防犯カメラ
直樹からお土産をもらった、3日後。
莉子は、デパートで買ったチョコレートを持って隣の家に向かった。
チャイムを鳴らすと、シッターさんが出てくる。
「あの、隣に住んでいる露木ですけど、結月ちゃんいますか」
シッターさんは、申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「申し訳ありませんが、結月ちゃんは今眠っているんです」
「そうですか……。体調、大丈夫ですか?」
「はい、熱は大体下がったんですけど、とにかく眠いみたいで……」
シッターさんによると、結月は昼から崩れ落ちるほど眠そうにしているらしい。
「そうですか……」
莉子は眉をひそめた。
お見舞いにと、シッターさんにチョコレートを託して外に出る。
「結月ちゃん、大丈夫かな」
そして自宅に向かって歩き始めて、
「……っ!」
莉子は、ふと、誰かに見られているような感覚を覚えた。
見上げると、隣の家の2階の窓が目に入った。
厚いカーテンがぴったりと閉じられており、誰かいる気配はない。
(……気のせいかな)
莉子は片手で首をさすりながら自宅に戻った。
学校が始まるまでに、結月が元気になると良いな、と思う。
そして、この数日後。
冬休みが終わり、莉子は大学に通い始めた。
授業が何回か行われた後、後期のテスト期間に突入する。
幸いなことに、バイトは新しい人が見つかったため、週5日から週3日に減らせた。
その分、大学の図書館に通って勉強し、何とかテストを乗り切る。
――そして、最後の筆記テストが終わった、1月末。
莉子は約2週間ぶりに映画同好会の部室に向かって、とぼとぼと歩いていた。
ここ最近、あまりよく眠れていないため、少しフラフラする。
そして扉の前に到着すると、中から声が聞こえてきた。
(れい奈と悠斗かな)
莉子が扉を開けると、そこにはコートを着た、れい奈と悠斗がいた。
まだ温まっていない部室で、身を縮めながら寒そうに会話をしている。
そして、2人は莉子の顔を見て
「……っ!」
思わずと言った風に驚愕の表情を浮かべた。
「り、莉子、どうしたの!? 顔色悪いよ!?」
「痩せたよね? 何があったの?」
莉子は苦笑しながら、片手で頬を触った。
母親にも相当心配されているが、久々に会う2人から見ると一目見て分かるくらい酷い状態らしい。
莉子は「大丈夫」と言うと、中に入った。
心配そうな2人の正面に座ると、ため息をつく。
そして、顔を上げると、口を開いた。
「実はさ、ちょっと相談があるんだけど、聞いてくれる?」
「……いいけど、どうしたの?」
「ちょっと気持ち悪い話なんだけど、真面目な話だから、真面目に聞いて欲しい」
「うん、わかった」
2人が真面目な顔でうなずく。
莉子は再びため息をつくと、鞄からタブレットを取り出した。
脳裏に浮かぶのは、ここ3週間ほどのできごとだ。
*
1月に入ってから少しして、莉子は嫌な感覚を覚えるようになった。
――夜、誰かに見られている気がするのだ。
特に、外から帰ってくる時にそれを強く感じ、視線の方向を見ると、いつも隣の家の2階に行きつく。
立ち止まって見上げても、誰かがいる様子はない。
カーテンは固く閉じられており、灯りが灯っていないこともある。
莉子は眉をひそめた。
(気のせいかな……)
しかし、しばらくすると、莉子は2階にある自分の部屋にいても、同じような視線を感じるようになった。
視線は窓の外から。
思い切ってカーテンを開けてみるが、そこには何もおらず、夜の闇が広がっているのみ。
正面に見える隣の家の窓の奥も、真っ暗だ。
何度かカーテンを開けて外を確認して、莉子はため息をついた。
(なんか、落ち着かない……)
テストが近くて神経質になっているのかな、と思う。
――しかし、莉子の違和感は、これだけでは終わらなかった。
いつの頃からか、毎日夜中2時に目が覚めるようになったのだ。
何かを聞いたような気がして目を覚まして、
どうして目が覚めたのだろうか、と考えながら再び眠りにつく。
そして、こんな日が1週間ほど続いた、ある日。
いつも通り2時に目が覚めた莉子は、トイレに行こうとベッドから起き上がった、
どうやら外が明るいらしく、カーテンの隙間から光が漏れている。
(満月かな……?)
莉子は窓辺に歩み寄った。
カーテンをめくって窓の外を見て――思わず息を呑んだ。
「結月ちゃん!」
隣の庭のウッドデッキに、ぬいぐるみを抱えたパジャマ姿の結月が立っていた。
月明りに照らされた顔からは表情が抜け落ち、その目はまっすぐ莉子の家を見つめている。
莉子は思わず身震いした。
窓に開けて声を掛けようと窓枠に掴むが、今が夜中なことを思い出して思い止まる。
そして、急いで部屋を出ると、階段を降りてリビングに向かった。
リビングのカーテンを開けて外を見る。
――しかし、庭にはただ静寂が広がっているだけ。人っ子一人いない。
莉子は呆然とした。
「まただ……」
何が起こっているか、理解できない。
――そして、3日後。
また同じことが起こり、莉子は夜眠れなくなってしまった。
*
真剣な2人に、ここまで話をして、莉子は深いため息をついた。
「もう本当に、精神的に参っててさ……」
正体不明の視線のせいで、家にいても落ち着かない。
精神が張り詰めているせいか、なかなか眠れないし、寝てもすぐに起きてしまう。寝不足が積み重なって食欲までなくなってきてしまった。
母親に話そうかとも思ったが、頭がおかしいと思われそうで言えない。
そもそも自分が正しいかどうかすら分からなくなってきた。
「なんかもう……疲れちゃってさ……」
莉子の話に、部室内は、シンと静まり返った。
悠斗もれい奈も、深刻そうな顔で黙り込んでいる。
ややあって、悠斗が真剣な顔で口を開いた。
「……莉子は、見られていることに心当たりはないの?」
「ないんだよね。そもそも、見回しても誰もいないし」
莉子の言葉に、悠斗が考え込んだ。
「庭にいる隣の子、莉子は確かに見たんだよね?」
「うん、絶対に見た……と思う」
「部屋から下までどのくらいかかるの?」
「そんなにかからない。せいぜい10秒とか20秒くらい」
「……なるほど」
考え込む悠斗の前で、莉子がタブレットを開いた。
2人に見せるように机の上に置く。
「それで、私も自分に自信がなくなって、防犯カメラを見たんだよ」
莉子の家には、2台の防犯カメラがある。
1台目は玄関で、2台目は駐車場の脇に置いてある。
その駐車場のカメラの端に、隣の家の庭が映り込むのを思い出したのだ。
「それで、映ってた映像が――これ」
莉子が、タップをして白黒の動画を再生し始めた。
しばらく普通の庭が映った後、ふっと画面が黒くなる。
悠斗が首をかしげた。
「いきなり暗くなったけど、どうしたの?」
「分からないけど、2時くらいになったら、いきなり画面が黒くなる」
「え、毎回?」
「うん、毎回」
5分ほどで画面が回復するものの、特に何も変わったものは映っていない。
莉子が口を開いた。
「5日分見たけど、全部こんな感じ。2時から3時の間に、こんな感じの映らない時間帯がある」
動画を2人に見せながら、莉子は思わず身震いした。
偶然画像が途切れた可能性もあるが、それだけでは片付けられない気がする。
悠斗が難しい顔をして黙り込んだ。
しばらく考えた後、ゆっくり口を開く。
「俺は……隣の子か、そのお父さんの仕業じゃないかなと思ってる。ただ、前にGPSの件もあったし、普通じゃない気はする」
「普通じゃないっていうのは、私も同意見」
れい奈が深刻な顔で同意する。
悠斗が不思議そうにれい奈を見た。
「れい奈、なんか大人しいね」
「私もそれ思った」
莉子もうなずきながら同意した。
てっきり、もっとオカルトなことを言ってくると思った。
れい奈がため息をついた。
「そりゃあ、該当しそうな心霊現象はいっぱい浮かぶけど……莉子が痩せるほど悩んでるし、良くないことは言っちゃだめだと思って」
どうやら、本気で心配して気を遣ってくれているらしい。
莉子は「ありがとう」と言いながら内心苦笑した。
あのれい奈がこんな風に言うなんて、相当ヤバいということだろう。
悠斗が口を開いた。
「莉子は、家を出られないの? 親戚の家とか」
「そうそう、こういう時は、家から離れた方がいいと思う」
れい奈も真面目な顔で言う。
莉子は思案した。
そういえば、3年次から校舎が変わる。
莉子の家から東京校舎まで、約1時間半かかる。
通えない距離ではないが、往復3時間はかなりギリギリだ。
母親も、せっかくだから1人暮らしをしたら、と勧めてくれていた。
莉子は考えながら口を開いた。
「……3年次から、東京で一人暮らし始めるのはアリかも」
「できるの?」
「うん、お母さんもOKしてくれてるし」
以前は、引っ越しが面倒だし、家の居心地が良いから、家から通おうと思っていた。
しかし、家の居心地が悪くて精神的に病んできている今、引っ越しが面倒だなんて言っている場合じゃない気がする。
れい奈がホッとした顔をした。
「じゃあ、引っ越したらいいと思う。それで解決するんじゃない?」
「そうだね」
悠斗も安堵の表情を浮かべる。
彼によると、2月から空き物件が出始めるため、探し始めるには良いタイミングらしい。
「そうだね、2人とも、聞いてくれてありがとう」
莉子はお礼を言いながら、明るい気持ちになった。
確かに、引っ越せば、今気になっている視線も、夜中に起きる現象も、全てが解決する。
(……ただ、心配なのは、結月ちゃんだよね)
結月の行動は明らかに常軌を逸している。
むぎも気になるが、やはり一番心配なのは結月本人のことだ。
(とはいえ、このままだと変な目で見られそうなんだよな……)
夜中の2時に庭で見かけて、下に行っても誰もいない。
防犯カメラにも映らない。
こんな話をして、大人に信じてもらえる気がしない。
真由美さんのように、「精神的にヤバい人」扱いされてしまう気がする。
ただでさえ、莉子が痩せたことを心配している母親を、これ以上心配させるのはナシだ。
(とりあえず、防犯カメラのチェックは続けて、画像が取れたら相談しよう)
そう決めると、莉子は、甘い飲み物を奢ってくれるという2人と一緒に、近くの喫茶店に向かった。




