食事は終わり、デザートが運ばれてきた。

 結月の誕生日ということで、ろうそくが立ったかわいらしいケーキが運ばれてくる。



「結月ちゃん、お誕生日おめでとう!」



 店員さんたちと莉子たちに「ハッピーバースデイ」を歌ってもらって、結月が目を輝かせた。

 ろうそくを吹き消すと、拍手をされて嬉しそうに笑う。


 その後、4人は生クリームの乗ったイチゴケーキを食べながら会話をした。


 母親が口を開いた。



「それにしても、あの赤ちゃんだった結月ちゃんが、もう8歳になるのね。時間が経つのは早いわねえ」

「そうだね」



 直樹が相づちを打つ。

 母親はしみじみと続けた。



「莉子なんて、この前小学校に入ったと思ったら、もう1人暮らしよ。4月に出て行っちゃうんだから」



 そして、母親が次の言葉を続けようとした――そのとき。



「…………え?」



 突然、結月が思わずといった風に声を上げた。

 信じられないというように、莉子を見る。



「……莉子ちゃん、出てっちゃうの!?」



 その叫びにも近い言葉に、莉子は目を見開いた。

 直樹と母親も目を丸くしている。



「莉子ちゃん、嘘だよね!?」



 結月の必死の声に、横の直樹が我に返った。

 諭すように言う。



「結月、莉子ちゃんが困っているよ?」

「で、でも、でも……」



 訴えるように見上げる結月の頭を、直樹が優しく撫でた。



「莉子ちゃんも都合があるんだよ」



 うつむく結月に、母親が明るく言った。



「そこまで遠くに行くって訳じゃないから、休みには帰ってくるわよ。ねえ、莉子?」

「うん、帰ってくる」



 莉子が驚きながらもうなずくと、結月はしばらく黙った後、コクリとした。

 顔を上げて、寂しさを我慢しているような笑みを浮かべる。


 その後、4人は飲み物を飲みながら、会話を続けた。

 結月はニコニコしているものの、どこか表情が硬い。


 莉子は笑顔を作りながら、内心戸惑った。

 まさか、結月がここまで強く反応をするなんて思わなかった。



(結月ちゃん、どうしたんだろう……?)



 やがてお開きの時間となった。

 直樹と母親が何やらレジのところで話しており、莉子と結月は、とりあえず店の外で待っているように言われる。


 そして、外に出ると、結月が莉子の目を見上げた。



「莉子ちゃん、本当に出て行っちゃうの?」

「…………うん」



 莉子が頷くと、結月はうつむいた。

 そして思い切ったように、懇願するような目で莉子を見上げる。



「莉子ちゃん、お願い、行かないで」

「…………」

「わたし、ずっといい子にしてたよ。わがまま言わないで待ってたよ」



 結月が目を潤ませながら必死に言う。


 莉子は目を見開いた。

 まさか、と思い当たって尋ねる。



「結月ちゃん……もしかして、夜中、庭で私のこと待ってたの?」

「うん」



 結月が涙目でこくりとうなずいた。



「莉子ちゃん、前に夜に庭にいたら、来てくれた」

「……」

「むぎも、外にいたら莉子ちゃん絶対に来てくれるって。わがまま言わないでいい子にしてたら、また遊んでくれるって……」



 声を震わせる結月を、莉子は呆然と見つめた。

 まさかあの奇行が、自分を待っているものだったなんて思いもしなかった。


 そして、何か言わなければと口を開きかけた――そのとき。



 カランカラン



 店のドアが開いた。

 母親と直樹が出てくる。


 それを見て、結月が直樹に走り寄った。

 その足元に抱き着いて顔を埋める。


 直樹が困ったように結月の頭を撫でると、申し訳なさそうに莉子を見た。



「すみません……なんだかショックだったみたいで」

「いえ、大丈夫です」



 莉子は何とか笑顔を作った。

 直樹の足元に顔を埋める結月に向かって、「結月ちゃん、またね」と声を掛ける。


 そして、結月を片手で抱えたまま、直樹が助手席のドアを開くと――



(……むぎだ)



 助手席には、むぎが座っていた。


 莉子の視線の先で、結月は助手席に乗ってギュッとむぎを抱えた。

 その瞬間、表情が一気に虚ろになる。



(……っ!)



 莉子が驚いている間に、直樹はドアを閉めた。

 莉子と母親に頭を下げる。



「今日はありがとうございました。お先に失礼します」

「ええ、気を付けてね!」



 母親が手を振ると、車は走り出した。

 莉子は、呆然とそれを見送ると、母親に促されて車に乗る。


 シートベルトをしながら、母親が驚いたように言った。



「あんた、結月ちゃんにずいぶん気に入られてたのね」

「……私も驚いた」



 そう言いながら、莉子は手元を見つめた。



(もしかして、結月ちゃんがおかしくなったのって……私のせいもあるのかもしれない)



 莉子は今まで、結月がそこまで自分と一緒にいたがっているとは思っていなかった。

 "一緒に遊んで楽しかった、隣に住む親戚のお姉さん"くらいかと思っていた。


 しかし、今日の反応はそれとは一線を画すものだった。



(もしかして……結月ちゃん、ずっと言えなかった……?)



 本当は一緒に居たいと思っていたが、わがままだと思って言えなかった。

 死んだお母さんが「いい子じゃないと嫌いになるよ」とよく言っていたらしいが、その影響があるのかもしれない。


 莉子から声を掛けてくれるのをひたすら待ち続け、それでも声を掛けてもらえず、とうとう奇行に及んでしまったのだとしたら……。


 莉子は深いため息をついた。



(私、良くなかった)



 結月を見ていて、莉子は自分の幼少期を思い出した。


 離婚した母は忙しく、いつも1人寂しく留守番をしていたこと。

 親が学校行事に来られず、肩身の狭い思いをしたこと。

 夏休みはずっと学童で、ほとんど遊びに連れて行ってもらえなかったこと。


 だから、莉子は寂しそうな結月を、放っておけなかった。

 楽しく過ごさせてあげられればな、と思った。

 でも、よく考えたら、昔の自分を慰める行為であって、結月のことを本気で考えていなかったのかもしれない。


 本当に考えていたら、いくら忙しくても、時間を作って遊んだのかもしれない。


 結局自分のことしか考えていなかったから、忙しくなった自分を優先し、結月を後回しにしてしまった。


 莉子は深いため息をついた。

 心の中は罪悪感でいっぱいだ。


 そして、ふと思った。



(……それにしても、やっぱり、むぎっておかしい)



 むぎが何なのか、今まで何度も考えたことがあるが、結局分からない。

 イマジナリーフレンドかもしれないし、結月本人の願望なのかもしれないし、オカルト的なものかもしれない。

 でも、何にせよ、結月に与えている影響が悪すぎる。



(あれ、本気でどうにかしないとダメな気がする)



 莉子は、むぎをどうにかする方法について考え始めた。

 しかし、すぐに親戚から頭がおかしいと言われてしまった真由美のことが頭に浮かび、自分もそう言われてしまうかもしれないと思い、考えが詰まってしまう。



 ――その日の夜、莉子はほとんど眠れなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ